2-14「奮闘」

―数分前:


 片桐と恵里が洞穴の中へと走り出した瞬間、佐祐里は次の行動を決めていた。二人を追わず、生存者が集まっている南側へと走りながら、桐葉たちへの伝言をドローンに吹き込み、後方の通信機へと飛ばした。近付けば無線で伝言が届く筈だ。


「うわぁあああ!」


 洞穴の中から聞こえた絶叫はくぐもってはいたが、岩と糸の壁越しでも充分に聞こえる程だった。佐祐里は足を速めながら銃の両側に二枚のレコードを装填する。中央入口の前で雪を散らしながら足を止め、糸の壁に銃口を向ける。


<Fire!ウェーブ!>


 電子音が響く。攻撃力の高い炎と、拡散効果の波の力だ。洞穴の中では炎は使えないため、レコード内の魔力を使い切って銃口から炎の波動を放つ。一瞬にして入口を塞ぐ糸を焼き払うと、火が消えるより先に中へと跳び込んだ。

 突入とほぼ同時、数メートル東側に新種を見つけた。

 周囲では通常種のバケグモたちが蠢いている。数は親が十、子が三十ほどで種類は様々だ。これを突破して新種を攻撃するのは難しい。佐祐里は素早くレコードを排出し手持ちと交換する。新種が眼前の獲物から佐祐里に視線を移したのも一瞬、東側から怒声が飛んだ。


「おい!テメェらぁああああっ!!こっちだ!!」


 声帯を引き裂かんばかりの片桐の叫びは洞穴中に複雑に反響し耳を打つ。新種を含むバケグモたちは一瞬硬直し、それから声のした方角を向いた。新種は何事か短く叫ぶと、片桐の元へと無数の脚を蠢かせて駆け出した。

 一瞬、背後から新種を撃ち、片桐たちと挟撃する考えも浮かんだが、即座に頭を軽く振って打ち消す。今優先すべきは生存者の保護だ。他のクモたちは怒声に驚いたのか動きを止めている。好機ではあるが、下手に先制攻撃するのも危険だ。

 広場は奥行き十五、幅二十、天井の高さが十五メートルほど。壁面には外と通じる南側に六名、反対に十名ほどの生存者が糸で張り付けられている。クモはサイズや種別を問わず広場全体に散ってじっとしている。

 生存者かクモのどちらかだけでも一箇所に集中しているのならともかく、この状況で被害を出さずに敵を瞬殺するのは不可能に近い。

 互いに睨み合う膠着状態のまま時が経つ。

 

 片桐の様に虫の表情を読めれば打つ手もあろうが、佐祐里には出来ない。このクモたちは飢えながらも餌に手を出さないなど異常な行動をしているため、生態から行動を予測するのも難しい。

 ただ、先に交戦したマダラやコモリが新種の目を盗んでここから逃げ出したのだとすれば、ここにいるクモたちも同じ行動を取る可能性はある。今空けた穴から外に出ていくようなら好都合だ。生存者を守りやすくなる。後から来る仲間は危険になるが、外に追い出す可能性は先程伝えてあるし、全小隊が連携すれば十分勝てる数だ。


 佐祐里が油断なく周囲を警戒していると……東側から衝突音が響いた。

 洞穴全体が大きく揺れる。佐祐里は反射的に東を向きかけ、即座に首を戻し大きく跳んだ。数匹のバケグモたちが突撃してきたのだ。追撃が有るかと振り向けば、クモはそのまま外へと出ていってしまった。壁に張り付いた佐祐里はそれを見下ろす。


(このまま全部外に誘き出せれば良いのですが……)


 左手で銃を構えながら、残ったクモの様子を窺う。何体かは今の一団に追従して、恐る恐る外に出ようとしている。行動を決め兼ね、まごついている風のクモも居る。そして残りの約半数のクモは……生存者ににじり寄っている。


((………っ!!!))


 生存者たちは恐怖に震え声を押し殺している。佐祐里に助けを求める者はいない。下手に注意を引けば真っ先に食われると思っているのか、声を出す気力が残っていないのか……あるいは少女一人では新たな犠牲者にしか見えないのかも知れない。

 安心しろと声を掛けてやりたいが、全員に一度に届く声で叫べば新種が戻ってきかねない。佐祐里は無言のままで壁を跳び離れ、銃のトリガーを引く。


<Lightening!/オービット!>

 銃口から雷速の弾丸が飛び出し、足元の小グモ数匹をまとめて倒す。生存者たちには、光の輪がクモを貫いた様に見えただろう。周囲の指定した軌道を周って敵を攻撃する一体多向けの力だ。

 着地すると右手でオービットのレコードに触れ、ライブハウスのDJのごとくスクラッチ操作を行う。手の動きに合わせ弾丸の軌道が千変万化に変わる。

 基本の楕円軌道の幅や角度を変えて、より多くの敵に当てる。威力を下げる代わりに一発の弾を一周で止めずに二周させて子グモを一掃する。楕円の幅を縮め、自分の周りを素早く数周させて、接近してきたクモを跳ね飛ばす。

 スクラッチ操作は旧式武器であるレコードアームズが最新型に勝る点の一つであり、その場で細やかな能力の調整を行うことができる。

 もっとも使いこなすには習熟が必要で、佐祐里はまだ未熟な方だと自認している。そもそも使いこなせていれば、左側の属性レコードを擦るだけで弾種を拡散弾や軌道変化弾に調整できる。右側は本来無くても良いのだ。



 ……一連の攻撃で子グモ十匹を倒し、親子合わせてその倍以上を負傷させた。親グモは倒せていない。軌道弾は威力が低いからだ。だが敵の注意を佐祐里に引きつけることは出来た。クモたちは殺気立っている。

 彼らは飢えていたのに、恐らくは新種によって捕食行為を禁止・もしくは制限させられていた。ようやく餌を得られると思ったところを佐祐里に邪魔されたのだから怒るのも当然だ。食事の邪魔者に容赦はするまい。


 佐祐里は両側のレコードを排出し、同時にハンドサインで後ろに指示を送る。ちょうど外から追いついてきたサポートドロイド群がそれを受けてレコードを放り投げる。佐祐里は走りながらそれを銃で受け取る。

 軌道弾で容易く対応出来る子グモで動けるものはもう少ない。殆ど倒したか足を撃って動きを封じた。残る親グモをレコードを使い尽くす覚悟で倒さねばならない。


<Illusion!/クイック!>

 電子音と同時、武器を剣モードに切り変える。迫ってきた多眼グモに幻影付きの連撃を叩き込む。高速で放たれる連撃。剣の周りには、剣の形の幻影が無数に纏わり付き、手数自体の多さと相まって数百の剣のように見える。

 多眼から大量に流れ込む情報に混乱する中、クモは脚や顔を切り裂かれていく。何とか放った反撃は幻影ばかりに命中する。渾身の勢いで放たれた溶解液は、佐祐里が跳んで躱すと、後方から迫っていた別種のバケグモに命中する。顔を溶かされたクモが悶え苦しみながら、尖った前脚で多眼の頭を打ち抜く。


<Aqua!/クイック!>

 水を纏った剣が両者に止めを刺す。水により剣は溶解液の影響を受けずにクモの体を斬り抜ける。横合いから現れた新手の多眼には、屈折率の変化で刀身を透明にして間合いを狂わせ、懐に飛び込んで切り裂く。


<Aqua!/エクステンド!>

 不可視の水剣が自在に伸長し、より刀身を捉え辛くなる。多眼は視力が強い方とは言え、バケグモの知覚は聴覚や熱感知への依存度が高いが、水の力は静音性能と冷却力も得られる為、どのみち有効である。スクラッチで一瞬だけ刀身を特別長く伸ばし、槍のようにして正中線を貫いて倒す。

 背後から更に現れた新手は、閉所に投擲したピンポン弾の様に縦横無尽に跳ね回る。すばしっこいトビバケグモだ。


<Cyclone!/エクステンド!>

 左側を追尾効果のある風属性に変更し、振り向きざまに背後を切り裂く。佐祐里自身でも捉えてはいたが、追尾効果が狙いがより正確に研ぎ澄まし一刀の元に敵を両断する。子グモに続いて親グモまで立て続けに三匹倒されたことで攻撃の波が止んだ。



 佐祐里は生存者の多い北側に陣取っている。それをクモたちが包囲していたが、包囲は徐々に遠巻きになってきていた。南の入口に近い一部はこそこそと逃げ出している。それが北に陣取ったもう一つの理由でもある。

 佐祐里の頭上から密かに迫ろうとしていた子グモも何匹かいたが、カラス型ドローンと、東から到着した片桐のクワガタたちの集中攻撃で落下している。

 包囲が広がるのは生存者の安全という意味では良いが、先程の様に同士討ちを狙うことが出来ない。いや正確には「同士」討ちではない。同種族・同コロニー以外は別に仲間でもない。その為、連携が弱いのは助かるが、反面バラバラに動くため全体の動きが読みづらいのは厄介だ。

 多くのクモを一人に倒されたことで、彼らは攻撃を躊躇している。敵は一人。全員で特攻すれば勝てるが、自分や同族がその役目を負うのは避けたい。

 クモたちは互いに押し合いへし合いしている。その隙に佐祐里は通信中継ドローンを出しつつ、西側から飛来した片桐たちのドローンを回収した。


 バケグモたちを油断なく警戒しながら、情報を確認する。残念だが北側に生存者はいないらしい。一瞬、片桐達にこれ以上の無理をさせなくて済む、と考えた自分を恥じる。それに親子合わせて三十匹以上が北側にいる様だ。

 遺体の数は洞穴全体で二十人に届かなかった。佐祐里たちにとっては多いが、この数のクモたちにとっては少なすぎる。クモたちはやはり相当空腹な筈だ。簡単には諦めないだろう。


 佐祐里はゆっくりとレコードを再交換し、回復薬を飲む。ドロイドたちもクモを刺激しないように静かな動きで、レコード回収や魔力再充填など、それぞれの役目を果たす。ノゾムたちだけは鋏と腹を鳴らして存在をアピールし、佐祐里の頭上に来るなと威嚇をする。クモたちは動かない。


『$%*&;:・&$%#@&!!!!!』


 耳をつんざく不気味な声が東側から鳴り響く。先程の片桐の声の比ではない。生存者たちも思わず小さく悲鳴を上げ、何人かは気絶した。佐祐里は頭上から落ちてきたエイジを危うく受け止める。感覚が鋭いので気絶したらしい。他の二匹は必死に岩肌にしがみついている。


「まずいですね……」


 佐祐里にとってはうるさいだけで直接の害はないが、新種の近くにいる二人、特に虫の声を聞ける片桐は心配だった。比較的平然としているのは、サポートドロイドたちくらいなものだが、彼らすら非常事態を察し、佐祐里の安全を気にしながらも岩陰に隠れるようにしている。


 そう、バケグモ達も平然としてはいなかった。

 最初の数秒はすくみ上がるような動きを見せ、次の数秒、死んだように固まった。

 そして更に数秒。


 ……一斉に東へと動き出した!

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