第19話

 アラートンはシュナイやジャニスの荷物も空け、欲しい物をまとめていった。

 用途が同じ物のいくつかは、自身の持ち物と交換して、この場に捨てる。

 重くてかさばる荷物を持っていってもしかたがない。


 荷物をまとめ終わり、アラートンはふところから竜の鱗を取り出し、ながめまわした。

 シュナイは人間と同じくらいの背丈であったため、ほとんどの鱗は小指の爪よりも小さく、あまり価値がない。

 特別に巨大で価値がある喉元の一枚を取れただけで、今回の戦果としては充分だった。


 鱗の中央に黒い染みが一つ。

 平行四辺形を二つ、左右対称に配置した形をしている。

 上を向いた花のようにも、正面を向いた獣の顔のようにも見える。


 仕事を終えたエイダが近づいてきて、聖痕を評した。

「勇者となる運命を背負った者の、肉体や持ち物に現れる運命の印。それと確かに同じですね。本当に魔物側にも勇者がいるとは思いませんでしたが。これは、運命の印を聖痕とする神学の主流説が誤っている傍証となるでしょう」

 口調こそ抑揚を抑えていたが、饒舌さが興奮している証だった。

 そっとエイダがのばしてきた手をさえぎり、アラートンが首を横にふった。

「別に不思議ではない。同じ時代に何人かの自称勇者が持っている印だ」

「たしかに、全ての勇者が魔王を倒せるわけではありません。もし本当に悪を打ち倒す運命の印だというなら、ただ一人の肉体にしか現れないはず」

「逆に、俺も聖痕を持っていないしな」

 アラートンは自重するように笑った。

「ええ、何も現れないまま活躍した勇者が何人もいたことも歴史に残っています。聖痕だけでなく、勇者の証という伝承すら誤っているのかもしれません。しかし……」

 青い瞳がアラートンを見つめる。

「やはり、あなたの肉体に聖痕が現れていない事実は、軽視するべきではありません」

 アラートンは肩をすくめた。

「今ここで聖痕を手に入れた。それで充分な話だろ」

 ただ、すぐ売り払うつもりではある。

 勇者となる証といわれているからこそ、魔王を倒すような面倒をアラートンは避けたかった。


 アラートンとエイダは、座りこんでいるジャニスにいくつか食糧と旅具を与えた。

 一週間分の食糧、刃物や縄、火打ち石、地図の写し……この時代の一人旅においては、比較的に充実した装備だ。

 いくら記憶を失っているとはいえ、村を燃やしたばかりの女が、ここで助けを求めることは難しい。

 どこか遠くまで旅をさせるために、装備を充実させるのは必要なことだった。


 ゆるゆると、つたない手で旅装をまとめるジャニスを見て、アラートンはつぶやいた。

「しょせん冒険とは、安住の地を持てぬ者が、望まず行うことということかな……」

 勇者と女僧侶はジャニスへ背を向け、森の奥へ歩き始めた。

 エイダが問う。

「次はどこに行きます?」

 魔王の出城があるのは大陸の最西端。古き言葉で兎の地を意味するイスパン半島と呼ばれるその地は、まだはるか遠く、道はけわしい。たどりつけないまま多くの勇者が倒れ、悲劇的な伝説となって名を残している。

 そもそもアラートンは伝説になるつもりがない。名もなき兵士とはいえ、戦場から逃げ出した身で有名になるわけにはいかない。勇者として、村や町にも長居せず、旅をしながら魔物と戦い、日銭さえ稼げるなら、それで良い。


 ふところに手を当てて、西に見える山並みをアラートンは見やった。

「路銀が足りないな……」

 その判断で、当面の目的は決まった。

「あの山のずっと奥に、旅人や商隊を襲っている狼乙女マリヤウルフの集落があるそうだ。近くの市場で装備をそろえてから、策を考えよう」

「なるほど、魔物の村ですか」

 エイダは顎をひいて頷いた。

「わかりました。それでは、魔物に奪われた金銀財宝を取り返しに行きましょうか。教会としても高額の寄進は望むところです」

 生真面目な口調で金の算段をする相方に苦笑いしながら、アラートンは荷物をかつぎなおした。

 目的の方角を見やる。細い道は深い森の奥へと続き、暗く沈んでいた。

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