第75話

 ……

 ……


 ―― ガシャン!!



「!?」


 車庫内に響き渡る轟音。

統也は颯爽と立ち上がり、休んでいた誰もが飛び起きる。

シャッターを見れば僅かに表面が波打っている。


「来た……【例外】だ!!」



 ガシャン!! ガシャン!! ガシャン!! ガシャン!!

 ガシャン!! ガシャン!! ガシャン!! ガシャン!!



 シャッターに体当たりしている様だ。

仁美はセダン車の後部座席から転がり降り、統也の傍らに駆け込む。


「な、何!? ゾンビ!? シャッターあるから大丈夫だよね!?」

「分かりません……平家サン、大川サンと日夏も連れて、岩屋サンの車に避難してください」

「ゎ、分かったっ、統也クンはっ?」

「もう暫く様子を見ます」


 統也を残して避難するのは気が引けるが、由月と日夏の避難を任された以上、狼狽えてはいられない。仁美は2人の元へ走る。


 シャッターは尚も殴り付けられている。

吉沢は肩の痛みを堪えながらライフルを構え、目はシャッターを見据えて、統也との距離を詰める。


「これって、松尾将補かしらね?

 私の血のにおいを嗅ぎつけて来るなら、もっと早い時間にして欲しかったわ……

 夜になってやって来る何て、タイミングが悪いったらない、」

「他で食事を済ませた帰りでしょう。

 メインディッシュには丁度良い時間だって事、忘れてました」

「メインデッュ? 嫌な事を言わないでくれる? 私、まだ生き延びる気でいるんだから」

「勿論です。ヤツらにはオアズケを喰らわせてやりましょう」

「ええ。……でも、拙いわよ? これ以上 シャッターが歪んだらが開けられなくなる。

 そうなったら最悪のパターンしか残されて無いけど、貴方ならどうする?」


 対人用の出入り口ドアが1枚ばかり残っても意味は無い。

移動手段を失わない為にも、シャッターの動作は維持しておかなくてはならない。

統也は息を飲む。


「―― 今の内にシャッターを開ける」

「そう、ね。……まさか自分達で招き入れなきゃならなくなる何て、」

「その前に、ジープを無人で走らせる準備をしてくれませんか?

 俺がシャッターを開けたら発進させてください。少しはヤツらの数が減らせる」


 背後を振り返れば、まだ3人が避難していない。

田島を置いて行けない由月を、日夏と仁美が説得している。


「大川サン! 田島は俺に任せて、早く車内に避難してください!

 日夏はロケット砲の準備! 岩屋サン、いつでも加速できるようにお願いします!」


 生存の駆け引きは始まっている。

由月は日夏と仁美の2人がかりで車に押し込められ、吉沢はジープの発進準備を整える。

統也は車庫内の照明を全開にすると、シャッターまで走り、開閉ボタンに指を置く。



「シャッターを開けます!!」



 ボタンを押せば、ガラガラガラ……っと音を立てシャッターが上がっていく。



 現われるのは、見て確認する必要も無いだろう死者の群れ。

車庫内にはアッと言う間に腐敗臭が広がる。

車1台が通れる高さまでシャッターが上がると、吉沢はギアを入れ、無人のジープを走らせる。

アクセル全開のジープはエンジンを唸らせ、入り口に群がる死者達を跳ね飛ばして進む。

そして、僅かな切り込みに2人はライフルの弾をお見舞いするのだ。



 ズダダダダダダダ!!

 ズダダダダダダダ!!



「何て数よ!?」


 相手は【例外】を含む死者の軍勢。とても2人でやり過ごせる数では無い。

統也はトリガーを引きながら、岩屋の車まで後退する。

日夏は後部座席の窓を開け、声を張り上げる。


「統也サン、準備できました!」

「良し! 吉沢サン、ロケット弾を撃ちます! そのまま後退してください!!」

「了解!」


 日夏から弾が装填されたロケット砲を受け取り、統也は肩に担ぐ。先制攻撃だ。


「当たれよ、このヤロ!!」



 ドンッ!!



 2度目ともなれば、発射の威力に転がる事も無い。

統也は両足で踏ん張ると、弾道の先を見つめる。

ロケット弾は死者達の上半身を弾き飛ばしながら、松尾に向けて一直線。

このまま進めば顔面に命中だ。


「行け!!」


 寸暇、松尾の足が倒れた死者の躯に蹴躓く。体勢を崩し、松尾は地面に転がる。


「……ぇ?」


 ロケット弾は松尾の頭上を通り抜け、スピードを失うと、地面に突き刺さって爆発。

爆炎は後方に群れ成す死者達を飲み込み、消し炭にする。

松尾は無傷の儘だ。これでは3流のコント。一切 笑えない。



(えぇ!? 何でお前に当たらないんだよ!?)



 全く役に立たなかったとは言わないが、死者の数は これに留まらない。

中でも体勢を立て直して歩き出す松尾の脅威的な存在感には戦意すら喪失させられそうだ。


「と、統也サンっ、諦めて逃げましょう! こ、こんなの絶対に無理です!!」

「ッッ、」


 勝機があるとは思えない多勢に無勢。

だが、逃げるにしろ、岩屋の車が突破できるスペースを確保しなければ死者の壁に押し止められてしまう。

統也は日夏にロケット砲を押しつけ、ライフルに持ち替えるとトリガーを引く。


「手前のを片付ける! 日夏、もう1発 装填しておいてくれ!」

「は、はい!」

「岩屋サン、必ず道を作りますからっ、

 そうしたら直ぐに正門突破を目指して出発してください!!」

「ォ、オイ、お前はどうすんだよ!?」

「言ったでしょう、俺の基本はバイクだって!」


 車庫内に薬莢が飛び散る中、由月は日夏のライフルを奪い取り、車を飛び出す。


「ゅ、由月サン!?」

「大川サン、何をやてるんですか!?」

「加勢するわ」

「ぅ、撃てるんですか!?」

「アナタを見て覚えたの」


 由月は姿勢を低くし、吉沢の元へ走る。

吉沢の肩は止まらない流血に、既に銃を構えるも困難だ。


「吉沢サン、アナタは退避してくださいっ、ここは私が食い止める!」

「ぉ、大川サン……」


 由月は吉沢の前に立つも、慣れない射撃の衝撃に1回トリガーを引く毎に、由月の体は後ろに弾かれる。そんな下手な撃ち方を繰り返せば、鎖骨を折り兼ねない。

吉沢は肩を抑え、深く息を吸う。


「ッッ、……退避なんて、そんな事、出来るもんか……私はっ、皆に生き延びて欲しい!!」


 叫ぶなり、吉沢は死者達に向かって駆け出す。



「ちくしょぉ化け物めぇえぇ!! 獲物はこっちだ!! 私に着いて来い!!」



 新鮮な血のにおいが移動する。

前進のみを続けていた死者達の足が吉沢に向けられる。


「ょ、吉沢サン!? 何やってんだッ、戻って来て!!」


 統也が引き止めるも、吉沢の足は止まらない。

吉沢に掴みかかろうとする死者達を撃ち抜き、援護するばかりだ。

それでも全ての追撃を払う事は出来ない。由月は叫ぶ。



「やめて……、やめてぇえぇえぇえぇ!!」



 由月の嘆きを背に、吉沢は血塗れになりながらシャッターを潜る。

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