第22話 いってらっしゃい

 ユーノさんとお別れし、モモちゃんの家まで戻ってきた。

 一部屋貸してもらって、今夜はここでお泊りだ。


 明日の準備をしようと思ったけど、そもそも荷物がない。

 それに目的地には1日で着くような距離らしいし。

 飲み物や食べ物はシズクさんが用意してくれるって言ってた。


 あっという間に準備完了。

 といっても、もう午後6時か。

 何しようかな。


 そうだ、さっきの写真でも眺めてようかな。

 スマホに手を伸ばし、モモちゃんの画像を表示させたその瞬間。

 ドアのむこうから声がかかった。


「イチゴさ~ん、入りますよ~」

「わっひゃ~い!」

「え? 入りますよ~?」


 私の変な声のせいか、モモちゃんはゆっくりとドアを開いてくる。

 一方の私は、スマホを隠すようにベッドで丸くなっていた。

 いや、別にモモちゃんのは変な写真じゃないんだけどね。


「何してるんですか……?」

「いや、何も……」


「さてはエッチな画像でも見てましたね!?」

「み、見てませんよ!」

「本当ですか~?」


 モモちゃんがニヤニヤと笑っている。


「えっと、何かご用でしたか?」

「ああ、ご飯ができたので呼びに来たんです」

「そうでしたか、ありがとうございます」


「エッチなことで忙しいって言っておきましょうか?」

「すぐ行きます!」


 リビングへむかうと、シズクさんがテーブルで待っていた。

 夕食はおいしそうな野菜たっぷりのシチューだ。

 隣にはパンが添えられている。


 私、シチューをつけて食べるパンが大好きなんだよね。


 3人でテーブルについて「いただきます」をする。

 さっそくシチューを口に運ぶ。


「う~ん! おいしい~!」

「いいミルク使ってるからね」


 シズクさんはコップにミルクを注いで渡してくれる。

 これを使って作ったということかな。


「ここってミルクも名産なんですか?」

「そうよ、女神様のミルクは世界一なんだから」


「ごほっ、ごほっ……」

「あら、大丈夫?」

「大丈夫……です」


 女神様のミルクってあれか!

 お汁粉の時、隣にあったお見せできないやつ!


 正確にいうと女神様の像から汲んできたミルクだね。

 牛のかヤギのか、またはそれ以外か知らないけど。

 おいしいからまぁいいか。


 でもイケナイ想像しちゃったよ……。

 なんかこの世界来てからだいぶ耐性がついてきたような気がするけど。

 

 食事を終えて、少しゆっくりした後お風呂にむかった。


「イチゴさん、お風呂一緒に入りたいです~」


 呼びに来てくれたモモちゃんが再び尋ねてくる。

 お昼に一度断ったはずなんだけどなぁ。

 ここはしっかりとした態度で示さないとね。


「いいですよ」


 ふっ、鮮やかに断ってみせたさ。


「わ~い、イチゴさんとお風呂だ~!」

「あれ?」


 おっといけない、鮮やかに了承してしまった。

 まぁいいか。


 恥ずかしさとか何処かへ行ってしまったような気がする。

 一緒に入浴することを後悔させてあげるよ。

 ……。


「ふぅ……」


 湯船に浸かり、ほっと一息つく。

 ここにいると現実世界と何も変わらないなぁ。

 戻ってこれた気分だ。


 ……。

 やっぱり戻りたいのかな、私……。


「えへへ~」


 モモちゃんが私の肩にもたれかかってきた。

 ふむ……。


 このモモちゃんとは今日出会ったばかりなんだけどなぁ。

 なぜここまで懐かれているのか。

 嬉しいことだけどさ。


 やっぱり私の夢ということが関係あるのか。

 私が好きなのは、いつも私に元気をくれたあの桃ちゃんだ。


「えへへ~」


 モモちゃんは、さらに頬を私の肩にすりすりしてくる。

 耐えろ、耐えるんだ私。


 お前はかわいい子なら誰でもいいようなやつなのか?

 いいようなやつかもしれないな。

 

 なんとか持ちこたえた私は、ベッドの上に寝転がっていた。

 まだモモちゃんと一緒に寝る約束が残っている。

 ちゃんと寝られるだろうか。


 出発前にライフポイントが0になりそうな気がする……。


「あの~、イチゴさん……」

「モモちゃん? どうぞ?」


 来たね、ついに来たね。

 ゆっくりとドアが開かれる。

 そこにはパジャマ姿で枕を抱きかかえたモモちゃんの姿が。


 ああ、もうダメかもしれない。

 と思ってたら、モモちゃんが顔を真っ赤にして言った。


「なんか恥ずかしくなっちゃったから一人で寝ます、おやすみなさい!」


 そう言ってドアを閉めて去っていった。


「……」


 ぬおおおおおおお!!

 せめて抱きまくらくらいにはさせて欲しかったよ~!

 

 翌朝。


 一応眠れたものの、物足りなさを感じる。

 温もりが足りないよ~。


「イチゴちゃん、起きてる~? 入っていいかしら?」

「はいどうぞ~」


 どうやらモモちゃんではなくシズクさんが起こしに来てくれたようだ。


「おはよう、朝早いのね、モモちゃんはまだ寝てたわ」

「あはは、私が起こしてきましょうか?」

「後でお願いしようかしら」


 現実よりも若いというか、幼さが混じっているシズクさん。

 昔の雫さんなんだよね。


 その姿を見てると、昔してもらってたことをまたして欲しくなってくる。

 ちょっと頼んでみようか。


「シズクさんにひとつお願いがあるんです」

「あらなぁに?」

「少しだけギュってして欲しいんです」


 私のお願いを聞いて、シズクさんは目を見開いてまばたきする。

 その後、すぐにやわらかな笑顔を見せてくれた。


「いいわよ、甘えん坊さん」

「えへへ」


 シズクさんは私のそばまで近づいてギュッと抱き寄せてくれた。

 私の顔は胸の谷間に収まってしまう。

 やわらかい、そして甘い。


 この世界に来て、私も昔の姿になってるみたいだけど、中身はそのままだ。


 ということは、このシズクさんよりも私の方が本当なら年上のはずなのに。

 やっぱりシズクさんのお姉ちゃんオーラには抗えない。


 そのまま顔を埋めていると頭をやさしくなでてくれた。

 満たされていく。

 また眠ってしまいそうだ。


 しかし、そこに乱入してくる者が現れた。


「ドア開いてる! おはようございます!」


 しまった、ドア閉めてない!

 モモちゃんがそのまま部屋の中に入ってきてしまった。


「ってあれ? 私、お邪魔しちゃった?」

「そうね、お邪魔虫ね」

「が~ん!!」


 私たちを見てちょっと困惑気味だったモモちゃん。

 そこに容赦なくトドメを刺していた。


「ふふ、冗談よ、さぁ朝ごはんにしましょう」

「は~い」


 名残惜しくも、シズクさんの抱擁が終わってしまった。

 まだなんとなくその感触が残っている気がする。

 私は首をブンブンと横に振って気合をいれた。


「よし、おはようございます、私!」


 朝食はトーストとコーヒーの組み合わせだった。

 いつもの朝って感じだ。

 ここにいると家に帰ってきたような感覚になる。


 というか雫さんの家で朝をむかえた時と同じかな。


 のんびりと朝の時間を過ごした後、最後の準備を終えた。

 そろそろ出発の時間だ。


 家の前で最後の挨拶をする。


「いろいろお世話になりました、ありがとうございました!」

「私もお姉ちゃんができたみたいで楽しかったですよ」

「いや、あなたお姉ちゃんいるでしょう……」


 モモちゃんの言葉に私とシズクさんが苦笑いする。

 今のはわざとなのだろうか。


「イチゴちゃん、お弁当作ったの、持っていって」

「わぁ、ありがとうございます!」


「いつでも帰ってきていいからね」

「シズクさん……」


 本当に現実の記憶が無いのか? と思うほどやさしい。

 昨日出会ったばかりなのに『帰ってきていい』なんて……。

 誰にでも言ってるんじゃないかと不安になってしまうよ。


「それじゃあ、そろそろ行きますね」

「いってらっしゃい」

「またね~!」


 しばらく3人で手を振り合う。

 そして前をむいて歩き出す。

 私の旅が始まった。

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