3 ルカ
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「リラちゃん、 来てくれたんだ。座って」
とりあえず、ジェイドん家に連れて来てみた。
最近 はるさんとこから取ってきたバイクで。
「おじゃまします」と リビングに上がったリラは
笑顔のジェイドに
「教会でも、お祈りしてきたよ」と 話して
勧められた ソファーに座った。
「うん。みんな 堕天には悲しんでいると思うけど
リラちゃんが祈ることは喜んでると思うよ」
うーわ、なんだ その優しいカオ...
いや ジェイドは、女のコには紳士なんだけど
他のコとは何か違う。
丁寧 っていうか、
嬉しそうでもあるし。ま、そりゃリラが かわいーからだろうけどー。
あ、ニナに向けるカオは また違うんだけどさぁ。
「これ、リラが焼いたパン」って、紙袋に入れたパン渡したら
「本当? 嬉しいよ、ありがとう」って
麗しさがプラスされた笑顔になったけど
オレの方は 一切 見てねーし。
「コーヒーでいい? ラテだったよね?
少し待っててね。カントゥッチ食べる?」って
パン持って、機嫌 良さげに キッチンに向かった。
「朋樹くんは、まだイタリア?」
隣に座るオレを見上げた リラに
「うん、ヒスイんとこ。もう 二、三日で帰ると思うけどー」って 返したら、頷いてるけど
なんか考えてるっぽい。
たまに、こういう真剣なカオになるんだよな
このコ。
「ミシェルと、メルクリウスは?」
「ん? ミカエルは、天と
オレより ゾイの方が知ってるだろーけど。
ヘルメスも伝令に走ってんじゃねーの?」
まだ
聞かねーし。
オレら、省かれてるから知らねーけど。
リラは「うん」って 頷きながら、また カオ真剣。
「なんで?」って聞いたら
「ううん。ボティスさんは?」だしさぁ...
「ボティスは 里だろ。榊がなぁ... 」
あの山の儀式の場から 高天原へ昇っていた榊は
もう戻って来てるんだけど、オレらは まだ会ってない。
リラは朱里ちゃんと居て、ニナは仕事 って時に
ジェイドと沙耶さんの店で 飯 食ったんだけど
沙耶さんが『榊ちゃん、何かあったの?』って 気にしてたんだよなー。
で、その聞き方が気になった。
ゾイに『クリームチーズが足りないかも』って、
シェムハザんとこに 仕入れのお使いを頼んで
ゾイが出てから だったし。
『榊?』『どうして?』って ジェイドと聞いたら
『何か
何か知ってるんじゃないかと思ったの』らしかった。
『ボティスさんとは うまくいっているようだし、
リラちゃんが戻ったことにも、泣いて喜んで...
でも、笑ってても どこかつらそうなの。
だから お仕事の時に何かあったのかも と思って。
私も ずっと落ち着かないんだけど... 』
うーん... あった っていうか
今回、大仕事も大仕事じゃ あったんだけどー...
影が戻るまでは、ミカエルやヴィシュヌでさえ
ロキの赤ちゃんが生まれたり
首を落とされたキュベレの腹からも、二回も何か生まれたり。ひとりは
榊は女のコだから、そういうところで
オレらより ショックとか、思うところがあったのかもしれねーけど...
オレらが、榊が鬱いでることは知らなかった って
返すと、沙耶さんは少し迷って
『儀式の場でのことを、視ていいかしら?』って言った。
『うん、頼める?』
すぐに ジェイドが『僕も、ずっと何か燻ってて。
オーロも戻ってないし、スッキリしないから』って 答えて、カウンターに置いた手に
沙耶さんが手を重ねて、視はじめたんだけど
『... ダメだわ』と 表情を変えて
『真っ白なの。消されちゃってるみたい』とか
言っててさぁ!
『会話では聞けることを消すなんて...
特定の何かを隠したいのかしら?』
で、オレで視ても同じ。
ゾイからも『視えなかったの』らしくて
『
私もゾイも、ミカエルさんに聞いたわ。
だったら、司祭のことや その方達の世界を忘れさせたいのかしら?
神様が創った世界じゃないから... 』
沙耶さんは “不必要な情報なんじゃない?”... と
続けてて、胸ん中が ズキっとした。
どうしてかは わからなかったけど。
オレに眼を向けた 沙耶さんは、ハッとして
『ごめんなさい、言い方が悪かったわ。
“知っていては いけない情報” という意味だったの。私たち人間が』って言い直してくれて、気ぃ使わせちまったことを反省したり。
『赦しの木から出るまでにかかる時間には 個人差があるみたいで、今もまだ 木になってしまった方の救出作業は続いているようだから、影人に関する記憶は消せないじゃない?
だから まず、儀式や神殿のことを忘れさせたいのかしら... って 考えたの。
こうやって、少しずつ遠ざけて』
忘れさせたい って、“ぶどうの木” じゃなかったのかよ? 沙耶さんの推測が正しいんならさぁ。
ボティスやシェムハザ、ハティやミカエルの顔が浮かぶ。 仕事仲間 ってだけじゃなく...
オレもジェイドも 何も言えなかったけど
サイフォンをセットしながら、沙耶さんは
『それでなくても、“影人の記憶ごと全部” は 消さないと思うの。
消してしまえば、ご先祖様たちが助けてくれたことも、生きてる人たち同士で助け合ったことも 忘れてしまうのだし』とも 言ってて
『榊ちゃんが鬱いでる原因も わからないし
こうやって中途半端に隠されたりすると、すっきり しないわね。
だけど、不信感を抱くのは良くないわ。
私も気を付けるから』と、寂しそうに微笑った。
「はい、リラちゃん」
ジェイドが戻って、左手の上に載せたトレイから
リラの前にカップを置いてる。
「僕らもラテにしたんだ」って オレの前にも置くと、ビスコッティの皿と ブラウンシュガーが入ったガラス瓶も。
で、自分の前には、カップと リラのパンなんだぜ。
「砂糖は いくつ?」って、向かいから ブラウンシュガー入れてやってるしさぁ。
そこまで要らねーよ って思ったけど、コドモに向ける笑顔になってやがる。
「ありがとう」
スプーンで ラテかき混ぜてる リラに
「パン、いただくね」つって 食って
ここは マジで「柔らかくて美味しい」つって
「よかった」って リラも喜んで。
「夕方から出かける時に、僕も誘ってくれる って
聞いてるんだけど、六山のどこか?
まだ 二の山の洋館には行ってないんだって?」
パンをちぎるジェイドが、“出かける” って聞いて
行き先は山 って予想したのかは謎だけど
「カジノだって」つってやったら
やっと、リラからオレに 顔 向けやがった。
「Cosa?」...
ジェイドに、もう 一回「カジノ」つったら
少し考えて
「ルカと、出会った場所だから... かな?
出会ったのは 上のショーパブだけど、はじめて
ルカと 二人で話したのはカジノだったよね?」と
なんとか自分が納得 出来るような 答えを導き出してるし。
「うん。でも、お客さんで遊んでみたくて ね」
リラの返しに戸惑った ジェイドは
「どうして?」と、優しく聞いてるけど
「ルーレットで賭けてみたいから」と 重ねられちまって、「“賭ける”?」って 焦りだした。
眼は向けてこねーけど、たぶん オレに
“どうなってるんだ?” って 聞きてーんだろうなぁ。 けど、オレが聞きたいんだぜ...
「うーん... 」
パン食いながら悩んでるけど、これで オレがリラを連れてきた理由は わかったらしく
「じゃあ、少しだけ行ってみようか?」と
頑張って 笑顔になった。
********
夕方 帰って来た四郎に
『ちょっと出て来るからさぁ』って 言ったら
『私も 涼二と会って参ります。夕食は 沙耶夏の店で頂きますので、御心配なさらず』って
オレらより先に 四郎のほうが出た。
『中間考査が近いので、対策をば』だってよー。
えらいよなー。
ジェイドが
前に 榊と四人で行った 甘いもん強いカフェに寄って、マジでカジノなんだぜ。
ショーパブには寄らず、まっすく地下に降りて
オーナーにもらったプラチナカード見せたら
「ヴィタリーニ様ですね」って 笑顔で通されたけど、スーツじゃねーし 髪もやってねーし、見ただけじゃ わかんなかったっぽい。
店ん中は、早い時間でも そこそこ混んでて
現金をチップに換えてる時に
カウンターの上に居た エキゾチックショートヘアのジニーが、ぽて っと絨毯の上に降りて 近づいて来た。ここのオーナーの飼い猫。
ジニーは リラの前に座ると、じっと見上げた。
なんか たまらん気分になって、オレが抱き上げる。
「かわいい」って言ってる リラに
「おまえの骨、見つけてくれてさぁ」って 教えたら、「見つけてくれたの? ありがとう」って
ジニーと額をくっつけ合った。
ジニーの胸か喉かが ぐるぐる いい音立ててるし。
「その時は、誰か 一緒に居たの?」
ジニーを抱き取る リラに
「ミカエル」って 答えたけど、なんか違和感がある。
あの時、ミカエルは露に降りてて、露ミカエルで
ジニーから 骨の話を聞いてた。
けど、露ミカエルと 二人で、カジノに降りたんだったっけ?
思い出そうとすると、頭に
寝かけた時みたいになる。
... なら、露ミカエルと 二人じゃなかったんじゃねーの?
術か何かで、何かを隠されそうになってるから
靄がかかるんじゃね?
「やるの?」と、聞いたジェイドに、リラは
「うん。黒の8番に、一枚だけ」と 答えた。
前と同じディーラーが、言葉に反応したかのように リラを見ている。
「かわいい賭け方だね」
ジェイドが微笑って、もちろん負けて。
「今度は 二枚にしていい?」と、また黒の8。
次は「四枚にするね」
「じゃあ、八枚に」... と、ずっと 一目賭け。
周りが ざわつき出した。見学するヤツも増えてくる。
「リラちゃん... 」と、また現金をチップに換えた
ジェイドも困惑してるけど、すげー 賭け方だもんな...
けど なんで、止める気にならねーのかな?
「十六枚」
「三十二枚」
喉が鳴る。見ている間に、一瞬だけ 空気までが
あの時に戻った気がした。
黒8のマスに置かれたインゴットが
“それは 積み木じゃない” と言った、シェムハザの声。
「バラキエル」と、ジェイドが呟いた。
「六十四枚」
「お嬢さん」
ジニーを抱く リラに、和服を着た 怖ぇおっさんが
声を掛けた。黒スーツの男 二人を従えてる。
ここのオーナーじゃん...
リラから ジニーを受け取って
「なかなか肝が据わっておられる。
だが、ヴィタリーニさんからは
“小遣いで遊ばせろ” と 仰せつかっていてね」と
もう降りるよう 諭された。
オレらが ここに金を落とし過ぎると、オーナーは
ヴィタリーニ家から落とさせた ってことになる。
「はい」
あっさりと引き下がった リラに、バニーが持っているトレイから シャンパンのグラスを取って渡した オーナーは
「こうした
バカラテーブルの方へ歩いて行った。
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