第44話 村

 曇り空の下、しょざいなさげに身をゆらしている首無馬コシュタバワーを、巨人が身を縮こませるようになでていた。


 デュラハンの馬車は、マリヤウルフの集落でひときわ大きな住居の前に停まっている。

 言葉を発さず、体も大きすぎるコシュタバワーとアイアンサンドゴーレムは、見張りの役があてられていた。住居からは他の魔物達の声がもれている。

 住居は普段は長老と侍女が寝泊りしているが、今は集落を守ろうとする魔物の戦士を泊め、作戦をたてる拠点として使われている。その広い室内では生首を中央に置き、車座くるまざの会議が続いていた。


 室内でも、ソードストールは笠をかぶって純白のマントを羽織っている。いつも腰に差している刀だけ外して横に置いている。

 ローブアーマーも同様にあぐらをかき、戦斧を背後に置いている以外はいつもと姿格好が変わらない。甲冑そのものが身体なので、まさか脱ぐわけにもいかない。

 シュナイは鎧を脱ぎ、戦闘で裂けた服を着替え、別の黒服を身にまとっている。細身の剣は腰へ差したままだ。


 住居の本来の持ち主である長老も、木の床に布をしいて座り、会議へ参加していた。

「そうか、グローリー殿はふりかえったために塩となったか……」

 中央にすえられた生首が声を震わせ、目を伏せた。

 ジョンフォース団を相手とした初めての戦いで、唯一の犠牲であった。


 戦闘は勝利といっていい。

 しかしそれでも、助力を頼んだことを生首は悔やんだ。

 階級がはっきりしているわけでもなく、軍隊というより仲間のような意識が強い。

 少ないからといって犠牲が出たことを喜べるはずもなかった。


「たしか教会の歴史にそのような話があったかのう。それより古い神話でも似たような術だか奇跡だかが伝わっておるが」

 なんとはなしに語る長老の台詞をソードストールがさえぎった。

「ひとえに、頭目を討ち取れなんだ己の不甲斐なさ」

 腕組みをしたまま言葉をつぐ。

「汚名はそそぐ。残された幼狼は救う」

 ローブアーマーが反論した。

「全て自分の責任です。グローリー殿は自分を守ったのです」

 シュナイも口をはさむ。

「かばいあっても今はしかたがない。教会の加護術が敵にあれば、犠牲を出さずにすませることは難しい」


 ようやく気持ちを落ち着かせたか、生首が目を開いた。

「そうだ。敵の力は今、多くを僧侶の加護にたよっている。ふいをつかなければ近づくことさえ難しい。しかし弓矢をあつかえるのはメリュジーヌ殿と我々くらい」

 おずおずとローブアーマーが手をあげかけたが、すぐに引っ込めた。

 鎧の体は重く、獣や人よりも関節を動かしづらい。

 あまり器用でないことをローブアーマーは自覚していたし、今から腕をみがくには時間が足りない。


 シュナイがうなずいた。

「飛び道具では人間が圧倒している。それも、弩や弓矢より、まず加護術への対処を優先するべきだろう。しかし加護術は同時に多数を撃つ。多くで攻めれば目立つだけでなく犠牲も増やす」

「己が単身で斬り込む。それで終わる」

 ソードストールの言葉で、場がざわめいた。

「どのように考えても無理だ。いくら其方でも道理を引っ込めさせることはできない」

「切り込む時は自分もともに。きっと力になってみせましょう」

「やめてほしい、できるだけ我々は犠牲を増やしたくない」

 口々に叫ばれる抗議を、ソードストールは表情を表わさない顔で受け流し、主張を押し通した。

「故郷を離れた時より、己が身は死んだと心えている。むろん援護はいる。しかし加護術が届かぬ遠くから、短い間だけで良い」

 それきりソードストールは口をつぐんだ。


 生首がため息をついた。

「いいたいことは聞いた。考慮しよう。しかし細部を詰めねば話にならん」

 ソードストールは返事をしなかった。

 目の前に置いてある深皿をながめるだけだった。

 深皿には透明な水が張られ、木片が浮かんでいる。

 それが茸の魔物にとっては力の源となる。


 しばらく誰も話そうとせず、ローブアーマーが身じろぎした金属音が少し鳴っただけだった。

 長老は、シュナイが座る前に置かれた器を見やった。

「ささ、飲んでくだされ。お仲間から好物と聞いておる」

 薄く黄色く色づいた半透明の酒が、器になみなみとつがれてある。

 ほのかに暖められているので、芳醇な酒精の芳香が立ちのぼっている。


 しかしシュナイは、わざわざ着替えながら、あえて口もとまで隠す黒服を選んでいた。

 つまりは飲む意思がないということを姿格好で表わしていたが、長老は意に介さなかった。

「ささ、遠慮なさる必要はない。この村で作っておる、混じり物のない酒じゃ。水や果汁ならともかく、今ごろは樹液や小便を混ぜた酒も売られておるでの、そんじょそこらとは比べ物にならんはずよ」


 シュナイは器に手をのばすどころか目もくれず、長老を見返した。

「あえて今ここで改めていわせてもらう。まだ我は納得しておらぬ」

 艶やかでいて蛇のように鋭い瞳が、人狼を視線で射抜く。

「もうすでに報酬として、人里を避けて逃げられる道を教えてもらった。食糧や肉体を補修する材料もできるだけいただけることになっている」

 シュナイはローブアーマーへ視線を移した。

 甲冑の傷を直すための鉄屑や鎖、なめし革、布といった物をマリヤウルフから与えられる予定となっている。アイアンサンドゴーレムも同様らしい。

「ゆえに報酬の礼はきちんとする。実際、いただいただけの仕事は充分したつもりだ。だが、我らが戦っているのは、人に攻められ殺され奪われるという同属の訴えにほだされ、デュラハン殿の熱意に動かされたという理由が大だ」

 生首は片眉を上げ、メリュジーヌへ視線を向けた。

 しかし何もいわず、シュナイのの語りを静かに聞く。

「襲ってくるならば反撃する、それは正しい。生き物の摂理だ。ゆえにこそ、魔物が襲うならば人が反撃することも認めねばなるまい……」

 シュナイは立ち上がり、周囲を見わたした。

 腕組みしている剣舞茸、横目で見つめてくる生首、狼乙女の長老、隣に座る甲冑、誰もが無言だった。


「避けられる戦いならば最初から避けたい。いや、避けるべきだ。マリヤウルフは、そうは思わないのか」

 他の魔物達へ背を向け、シュナイは扉へ向かった。そして外の闇へ歩みながら、ふりかえらずいった。

「すまないが、やはり我は少し考え直させてもらう。戦いを恐れたと思われるなら、それもけっこうだ」

 扉が閉まる音とともに、場に沈黙がおりた。長老だけが涼しい顔で茶へ口をつけた。


 ローブアーマーがつぶやいた。

「メリュジーヌ殿は、囚われていた娘達の姿を見ていないからああいうのだ。……見て、自分は考えを改めた」

 じっと自らの掌を見る。昨夜の思いを反芻する。

 金属と皮と布でできた血の通わない冷たい手に、二匹の娘がしがみついてきた。そのいたいけな表情の記憶を噛みしめる。

「こうしている今ごろにも、残されたマリヤウルフはどうしているか……」

 ローブアーマーは、金属と革と布でできた拳を叩きつけた。その勢いは木製の床板を割るほど強かった。

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