4-4「藤宮涼平」

 ―放課後。俺と瑠梨が生徒会室に入ると、まだ藤宮先輩と金枝先輩の二人しかいなかった。


「しまった。早過ぎたか」

「ゆっくり来れば良かったね」


 瑠梨が苦笑する。


「……?早いということもないと思うが?」

「も、もう!何を言ってるの二人共!?……お茶淹れるから待っててね!」


 不思議そうな様子の藤宮先輩を置いて、金枝先輩はいそいそと俺たちの茶を用意しに行った。

 今日は恵里は部活でいねぇし、ラッタは何かの用事、久浦たちは掃除当番で遅れる。俺たちはスムーズに来ちまったから少し暇だ。こんなことならもう少し二人きりにしてやるべきだったが、今更戻るのも変だ。取り敢えず椅子に座る。


「そういや先輩。朝は聞き忘れたけど……あの後、会長に殺されませんでした?」


 藤宮先輩は森の奥の調査に予定より時間を掛けて、俺たち……特に金枝先輩を心配させ、会長にエラいお叱りを受けていた。一昨日の夕方にお叱りの途中で別れたままだから俺はあの後を知らねぇ。


「ああ、殺されたな。社会的に」

「何されたんすか……!?」

「……」


 無言で目を逸らした藤宮先輩の代わりに、金枝先輩が答えた。


「えっとね……佐祐里ちゃんに大っきいリボン付けられちゃって……頭の、正面に」

「会長、悪魔かよ」

「一昨日の夜から昨日の一時間目の直前まで」

「魔王かよ」


 つまり、朝はリボン付きで登校したということになる。当然、同級生にも目撃された筈だ。……いくら何でもやり過ぎじゃねぇのか?


「いや、違うぞ。本当は水曜の夜だけで許すと言われたのだが、それでは罰にならんと思ってな。自主的に授業直前まで罰の期間を延ばした」

「社会的な自殺じゃねぇっすか」


 律儀というか融通が利かねぇというか……。始業前に止めたのも単に教師に見られると会長に迷惑が掛かるからだろう。


「まあ、クラスの皆は笑うどころか……怖がって距離取ってたけどね」


 金枝先輩が遠い目で苦笑しながら、カップを温めていた湯を捨てる。紅茶は淹れるのに時間が掛かる。普段なら頃合いを見て丁度いいタイミングで先に用意してくれてんだが、やっぱ俺たちが来るのが早過ぎたな。


「先輩、さゆちゃんに写メ貰ったのはる君にも見せてあげて良いですか?」

「俺の写真のことか?まあ、構わんが……」

「構ってくださいよ!?」


 先輩は対して気にした様子もなく了承しちまった。


「ほら、はる君」

「よせ瑠梨。見たくねぇ」

「え~。可愛いのに」

「だから見たくねぇんだよ。俺的には可愛い『先輩』は会長で……会長と金枝先輩で間に合ってんだよ」

「違うよ。さゆちゃん……たちが可愛いのは前提として、この先輩の可愛さは別の方向だから……」

「いや、リボンつけたごつい男の写真の時点で嫌だからな?」

「リボンつけたごつい男……」


 藤宮先輩が項垂れる。角度にして二度か三度くらいだが、先輩の場合、これでも割と傷ついている様子だ。しまった。


「あっ!すんません!良いんすよ!?好きで付けてた訳じゃねぇんだし!先輩は悪くねぇから!」


 俺の直球で容赦ねぇ表現に、流石の藤宮先輩も少ししょげちまった。


「はい、今微妙に忘れられかけた先輩のお茶ですよっと」


 ことり、と嫌に静かにカップが置かれた。顔は笑ってるが目が笑ってねぇ。


「す、すんません……そういう訳じゃぁ」


 俺の周りの女は年齢に関わらず、『美しい花には棘がある』を体現してる人ばっかりで困る。え、瑠梨はって?何言ってんだ。瑠梨にはとびっきり鋭ぇ棘が………止めとこう。隣から『圧』を感じた……気がする。気がするだけであって欲しい。


「大丈夫ですよ先輩。はる君は『相手』がいる人を勝手に可愛いって呼んで良いか迷っただけですから」

「あ、相手って……!?何言ってるのもう!」


 瑠梨の言葉を打ち消すように、金枝先輩が空中で両手を振る。その仕草が大阪のおばちゃんっぽいな、と思っちまったが、その考えを読まれる前に頭を軽く振って振り払う。どうも俺は考えが表情に出やすいらしい。俺みてぇな並列思考持ちは心を読まれにくい、らしいんだが本当なのか自分でも疑わしくなる。


「相手……?」


 当の藤宮先輩は自分のことを言われたとか以前に、何の話かすらピンと来てねぇようで首を傾げている。幸い金枝先輩はこれに気付いてねぇようで良かった。俺たちが紅茶を味わう間に、金枝先輩は我に返って瑠梨の方をくるりと向いた。


「ところで瑠梨ちゃん。瑠梨ちゃんも私のこと飛ばし掛けてたよね?」

「あっすいません……。前提としてさゆちゃんが可愛過ぎるので、他の人はつい別枠に置いちゃっていまして……」

「……そ、そうなんですか。すみません」


 先輩は軽く後退った。気持ちは分かる。俺もたまに怖い。「たまに」の回数が、毎月のように片手じゃ足りなくなるのも怖い。


「そう言えば、片桐。借りたゲームのことなんだが」


 藤宮先輩はカップを置いて俺に尋ねた。去年の暮れに貸したゲームのことだろう。


「なんすか?」

「まだ、あまり進んでいなくてな。もうしばらく……」

「大丈夫っすよ。スー○ァミ版だけで十本持ってますから。俺の卒業までに返してくれれば」

「気長!あと多い!」


 金枝先輩が空中でツッコミの動作をする。


「短いより良いでしょうが」

「そこは、せめて涼ちゃんと私の卒業じゃないの?」

「いや、先輩忙しいだろうし、来年は受験とかでもっと忙しいだろうから良いんすよ」

「それにしても……」

「あ、俺の卒業って言っても、大学のっすよ」

「気ぃ長過ぎ!!?」


 金枝先輩が目を見開いて、椅子から滑り落ちかけた。どうしてそうリアクションがいいんだ先輩。今のはコレ見たさでわざと言った部分もあるが、嘘じゃねぇ。別に六年くらい貸しても困らねぇんだ。


「じゃあ、はる君は八年も貸しておくつもりなんだね?」

「……何いってんだお前?俺ら今度の春で高ニだぞ?八年ってお前……大学に六年だろ?医大とか院とか目指してねぇぞ俺は」

「現役で合格できる自信はどこから来るの?」

「何で出来ねぇ前提立てんだよ!?したとしても一浪で止めるわ!」


 瑠梨のあんまりな物言いに俺は思わず腰を浮かせた。まあ、別に発売から四半世紀経ったゲームだし実際に八年貸しても困らねぇが、どうして瑠梨は俺に対してだけ、時々無駄に辛辣なんだオイ。


「話が大きくなっているところ悪いが、俺はそもそも半年以内には終わらせたいんだが」

「まあ、そうっすよね。やりかけのゲーム中断して受験に臨むのも落ち着かねぇでしょうし」

「そんなものか」

「そっすよ」

「あー。ところで、片桐くん」


 金枝先輩が、俺と藤宮先輩の間を遮るように手を差し出して尋ねた。


「なんすか?」

「十本もあるんなら、一本くらい涼ちゃんにあげるか売れば良くない?……いや、そもそも何で十本もあるの?保存用……?とかにしても多すぎるでしょ?移植版も別に持ってるんだよね?」

「いやいや、出荷の時期でバグとかの仕様が変わってたりするんすよ。先輩に貸したのは、生産終了直前のバグが少ねえ奴っすから」

「そうか。そんなに良いものを借りて悪かったな……」

「良いんすよ。同時期のロットのだけであと二本持ってますから」

「だから何でそんなに持ってるの!?」

「別に……良いじゃねぇっすか……」

「……?……!……あっごめん!」


 先輩は首を傾げたあと何かに気づくと、浮かせていた腰を下ろして椅子に座り直す。気まずそうに口を噤んだ。途中で俺の隣の瑠梨と目が合っていた気がする。瑠梨のやつ余計なことを……。


「それで片桐、実はゲームの攻略で相談があったんだが」

「あ、そうだったんすか!?」

「……もしかして私が話題を逸しちゃってた?」

「まあな」

「うう、ごめん」

「別に良い。それで、昨日久々に再開したんだが、分からないところがあってな…」

「ああ、良いっすよ」


 藤宮先輩はゲームをやる人じゃねぇ。非電源系でさえ、チェスや将棋のルールが分かる程度だ。それでも真面目に集中してやるから、中級者くらいの実力はあるけどな。

 おまけに体付きは良いのにスポーツもやらねぇ。暇があれば全て修行に費やし、それを苦とも思ってないらしい。


 本人はそんな状態に特に不満を感じてねぇようだが、会長はえらく心配している。去年の秋だったか、藤宮先輩に何か遊びを教えてやってくれと俺に頼んできた。

 周りと話題を合わせやすい流行りのソシャゲ辺りはどうか、と言われたが、大抵のソシャゲは毎日ログインボーナスだのスタミナだのを気にしなきゃならねぇし、最悪クリア前にサービスが終わる危険性もある。そもそも俺は人に勧められるほど詳しくねぇ。


 そんな訳で忙しい先輩でも自分のペースで出来るRPGを選び、手持ちの二十作品くらいの中から、一番思い入れの強いのを渡した。

 ソフトとハードと一緒に説明書も貸したが、それだけだ。攻略本も上下巻セットが五揃いほどあるが、いらないと言われた。先輩は物を大事にするほうだし貸しても良かったんだが、まず自分の力で解きたいんだそうだ。

 それでも攻略が詰まった時は俺に聞けと言ってある。先輩はネット検索も得意じゃねぇし、そもそも検索だと下手すると必要以上のネタバレを食らうこともある。その点、俺ならダンジョンの構造からアイテムの場所まで本を見ねぇでも分かるから、必要な分だけの情報を教えられる。伊達に何十周もしてねぇ。


「今、どこまで行きました?」

「まだ最初の村だ」

「えっ!?」


 思わず大声が出た。慣れたプレイヤーなら一時間もせずにクリア出来る所だ。RPGどころかテレビゲームの初心者ならもっと掛かるのは仕方ねぇが、いくら忙しいとはいえ三ヶ月近く掛かってまだそことは思わなかった。


「プレイ時間は何時間くらいっすか?」

「……十時間くらいだと思うが」

「えっ!!?」


 そんだけありゃ、俺ならラスボスを二回近く倒せるし、初見でも全体の三割くらいは行ける筈だ。

 元々あまり難しいゲームじゃねぇが、最初の村は最初だけあって特に難しいポイントはねぇ筈だ。先輩は説明書はちゃんと読むタイプだから、操作で詰まる筈もねぇ。よっぽど戦闘が下手、なのか?


「レベルは!?」

「2だ」


 嫌な予感がした。このゲームは最初の村に付く前に二回戦闘があって、それでレベル2になる。実質これが初期レベルみてぇなもんだ。


「戦闘回数は?」

「ニ回」


 やっぱりかよ。


「まさか、最初の洞窟入ってねぇのか!?」

「ああ、それをどうすれば入れるのかを聞きたかったんだが」

「入れるよ!?」


 衝撃のあまり思わずタメ口になっちまったが、俺が驚いたのも無理はねぇ。最初の洞窟は、冒頭の会話イベントが終わって主人公が自由行動できるようになれば、すぐに入れる。あそこに入れねぇ、なんてバグは聞いたことがねぇ。最初から開放されてんのにフラグ管理もへったくれもねぇからな。


「入れる……だと?」


 先輩は心底以外そうな反応だ。なんで入れねぇと思っちまったんだこの人は?なんとなく頭が疲れそうな予感がした俺は、脳に糖分を補給すべく飲みかけの紅茶に蜂蜜を一回し注いで混ぜた。


「もう角砂糖2個分入ってるのに……」


 金枝先輩にぼやかれたが、気にせずに飲み干す。


「じゃあ、あの洞窟の側にいる戦士は何なんだ?」

「ただの見張りですよ?」

「彼が洞窟に入ると危ないと言って引き止めてくるのだが、どうすれば許可を貰えるんだ?」

「要らねぇよ!?」

「何故だ!?」


 先輩は椅子から腰を浮かせかけた。そんなに驚きますか、そこ。どうやら自分が妙なことを言ったらしいと気付いたらしい先輩は、一呼吸ついて座り直し紅茶を飲んだ。


「片桐くん、それってアレだよね。良くあるお決まりの」

「ええ、あくまで警告を発するだけで入り口を塞いでる訳でも、入るのを邪魔してくる訳でもねぇです」


 金枝先輩の言うとおり、RPGにはよくある奴だ。小説とかテレビでもある。『押すなよ?押すなよ?』ってアレだな。


「だってのに何で許可いると思ったんすか……」

「要らない……だと……!?」


 藤宮先輩は心底仰天したらしく、目を剥いている。


「主人公は六歳だろう」

「そうっすけど」

「つまり六歳児が魔物の出る危険な洞窟に入るのを、あの見張りは黙って見過ごすのか!?」

「……まあ、そうなりますね」

「一度は警告しておきながら!?」

「はい」

「一体何を考えているんだ…!?」


 言われてみりゃ、確かにそうだけどな……。


「じゃあ、あれっすよ。余所見をした隙にこっそり入るっててい・・で」

「それは……管理不行き届きでクビにならないか?」

「なりません!」

「本当か?」

「本当ですよ。ちゃんと村が滅……最後までいますから」


 危ねえ。初見プレイヤーには絶対教えちゃいけねぇネタバレをする所だった。


「そうか。だが何故……」


 め、面倒くせぇ!……いや妥当な疑問かも知れねぇけどよ。


「じゃあ!あれっすよ!子供が洞窟に入った責任を取らされかかるけど、主人公の親の口利きで難を逃れた!これで良いでしょう!?」

「なるほど、彼は村の有力者だったな。しかも危険に晒された子供本人の親だ。それなら、村人も納得するか」


 藤宮先輩は顎に指を当てて、うんうんと頷いている。ようやく納得してくれたようだ。

 ―実の所、次の町だと別の門番が寝こけてる間に子供二人が夜中に外に出るという、もっとまずい案件があるんだが言わねぇでおく。聞かれたらこれも当事者の親の口利きってことで押し通そう。


「涼ちゃん。最初の町でそんなこと言ってたら大変だよ?細かいとこは折り合いつけて脳内補完しないと……」


 金枝先輩もあまりゲームをやるほうじゃねぇらしいが、藤宮先輩と違ってテレビや漫画は嗜む。フィクションのお約束ごとは理解してくれているようだ。


「理不尽なこととの折り合い、そこは現実と同じか。ゲームを通して現実の難しさを学べる訳か」

「少なくとも、今の所で学ばせようとは思ってねぇでしょうけどね……!」


 俺は額を抑えた。藤宮先輩がこんなに面倒なプレイングをするとは予想外にも程があった。十時間も村の中オンリーで何をしていたのかと聞けば、一マス一マス地道にマップを調べていたらしい。アイテムがある可能性があるタンスやツボはともかく、ただの地面までだ。

 悪いけど何もねぇんだ。むしろ足元に何かあるのなんて全フィールド、全ダンジョンや町のマップチップ数万の中で十箇所もねぇんだ……!これは流石に言っておいた。


「そうか……自分で確認したかったが」


 軽いネタバレに、珍しく不機嫌な顔を見せたが、仕方ねぇだろ。このまま放っておいたら、何十時間も無駄な作業をさせることになっちまうんだから……。

 俺は会長は「涼平に少しは人間らしい遊びを教えて上げて下さい」と頼まれていたが、そんな虚無の作業をさせたら真逆になっちまう。

 同級生……というか人間を評する言葉とはとても思えねぇが、今ならこの言葉の意味が少しは分かる。この人はとことん律儀というかバカ正直で融通が効かねぇんだ。良く言えば真っ直ぐってことでもあるけどよ。


 戦闘ならもっと発想力もあり応用も効く人なんだが、それ以外のプライベート周りでは大体こんな感じだ……と金枝先輩が溜息混じりに苦笑した。会長もだけど苦労が忍ばれるぜ。

 金枝先輩が次の紅茶を入れ終わると、ちょうど久浦たちとラッタが来た。予定通りに来ればやっぱりタイミングはぴったりだ。


 雑談を打ち切って全員が席に着くと、金枝先輩がパソコンのメモを見ながら話す。


「ええと、じゃあ今日の確認事項は卒業式の……」

「ああ、その前に叶音」

「なぁに?」

「忘れる前に訂正しておくが、さっきのあれは町じゃなくて、村だ」

「え、そこ突っ込んじゃうの!?」

「しかも今ですか」


 金枝先輩と瑠梨が真顔になる。そう言えば金枝先輩は町と言っていた………ような気もする。


「?」


 あとから来た三人は当然意味の分からねぇ様子でキョトンとしている。まさかこの切り口でゲームの話とも思わなかったようで、特に追求することなく会議は続けられた。

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