第017話:美雨 in 叶恵
「私は、ミウちゃんのことを、ミウちゃん、と呼ぶ。カナエちゃんのことを、カナエちゃんと呼ぶ。カナエちゃんも、ミウちゃんって呼んであげて。逆にミウちゃんは、カナエちゃんって」
そう、朋代ちゃんに提案されて。そりゃまあ、とっさのところで「八坂!」って、私の顔した人に対して名前呼んじゃったら、それを聞いたまわりの知り合いは「は?」ってなる。だから、私の顔した八坂には、「ミウちゃん」って呼ばないとっていうのは分かるんだけど。分かるんだけど。えー。うーん……。
うーん。だけど。しょうがない。そう。じゃあ、それはしかたないってことにしよう。でも、「ミウちゃん」って朋代ちゃんに呼ばれたら、私が振り向く自信が超ある。あー、いや、これは他の誰にでもそうかなー。病院で、「久留名さん」って呼ばれたら自分のことだと思っちゃうなー。珍しい苗字だからかぶることなかったし。逆に、「大内さん」って呼ばれたとしても、私のことじゃないって思ってスルーしちゃいそう。……あー。そうかー、そういう意味でも、大内叶恵の名前で呼ばれ慣れていかないといけないのかー。何かあれだよ、結婚して姓が変わるのヤだなーとか思っちゃうよ。遠い未来の話だけど。そういう人の気持ちわかっちゃう気がするよ。
「おーけー、です。うん、おーけー。わかった。それでいこう、朋代ちゃん。ミウちゃん……、も……、それで、いいよ、ね?」
「え、あ、ああ……、じゃなく、って……、う、ん……?」
つい、いつもの調子で話してしまおうとするのに八坂が戸惑っている様子が、ありありとわかる。幸い、私はカナエと口調が大きく違うってことはなかった。そりゃそうだよ、平均的な女子高生のしゃべり方に、大きな違いなんてあるわけないって。だから、ふつーにしゃべってて、まわりから違和感もたれるなんてことはないと思う。
でも、八坂は違う。性別も年齢も、何もかも。気疲れハンパなさそう。ちょっと同情しちゃう。私の身体を変に利用しそうな人でもないっぽいし。
「にしてもさー。朋代ちゃんはいいよね、朋代ちゃんのままで」
「えー? まあ、自分の身体じゃなくなっちゃってる……、あ、便宜上、そう表現させてね、便利だから……、そういう二人からしたら、気楽っちゃ気楽なんだけどねー。でも、色々凹むことも多いわけですよ」
「へこむ? なんで?」
「やー、そりゃねー。朝、制服の袖を通してみると、若い自分がそこにいるわけですよ。鏡よ鏡よ鏡さん、なーんて言う必要すらなくね」
んんー? 若いんだからいいんじゃないの? と、よくわからずに首をかしげてる。八坂も、身が女になったからといって、一朝一夕で女心っていうものを掴めているわけじゃないから、顔が私と同じような角度だ。
「何が問題なん……、問題なの?」
「若い自分がそこにうつってる! でも、これはいつ醒めるかも分からない夢幻! 現実の私はもう三十! この若さなんて儚き砂上の楼閣!」
劇団朋代ちゃんが始まった。身振り手振りがおおげさー。
「……わかる?」
「わからんです」
私にきかれてもねー。30歳の人の気持ちなんてわかるわけないじゃん。三十歳とか、だって、今から15年先の話でしょ? ……今から15年前って、乳幼児じゃん私。乳幼児の頃のことなんて、はるかかなたむかーしなんだから、それと同じ、はるかかなたのみらーい。
「あー。でも、そう考えると、すごいね、二人とも。未来人? 的な? 日本どうなってるの?」
「そりゃまた随分と大雑把な質問だな……、じゃなくって。あー。うー。しゃべりづらい……」
八坂氏、つらそう。
「日本ねえ。色々大変だよー。三年前……、あー、私の生きてた頃の三年前ね。だから、2011年」
「2011年。10年後かー。何が大変だったの?」
「東北で大きな地震があって。東日本大震災って言われるような、すごく大きな地震」
「は?」
「えっ、何それ、関東大震災的な?」
「そうそう。関東大震災と比べて……、どっちがマグニチュード大きかったんだっけな……、東日本大震災の方が大きかったんじゃないかな。観測史上最大で、9.0とかだったはず」
「え、なにそれ、ちょっ、やだ、地震とか怖いんだけど、やめてやだ聞きたくない」
あーもう、怖い話はキライだ。ニガテ。現実から目を背けるな、って言われたりするけれど、嫌なことなんていちいち直視してたら心がもたないよ。人生百年もないんだから、楽しく生きなきゃ損だと思う。それが私のぽりしーだ。だから目をつぶって話をききませーんというあからさまなポーズをとろうと思って、耳をふさぐジェスチャーをしていると……、八坂の……、久留名美雨の顔が、歪んでいた。
「おい……、朋代。冗談とか嘘で言ってるんじゃないよな?」
「えー? こんなこと嘘ついてどうすんの? 不謹慎すぎでしょ。いくら私だって、ついていい嘘といけない嘘の区別くらいできるってば。いい大人なんだから。東北にいた友達に被災者だっているんだし」
「い、いや、違う、違うんだ。そういうことを言ってるんじゃなくて、だな……」
私の顔をした八坂が、どんどん青ざめていく。さっき取り決めたばっかりの、口調のとりつくろいだって、すっかり忘れて素のしゃべりに戻ってる。どうしたんだろ?
「……すぅぅ……、はぁぁ……」
それから、頭をかかえて深呼吸を始めた。どういうことだ、何もかもわからない……、そんなことを、小声でつぶやいているのが漏れ聞こえてくる。うんー? 急にそんな態度とられても、こっちこそわからない。パフェは美味しい。もぐもぐ。
「なあ。朋代。俺も、今から言うことは冗談じゃないし嘘じゃない。俺にとっての本当のことを言う。信じてくれ」
「なあに、ミウちゃん? 改まって」
一方で冷静な朋代ちゃんは、ちゃんと「ミウちゃん」と呼び続けている。大人の余裕ってやつかな。でも、そんな朋代ちゃんの表情も、次の八坂のひと言で、凍りついた。
「俺のいた世界。あえてそう言おう。そこでは、2011年に、大地震なんて、なかった」
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