第5話 リンドルの森
リンドルの森は、森とは言うが木々の密度はそれほどでもない。
適度に間隔があり、太陽の光が地面を直接照らせる程度の空間が保たれている。
しかし、それは日の光を好む植物が成長しやすい環境であるということであって。
木々の間を大きな葉を茂らせた蔦がまるで罠のように横切っており、地面を覆うのは背の高い野草の絨毯。決して歩きやすい場所であるとは言えなかった。
土が剥き出しになった細い道を、レオンは辺りを見回しながら進んでいく。
時折がさがさと近場の茂みが鳴り、小さな兎や鹿がレオンの存在に驚いて逃げていく。
頭上を絶えず飛び交っているのは鳥の鳴き声。
声はすれども、姿は見えず。まるで木が鳴いているようだ。
この近辺じゃないな。もっと奥か……
一度立ち止まって頭上を仰ぎ、木々の枝葉の間から見える太陽の位置を確認して、歩を再開する。
彗星が落ちたのならその周辺に痕跡があるはずだ、というのがレオンの考えだった。
例えば、木が折れていたり。草が倒れていたり。広場になっているのではないかと考えているのである。
そして、獣たち。そういう場所にはいられないはずだから、その近辺からは逃げているはず。
生き物の気配が感じられるうちはその場所ではない、と考えているのだ。
「!……」
ぴくん、と片眉を跳ね上げて、レオンは立ち止まった。
行く手にあるのは、今にも草に飲まれそうな獣道と、その道を塞ぐように立っている大きな鹿の群れ。
フォレストディアー。青灰色の毛並みに槍のように鋭い角が特徴の鹿の魔物である。
気性が荒く、近付いたものを執拗に追い回して角で突き刺そうとしてくるので冒険者ギルドでは度々討伐依頼の
フォレストディアーたちはレオンの姿を見つけると、金切り声のような奇声を上げて足で地面を引っ掻き始めた。
争う気満々である。
レオンは溜め息をついて、腰の左右に下げていた剣をすらりと鞘から抜いた。
それと同時に、フォレストディアーの一匹が頭を低くして彼めがけて突っ込んできた!
レオンは脇の茂みに飛び込んで、フォレストディアーの突進をかわした。
すれ違う瞬間にフォレストディアーの背後に回り込み、後ろ足を左の剣で斬りつける!
足をやられて体のバランスを崩したフォレストディアーは傍の木に激突した。どしんと大きな音がして木の葉がぱらぱらと落ち、その木に止まっていたであろう鳥たちが一斉に飛び立っていく。
キエエエエ、と雄叫びを上げるフォレストディアー。固まっていた群れが、一斉にレオンに襲いかかるべく動き出した。
その数、六匹。この動き回りづらい環境下で相手にするには多い数だ。
レオンは足を開いて体勢を低く取り、迫り来るフォレストディアーたちを真っ向から睨み据えた。
そして、激突する寸前のところで思い切り地面を蹴る!
宙を舞ったレオンの下を、フォレストディアーたちが通り過ぎていく。
レオンはくるりと宙返りをして、右の剣を真下に突き出した。
剣の刃がフォレストディアーの背中を深々と貫く。フォレストディアーは悲鳴を上げて失速し、傍の茂みに頭から突っ込んで動かなくなった。
着地したレオンはそのまま左右の剣を十文字に構えてフォレストディアーの群れに背後から飛び込む。
右の剣を縦に、左の剣を横に振り抜く。その軌跡は一匹の体を捉え、肉ごと心臓を切り裂いた。
レオンは更に追撃を仕掛ける。二本の剣を振り抜いた勢いをそのままに左右へと構えて、真横に振るう。
その斬撃は一匹を捉えた。フォレストディアーは腹から血を撒き散らしながら倒れ、力なく鳴いた後息絶えた。
残ったフォレストディアーは三匹。仲間を立て続けにやられてレオンが脅威であるとようやく察したのか、荒い鼻息を吐きながらレオンと距離を置き始める。
レオンは剣を構えながらゆっくりとフォレストディアーに近付いていく。
彼の足が落ちていた小枝を踏んでぱきんと音が鳴った。
びくっ、と身を震わせるフォレストディアーたち。
レオンは右の剣を斜めに振り上げて──
だっ、とフォレストディアーが駆け出した。
木々の間を縫うように茂みの中を駆けていき、森の奥へと姿を消す。
先程足を斬られた一匹も、足を引き摺りながら茂みの中に入っていき、レオンの前から去っていった。
レオンは息をついて剣を鞘に戻した。
足下に転がっているフォレストディアーの死骸を一瞥して、複雑そうな表情をした後、くるりと背を向けて歩き出す。
フォレストディアーの角や皮は武具の素材として商人たちの間で取引されている。持ち帰ればちょっとした収入になるのだが、これから更に森の奥へと行かなければならないため、荷物になるからと諦めたのだ。
冒険者は体を張る分実入りが良い職業なのである。
もっとも、レオンはもう冒険者ではないのだが。
逃げた奴が仲間を連れて此処に戻って来る可能性がある。早いところ此処から離れよう。
日頃から若者たちに教えている外の世界の歩き方を自分に言い聞かせ、レオンは更なる奥地を目指して獣道を進んでいった。
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