7 ルカ


「5名様ですか? 空いている お席に... 」


「うい。ありがと ございまーす」


平日の遅い時間なのに、結構 混んでるし。

四郎の時に、パイモンとかとも寄ったとこ


オレ ここまで、シラケたツラのジェイドと並んで歩いて来てさぁ。

シイナ ニナは、リラ真ん中にして

『ちょっと! なんで全然 関係ないコト言うの?』

『だって通ってたじゃなぁーい。アハハー』とか

言ってるし、もう なに?

“いや、結構 前のコトだろ?” とかも言いづれーし

けど 黙ってんのも... って 軽く焦って、ナゼか

『どんな男だろな?』とか 油 注いじまってさぁ。

ジェイドから、ケツに軽く蹴り食らったしー。


「窓際 行く?」


バーカウンターに バーテン居るし、隅の方の席

指してたら、ジェイドが ニナに

「あの?」とか 聞いてやがんの。


「尾長イナゴちゃんが居た時で... 」って もぞもぞ言った ニナを遮って、ヘラヘラした シイナが

「うん、そう」って頷く。楽しそーだし。


バーテン見た ジェイドは無言。

へぇ... って感じで、すぐ こっち向いた。

向こうも、ニナやシイナには 気付いてるけど

連れのオレら居るし、会釈しただけ。


で、まぁ。うん、まぁ カッコいーんじゃね?

背は オレらくらい。歳は ニナくらい。

あっ、リラ子も 同じ。24とか 25くらいな。

ジェイドとか朋樹ほど 目は惹かねーけど、あいつ目当ての客もいるんだろな くらい。


「邪魔になるし、座ろうぜ」って、リラと くっついてるシイナも引っ張ってったんだけど、リラが

「ジェイドくんのほうが、ずっとカッコいいね」って、ニナに言う。やるじゃねーかよ。


「本当?」って 優しい声で聞き返した ジェイドに

リラが「うん。ね?」って、ニナに振って

ニナも「うんっ!」って 頑張りやがった。

声 張り過ぎぃ。

ジェイドが 軽く ニナ小突きながら隣に座ってるし

良かったけどさぁ。結局、なんだよ これ。


オレの隣にリラ、その向こうに座った シイナに

「おまえは何なんだ? 要らない情報を。

まだ妬いてるのか?」って ジェイドが聞いたら

「それもあるけど。見せつけとこうと思って」と

バーカウンターに ニセ睫毛の眼をやった。


「あのコの方が、まだ。ニナを気にしてるみたいなんだよねー。お店の女のコが

“最近、ニナちゃん お店に出てるの?” って 聞かれたみたいでー。ふふ。ちょっと ショックそう」


うわぁ... 楽しそーに 言ってやがるけど

「そんなん、おまえさぁ... さりげなーく

“カレシできたみたーい” とか 教えといてやれよ」

つったら

「だって、私とニナは普段 アコちゃんと帰るから

ここ 寄らなくなったし。

彼、お店のコと寝た後に、ニナのコト聞いてきたらしいしー」だとよ。ハハー。じゃ、いっかぁ。

... ああん もう、だりーよー。勝手なことばっかしてんじゃねーよー。オレは オアズケなのによー。


「もー、なんか食おうぜ。とりあえずさぁ」って

リラとシイナに メニュー渡した。

ジェイドとニナは、バーカウンターに背中 向けて

座ってる形になってるけど、二人で メニュー見てるだけでも 雰囲気で付き合ってる って わかるし、

バーテンに 笑顔 向けちまったんだぜ。

「ルカくん。だめ」って リラに注意されたし

オレも相変わらずだよなー。


「豆腐サラダとー、チキンとキノコのガーリックバター炒めとー... 」って 選んだやつ注文して

先にきた ベルモット ロックで飲みながら

「ここに来たの、四郎ん時だったよな」って ジェイドと話す。リラ子は ピーチティー。けど


「うん、まぁ... 」


話しづらくもあるんだよな...

ニナは エマに拐われてて、シイナは イカれてたし。

別の店では、首のないリョウジくんも...

今 思い出しても、震撼するしよー...


ん? リョウジくんの時、ミカエルが悪魔を斬首しまくってて、誰かが ギリシャ鼻の人の喉を...


「別の、もう閉店した後の店に侵入はいった時に... 」


麻のコースターに グラスを置いたジェイドと目が合った。同じことを考えてる と 思うけど、口に出せねーし。

ミカエルの剣が上げた血飛沫ちしぶきに 記憶が塗り替えられそうになる。違う。ミカエルじゃない。


「... いや。噛まなかったか?」


ジェイドが言って、教会の入口に立った サリエルも浮かんだ。塞がらない呪い傷が。


そう、噛んだんだよな。食いちぎるように。

リョウジくんの時は ミカエル、サリエルの時は ハティやボティスが居たけど、誰も 噛むなんて真似はしない。


妹が生まれた時に、一の山で花を探してて

誰かが 白い何かを噛んだ。

白く揺らめく焔のたてがみひづめ。あの獣だ。

獣だけは鮮明に浮かぶ。眼が合ったことも。


サラダとかチキンとか運ばれてきて、シイナが

「リラちゃん、お豆腐 食べる?」って 世話焼いてんの見ながら、ジェイドに「ガキん時に... 」って 話そうとしたら、店ん中が騒然とした。


バーカウンターの近くの席で、女の人が椅子から

降りて、倒れかけてるのか 床に両手をついてる。


「えっ、苦しそうじゃない?」

「どうしたのかな?」


連れの女の人も席を立って、倒れかけた女の人の傍に しゃがんだけど、オロオロしてる様子が見て取れる。ホールの店員 二人も近付いていく。


「救急車を」

「横にしてあげた方が... 」


女の人に近付いた店員に言われて、バーテンが

電話をかけ始めた。

「あ... 」と、椅子を立った リラが

「お腹が... 」と 女の人の方へ行こうとするし

「いや、待てって」と 止める。


傍に しゃがんだ連れの女の人の手を借りながら

横になった女の人の腹が膨らみ出していて

「何?」「病気? うつるようなやつじゃ... 」という 不安げな声がしだした。

連れの女の人も「大丈夫ですかっ?!」と 聞く店員も、顔色を失っている。

近くへ行って 出来ることがあるのか? と躊躇したけど、ジェイドが「悪魔の気配だ」と 椅子を立った。


リラに座っておくように言って オレも立ったけど

悪魔... ?

膨らみ続ける 女の人の腹は、儀式の場で見た キュベレを彷彿とさせる。


「ミカエル、シェムハザ」と 喚びながら、ジェイドと 女の人に近付くけど、二人は まだ顕れない。

ハティや アコも。


「ちょっと、いいですか?」


立ってオロオロしている店員に言った ジェイドが

横になっている女の人の背中側に しゃがんで

ウエストの部分が 膨らんだ腹の上に せり上がっているスカートを調べて、サイドのファスナーを下ろした。


「ルカ、何か印は?」と 聞きながら、何かに気付いたように視線を上げている。

立っている オレの前に居る、ジェイドの向かいに しゃがむ 連れの女の人に。


「... “父と子と聖霊の名のもとに”... 」


ジェイドが祓いを始めようとすると、女の人のうなじから出た黒く長い靄が 床の下に沈んでいく。

そのうねるような動きが 蛇に見える。


黒く長い靄が抜けた女の人が、床に腰を着いて倒れかけた。悪魔憑きだったみたいだ。

片膝を着いて女の人を支えていると、床 一面に

妙な図形の魔法円のようなものが出た。

周りの人は気付いていない。


「サンスクリット語じゃないか?」


横になった女の人の下にある 六芒星のような形の図形の中に見える文字を見て、ジェイドが言った。確か 古代インドで使われた文字だ。梵語。


「異教神避けかもしれない」


あぁ、その恐れは高いよな...

魔法円を傷つければ 効力は切れるかもしれねーけど、ジェイドも ここで黒柄のナイフは出せねーし

指で円の図形に触れても、文字は消えなかった。


「とにかく、印を」と 言われて、支えている女の人を 店員に任せると、横になっている女の人に

「すみません」と断って、髪を分けながら 額やうなじを見る。


見える部分には無い。腹かな... ?

ファスナーを下げても スカートがパンパンになっている程 膨らんだ腹の皮膚が伸び切って、赤い肉割れの線が見えた。

これ以上、膨らむことはなさそうだけど苦しそうだ。


横になっている女の人に意識は あるけど、自分の状況が分からず不安で 涙をこぼしていて、余計に焦る。早く 何とか...

ジェイドが「大丈夫。大丈夫です」と、そっと肩を擦る。


「スカートを、脱がせてあげた方が... 」


リラだし。座っとけ って言ったのによー。

まぁ でも、この状況だと 女のコが居る方が助かるよな。

「スカート、裂かねーと無理そうだけどな」って

店員に「ハサミか何かありますか?」と 持ってきてもらう。

シイナと ニナも、すぐ後ろに居て

「変な模様、見えるよね?」って 言ってるし

「模様の外に出て、ミカエルを喚んでみて」と

ジェイドが頼んだ。


「なんで、俺は喚ばないの?」


声に振り返ると、ブロンドの髪にグリーンの眼。

店のドアへ向かおうとする シイナとニナの前に、ヘルメスが立ってた。


「探したよ。

四郎に聞いても、“遅くなるとしか”... って言うし

アコは、“デートじゃないのか?” って言うし。

今、ルカたちに仕事の役割がなくても、あんな事に関わってるんだから、護衛がつくのは分かるよね? それが俺」


いや 知らなかったしさぁ...

けど、オレとジェイドが 口を開く前に

「学校で解散した時も言ったでしょ?

“何かあったら すぐに喚べ” って。

異教神避けこういうのがあっても、内側から喚んでもらえれば 入れるからね。ケリュケイオンがあるから。

ま、これは、天使と悪魔避けだね」って

こっちに歩いてくる。


「今さ、別の場所でも 同じ事が起こってるみたいで、ジャタ蔓から 全体に通達が届いてさ。

一応 まだ調査中だけど、これも多分... 」


オレの隣に しゃがんだヘルメスは、人差し指と中指で 女の人の瞼に触れて、眠らせてしまった。


店ん中も静かな事に気付いて、周りを見回すと

店員も他の客も ぼんやりと黙って、視線を空中に泳がせてる。催眠を掛けたっぽい。


蛇男ナーガの子だよ。一斉に産ませ始めてる」


は... ? 一瞬、何か わからなかったけど

入れ替わりの場に混入していた蛇たちや、地上に上がってた 蛇男ナーガ蛇女ナーギーが、人間をたぶらかしていた... ってことを思い出した。その時の...


「対処法は?」と、ジェイドが聞くと

「体外に出してしまうまで、ガルダでも 天使でも

対処 出来なかった」って 答えた。


「じゃあ、今から... 」


産むの... ? とまで聞けなかったけど、ヘルメスが頷いて、女の人のスカートに触れた。

天使や悪魔が使う 着換えの術を覚えたようで

脱がせたスカートを「持っててあげて」と リラに渡してる。


膨らんで 赤い肉割れの線が走る腹部から 眼を逸らそうとしちまったけど、何かが掠めた。


ヘルメスが、自分が着ていたパーカーを脱ぐと

女の人の腹部に掛けようとしてるけど

「ちょっと待って」と 止めて、女の人のへその下にあった何かを 筆でなぞる。


出たのは、“अहि”。ヘルメスが「アヒ」と読んで

「蛇の事だよ」と 教えてくれたけど

「ヴリトラ。アジ=ダハーカの事でもある」とも言った。


「この文字が消せれば、蛇の子が生まれることは

ないんじゃねーの?」


「でも 悪魔祓いをすれば、身籠ってる この人も

悪魔だと見做される場合がある」


黒蟲クライシの時に 沙耶さんが虫を入れられたことを思い出して、苦い気分になった。

これは 悪魔憑きとは違う。


女の人の腹の文字から下にパーカーを掛けている ヘルメスに、ジェイドが

「産む人に、何か影響は?」と 聞くと

「生気は失うみたいだね。回復するかもしれないけど、まだ わからない」と 返してる。


「でも 印は付けれたし、ガルダに見てもらってみようか?」


ヘルメスが喚ぶと、おかっぱ頭の師匠が立った。

女の人の前から 立ち上がって、場所を空けると

師匠は「天の筆か」と 文字に触れたけど

「蛇子が母体と結び付いておる内には、どうにもしようは... 」と、息をついて 指を離した。


膨らんだ腹の中で 太く長いものがうごめきはじめた。

なら 筆で印 出したって、何の意味もねぇじゃねーかよ...

けど、“制約” に 答えがあるんだよな。


「蛇系で 師匠がムリなら、誰でも対処は難しいっすよね?

筆で印 付けて、今まで どうやって解消してたんだっけ? 結構、万能だったはずなんすけどー」


半端に振り返った師匠が、目の端でオレを睨んだ。何かを堪えているようにも見えて、言い方が良くなかったと後悔する。


「半分、解ってて言ってるんだよね?」


ヘルメスの静かな声。

膨らみ蠕いた腹が沈んでいって、鼓動が跳ねた。

パーカーの下、女の人の脚の間から 黒い蛇が這い出ていく。


「でも、知ったところで どうすんの?

無意味に足掻くつもり?」


オレの前腕くらいの太さがある蛇が 鎌首を上げると「シューニャ」と言う 師匠の前で、ゴールドの炎に取り巻かれて 骨になっていく。


正面から見つめている ジェイドの眼を、まっすぐに見返している ヘルメスは

「隠されてるのは、知ってはならない事だからってだけじゃなく、お前達が無力だからだよ。

それも解ってるでしょ? もう 黙ってなよ」と

リラに手を差し出して、スカートを受け取っている。

空炎が消えると、今 生まれた骨も滅び消えた。

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