第77話
「ぉ、大川サン、もう良い……やめろ……」
脳を破壊された松尾は完全に停止している。これ以上の行為は無用の筈だ。
然し、由月は声を躍らせる。
「ねぇ、見てちょうだい。ココが彼等の存在を決定づける大脳辺縁系の旧皮質。
アーモンド形のコレが扁桃体……そうなのよぉ、ココ。コレだったのよぉ。
私とした事がぁ、すっかり忘れていたのだけど、あぁやっぱり、穴が開いてるわぁ。
こうなるとねぇ、統合性を失うのよぉ」
―― グチュ……グチュ!!
ベチャッ、ベチャッ、
ライフルの長い銃口でスクランブルエッグを作るように原型を破壊する。
「やめるんだ!!」
「フフフフフ、ギャハハハハ!! “結果的にこうなった”!!
だから言ったでしょう!? 共感よ! 共感!! 彼等は互いの声に反応する、反射する!
無意識に根拠なく、引き合ってしまう!! 本能の情動!! より起源に近づいた【例外】の力!!」
「そんな残酷な事しちゃ駄目だ!!」
「……」
声を荒げる統也に、由月の斜視が向けられる。
(ああ、発狂者の目……)
父親と雅之と同じ、常軌を逸した由月の眼光。
統也は立ち上がり後ずさると、驚愕の余りに動きを失い、ライフルを構え続ける日夏を背に隠す。
「大川サン、まだアイツらがいるんだ……
アナタに正気に戻って貰わないと、俺達は生き延びれない……」
「汚らわしき種の起源よ……お前ら廃棄物に私の自由は奪えない」
「大川サン、それは自由じゃない。そんな事、大川サンが1番 解かってる事だ。
俺達は理解しあえる。だって今までそうだった。今だって、俺を助けてくれた!」
「フッ、ハハ、アハハハ!! ……ッッ、、最後の忠告よ……田島君の事は、諦めなさい――」
「ぉ、大川サンっ、」
由月は苦し紛れに意識を繋ぎ、フラフラと足元を迷わせながらライフルを構え直す。
まだ伝えるべきが残っている。まだ理性を失う事は出来ない。
「あの症状……知覚は保たれている……―― ギャハハ!! ――ッッ、
けれど、脳から筋肉に指令を送る神経細胞が変性して、消失しているわ……
人類は起源を取り戻し、解放の時を迎えた!! ――うぅっ……、
アレは【例外】では収まらない……私も、もう駄目よ……これ以上は、無理……
もう、一緒にはいられない……」
「そ、そんな事ない! 大丈夫、大丈夫だからっ……皆、アナタを必要としてる……」
「早く、行きなさい……ここは、私が引き受ける……」
「嫌だ……大川サンまで、そんな……」
父親との別れが思い出される。同じ事が繰り返されようとしている。
「戻って来て……皆でここを脱出するんだ、それにはアナタがいなきゃ駄目なんだ……」
「ッ、うぅぅ……、」
今も由月は戦っている。内側から這い上がろうとする狂気と。
統也は日夏に銃を下ろさせ、ゆっくりと由月に歩み寄る。
(漸く、あの矛盾が解けた)
『もし私が何かに変化したら、その時はアナタに救って貰いたいの』
(どうして大川サンが あんな話を俺に持ちかけたのか)
『何の罪悪も持たず、殺して欲しい』
「誰も傷つけたくない、殺したくない……そう思っていたのは、俺だけじゃなかった。
大川サンも同じ……だから、そうなる前に死にたかった。死んで救われたかった。
そうですよね?」
『信じるに値するアナタにだから、頼める事』
「アナタは俺に命すらも預けてくれた……だから俺は、アナタを救います」
統也は苦しむ由月を抱き寄せる。
「!」
「アナタ、すごく遠回しだ。
父サンも母サンも、死によって救われたと、俺に伝えたかったんでしょ?
誰に殺されて裏切られるより、俺が手を下してやるのが1番の優しさだって、
そう言いたかったんでしょ?」
「とう、や、君……」
「解かったよ。俺は父サンと母サンを救った。俺は、間に合ったんだ……
アナタがそう言うなら、きっとそうだ。俺はやっと解放された。自由になった。
そうだろ? だから戻って来てくれ……俺には大川由月が必要なんだ……
アナタが好きだから、生き延びて欲しい……」
「統也君――」
由月は統也の言葉に息を抜き、意識を手放す。
(目を覚ました時、彼女がどんな存在になっているか何て、俺には分からない。
でも、彼女ならきっと……)
「日夏、彼女を頼む」
「ぇ……?」
「お前、守ってやれるだろ?」
日夏は統也の腕の中で眠る由月に目を落とす。
いつもと変わらない由月。然し、発狂者だ。それでも日夏は頷く。
「はい! 守ります!」
いつもの『頑張ります』では無い。ハッキリとした意志が そこにはある。
統也は由月と日夏を車に乗せると、装填されているロケット砲を手にドアを閉める。
「え? 統也サン?」
同乗しない統也を窓越しに、一同は目を丸める。
「言っただろ。道は作る。それに、基本、俺はバイクだって」
統也は運転席のドアをバン! と叩き、岩屋に目を側むと笑う。
「無事に突破してくださいよ?」
「統也、お前……」
「駄目ですっ、統也サン! 一緒に行きましょう!」
「そうだよ! 早く車に乗って!」
「田島を置いては行けないから」
「統也っ、」
「俺は追いつきますよ。この前みたいに。
それまでは岩屋サンが、皆の命を保障してあげてください」
「っ、」
統也の言葉に、岩屋は柄にも無く目に涙を溜める。
そうは言っても、素直に悲しみを表現できる程、純粋な大人では無い。不器用に笑う。
「解かった……ヒーローが言うなら、しょうがねぇな!」
言下、岩屋はエンジンを吹かす。この音に、死者等は又も前進を始める。
去って行く仲間達に手を振ってやる事は出来ないが、統也はロケット砲を肩に担ぎ、照準を定める。
「よーい……」
狙いを定めてトリガーを引く。
ドン!!
ロケット弾の発射に合わせ、岩屋の車は急加速。
日夏と仁美は車窓を叩き、残して行く統也を目で追い続ける。
弾道は死者を薙ぎ倒し、進む道を切り開く。
そして、弾丸が地面に突き刺さる前に岩屋の車はスリップストリームから離脱だ。
間も無くして爆発。
走る車を後押しする様に、爆風が舞い上がる。
屋根の上からワンボックスカーが走り出したのを眼下に、吉沢は笑う。
「見てくださいよ、浜崎サン!
アナタが守った人達が、また生き延びましたよ!」
吉沢の血に手を伸ばす死者の群れの中には浜崎の姿。
「後、弾が2発残ってます……1発は浜崎サンの、1発は私の。
私達、自衛隊員が人を殺める事が無いように、始末は確りつけましょう」
「ガァアァアァアァ!!」
「大丈夫ですよ。この距離なら、今の私でも外さない」
浜崎の頭に銃口を向け、撃鉄が上がれば弾は命中。
ドサリ……と倒れ、死者の群れの中に沈んで行く。
「ハァ……私も、もう駄目ね……」
『自衛隊では、そんな諦めも教え込まれるのかしら?』
由月の言葉を思い出し、吉沢は頭を振る。
「フフフ、違うわ。私は生き延びたのよ。だからこそ、死を受け入れられるの」
出血は止まらない。
命が尽きるカウントダウンを、吉沢の弱い心音が教えている。
「オアズケよ。化け物達」
最後の力は自らの頭を撃ち抜くトリガーに込め、吉沢は屋根の上で横たわる。
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