4-12「陸の宙船①」

 翌朝、日曜十一時。

 

 俺は風科の北西の林の中の開けたエリアに来ていた。俺の目の前には、二階建ての屋敷……のように見える建物があり、その真ん中には白いドームがある。


 去年の秋に建ったこの建物は、クレーバーン博士の住居兼研究所だ。

 表向きはプラネタリウムということになっていて、実際に俺たちの学校や近所の小学校に使わせたりもしてるが、本体である研究所は地下にある。俺は初めて来たが、聞いた話じゃ少なくとも地下三階まではあるらしい。


 プラネタリウムの客向けのデカい正面玄関を横切って屋敷の横合いの入口を叩き、チャイムを鳴らすと数秒ほどでドアホンから返事があった。


『シャキンとお待ちしていました、ハルカ。今開けますので……一度離れて頂けますか』

「いけね。忘れてた……悪ぃな」

『いえ』

「あと、名前で呼ぶんじゃねぇ」

『ズバンと分かりました。ハルカ』

「お前な……」


 俺がたっぷり十メートル以上離れると扉が開き、中からガイアが胸を出した。

 いや、本人は顔を出したつもりなんだろうが、どうしても顔より先に胸が出てくるし、つい目が行っちまう。大人の男の頭よりデカいあれは……何カップなんだ?Z超えてても驚かねぇぞ。


「流石にもう少し近付いても大丈夫ですよ。『迎撃判定』は五メートルですから」


 ガイアが俺を手招きする。


「おう。まあ念の為な」

「私は先にシュタッと地下二階へ行きますので二十秒ほどしたらお入り下さい」


 特注に違いねぇメイド服を着たガイアは軽く頭を下げると、先に中に入っていった。戦闘用のボディースーツかその上に装備のメカを付けた状態しか見たことがなかったが、ここではいつもこの格好らしい。


 改めて説明しとくとガイアは人間じゃねぇ。自我のあるロボットだ。より正確に言うと「ハイインテリジェントゴーレム」とかいうらしい。

 僚勇会には戦闘訓練でぶっ壊す用の低級ゴーレムしかいねぇから、ガイアをゴーレムと呼ぶのには抵抗があるが、そもそも魔術の世界ではロボットやアンドロイド全般をゴーレムと呼ぶのが標準なんだそうだ。ウチだとドローンだのドロイドだのと普通に言うから、あんまり馴染みのねぇ感覚だけどな。


 そのガイアを製作したユーリ・クレーバーン博士は、半年前に魔術連合セフィロトからの応援要員として派遣されてきたエンジニアだ。昨日も話したが、装備の開発から何から技術系全般を手伝ってくれている。




 言われた通りにしばらく待ってから円形の小部屋の中に入り、螺旋階段を降りた。

 柱は細っこく、足場は十字模様がいくつも付いた飾りっ気のない金属の階段だ。横幅は二人ですれ違うのにやっとってところか。手摺があるから普通に降りる分には良いが、バリアフリーもへったくれもねぇし、重い荷物運ぶのには大変そうだ。いや、よく考えたら正面玄関のほうには二十人は乗れるデカいエレベーターもあるから困りはしねぇか。


 地下二階に着いても階段はまだ下に続いていた。地下三階どころか、五階か六階はありそうだが底が暗くて見えねぇ。どんだけ深いんだよ。こんなに広くて博士一人で使い切れるのか?

 廊下に出ると、ガイアがいくつかある部屋の一つから上半身を半分だけ出して手を振っていた。

 ガイアは別にシャイな訳じゃねえし、俺が特別嫌われてるって訳じゃねぇ……筈だ。仮にだが……万一、嫌われてるとしても、近づけねぇのは完全に別の理由だ


「こちらへどうぞ」

「ああ」


 案内されたのは寝室だった。部屋の奥にはデカいシングルベッドがあり……博士はその上で寝ていた。

 いや違う。

 博士はゴム紐でベッドに拘束されて寝か「されて」いた。


「……なんだこりゃ」


 部屋の隅、俺から五メートルは離れた位置に立ったガイアが、この訳の分からねぇ状況の説明をした。


「はい。今朝私が五時に起きましたところ、机で研究をしておられたので、シュバッと引き剥がしてギュッと縛りつけてアイマスクをつけて眠らせたのです」

「そこまでするか?」

「夜の十時には休む、という言葉をゴクンと鵜呑みにした私が愚かでした。休んだには休んだものの二十分休んですぐにシュタッと再開したそうです」

「まさかそれから七時間近くぶっ続けで……?」

「その通りです。流石に五分程度の休憩は複数回挟んだようですが……」

 

 それは休憩と言うには無理がある。実質ぶっ続けだ。


「だ、大丈夫なのか……?そんなに仕事を振られてんのか……?」


 ウチがこんな無茶な仕事の振り方をするとは思い難いんだかな。

 かく言う俺も仕事を頼みに来た訳だが、良かったのか?


「いえ、僚勇会の皆さんからの依頼は今週納期分までを水曜までにパパッと終わらせています。キラッと優先事項ですから」

「え。じゃあ何してたんだよ」

「博士の趣味です」


 ガイアは長い溜め息を吐いた。


「趣味って……労働時間外に何しようが勝手だけどよ、これは限度超えてんだろ?博士は何をやってんだ?」

「それは……本人にズバンと説明してもらいましょう」


 博士の方を向くと、俺たちの会話で目が覚めたのか、博士がもぞもぞと動き出していた。

 

「ふわぁあぁ」


 アイマスクをされ太いゴム紐でベッドに拘束された大人の男の第一声がこんなんで良いのか。


「博士、起きたのならキリッとして下さい。来客ですよ。ハルカです」

「だから名前止めろっつってんだ……ろ」


 俺が抗議すべく一歩前に出ると、ガイアは後ろ手でハンドガンを俺に向けた。

 それに気付いた・・・・ガイアは、俺を振り向いて悲しげな顔を見せる。


「……ハルカ」

「悪ぃ。忘れてた」


 俺が一歩下がると、ガイアはホッとした表情になった。手の震えを鎮め、銃をしまう。


「いえ、こちらこそ。難儀なものです」


 ガイアに仕込まれた自動迎撃プログラムは、俺が博士やガイアに近づくと迎撃するように設定されてやがる。仕込んだのは博士だが好きでやったことじゃねぇ筈だ。上から要請されてのことだ。

 「要注意人物」である俺が、機密情報の塊であるガイアや博士に近付いちゃいけねぇんだとさ。俺が何かした訳でもねぇのに忌々しい話だ。

 じゃあ何故かと聞かれそうだが……今は言いたくねぇ。


 この自動迎撃は人間で言う深層意識部分が勝手に行うらしい。銃を持つ手が震えてたのは、深層意識が勝手に撃とうとするのを表層で抑えてくれてたんだろう。好きでやってるわけじゃねぇのはガイアも同じってことだ。


 前に一度こっそり近寄ったことがあるが、ガイアの持っていた辞書をぶつけられたばかりか、無意識に俺から飛び退いたガイアまで壁にギャグ漫画みてぇに埋まっちまったことがある。あれは悪ぃことをした。俺も肋にヒビが入ったけどな。


 ともかく俺は二人の五メートル以内には近付けねぇ訳だが、流石にこれじゃ共闘しづらいからと博士が上に掛け合ってくれた結果、今ではガイアのAIが戦闘モードに切り替わった時は、二メートルまでは近付ける様になった。

 これでも十分不便だから、なるべく同時に出撃しねぇように編成の段階で気をつけて貰っている。

 本当にあのクソ野郎のせいで面倒な……いや止めだ止め。考えたくもねぇ。


「おはようございます……あれ?真っ暗……ガイア!またですか!縛るのは止めてくださいよ!ガイア!」


 高価そうなベッドの上でデカいイモ虫がびくんびくんと蠢いている。


「少しシーンと待っていて下さい」


 ガイアは俺を手で制すと、ゴム紐を解きにかかった。敷布団の上から巻かれた紐を腕で巻き取っていく。二十回ほど巻き取ると紐の束を近くの台の上に置いて、布団を剥いだ。その下から出てきた博士の身体には……またゴム紐が巻かれていた。 


「厳重過ぎんだろ!」

「いえ、ギリギリ安眠できる範囲で妥協しています」

「これで?」

「そうですよ。酷いですよガイア」


 両手を腰の横で縛られたままの博士が抗議する。


「以前、腕を自由にしておいたら、半分眠ったままでメモ帳に数式をキュキュッと書いていたことがありまして」

「マジかよ」

「だって思いついた時に書かないと忘れちゃうじゃないですか。だから常にメモとペンは手放せません」


 呆れる俺をよそに、ガイアはベッドの下を通したゴム紐を全て回収する。博士は自力でアイマスクを剥がそうとしてるが、上手く行っていねぇ。腕が痺れてるっぽいな。ガイアが代わりに外してやってる。


「いやいや。参りました……おっと失礼。おはようございます。片桐くん」


 博士はイギリス人とは思えねぇほど流暢に日本語を話す。


「あ、ああ。朝早くからすんません」

「いえいえ。しかし大変ですね君も」

「いや、どう考えても博士のほうが大変だろ。色んな意味で」

「……平日の昼間にこんなところに来るなんで」

「……日曜の午前だぞ」


 百歩譲って曜日はともかく、朝早くだって今言ったばかりなのに……。


「……あれ?」


 博士はベッドの横のアナログ時計を手に取った。西暦や日付と曜日が英語で見られるタイプだ。


「あ、本当ですね。いけないいけない。感覚が狂ったようです。これはまた失礼しました」

「大丈夫かよ」

「ハハハ。もう。ガイアが無理やり眠らせるからですよ。勘弁して下さいよ」

「ほぅ……」


 ガイアは胸の下で腕を組み、鋭い目つきで顎を軽く引いた。とてもメイドが主人に向ける表情じゃねぇが、主人を縛る時点で今更だ。そもそもコイツはメイド服を着てはいるがメイドロボじゃなく、戦闘用ロボの筈だから良いのか。

 いや、良くねぇ。戦闘用ロボが主人に逆らうほうが怖ぇよ。


「私のせいだと仰いますか」


 ……そんなことよりもだ。

 組んだ腕で強調された胸がやべぇ。片乳だけで男の頭ほどもあるくせに、動くたびに柔らかさと弾力を主張して……落ち着け!あれは!シリコンか何かだ。人間のとは違う!俺は危険物から目を逸らし博士の顔を注視する。ガイアに気圧されて少し青くなってるな。


「労働は趣味の分を含めて一日十六時間まで……とシャキンと約束したのに、守って頂け無かったのはどなたでしたかね?」

「働き過ぎだろ!?」

「ええ。最初は十ニ時間と言ったのに、頑なに譲らなかったので、これでもグーッと妥協して差し上げたのですが……」


 ガイアは長い溜め息と共に目を瞑り、そしてカッと見開いた。


「ですが昨日の様なオーバーワークを連発されましては、規制をグイッと強めるより他ありませんね」

「そんなぁ!困りますよガイア。人間の人生は短いんですよ?生きてるうちに少しでも研究を進めなくては」


 博士がガバッと上半身を起こす。白と薄青の縞パジャマと帽子を着ている。帽子の天辺には白い毛玉がついていた。言っちゃ悪ぃが子供っぽい印象を受ける。


「今の生活を続けていては、その短い人生が更に短くなると言っているんです」


 ガイアが胸を反らす。凶器が揺れる。


「そ、そうだせ博士。大体、何をそんなに研究してるんだよ?」


 俺はさっき聞こうとしていたことを改めて聞いた。


「宇宙です」

「宇宙?」


 博士からは漠然とした、しかしデカい答えが返ってきた。


「博士は宇宙開発全般に関する研究や開発を手広くやっておられます。僚勇会の皆さんに提供する、ドローン、武器、被服、携行食その他は全てその応用なのです」


 ガイアは得意気にデカい胸を張る。


「へぇ」


 間の抜けた反応になっちまったが、唐突に話が膨らみ過ぎてちょっと戸惑ったせいだ。実際凄ぇんだろうけど、いまいちピンとこねぇ。決して、突き出された胸に意識を持っていかれたからじゃねぇぞ?


「どうも博士の凄さをご理解頂いていないようですね?」

「うぉっ!」


 俺の反応の鈍さが不満だったのか、ここでガイアはデカい爆弾を解放した。ついでにバッと大きく広げた両腕から別の爆弾も解放された。


「この!ガイアステーションも、博士がアカプルコの別荘をスパンと抵当に入れて建造した宇宙船なのです」

「アカプルコの別荘?へぇ、博士金持ちなんだな…………宇宙船?」


 思わず見惚れた……もとい聞き入ってた俺は反応が遅れたが、ガイアはさも当然のようにとんでもねぇことを抜かしやがった。

 俺は、帽子を外して髪を整えている博士の表情を窺った。


「どうしました?」

「マジで宇宙船?」

「ここですか?ええ」


 博士は平然と頷いた。


「正確にはその名の通り宇宙ステーションですが、宇宙船でも間違ってはいませんね」


 ガイアはたまに冗談を言うが、博士はあまり言わねぇと聞いている。つまりマジってことか。やべぇな……宇宙旅行が徐々に身近になってる時代とはいえ、まさか知らねえウチに宇宙船の中に入ることになるとはな。


「ん?待ってくれ。それが何で地下に埋まってるんだよ」

「この船は元々、博士が宇宙空間で研究を行う為に開発したものなのですが……」

「打ち上げ許可が降りなかったんですよ。それで仕方なく移動研究施設として使っている訳です。殆どの施設は地上でも使えるのが幸いでした」

「いや先に許可取ってから造れよ」


 順番があべこべだ。許可を貰ってからなら上から予算も出て、別荘を抵当に入れる必要もなかったろうによ。


「思い立ったが吉日って言うでしょう?図面を閃いた日から一ヶ月で一気に作っちゃいました」


 博士は上着を着せられながらとんでもねぇことを言った。


「閃いた……『日』?」

「ええ。博士は図面を半日でスパンと閃き、残る半日でダーッとそれを建造用ゴーレムに入力し、一気に完成させました」

「………俺、詳しくはねぇんだけどよ、こういうのは専門家が大勢で何ヶ月とか掛けて設計して、建造には何年も掛かるんじゃねぇのか?」


 この宇宙船は俺が確認出来た部分だけでも、地上が二階と地下三階以上はある。その図面を一発で閃いただと?

 俺の質問にガイアは得意気に両腰に手をやって胸を張った。


「博士は天才ですから」

「そ、そうか……あれ、待てよ。ここに建てるのに一月も掛かってたか?」


 去年ここで工事をしてたのは覚えてるが、一週間くらいだった筈だ。


「いえ。数日掛けて穴を掘って、そこに飛ばしてきて埋め込んだんですよ」

「いや!目立つだろうがよ!?」

「勿論夜の内に、スパーンと認識阻害結界を張って飛ばしましたよ」

「いやぁ。先に作って正解でしたね!」

「はぁ……」


 二人はさも当然のように談笑している。まるで普通の引っ越しの苦労話でもしてるみてぇな空気だ。

 なんつぅか、色々とスケールが違ぇ……。

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