第29話 これを着ればきっと空も飛べるはず!
しばらくして私の状態が落ち着いてきたころ、ヨシノちゃんが急に口を開く。
「それじゃあ私はユーノさんのところにいるから、街に戻ったら会いに来てね」
「あれ? ここの守護はいいんですか?」
私の旅が終わるまでは続けないといけないんじゃ……。
「ううん、楽園に行ける条件がそれなだけで、仕事自体はイチゴさんの案内で終わりだよ」
「なにそれ、勝ち組じゃないですか」
「ふふん、さあ私のためにさっさと残りを回ってきてよね!」
ヨシノちゃんはわざとらしく胸を張って偉そうな命令口調で言った。
これが彼女の選んだ幸せの道。
過去を切り捨てて、この世界で楽園生活を送る。
必要以上に他人には踏み込まず、一定の距離を置いて接する。
そうすることで人を傷つけず、それによって自分が傷つくこともない。
逃げることで手に入れる幸せ。
それもひとつの形なのかもしれないね。
本人が満足しているのなら私が口を出すようなことではない。
ただ彼女が変化を望んだときは必ず力になろう。
それが今回の恩返しになるかもしれないから。
「じゃあね~」
ヨシノちゃんはいたずらっ子のような表情を浮かべ、手を軽く上げながら去っていった。
今回のことでなにか吹っ切れたのだろうか。
それも初めて見る表情だった。
でもなんであんな顔をしたんだろう。
「ま、いっか……、アミちゃん、帰りましょうか」
「はい……」
私が呼びかけると、アミちゃんは小さな返事をした。
元気がなくなってる……、どうしたんだろう?
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
アミちゃんは曖昧な返事をした。
そのあと、私のローブの裾をキュッとつかんでくる。
おお、なんだなんだ?
もしかして私を取られると思ったとか?
だとしたらかわいすぎるよね。
この状態のまま、ゆっくりと階段を下りてボートのところへむかう。
そこでようやくさっきのヨシノちゃんの表情の意味がわかった。
奴は私たちの乗ってきたボートを使ってむこう側へ渡って行ったのだ。
「ちょっとどうするんですか~!?」
アミちゃんが落ち込んでいた表情から一変し、慌てふためいている。
これはこれでよかったのかもしれない。
もしかしてヨシノちゃん、狙ってやったのか?
だとしてもやりすぎだろうに。
どうやって帰ればいいんだ。
「しょうがない、泳ぎますか」
「嫌ですよ、服が濡れちゃいます」
そんなこと気にしてる場合かね……。
「じゃあ全裸になって、服をぬらさないように泳ぎますか」
「泳ぐ選択肢を消してください!」
ちぇ~。
仕方ない、別の方法を考えるか。
「普通に考えて、あの子がここに来るために使ったものがあるはずですよね」
ここは湖の真ん中。
広くはないけど、水上を移動できないと街へ行くことはできない。
「イチゴさん、この建物の反対側に行ってみませんか?」
「そうしましょうか」
確かにヨシノちゃんが現れたのは、この場所とは逆の方だ。
そっちに何かあるかもしれない。
私たちは階段を逆走して上り、さらに反対側の階段を下りていく。
するとこの建物の内部に入れる扉を発見した。
なるほど、ここは別にただの土台というわけではなかったんだ。
こちら側から見ると3階建ての大きな家に見える。
3階といっても、各階が非常に高いので普通の家なら5階分くらいはあるか。
それでも扉はそのひとつだけで、ほかの場所は外と直接つながっていた。
その扉を開けて中に入ると、意外にも小さな部屋がひとつあるだけだ。
西洋のお城の一室をそのまま小さくしたような部屋。
この大きな建物は一体何なんだろうか……。
確実にこの部屋でヨシノちゃんは生活してたんだろう。
でも簡単に出て行ってしまっていいのかな。
生活に必要なもの、全部置いていってる気がするけど。
ヨシノちゃんはここにずっと住んでいたのだろうか。
それともどこかから通ってたのか。
どちらにしても何らかの手段で湖を渡っているはず。
ヨシノちゃんには悪いけど、部屋を漁らせてもらうよ。
そもそもボートをひとりで使ったのは彼女だしね。
3人で乗ればこんなことにはならなかったのに……。
アミちゃんと手分けして、部屋の中を見ていく。
パッと見てボートなどは見当たらない。
本当にどうやって湖を渡ってこれたんだろうか。
あのボートを対岸から呼び戻したりできないのかな?
ユーノさんからもらったカードのヘルプを探しても、その方法は見つからない。
やっぱり泳いできたのかな。
それともカモメさんに運んでもらったりとか?
実際に私はこの街まで連れてきてもらったし。
いろんな可能性を考えながら部屋の中を見ていく。
もはや何を探してるのかもわからなくなってきた。
ここは長期間暮らせるほどの設備が整っているわけじゃないんだよね。
食料調達の問題もあるし、必ず方法はあるはず。
おっと、何だこれは。
机の上に水着が置いてある。
まるで天使の羽根を思わせる、白く美しいフリフリの水着。
これを着たら空を飛べてしまいそうだ。
……。
空を飛べる?
ま、まさか……。
「アミちゃん、見つけたかもしれません!」
「本当ですか、イチゴさん!」
私の言葉にアミちゃんが慌てて駆け寄ってくる。
「これかもしれません」
「……は?」
アミちゃんは、私の手に握られた水着を見て固まる。
そして私を見る目が、ゴミを見るようなものに変わっていく。
「その水着がどうしたんですか?」
「これを着ればきっと空も飛べるはず!」
「真面目にやってください……」
「私は全力で真面目ですよ!」
なぜだ。
これ着たら飛べる気がするのに。
だって魔法のある世界ですよ?
そしてこんなところに置いてあったんですよ?
可能性あると思うんですけどね~。
「アミちゃん、これ……」
「着ません」
まだ何も言ってないのに……。
とりあえずこれは可能性のひとつとして私が預かっておきますね!
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