第22話 城

 馬にブラシをかけながらケンプがいう。

「もちろん拾っていただいた団長には感謝しています。早く実戦に参加したい気持ちもありますが、馬の手入れを学べば戦いや旅の助けとなることは確かでしょうから、不満はありません」

 団長のジョンフォースも魔王を倒すため大陸を旅する冒険者、つまり勇者の一人であった。

 廃城を一時的な本拠地に選んだのは一ヶ月ほど前のこと。

 今は魔物を退治するため三十名ほどの部下をひきいて、城を出はらっている。


「いずれにせよ、このスウェイビアを通ってイスパン半島へ行くのは、東に遠回りだ」

 なぜケンプがここに来たのか、アラートンは疑問に思っている。すぐに魔王と戦いたいのなら、ブリテン諸島から対岸に移った後は南下するべきだ。

「それとも海側から攻めるつもりだったのか」

「なるほど、地中海を通って魔王の背後から奇襲ですか、いいですね。でも、僕が東まで来たのは単純に修行中で、なおかつ仲間を集めている最中というだけです。まだ魔王に勝つ技量なんてありません。僕もアラートンさんのように早く経験を積みたいですよ」

 アラートンは苦笑いした。自前のナイフで人参や飼い葉を刻み、手際よく飼い葉桶へ放り込みながら言う。

「武術の腕は遠くおよばんよ。そちらは剣も弓も体術も家族から習ったのだろう」

 たんねんにブラシがけしているケンプの背中を、アラートンは見やった。

 やや肉付きは薄いが、たるみのない上腕や、背筋を曲げない姿勢から、よく体を鍛えていることがわかる。

 傭兵として売り込むために見せかけの筋肉を増やすような真似をしていないから、少し細身に見えるだけだ。


「でも、まだ実戦はろくに経験していませんから……」

「そうだろうことは、わかっているよ。見たところ、古傷の一つもないじゃないか」

 ケンプは半月前まで一人で旅をしていたそうだ。

 そして街道で魔物退治のため移動していたジョンフォース団に遭遇。

 そのまま見習いとして入団したという。

 紹介された当日にケンプ本人から聞かされたことだ。


「持っている旅具と路銀を全てジョンフォースに渡してまで、入りたかったのか」

「ええ、賭ける価値があると思いましたから。アラートンさんだって、ただで泊まっているわけではないでしょう。何を売ったのか、まだ教えていただいていませんが」


 市場にいた団員にアラートンが接触し、城へ案内してもらったのは三日前のこと。

 そこは小さな街道がまじわる場所にできた小さな街だったが、商人の中継地らしく市場は活気にあふれていた。

 混じり物の少ない麦の粉、東方から運ばれた香木、鋼の剣に鉛の矢じり、檻に入れられた魔物、石灰やタールといった建材……それらを売り買いする商人も、一筋縄ではいかない者ばかり。

 ワァフと名乗った白髭の男も、交渉を団長から一手に任されるほどの老練な人物だった。聞けば、古くから団長の片腕として働く腹心だという。

 しかし有能だからこそ、団長が欲しがっていそうな物を提示しただけで、早々に話をまとめることができた。


「たまたま、こちらの団長が欲しがっていた物を持っていたから、逗留する代金として払えただけさ。旅具を全て売り払ったわけじゃないし、むしろこちらが貸している状態だよ」

 ただし口約束しかかわしておらず、万が一に戦いで敗北した時、預けた荷を簡単に返してくれるとは信じていない。

 森に隠れながら旅人を襲うだけの魔物に負けるとは考えがたかったので、そのことについては悩んでいなかったが……

「でも今も働いているじゃないですか」

「格好だけさ。いつジョンフォースの気が変わって追い出されないとも限らない」

 逆にケンプが質問してきた。

「ところで、アラートンさんはなぜ冒険を続けてらっしゃるのです」

「勇者という肩書きと、実際に魔物を倒している証拠があれば、宿屋や市場の印象も変わるものさ。ただのはぐれ者よりずっといい」

「ただの放浪者に魔物を何匹も倒せる力はないでしょう。僧侶様だって連れてらっしゃるのに」

「ああ、あれか……」

 アラートンは苦笑いした。

「あれは平和な街の教会で、退屈しながら知識ばかり頭につめこんでいた。たまたま立ち寄って話す機会があった時、一人旅がつらいと愚痴ったら、何を勘違いしたのかついてきただけだ。今では文句たらたらだよ。ケンプもジョンフォースが仲間にさそってきたからといって、安易についてくるべきではなかったな」

「アラートンさんは詐欺師に見えませんし、団長もそのような人ではありませんよ」

 冗談と思ったか笑い出したケンプに、アラートンは沈黙を返した。


 詐欺師に見える詐欺師などいない。

 旅を始めたばかりの無邪気な若者から持つ物を全て奪い、仲間にすると称して安くこきつかっているような男が、さほど上等な人間であるはずがない。

 おおかたジョンフォースは俺と同類だ……そうアラートンは思っている。

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