第32話 これ飲んだら一睡もせずに頑張れるらしいですよ

 目を覚ます。

 そこは泊まっていた宿のベッドの上だった。

 隣にはアミちゃんがすやすやと眠っている。


 なんだか素敵な夢を見ていた気がするけど、どこからどこまでが夢なのか。

 スマホを取り出しアプリを確認すると、スタンプは確かに押されていた。

 つまりヨシノちゃんと会っていたのは夢ではない。


 となると、あのお姉さんあたりは夢?

 いや、なんだか私の体からお姉さんの香りがするような……。

 あれ、それじゃあ何も夢ではないのか。


 じゃあなんで私たちは宿にいるんだろう。

 ……。

 ま、いっか。


 夢の世界だし、こういうこともあるよね~。

 細かいこと気にするとうつ病になるから~。


 無事に戻ってこれたし、めでたしということで。

 だって1日過ぎてるし……。


 次のスタンプは、アプリによると自由の街。

 距離的にはこの街に来るよりは近いから1日かからないかな。


 いや、カモメさんなしではさすがに無理があるか。

 もしそうなったら野宿確定っぽいかな……。

 マップを見る限り、大平原を突っ切る感じだし。


 街を出る前に少し買い出しをしておいた方がよさそうだね。

 アミちゃんは気持ちよさそうに寝てるし、このままにしておこうか。

 私はアミちゃんのスマホにメッセージを送り、買い物にむかった。

 



 街はまだ朝なのに早くも活気づき始めている。

 やっぱりここの夢あふれる雰囲気は元気がでてくるよ。

 でも一応朝だし、お店は開いてるかな?


 とりあえずマップを頼りに、お店の集まる場所に行ってみよう。

 そう思ってしばらく歩いていると、とある地点で足が止まった。


 大通りから路地に入ったところにのびる、緩やかな上り坂。

 その先の方から、私の好きな乙女の香りがした。

 もしかしてこの人物は……。


 いやここにいるはずはないんだけどね。

 でも、もしかしたらあり得るかもしれない。

 奇跡を信じて坂道を進んでいく。


 そこに見覚えのあるお店があった。

 まわりから完全に浮いているファンタジーな建物。

 やっぱりこれはユキちゃんのお店だ。


 まさかのチェーン展開?

 お嬢様はこの世界でもお嬢様なのか。


 でもこの香りはユキちゃん本人のものだ。

 会えると信じて中に入ってみよう。

 私はお店の扉を開いた。


「いらっしゃいませ~」

「ユキちゃん、大好き~!」


 ユキちゃんの元気な声と笑顔が私を迎えてくれる。

 それを見て反射的に体が動いてしまった。


「キャ~!」


 その冷たい体を抱きしめ、キスをしようとした瞬間。

 ユキちゃんの強烈なビンタによって地面に叩きつけられた。


「ってイチゴさん!?」


 床に倒れてる姿を見て、私だと気づいてもらえたようだ。

 私はここで嘘泣きを決行する。


「うわ~ん! ユキちゃんに嫌われちゃいました~!」

「ええ!? ち、違いますよ~!」


 慌ててる、うしし……。


「うわ~ん、ユキちゃんが冷たいです~」

「まあ、雪女ですからね~」


 う、ユキちゃんが急に冷静になった。

 泣いてお願いを通す作戦は失敗に終わったか。


 仕方ない、ここからちょっと見える下着で我慢するとしよう。

 今日も安定の雪だるまパンツだね!


 ふたりきりだと思い込んで、私がこっそりと楽しんでいると、後ろから誰かの声が聞こえた。


「ユキ~? 何かすごい音したけど大丈夫?」


 現れたのはなんとモモちゃんだった。


「あれ? イチゴさんじゃないですか、なんでそんなところに転がってるんですか?」

「ぐへっ、モモちゃん、今日もかわいいですね」

「うわ~、あいかわらずですね……」


 え? あいかわらず?

 いつのまにそんな印象になってしまったんだ。

 これは気を付けないと、ただの変態に成り下がってしまう。


 とりあえず体を起こして立ち上がる。

 そして改めてふたりとむき合った。


「それよりふたりはなぜこの街に?」


 どうせなら一緒に来ればよかったのに。


「私たちは別に街からでてないですよ?」

「……?」


 モモちゃんが不思議なことを口にした。

 どういうこと?

 じゃあ目の前にいる君たちは一体……。


 私がぽけ~っとした顔をしていると、ユキちゃんが説明を入れてくれた。


「実はこのお店、いろんな街と魔法でつながってるんですよ」


 なんですって!?

 それじゃあわざわざ歩いてこなくてもよかったってこと?


「私専用の魔法ですけどね」

「あら~」


 ユキちゃん専用か、でもすごい魔法だよね。

 つまりあっちの街で安く買ってそっちの街で高く売るってことが簡単にできちゃうんだ。


 さすがユキちゃん、お金に愛されてるね。


「でもこのお店の中ならふたりと会うことができるんですね」

「そうですね、イチゴさんがこれから行こうとしてる街は全部このお店ありますよ」

「わ~い」


 ということは、さみしくなったらこのお店を探せばいいんだね。

 それにユキちゃんだけは別の街に出られるから、一緒にお出かけもできる。


「あ、そうだモモちゃん、私イチゴさんと新婚旅行してなかったから行ってくるね」

「待てい! 結婚自体してないでしょうが、抜け駆け禁止!」

「あれ? そうだっけ?」


 おやおや、ユキちゃんの中では私たちは結婚済みらしい。

 あとは赤ちゃんができるのを待つだけですね!


「残念~」


 ユキちゃんがそう言って少ししょぼんとする。

 かわいいすぎる。


「ユキちゃん、この旅が終わったらむかえに行くよ」

「イチゴさん……、うれしい……」


 私の決め台詞に、ユキちゃんはうるっとした瞳で見つめ返してくれる。

 このままエンディングまで一直線!

 と思われたところで待ったがかかる。


「ストップ! 私! 私は!」


 モモちゃんが慌てて話を止めに入ってきた。


「もちろんモモちゃんも一緒ですよ」

「3人でラブラブ~」

「よかった~」


 もはや冗談なのか本気なのかわからないけど、修羅場にならないのが私たち。


 私ではユキちゃんとモモちゃんの仲を裂くようなことはできないのだ。

 きっと世界中の誰にもできはしない。

 そんな気がする。


「ところでイチゴさんはお買い物ですか?」


 ユキちゃんに聞かれて本来の目的を思い出す。


「そうでした、そろそろ街を出るので買い出しに来たんです」

「何を買うんですか?」


「えっと、とりあえずお昼ごはんと飲み物は欲しいですね」

「ここでご飯を買うんですか?」

「いえ、ここに寄ったのはたまたまですよ」


 そんな私とモモちゃんのやりとりを見ていたユキちゃんが、急に棚から何かを取り出した。


「イチゴさん、これおすすめですよ!」

「げっ……」


 ユキちゃんが笑顔で差し出してきたもの。

 それは少し前までよくお世話になっていた、エナジードリンクの缶だった。

 なぜこんなものがここに……。


「そ、それは?」


 きっと外見が似ているだけだ。

 そのような願いを込めて聞き返してみる。

 しかし真実はいつも残酷である。


「これ飲んだら一睡もせずに頑張れるらしいですよ」


 キャ~!

 本物だ~!


「やりがいの街の名産品ですよ!」

「なっ、やりがいの街……?」


 そんな社畜を連想させるような街がこの楽園に存在するだと……?

 一部の特殊な方たちにとっての楽園なんだろうか。


 確かに聞いたことがある。

 不安を打ち消すためには休みなく働き続けることが効果的だという話を。


 よし、その街には近づかないようにしよう!


「1本いかがですか?」

「いえ、遠慮しておきます……」

「そうですか……」


 しょぼんとするユキちゃんを見ていると少し心が痛む。

 でもそういうのはもう卒業したんだ。

 ごめんね。


「あ、そういえば私、ユーノさんに呼ばれてたんだった」


 モモちゃんが用事を思い出したらしく、カードで時間を確認している。

 ユーノさんといったい何してるんだろう。

 ちょっと気になる。


「それじゃユキ、私帰るね、バイバイ」

「うん、またね~」


 仲良しなふたりが手を振りあう。

 その姿は見ているだけでニヤニヤしてくる。


「イチゴさんも早く帰ってきてくださいね、バイバイ~」

「はい、バイバイです!」


 モモちゃんは私にも手を振ってくれる。

 私も両手でバイバイを返す。

 そしてモモちゃんはお店を出ていった。


 帰ってきてねって言ってくれるのがすごくうれしい。

 自分の帰りを待っていてくれる人がいるのは幸せなことだ。


「ユキちゃん、私もそろそろ行きますね」


 買い出しにむかうためお店を出ようとあいさつする。


「あ、待って待って~」

「……?」


 それをユキちゃんが慌てて止めてくる。


「どうかしましたか?」

「えや~」


 いきなりユキちゃんが抱きついてきた。

 なんだなんだ?


「ぎゅ~、イチゴさん分の補充~」


 か、かわっ!

 ユキちゃんとの距離が0です!


 やわらかくて冷たくて気持ちいい。

 これは……、間違えてしまう~!

 耐えるんだ私!


 ……。

 この後5分ほど抱き合ってからお店を後にした。

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