第43話 城

「我が団は、今回とは比べものにならないほど酷い負け戦を一度だけ経験したことがあります。一年以上は前でしたな」

 アラートンが身を起こし、ふり返る。

「どこの戦いだ」

「場所はここよりずっと東。敵は魔物ではなく人でした」

「……あんた達は勇者団なのに、人と戦ったのか」

 アラートンは顔をしかめた。

 それに気づいたかどうか、ワァフは淡々と語り続けた。

「人と戦ったのは一度だけです。冒険を長く続けるというのも大変なものということです。我々は傭兵団として、領主同士の勢力争いに末端として加わっていました……」


 戦いが始まる直前、ジョンフォース団を雇っていた領主は一つの作戦を立てた。領内の邪魔者と、敵を同時に殲滅する、一石二鳥の策であった。

 その領内には異教徒、おそらくは魔物を信仰している民族がさすらっていた。異教徒は許可をとらないまま狩猟をしては、各地でいざこざを起こしていた。

 領主は部下に命じ、異教徒の若者を珍しい品物や食事で誘いださせ、戦いの技を教え込ませた。狩猟民族であったため、どの若者も弓矢や投石の腕にたけており、すぐに使える戦力となった。しかも若者は年長世代の魔物信仰を嫌悪している者も多く、少なくない数が改宗したという。

 そして隣の領主と対峙している最前線へ、領主は異教兵を向かわせた。その場所は、背後が切り立った崖だった。逃げ場のない異教兵は、力の全てをふりしぼって戦い、可能な限り敵戦力を削ってから全滅する。それが異教兵の最初で最後の戦いだ。

 そうして崖近くまでひきずりこまれた敵軍を背後からついて、逃げ場のない相手を包囲して殲滅する……そのような策だった。


「それは……あんたらが決めたのか?」

「まさか。我々は金で雇われただけの別働隊でした。策について事前に知らされてはいましたがな」

 しかし作戦が決行されるはずの日、異教兵は忽然と姿を消していた。

「はした金で釣った連中です、はした金で敵にそそのかされでもしたんでしょう。それとも異教徒らしく、最初から裏切るつもりだったのか……」

 用意した策を使えなくなった軍隊は、正面から激突するしかなくなり、消耗戦となった。両軍は等しく悲惨な状況におちいった。

 戦場を呪術が炸裂し、騎馬が蹂躙する。特に、異教兵の飛び道具にたよろうとしていた側は弩の数をそろえておらず、遠距離からの攻撃になすすべがなかった。

「領主は双方とも異端者ではなかったゆえ、教会が戦場での加護術を禁じたことだけが救いでしたな」

 やがて継戦能力を失った両軍は休戦し、敗者はもちろん勝者にも益をもたらさないまま終わった。

 戦争ではありふれた結末であった。


 ジョンフォース団が領地を去った後、ばらばらに逃げた異教兵は、ほとんどがすぐに捕まって処刑されたという。

 しかし、逃げおおせたのか野垂れ死にしたのか、最後まで見つからなかった者も一人か二人いたという。

「……ワァフさんよ、何がいいたいんだ」

「逃げる理由は恐怖ばかりではないのかもしれない。魔物への信仰心とか、もっといえば金かもしれない。そういう話ですよ、アラートン殿」

 アラートンは生姜湯の入ったカップを握りしめた。古ぼけたカップにヒビ割れの広がる音がした。

 冷たい風が見張り台を吹きぬけ、服をはためかせる。

 ワァフとアラートンは別々の方向へ顔を向けたまま、互いを見ようとしない。


 アラートンはため息をつき、割れたカップを中庭へ投げ捨てた。

 回転したカップはかがり火へ命中し、火の粉をたてた。

 近くで泥酔していた団員がびっくりして起き上がり、あわてて左右を見わたしたが、見張り台を見上げることはなかった。


 アラートンは中庭を見下ろしながらつぶやいた。

「……しかし姿が見えないといえば、ケンプもどこに行った」

 浅い傷しか負っていないはずなのに、ずっと目にしていない。

 見かけたのは、晩餐の用意で食糧庫の食材を取ってきてもらったのが最後だ。

「ケンプなら、地下におります」

「……安置所か」

 尖塔にある礼拝所、その冷たく湿った地下には、遺体を保存するための石棺が並んでいる。

 城内の戦いによる死者は全てそこへ運び入れた。弔いのためというより、城内に病をはびこらせないための処置だ。

 だから当然のように、マリヤウルフの集落や道に倒れた者は、戦いが終わるまで野ざらしのままだ。


「いや、地下牢に」

 アラートンがふりかえると、ワァフは目を細めて唇の端を上げていた。

 高齢の冒険者らしからぬ、あたかも共犯者に甘えるような笑みだった。

「……奮戦のご褒美か」

 アラートンは尖塔へ目をやった。

「どちらかといえば、景気づけですな。魔物でも女。その味を知れば男は一皮むける」

「……食わず嫌いになりそうとしか見えなかったがな」

 つまらない軽口で返しながら、アラートンは真横へ手をのばす。

 燃えさかるかがり火から、一本の棒杭を抜きとった。そしてふりむきざま城壁の外へ投げつける。

 橙色の放物線を引きながら落下した棒杭は、山肌に倒れているジョンフォース団員の死体へ命中。

「見事な腕ですな」

 アラートンの耳もとでワァフがささやいた。


 棒杭は火の粉をまきちらし、一瞬だけ周囲を照らした。

 団員の肉を食らっていた半裸の女が驚いたように死体から飛びすさり、夜の闇へ逃げるように姿を消した。

「おそらく、こちらの様子をうかがいに来た斥候でしょうな。あやつらは戦う力こそありませんが、逃げ足はさすが狼といったところ……」

 うなずくワァフを横目に、アラートンは肩をすくめて頭上を見上げた。

 流れる雲でおおわれた空は、月も星も見えなかった。

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