第016話:成仁 in 美雨
「ねえねえ。プロポーズのことばって、何だった?」
興味津々、前のめりで質問してくる朋代。の前に。
「お待たせしました、季節限定キャラメルソースのスペシャルサンデーです」
ごとり、ごとり、と、置かれたのは、座っている俺たちの顔ほどにまで高く聳えるクリームと砂糖とフルーツの競演もといこれは饗宴と称しても過言ではなかろう。キャラメルソースの演出する光沢はまさにダンスホールのミラーボールばりに乱反射し俺たちの網膜を刺激してくる落ちつけ俺。
「美味そうだな」
「あんまそう思ってなくない? 言われなくても食べるけど」
スプーンを持つ手が進む進む。ご飯がご飯が何とか君より進んでる。その調子で手を動かすことで、先ほどまでの話題を忘却の彼方へと消し飛ばしておいて欲しい。
「エスプレッソダブルでお持ちしました」
「ありがとうございます」
山盛りのパフェを食べる二人に対して一人エスプレッソを啜るというこの女子高生三人組の構図は、いかがなものなのだろう。それほど違和感を周囲に与えていなければいいが。考えすぎか。ファミレスにしてはそれなりに美味いな。味蕾だって個体差があるだろうに、違和感なくエスプレッソをそのまま飲めるのも不思議な気はした。何かと疑念は尽きないが、ひとつひとつに疑義を差し挟んでいると時間を無限分割したくなってくるため程々にしておこう。
「で、プロポーズは?」
既にして半分ほどの戦果を――いや、戦禍か?――あげている朋代が、蒸し返してくる。大人しく忘れ去ればよいものを。
「忘れた」
だから俺が忘れてやることにした。
「はぁ? プロポーズのことばなんて忘れるわけないでしょ」
「忘れるわけないって、何だよその決めつけ。どういう理屈がその発言の背景にある?」
「ちょっと。ちょっと待って、八坂」
真の久留名美雨が、神妙な顔して話を遮ってきた。何だ?
「あのね。ここ、公共の場。ファミレス。まわりに人がいる。おーけー?」
「OKだ」
「今、周囲の人間にとって、アンタは、誰として認識される?」
「……久留名美雨、だな」
「話し言葉。おかしい。久留名美雨のしゃべり方じゃない。おーけー?」
「……待て。待って。待ってね、うん」
言い分は理解した。問題点も把握した。が。事情を何も知らない人間の前で演るのと、何もかも知っている人間――しかも、内一名は、時系列的にはズレているから当人の認識はないとはいえ、俺の妻――の前で演るのとでは、必要となる心構えに雲泥の差がある。ということを、体得した。
「あ、あー。うん。わかった。私は久留名美雨。おっけー。おっけーです。はい。……うう」
慣れない。つらい。せっかく、素の自分を出せる場所を得られたというのに。こんなことであれば、ファミレスなんぞに来るべきでなかった。個室……、そう、カラオケなどの方が良かったのでは。今からでも場を移すか?
……提案してみたものの、一瞬で却下された。
「あ、じゃあさ、呼び名だってそのままじゃマズイんじゃない?」
そして更に混迷の渦へと突き落とすひと言を、朋代が放ってきた。
「ん?」
「ミウちゃん、って呼んだときに、反応すべきはどっち?」
首を傾げる真の久留名美雨は、そう問いかけられてしばらく固まると……、俺を指さしてきた。
「そう。それが正解。だから、美雨ちゃんもといカナエちゃんは、ミウちゃんのことを、ミウちゃんと呼ぶべき」
「あー……」
「私は、ミウちゃんのことを、ミウちゃん、と呼ぶ。カナエちゃんのことを、カナエちゃんと呼ぶ。カナエちゃんも、ミウちゃんって呼んであげて。逆にミウちゃんは、カナエちゃんって」
「待て。待って。超ややこしいんだけど……」
「あー……、あー……、うぐぐ……」
まだ、大内叶恵であるという自覚の薄い真の久留名美雨にとって、ミウちゃん、と自分が呼びかけるところまではいいのだろう。ただ、朋代がミウちゃん、と呼んだ時に、自分が反応しないようにしなくてはならない、というのは、なかなかに難しそうである。
「そして、呼び方は癖になる。不慮の事態にあってこそ、素が出てしまう、ということを鑑みるに……、私たちは、公共の場であろうともなかろうとも、呼称を固定して呼び合った方がいいんじゃないかな。と、ここに提言します」
片手をバッと高く掲げる朋代。途中から何となく気づいていたけど、こいつ、自分は紛うことなき高野朋代であるから関係ないやって、楽しんでやがるな……。
しかし、言ってることは確かに正論だ。不慮・不測の事態……、って、一体、何のことやらという感じではあるが、語り尽くされてきたフィクションの数々においては例えば、黒幕に感づかれてしまうとかだな。黒幕って誰だよ。分かりやすいそんなやつがいるなら、むしろ早く顔を拝みたいところだ。
「OK?」
俺と真の久留名美雨……、あー……、俺の想念における呼称も変えておくべきか……、俺とカナエは、顔を見合わせると、うんざりした表情でうなだれるほかなかった。
「「おーけー」」
不思議でも何でもなく、タイミングとイントネーションがぴったり揃った。
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