第39話 村

 マリヤウルフの集落でも、ひとまずの戦いが終わった。


 壊した橋の近く、騎馬隊のひづめで踏み荒らされた土の道に、デュラハンが降り立った。

 左手に持った男の生首を集落へ向けてさしのべる。

 生首は目を細め、薄闇に白い煙が細くのぼる風景をながめ、ため息のように評した。

「ひとまずは、切り抜けた」

 川の側で警戒を続けていたシュナイが応じる。

「燃やされたのは屋根ばかり、それも十を超えていない。村の者も、仲間も、全てが無事だ」


 シュナイは細身の剣を抜いたまま、小川の向こうを注視している。

 敵の姿はうつぶせとなって川底に倒れている五人の死体だけ。動く姿は敵も味方も何もない。

 生首が歌うように応じる。

「敵の死体を数えよう。ただ待つだけでなく、始末をしよう。始めなければ終わりはこない」

 その言葉に遠くから返事があった。

「すでにジョンフォース団の連中はかたづけたさね。村の中の死体は四つ、まだ生きとる男は二人おったわ」

 集落の奥から、金色の髪をなびかせながら、杖をつきつき小さな女が近づいてきた。


「長老殿……」

 生首が目を伏せる。

「……すまぬ。畑を戦いで荒らし、村を血で汚してしまった」

 長老は道の中央を歩いてきて、デュラハンの馬車を目の前にして立ち止まった。

 肌は張りを失ってくすみ、声もしわがれているが、顔かたちは長老という言葉にそぐわない。杖こそついているが、瞳の大きさは幼く見える。

 病んだ少女が足を動かせないために杖を使っているだけにも見えた。そういう魔物だった。


「いいさね。デュラハン様に村の警護をたのんでから一ヶ月もたっておらぬ。時が足りなんだのに、きっちり追い返して、文句をつける者は誰もおるまいて。何より……」

 なまめかしい舌先を口からのぞかせて、マリヤウルフの長老が笑った。

「わしらは若い男と、生き血が好物さね。これだけあれば充分よ」

 シュナイが整った顔をしかめた。その背後にいた長老は、ただよう臭いを敏感に感じ取る。狼の魔物らしく、体臭の違いから感情の変化を気取った。


「そちらさんは、わしらの生き方に文句があるようだね」

「いいたいことなどは、ない。人間の男を愛せなければならないのは、種族を守るためと理解している」

 シュナイはふりかえり、話をつづけた。

「我が種族も、見てのとおり人間に近しく、ともに子を産むことがある。我はただ、命を繋ぐ必要がないのに、わざわざ血を飲もうとすることに疑問を持つ」

 シュナイはマリヤウルフの長老を見つめる。

「人と愛せねば成り立たぬ種族なら、ことさら人と敵対することに意味はない。そうではないか」

「若いのう。この村の者と人の男の間に、愛なぞありやせぬよ」

 長老が苦笑いを浮かべた。幼い顔立ちだが、その表情は老成していた。

「まずい飯でも食わなければ飢え死にする。ならば味を感じぬよう鼻をつまんで飲み込む。それは味を愉しんだとはいわぬ」

 デュラハンが持つ生首も長老を肯定した。

「そうする必要がないのに、そうしなければならないという思い、それこそが愛というものだ」

「詩人じゃのう」

 長老が楽しそうに笑った。


 集落と守り手、それぞれの長が見せる気楽さに、シュナイは苛立った。

「ならば、捕らえた男達はいかにする」

「種さえ付ければ、裸にして捨てるわい。気づかず添い遂げてくれる男ならばともかく、同属を殺した仇まで助ける義理はないさね」

「其方らに危害をくわえぬ女性にょしょうもか」

 初めて長老が眉をひそめた。

「……気づいておったか」

「村を守るため見回った時、一人の女が囚われているのを見つけたと、ローブアーマーから聞いている。か弱き狼乙女と思い、その同情心から戦おうとしていたローブアーマーゆえ、出て行きかねない勢いであった」

 会話に生首が口をはさむ。

「長老殿、案ずる必要はない。我々は互いに諭し諭され納得している。守りの手をゆるめはしない」

「いや、こちらの浅慮じゃ。ローブアーマーとは鎧騎士の亡霊だったかのう。かつて人であった魔物は、人の愚かさへ激しく怒りながら、どこか葛藤しておるものよ」

 シュナイは屍解者リッチであった時のジャニスを思い出したが、何もいわなかった。

「はなから狼乙女の生き方について腹を割って話し、理解してもらうべきであったわい。女は呪術を使って苦しませず、少しずつ生き血をすすって命までは奪わぬ。もし死んだ時は墓所でまとめてとむらっておる。それで充分じゃろうか」

 不満気な表情を浮かべつつも、シュナイは無言でうなずいた。

「それからな、ジョンフォース団の連中を捕まえたので、明日までは旅人に手を出すことすらせんよ。そう、旅人はジャニスとか名乗ったが……全ては若者の精を吸って殺してからじゃな」

 長老の言葉にシュナイは表情がこわばり、背筋がふるえるのを感じた。

 それでも冷静さを取り戻そうとシュナイはかぶりをふり、顔をゆばませながらも川向こうの監視を再開した。

 そんな同士へ、背後から生首が声をかけた。

「メリュジーヌよ、気持ちはわからないでもないが、今ここで話すことではない」

 鞭の音とともにデュラハンの馬車が去っていった。

「……だからこそ、口惜しいと思うのだ」

 まだ戦いは終わっていない。デュラハン達に命を救われて、再び戦う場も与えてもらったとシュナイは思っている。

 しかし、命を失うとしても代わりに納得できる戦いの理由がほしかった。


 シュナイはマリヤウルフに捕らわれているジャニスのことを思った。

「……敵が悪をなしていることを、自らが悪をなす理由にしてはならぬ」

 薄闇に目を細め、落ちた橋の彼方を見やる。暗がりに動くものは川面だけ。

 その流れを見て、シュナイはアイアンサンドゴーレムの額に刻まれた言葉を思い出した。

「EXITE……ここに在りて生くる、か……」

 水辺の竜人魚メリュジーヌは、城を攻めている仲間達の帰りを孤独に待ち続けた。

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