6 ルカ


「ルカ。おまえ、今... 」


まだ ぼんやりする。

胸の前には リラが居て「大丈夫... ?」って

心配そうに シャツ握ってるし。

シイナとニナは、なんか 唖然とした顔。


隣から観察するような眼で見てる ジェイドに

「瞳と強膜の色が反転してた」って 言われて

「あ... マジで?」と

今 居る 駅前の広場ここ に、灰色の砂漠の場所が重なったことを話した。


「... じゃあ、神殿の向こうを見た ってことか?」


話し終わって、ジェイドに聞かれたけど

あの砂漠が どこなのかは わからねーし。

「空気とかは 奈落っぽかったぜ」つってみた。

どっかの神界か何か かもだしさぁ。


でも「向こうの雷に撃たれた時や、雷を喚ぶ時に

眼の色が反転してただろ?」って 言われたら

じゃあ、まぁ 神殿の向こう? とは 思うんだけどー。


「あぁ、びっくりしたー...

さっきのルカちゃんの眼、違う場所の琉地ちゃんみたいな 精霊? のせいなんだー」

「失明しちゃったのかと思って 心配したけど

違って良かったし!」


ニナとシイナは、オレとジェイドの話を聞いてて

なんとなく「超能力なんだー」って 納得した。

相変わらず軽いんだぜ。


で、ここに灰色の砂漠が重なってる間

オレは 眼の色が反転して、ぼーっとしちまってただけで、“姿が薄れた” とかは なかったらしい。


「神殿の向こう って、... ... く... だよね?」


シャツ握ったまま、心配そうに見上げる リラが

確認したけど、また制約が掛かって

「向こうのこと、何て呼んでたっけ?」と

ジェイドも眉をしかめた。もう 忘れちまってる。

“影人” は、言葉としても まだ覚えてるのに。


nuitニュイ」と、リラが言った。

日本語じゃねーから、顔は ジェイドに向いてるけどー。


「“夜”?」


ジェイドが訳すと、ニナとか シイナが

「すごーい」「何語ぉ? にゅい って かわいいー」

つってて 安心するんだぜ。たぶん、フランス語。

リラ子、小さい時は フランスに居たみてーだし。


ジェイドに頷いた リラは「mondeモンド」と 言ったけど

paysペイ」と 言い直した。


「夜の 国... 」


そうだ。夜国だ。


青銀に光る眼の人たちが過ったのに、またすぐに

言葉が零れていく。

なんで、これにも制約が掛かるんだ?


「ヨルの国? なんで それを忘れちゃうの?」


キョトンとした顔で シイナが聞いてて

「それが、“神殿の向こう” なの?」と

ニナも不思議そうに言った。


「そうか... 夜国が どこを指すか を 知らなければ

ただの言葉だから、忘れないのかもしれない」


おっ、なるほどー!

「うん、かもよな!」と、ジェイドに頷いて

「おまえら、それ覚えとけよ!」って 二人に言ってたら、リラが「ルカくん」って 見上げてる。


不安げだけど かわいー... って「ん?」つったら

「優し。誰あれ?」「ルカちゃんのフリした ミカちゃん?」って 聞こえるけど、無視ムシ。

ボブな頭に手も置いてやるぜー。これ見よがしに。


「エデンの時みたいに、精霊になってたの... ?」


エデンの時... リラが ゲートの中に居て

忘れてた リラを思い出して...


このことまで、記憶が曖昧になってる。


「精霊になったらしいけど、とにかく

ルカの精神が エデンから戻る時は、琉地が喚んだんだ」


そうだった。

エデンで リラを抱きしめたけど、連れて戻れないことは わかった。“じゃあな” って 言って。


けど 動けなかった。

つらくて、心が どこかに迷ったんだと思う。

琉地に喚ばれなかったら、あのまま迷ってたのかもな...

精神が抜け出して精霊になる って、半魂 飛ばす

呪術セイズみてー。無意識にやったけど。


「思い出したら、また ... る... ... に 行っちゃう?」


ん? エデンの時みてーに、“行く” のかな?

向こう側が ここに “重なった” って気がする。


エデンの時は、“リラじゃねーの?” って気づいたことで、気持ちも同時に “行きたい” ってなってるんだよな。リラが居るエデンに。


でも 神殿の向こう側を見たのは、オレ自身の そういう強い意志が関係した訳じゃないと思う。

制約で 記憶が塗り変わっちまうのを、“違う” と

否定しただけだったし。


上手く説明 出来たか わからねーけど、そう話してみると、ジェイドが

「それなら “行った” んじゃなくて、“見た” だけなのか? 眼が反転したんだし」って 言うんだけど

「さぁ?」ってなる。


「えー、ムズカシイ話になってるけど

リラちゃんは、ルカちゃんが居なくなっちゃわないかが 不安なんじゃないの?」

「うん、忘れちゃってるコト 思い出して欲しいだけなんだよね?

なのに、ルカちゃんの心が どっか行っちゃうのは心配なんだと思うー」


シイナ ニナの言葉で、シャツ握りっぱなしの リラに向くと、不安げな顔で頷いてるから

うわ かわいー「行かねーしぃ」って 抱っこする。


「やだー、ここ 駅前なんだけどぉ」

「あっ。顔エロくない? 天使ちゃんに やめてよ」

「うん、これは 下心あるね」


おう、あるに決まってんだろ?!

「もう うるせー!」って 返したけど、片腕 リラに巻いたまま

「けど オレまだ、再会して 一回もない からね!」

って暴露してやったし!


「... Davvero?」


いや 焦んなって...

シイナ ニナもビビったのか、口 開いてんのに 声 出てねーしさぁ。なんだ そのショック受けた顔。


でも「うん マジで! なー、オレらキヨイもんなー!」って、リラにも言って 顔 見てみたら

赤くなってるけど、表情は真面目。


「あのね」って言うから「ん?」って聞いたら

「そのほうが、思い出しやすくなるかも って... 」

とか言った。


ん... ? どーいうコト? 固まってたら

シイナが「試合前のボクサー 的な... ?」とか

ニナが「疲労が溜まっちゃうから みたいの?

でもあれって、減量してるから じゃなかった?

足にくる みたいだもんねー。わかるー」つってるけど、わかんなよ って思う。

ジェイドも「ユーゴ」つってるしさぁ。


「お坊さんの修行でも、さとる時は... 」


精神統一 みてーなやつかよー...

リラが もぞもぞ言うと、まーた シイナ ニナが

「あっ、そっち?」

我執ガシューを退ける っていうの?」とか

解かろうとしてるけど、いやいや。覚らねーし。


「修行って何だよ? おまえも カトリックだろ。

愛がありゃいーんだぜ?

もう ちゃんと、相手はオレ って決まってんのに。

何なら 婚約コンヤク式とかするー?」


話 ちょいズレたけど、リラは 嬉しそな顔になって

「うん」って 照れてやがる。かわいーけどさぁ。


なんか、ちゃんとしよーかなー... とかも思うんだよなー。ジェイドも “しゅに宣誓した” らしいし。

まぁ、ジェイドの それ って最大値だし、深さとか訳が違う。

けど オレも、今まで “ちゃんと” とか 思ったことなかった。相手が違うと 違うよなー。


「リラちゃん」


優しい顔した ジェイドが

「でもね、あんまり我慢させると逆効果かも。

そんなことばっかり考えてしまうかもしれない」って言った。おい 神父う。

けど「肉じゃないよ。愛で」とも言ってるし

本気で オレを憐れんでるっぽい。


“ほんと?” って顔で 見上げてきた リラ見ながら、

ガマン なぁ... それが、ガマンしてる って意識は

あんまり ねーんだよなぁ... とか思う。

これ 本当ほんっと、不思議なんだけどさぁ。


オレの顔 見た ジェイドは、“平気なのか?” みたく

眉ひそめて、リラに

「天で、雨以外にも 術を習った?」って聞いた。


「うん... 癒やしと、ほぐし術」


「ほぐし じゅつ? 緊張をほぐす とかの?」

「えー、そんな超能力もあるのー?」


シイナたちが聞き返してんだけど、なんか聞いた感じ、イヤな雰囲気の術よな...


「うん。緊張や欲も解して、落ち着かせるの」


出った... おじいちゃん化かよ...  ジェイドが

「あれじゃないか?

ミカエルが クラブで尾長入りの子にキスされた時に、相手を落ち着かせてただろう?」つってて。

どうりで安眠するはずだよな...

リラ子、オレに そんなん掛けてたのかよ って

ため息 出るし。


実は オレと そーいうことすんのイヤなんじゃねーのー?... とか 脱力もしてたら、ニナが

「でも ほら、忘れちゃってることを思い出してほしくて、一生懸命なんだよね?

なるべく早く思い出したほうがいいみたいだし」って フォローみてーなこと言うしよー。


ますます 力 抜けてたんだけど、リラは

「うん。もし、私からも消えちゃったら... 」って

言葉尻を震わせてる。

ザドキエルの加護はあっても、人間になったんだもんな...


それに リラは、自分に出来ることを何でもしちまう。

身を切るような 白く冷たいだけの冬の うたかたと

澄んだ夜空。よく知ってる。


「その術は、誰に習ったの?」


引っかかる って風に ジェイドが聞いた。


シイナが「天国でも 護身って要るんだ」って 不思議そうに言ったのを聞いて、そうだよな... ってなる。リラは 楽園に居たのに、なんで必要だったんだろ?


「教えてくれたのは、ザドキエルだけど

“使命で地上に降りる天使は、皆 知ってる術だから

一応ね” って 言ってて... 」


やっぱり、ザドキエルなんだ。

エデンにも連れて来てくれてたし、今じゃなかったとしても、いつかリラを 地上に降ろそうとしてたのかな?


けど、なんでだろう?

オレとのことだけじゃない気がする。別の使命?

いや でも、預言者として使ったリラを わざわざ使わねーよな。ミカエルの目もあったんだし。

リラじゃねーとダメな何かがあった とか... ?


「習ったのは いつ頃?」


また ジェイドが聞くと

「ウリエルが 地獄ゲエンナに降りて、ザドキエルや ラミーが サンダルフォンを見張るようになってから すぐだったよ」ってことらしく、ますます何か引っかかる。


「ねー、またムズカシイ話になってそうだけど

肌寒くない? 天使ちゃんが冷えちゃう」

「うん、どこかに入って話そうよー」


シイナが「ね?」って、バッグと 一緒に持ってた

薄手のカーディガンを リラの肩に掛けて、さりげなく オレの胸んとこから連れ出しやがったけど、

こいつらも 仕事してきて疲れてるよな。


「そうだね。じゃあ、前に入ったバールに行こうか? ユーゴたちの店の裏になるけど」


ジェイドが言うと、ニナが 微妙な顔になって

「寒くない?」って リラに聞いてた シイナが

「ああ、前に ニナが通ってた店ね。バーテン目当て で」と、ニヤっとした。

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