5 ルカ


「シイナ、ヤバかったな」

「まぁ、天使ちゃんを狙われるより いいけどね」


ニナや シイナとは、駅前で待ち合わせになったし

ジェイドん家まで戻らずに、召喚部屋で待機することにした。ここにも、召喚で よく来てるし。


「カジノん時みてぇに、何かかするとかは なかったよなー」

「でも考えたら あの店では、“賭け方” みたいに

印象に残ることは なかったかも。

忘れてるだけかな?」


ジェイドが、直火のやつで コーヒー 淹れてくれてるから、L字ソファーに座る リラには、ここに来る前に寄って買った アイス食わせといて

四郎に、“ジェイドの帰り 遅くなるぜ” って 連絡しとく。

オレらは もう、歩きながら コーンのやつ食ったし。


四郎から、すぐに返ってきた 返信は

“了解 致しました。只今 自室に戻ったところなのですが、シェムハザの城の図書室へ行って参ります”... だってよー。


ふーん... 忙しいよなぁ。

しょっちゅう城に行ってるしさぁ。

図書室って、勉強かな?

四郎の成績 考えたら、テスト前だからって

そんなに勉強しなくても いい気するんだけどー。


リビングに広がっていくコーヒーの匂いに ほっとしながら、四郎に

“睡眠、ちゃんと とってんのかよ?

寝ないと 背ぇ伸びねーんだぜ”... って 返信したら


“明日は しっかり寝ます”... って 返ってきた。

やっぱ 今日は行くんだ。


最近、四郎と ゆっくり話してねーな...

リラが戻ったから っていうのが 一番の理由だけど

朋樹は イタリアに行ってるし

ジェイドは 教会に出て、ニナと会ったりで

バラバラで過ごしてるから ってのもあるけど

普通の仕事も入らねーんだよな。


まぁ、あれだけのことがあって

どこの神界からも、神々や その軍が降りてたら

当然かぁ。

世界中を けばけばしくメルヘンに彩った赦しの木も、役目を終えて ほとんど見なくなって、表向きは平和。


「召喚の お部屋、広いね」


ふわふわした色の 綿菓子味か何かのアイスを、プラスチックのスプーンの上に載せたまま、リラが

バーカウンターの方までに眼を向けてる。

ガランとしてる召喚スペースに。


「うん。普段は そう思わなかったんだけどな」


召喚以外でも ここに集まって話し合いした時は

ソファーに座りきれずに、パソコンデスクの椅子からも あぶれて、肘掛けとか床に座ってたし。


「リラちゃん、マシュマロコーヒーでいい?

牛乳 買い忘れちゃって」


カウンターから聞く ジェイドに「うん」って頷く

リラ 見てたら、頭ん中に 手首の白いほのおの模様が浮かんできた。

忘れてた リラのことを、ここで 思い出したことがある。あの手首は...


気付いて 考えるそばから、今 思い出したことが

曖昧になっていく。 消えるな 待ってくれ

焔のことを口に出そうとすると、言葉にする前に

思考に靄が かかっていく。


プラスチックのスプーンを口に運んだ リラが、左手の指を添えている アイスのカップに視線を落としてる。

ふいに、水の上で気泡がはじける音がした。


「ルカ」と呼んだ ジェイドは、カウンターの前で

二つのマグカップのハンドルに 右手の指を通して

左手にも 一つのカップを持って、オレらがいる テーブルまでの間... リビングの真ん中に目を留めている。


その場所の 空気が揺らいだ。

揺らいだ部分に 視線を固定していると、透明の人型の何かに見えてきた。


... 水? 肩や背の形は 男だ。顔は見えない。


下ろしている右手首の位置に、小さな白い焔が

ふわりと上がって、そいつごと消えた。


「今の、見たか?」


立ち尽くしたまま ぼんやりと聞く ジェイドに

「水で造った人 って感じのやつ?」と 聞き返すと

「手首に、何か... 」って 言ったけど

その記憶も薄れていく。


「誰かが 居たの... ?」


リラには、見えなかったらしく

「お水が、人の形をしてたの? “手首” って、何かあったの?」と、一生懸命 聞いている。

見たものを忘れさせないようにしようとしてるけど、ダメだ。もう、何を見たのか思い出せない。

朋樹が居りゃ、見たものを視てもらって

“他人の記憶” として 覚えておいてもらえるのに。


「ごめん。もう、わからなくなってる」


二つのカップを オレらの前に置いて

向かいのソファーに座った ジェイドが言った。

オレも “同じ” という意味で、リラに頷く。


「でも、カジノでも ここでも、何かがぎったり

見たりは してるんだよね?

天の制約が かかってるのに、すごいと思う」


リラは オレらに微笑って、もう 半分 溶けちまってるアイスを、嬉しそうに口に運んだ。




********




「リラちゃん!」


本日 二回目のショーを終えたらしい シイナは

三回目の前に『私と ニナ、もう上がるから』とか

強引に仕事を上がったらしく、さっき

『着替えたら 駅に行くね!』って 電話してきた。


「待たせちゃった? ごめんね」

「眠たくない? 大丈夫?」


今は、終電前の駅前の広場。

歩いてるヤツらとか、ほけっと広場に溜まってるヤツらに、“あれ シイナじゃね?” って 感じで

ちらちら見られて、目立っちまってるところ。

ニナも 一緒に居るし、店 知ってるヤツにはバレるよな。


けど「どこで ご飯 食べるぅ?」って、お構いナシだし。

オレの右側に リラ、その隣に シイナが来たんだけど、何故か ニナまで

「うん。ほんと、どこにしよっか?

この辺で ジェイドとルカちゃんたちが行ったコトある お店がいいんだよね?」って

オレとリラの間に入ってきちまったし。


「お? おう... 」って 下がって、ジェイドと並ぶ。

二秒くらい ジェイドと目が合ったけど、どっちも無言だし。


何も言ってねーのに、ニナが オレらに向いて

「あっ、ほら。私たちも考えてみたんだけど... 」って 話し出した。


「“忘れちゃってる何か” って、んー... その、まだ

ジェイドと お付き合いする前じゃない?」

... で、ここで「うふふっ」って 照れやがって、

「リラちゃんも ルカちゃんと離れちゃってて。

その時と、なるべく同じ状況にしてみた方が 思い出しやすいかなぁ って」... とか 言い出してさぁ。


「隣を歩かない ってこと?」


えー... って ツラした ジェイドが聞いてるけど

オレも、リラと再会したばっかなのによー...


「今まで 行ったコトある場所に行く時だけ!」と

焦って言った ニナの後に、リラも

「でも、その方が、また何か思い出すかも」って

言うし。

へー。 そーかもしれねーけどーお。


けど シイナは

「さっき お店の中で、リラちゃんが ソファーから立ったじゃない?」と、真面目な顔になって

「それで、ルカちゃんたちが初めて 店に来た時に

ココのお腹に触った人がいた... って 思い出したんだけど、誰だった?」って 聞いた。


ココ... シイナのパートナーだったコだ。

尾長蝗を出す時に、鳩尾の “αίμα”を 筆でなぞって...


「そうだ。おまえが 筆で出した記号や文字を消していたのは... 」


ジェイドの言葉が途切れた。

同じことを考えていたのに、思考も途切れて

“朋樹やミカエルが消してたんじゃないか?”... に

すり替わっていく。


“すり替わった” ことも薄れてきて、実際に そうだった気がしてくる。


「... 違う」


なんとか 口に出した。朋樹や ミカエルじゃない。

ボティスや シイナでも。

今 過去を塗り変えちまったら、たぶん “そいつ” も 消えてなくなっちまう。


口に出したのに、として浮かぶのは

店のソファーで 隣に座っていたミカエルが、腕を伸ばして、ココの鳩尾に出した文字に 触れようとしているところだった。


違う。ミカエルじゃなかった。絶対に違った... と

それを打ち消すと、眼ん中と思考に バチバチっと 火花が散ったようになって、たまらず「あ?」と

二、三度 まばたきする。


「あれっ?!」


昼間? に なってる... っていうか ここ、どこ?

一面 灰色の地面と、白い空。


明け方... ? いや、昼下り?

明るくないけど暗くない。

時間 ってものがないみたいに。奈落に似てる。

雲がないのに、空は白い。

地面は 灰色の砂。平坦な砂漠。


砂地の地面の中の、円形の黒く見える部分には

水が張ってあんのかな... ? 泉?


音がない。

けど、泉だと気づくと、気泡が弾ける音がした。

水の上で聞くように。

誰もいない のに、泉には人影が映ってる...


「... カ」「ルカくん」


遠くから聞こえた ジェイドとリラの声が近づいてきて、泉や 灰色の砂漠と 白い空が薄れていく。


空や空気に 暗い色が増してきた。人工の灯り。

大通りとビル、車と 電車が走る音が重なって

リラとシイナ、ニナ。隣には ジェイド。

駅前の広場に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る