彼女の場合

「ずっと変わらないで、なんて無理な話なのにね」


 そう彼女はポツリと呟いた。

この言葉の意味について説明するには、少し時間を遡る必要がある。

 あれから昼飯を買った僕たちは、近くの公園まで行き、ベンチに並んで座って昼飯を食べながらとりとめもない話をしていた。

 この公園は小さい頃、よく幼稚園の、学校の友達と一緒によく来ていた場所で、僕にとってはなんだかんだで思い出の多い場所だ。

 その事を彼女に話したら彼女も同じだと言った。偶然だね、でも家は近いみたいだしそこまで不思議でもないか。と言って一緒に笑った。

 そこからお互いの好きなこととか、生い立ちとか、今の生活とか、いろんな話をしていくうちに、何でこの世界に僕たちは来たのかって話になって、


「きっと私達にあったんだよ。1人だけの世界に行きたいっていう気持ちがさ」


 と彼女が言った。成る程、原因は僕たちにあるっていうことか。神様かなにかはわからないけど、その願いをなにか、が聞き入れたと。でも、


「うーん、でもその気持ちは割と多くの人が持ってそうなものだけど?」


 その理屈が通るならなんで俺たちが? という疑問が残る。別に1人になりたいなんて気持ちはこの現代社会であれば日本中、いや世界中の人たちが少なからず持ち合わせているものだろうから。

 僕も1人になりたい、とは思っていた。1人で深く物事を考えていたい、そうは考えていたけれどさ。


「むう、そこは神様のイタズラってことでいいと思うな。運命的でいいじゃん。ロマンがないなぁ君は」


 あれ、怒られた。ぷくっと頰を膨らませ、顔をしかめている。

 女の子の気持ちってよくわからないな。


「それに、私には少し心当たりがあるんだよ。私がそうだ、って思う心当たりが」


 そう言ったのを区切りに、彼女は自分のことについて話し始めた。

 彼女はどうやら漫画家志望で、ネット上の界隈の中ではそれなりに有名な方で、ある程度の人気を勝ち得ていたみたいだ。

 でも、最近あまり人気が振るわないらしい。

 期待と違うものを書いているのか、それとも単純に面白いものが書けていないのかわからないけれど、


「中には、『あの頃の貴女はもういない』とか、『変わらないでほしかった』っていう人もいてさ、少しショックだったんだ。」


 ぽつりぽつりと、彼女が紡ぐ言葉はまるで静寂の中に響く水滴のように、細く、小さく、透き通っていた。


「当たり前だよ。私だって変わる。考え方だって、書きたいジャンルだって。それすら、時を経て変わっていくことすら否定されてるのかなって思っちゃったんだ」


 彼女は掴んでいたサラダを箸からするりと落とし、こちらを向いて笑う。

 少し儚く、寂しそうな笑顔だった。


「いつまでも変わらないで、なんて無理な話なのにね」


 そして、あの冒頭の言葉に戻る。


「1人になりたかったんだ。そうすれば、そんな言葉から逃げられると思った。そんなことを考えていたら、いつのまにかこの世界にいたんだ」


 彼女はそこで一旦言葉を区切る。先程トレイの上に落としたサラダを箸でつまんでひょいと口に入れた。


「君も、あるんじゃないかな。境遇は違えど、私と同じようなことが。1人になりたいって、思うだけのことが」


 彼女はそう言って、僕に問いかけてくる。

 勿論、先程言ったように、僕にもある。1人になりたいと思うだけのことが。


「あるよ、僕にも。君よりは遥かに軽いものかもしれないけれど」


 君みたいに直前まで考えていた、というわけではないけれど。

 今度は僕が、自分のことについて話し始める。

 もしかしたら、1人になりたかったのと同時に誰かに聞いてほしかったのかもな。

 この世間からしたら取るに足らないちっぽけな悩みを、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 でも、俺はその悩みから暫くの間解放された上で、その悩みを聞いて欲しかった。それは彼女も多分一緒。

 なんて身勝手な願いだろうか。

 でも、そんな身勝手な願いを叶えてくれた。

 僕はそれに感謝して、口を開いた。

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僕と君しかいないセカイ 次郎マコト @ziromakoto

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