第27話 報いと責任。
(オフィスの15階を目指す前に、父サンが俺に託してくれた物がある)
『統也、念の為、先にコレを渡して置こう』
『バイクのキー?』
『そうだ。このオフィスの地下駐車場に父サンのバイクがある。
家でいじると母サンに怒られるから、ここに持って来ておいたんだ。
お前、欲しがっていたろ?』
『でも、卒業するまではって……』
『ああ。少し早いが、今日からお前の物だ』
(小さい頃はラジコン。俺がデカくなってからはバイク)
『お前の為に欠かさず整備をしていた。きっと役に立つ』
(いつか2人でツーリングへ行こうと、約束していた)
社長室前の廊下さえ切り抜けられれば、重い防火戸が死者の追跡を阻んでくれる。
非常階段から地下駐車場に降り、父親のバイクを譲り受け、ヘルメットを被ると、後ろに仁美を乗せる。これでY市へ向かう足は獲得だ。
「平家サン、しっかり掴まって。良いですね?」
「ゎ、分かってるって、」
バイクのエンジンが唸る。
「行きます」
地下駐車場を出れば、頭上に広がる空。雲1つ無く、濁りけの無い青。
眩しい陽射しと残暑の熱気に仁美は目を瞑る。
(父サンは最初から決めていたんだ。俺と一緒にあそこを出る事は無いと。
もう自分が自分で無くなっている事、それでも俺の父親であろうとしてくれた事、
俺を殺さない為に……)
『お前なら生き延びる事が出来る……信じているから』
(あの高さから落ちたら蘇える事は無いだろう。
父サンは、本当の眠りについたんだ……)
『母サンを頼んだぞ』
(言えなかった……)
「……ごめん」
「え!? 何!?」
「何でもありません! 蹴散らします!」
加速。耳にはゴォォォォ…と風の声。片手にハンドル。片手にライフル。
統也は死者達の群れを切り裂く様にバイクで突っ込み、ライフルを振り回す。
「こんな所で死んでたまるか!!」
生き残る事が、失われた多くの命に報いる事。
*
C市から約5時間。
死者の出現や、道路事情により遠回りさせられはしたが、
岩屋の車は無事 S県Y市にある葉円成都大学の門前に辿り着く。
「やっぱり、スッカラカンな感じがするな……」
Y市は県の中心部から外れている事もあり、自然も豊か。
中でも葉円大は環境や植物に纏わる学部が多く、周囲は自然観測の為の私有林に囲まれている。
それでも閉鎖感を受けるのは、それ等が金網で区切られているからだろう。
研究の一環に部外の介入を避ける必要があっての事なのだろうが、この状況下では警戒心にも見て取れる。
だが、田舎町と言う元々の人の少なさもあって、この界隈では死者との遭遇で胆を煮やす事も無い。
日夏は後部座席から怖ず怖ずと頭を出し、運転席の岩屋の顔色を窺う。
「あの……どうしますか……?」
「どうって何が?」
「えっ? えっと……この後……」
「お前はどうしたいんだよ?」
「ぼ、僕は……その…………分かりません……、」
統也が車を離れてからと言うもの、2人の関係は一層にギクシャクしている。
「靖田君、大川由月に会いたいんだよな?」
「は、はい!」
「見に行って来るって気は無いのかよ?」
「え!? ぼ、ぼ、ぼ、僕、1人で、です、かっ?」
「当たり前だろ。田島君もいる、こんなトコで車を空にできねぇだろぉが」
岩屋の言い分は毎度 理解できるも、大学内部は生存者がスッカラカンだと思われるのであって、死者達が蠢いているのは範疇だ。
そこへ1人で行って、顔も分からない大川由月を確認しろと言うのは余りにも酷な話。
単純に危険を冒したく無いだけの岩屋はこれ迄に1度も先陣を切った事が無いから、無理難題を軽々しく口にする。
「た、多分……絶対無理ですっ、、僕1人なんて……だって、怖いです……」
「あのなぁ、キミがここに来たいって言ったんだぞッ? そんなんでどうすんだよッ?」
「だ、だって、岩屋サンだって……」
「人の所為にするんじゃねぇよ! そっちが先に言ったんだろって!
いちいち言わなきゃ分かんねぇのかよッ、だからユトリは嫌なんだよ!」
岩屋の辞書に『連帯責任』や『協調性』と言う単語は無いらしい。
だが、岩屋は日夏に苛々させられている。
何かにつけ怯え、意見を求めても『分からない』の一点張り。
希望を口にする割に自己の考えが定まる事も無ければ、行動力にも期待できない。
そんな頼り甲斐の無い日夏の為に、大人げを発揮してやる気にはなれないのだ。
雖も、日夏にも言い分はある。
岩屋の言葉の強さには圧倒されてしまい、意見を言う所の始末では無い。
そして、何かを言えば発言責任の下、単独行動を迫られる。
そこに協力を求める事は許されない。
現にそうして統也をC市の中心部に置き去りにして来たのだ。
その躊躇いの無さに、信頼を寄せる事は出来ない。
そんな2人が共通して思う事があるとすれば、統也を欠いたダメージは大きいと言う事。
統也は車が運転できるでも無ければ、コンピューター知識に長けているでも無い。
実にニュートラルな高校生だ。然し、群を抜いた正義感と実行力を持っている。
悪く言えば無謀なのだが、頼もしい結果を残している事も事実。
あの場に残さざる負えなかった事が悔やまれてならない。
2人は揃って肩を落とす。
こうして車中から大学の外装を眺めていても何も分からない。
この状態では、自衛隊駐屯地に場所を変えても結果は同じだろう。
そうして岩屋が頭を痛めていると、日夏が前方を指差す。
「岩屋サン、あれ……」
「な、何だ!? ゾンビか!?」
「違います、多分、あれ……」
「え? え?」
いつでも発進できるようハンドルを握り、岩屋は日夏の指差す先を見る。
気の所為だろうか、大学校舎の3階角部屋の窓から、白い布が振られている。
カーテンが風に舞い上がっているとするには、動きはそれ程 緩やかでは無い。
日夏は自宅から持ち出した大きなリュックから双眼鏡を取り出す。
「そんなモンまで持って来てたのかよ!? 物持ち良いなぁ!」
「必要になるかも知れないって思ったから。
あぁ、やっぱり、誰かが旗を振ってます。あれは……生存者かも!」
まさか、死者が旗を作ってバサバサと合図を送ったりはしない。
日夏はゴクリと喉を鳴らす。
「ち、近づいてみませんか?」
「キミ、いきなりやる気になるよなぁ、情緒ヤバイぞ……、」
雖も、行ってみる価値はある。
岩屋はアクセルを踏むと、ゆっくりと門を潜り、周囲を警戒しながら走行。
建物付近まで近づけば、その先は金網によって遮られている。
どうやら手作り菜園の様だ。2人は車の窓から顔を出し、3階部を見上げる。
やはり、風に棚引くカーテンでは無い。
旗を振っていたのは、白衣を着た髪の長い若い女。紛う事無き生存者だ。
女はキョロキョロと左右を見やった後、開閉式の避難梯子を展開させる。
そして、死者に気づかれないよう声は出さず、ジェスチャーで合図を送る。
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