第5話 もうすぐ春がくるんだなぁ
家に着くと倒れこむようにして眠りに落ちてしまう。
目を覚ますと正午を少し回ったところだった。
それでも4時間くらいしか寝ていないことになる。
体が重い、全く何かをする気になれなかった。
せっかくの連休なのにこれでは意味がない。
食欲もないし、どうしようか、寝るか。
いや、こんなことではダメだ。
とりあえず外に出よう。
そしておなかがすいたら適当に食事を済ませてこよう。
気分が晴れることを期待し、川の方にむかう。
ああ、時間がすぎるのが怖い、怖いよ。
川沿いは休日らしくカップルや家族連れがたくさんいた。
みんなとても幸せそうな笑顔をしている。
世の中にはこんなにも幸せがあふれているのか、それに比べて私は……。
本を読んでいると、気持ち次第で幸せになったり不幸になったりするなんて書いてあったりする。
幸せはみんな平等にあって、それを幸せと捉えることができるかどうかという話だろう。
しかしそれはある程度人間として生活できている人の話だ。
私たちのように極限まで追い詰められれば、どうしても考え方はネガティブに傾く。
こうやって負のスパイラルは完成する。
お金も幸せも、既に多くを持っている者の所に集まるのだ。
お金持ちはよりお金持ちに。
幸せな人はさらに幸せに。
そして不幸な人はもっと不幸になる。
これがこの世界の真理だよ。
はぁ……。
時間が過ぎるのを恐れて何もしないでいれば、それこそ実際には時間の無駄だ。
早く過ぎ去ってしまったとしても、少しずつ歩んでいけば前に進んではいることになる。
そしていつか幸せな未来にたどり着けるかもしれない。
別に私だって何もしていないわけじゃないんだ。
お金だって同年代の他の人に比べてたくさん持っているだろう。
それでも完全にはリタイヤ出来ない。
不安の中に生きていると不安がさらに不安を呼ぶ。
……。
こんな所まで来て暗いことを考えるのはやめよう。
たまにはボーッとしてみるのもいいかもしれない。
意外とそういう時間がひらめきを生んだりするらしいし。
ということで、家から持ってきた大好きなエナジードリンクでも飲むとしよう。
そう思って、トートバッグから一つ缶を取り出す。
そこで異変が起きた。
エナジードリンクの缶を開けようとすると、突然手が震え始めた。
え? 嘘……、違うよね?
まぁ、今飲むこともないな、うん。
自分の身に起きたことが信じられず、誤魔化すように缶をバッグにしまう。
疲れてるだけだろう。
よし、休みは明日もあるんだ。
子どもの頃みたいにこういうところでお昼寝とかしてもいいんじゃないか?
私はその場で仰向けに寝っ転がった。
今日はここ最近では珍しく太陽の暖かさを感じるいい天気だった。
もうすぐ春がくるんだなぁ。
4月になれば、また新しい子たちが全国でブラック企業に食われていくんだね。
ようこそ、社会の闇へ、フフフ……。
……って、違う違う、すぐこういうこと考えるから幸せになれないんだ。
ふぅ……、空が青い、雲が白い、暖かい、なんかいいにおいがする。
これはパンかお菓子のにおいだな。
こんなのんびりとするのはいつ以来だろうか。
現実に抗ってもがくだけが幸せになる道ではない。
こうやってわずかな自由で、小さな幸せを積み重ねていく。
そうすることで少しでも自分の人生を豊かなものにしていくべきだ。
わざわざイバラの道を行くことはない。
そんなこと私たちの女神様は望んじゃいないだろう。
ああ、なんか眠くなってきた。
必死に睡魔と戦ってみるが、ボロボロの私には耐えるだけの力はなかった。
……。
自分でも寝たか寝てないかわからないが、ぼやっと意識が戻ってきた。
いや、寝てるんだろうな、どれだけの時間かはわからないけど。
うっすら目を開くと、私を覗き込む影が見えた。
しばらくぼーっとしたままでいたけど、その意味を理解し心臓がドクンと強く跳ねる。
しかしその恐怖もすぐになくなった。
覗き込んでいたのは雫さんだったからだ。
「あら、目が覚めた?」
「雫さん……、どうしてここに?」
「ここに来たら気分が晴れるかなって思って」
考えることは一緒だった。
「飲む?」
雫さんが手に持っていたのは私がよく飲んでいるエナジードリンクの缶だった。
「それ、私が持ってきたやつですよね……」
いつの間にか私のトートバッグが雫さんの隣りにあった。
「私はいいです、雫さん、よければどうぞ」
「お休みの日に飲むほど好きじゃないわね」
「そうですか」
確かに雫さんにエナジードリンクは似合わないな。
うん、ものすごく甘いコーヒーとかぴったりかも。
「じゃあ私は帰るわね」
「あ、もう行っちゃうんですか?」
「ええ、苺ちゃんのかわいい寝顔を見てたら元気出たわ」
「わわわ」
なんて恥ずかしいことを言うんだ、この人は……。
こっちこそ雫さんの笑顔で癒されましたよ。
「ふふふ、それじゃあ暖かいうちに帰るのよ」
「は~い」
雫さんは立ち上がると胸の前で小さく手を振って帰っていった。
私もそろそろ帰ろうかな。
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