2 ルカ


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は... ?


眼ぇ開けたら、隣に リラがいなかった。


ガバッと跳ね起きると

「あ... 起きちゃった」っていう、のんびりした声。


「... おまえ」


いた...

よかったぁ... 焦ったし マジで。


リラは、キッチンに立って

何かに濡れ布巾をかけてるところだった。


「パン、焼こうと思って ね」とか 微笑ってるし。

焼くのかよ? かわいーじゃねーかよー...


「動く時は起こせよー」


三つ並んだベッドの真ん中から立って

「焼けてから、起こそうと思ってて」と 困ってる

リラんとこに行く。


けど「炭酸の お水、飲む?」って、冷蔵庫 開けて

出してくれたりもするし。

「うんー」とか 後ろから腕 回したら、見上げてきて 嬉しそうに微笑った。うーわっ!もうー!!


あったかいけど、零しちゃうかも... 」


うん。腕 回されたまま、頭に顎 載せられてたら

グラスに注ぎづらいよなー。背中、小っさ。


「でも、うれしい」


かっ... 聞いたぁ?! やられまくるんだぜー。


オレのせいで、腕の動きも制限せーげんされてるけど

なんとか グラスに炭酸水を注ぎ終えた リラは

「ライム、絞る?」って、また見上げて聞いてる。 やべ。顔、ゆるんで戻らねーし。


けど、いいかげん離さねーと うぜーかも... とかも思って「オレやるし」って 腕 離して、棚から 昨日 買ったライムを取った。


で、カットしてる横で、自分のグラスにも炭酸水

注いでみてる。

「炭酸だぜ、それ」つっても

「うん。挑戦」って。

500のペットボトルなのに、両手で持ってさぁ。

かわいくね?


ライム絞ってやったら「ありがとう」って

一口 飲んで、小さく噎せた。「からいね」って。


「ほらなー」


グラス 引き取ろうとしたら

「ううん。飲むよ?」って 離さねーけどー。

このコ、炭酸も酒もブラックコーヒーもダメなんだよなー。


「早起きしたんじゃん」


時計 見たら、朝9時 回ってるし

一般的には違うけど。

昨日 っていうか、明け方まで 一緒に映画 観た割には。

天使になる前より、体力あるみてーなんだよな。


「うん。でも起きたのは、一時間くらい前だったよ。あ、そろそろ... 」


調理台の上のパン生地から 濡れ布巾を外して

丸めてある幾つかのやつを 上から押し出した。


「うん」


何か わかんねーけど、良かったらしく

また丸めると、オーブンの天板に クッキングシートを敷いてる。

その上に パン生地を並べて置くと、ラップと濡れ布巾。で、オーブンに入れて

「もう 一回、発酵させるね」らしい。

手間かかるよなぁ。パン、すげー。


このオーブンは、リラが戻ってから

『おめでとう、ショートボブ! 戻ってえらいぞ』って、アコが買って来てくれたやつ。


リラが戻って、もう 一週間になる。


隣の山に赤い鳥居が見える あの森から 学校に戻ると、朱里ちゃんが リラを抱きしめた。


『戻れたの?! 本当に? 本当?

もう絶対、どこにも いかないよね?』って。

『うん... 』と頷いた リラも、鼻 赤くして泣いて。


鼻すんすん鳴らしながら

『いかないよ。私、朱里シュリと暮らすもん』つった時は、『えーっ?!』って ビビっちまって

『ルカくんが、お仕事の時は』って 付け足してて

ん... まぁ、それはなー... って 引き下がったけどー。


朱里ちゃんは嬉しかったみたいで

『うん! 広い お部屋に引っ越したんだよ!

沙耶ちゃんとゾイちゃんと同じ所!!

本当に来て来て!

ルカくんが お仕事じゃない時は、ちゃんと貸すからー』って 言われたんだぜ。


『あ、うん』つったけど、何か、なに?

奇跡的に リラのまま堕天して、戻った割には

オレ程、オレと居るコトとか喜んでねー 感じ... ?

“オレんとこに帰ってきた!!” って 思ってたんだけどー...

いや でも! 別に いっかぁ。

だーって、オレは うれしいしぃー!!


それからは、学校から なだれ出て来た人たちと手分けして、木から戻る人たちを助け出した。


幹に膨らむこぶの樹皮に 白いほのおが立ち昇って割れると、その中には シャツの胸や肩が見える。

樹皮を剥がし落として、顔が見えると

どの人も すぐに、戻れたことや 融合した影人が抜けたことに気がついて、まるで生まれ変わったような表情かおになった。

役目を終えた木は、残りの樹皮も枝も崩れて消えていく。


影人が重なれたのは、リリトの夢を見ない未成年だけでなく、独り身の人や、リリトの夢を見れなかった人... 自分以外に愛情が持てなかった人 や、

負い目を持っているような人たちだった。


影人と融合して木にならなくても、先祖霊に助けられた人たちもいる。

赦しの木の中から戻る人だけじゃなく、その手助けをする人たちの表情も 明るく温かくて、それが 一番 印象的だった。

あぁ、よかった... って、マジで思って。


暗くなるまでやってたんだけど、ちょっとだけ地界から戻った ハティが

『後は、こちらで やっておく』って 言ってて。

みんなで学校に戻ると、アコがリーダーになって準備しててくれた カレーを食った。

シイナや リョウジくんたちも 一緒に。


朋樹が『他の場所は、どうなってんのかな?』って、スマホでニュース観たら、やっぱり世界中で

同じことが起こってて、どの国でも大歓声。

沙耶さんに コーヒーもらって、視聴覚室でテレビ点けてみても、画面に映る人たちは みんな笑顔。

やれたことは少ねーのに、胸が熱くなる。


ただ、入れ替わりの場や、あの儀式の場で

身体が燃えてしまった人は 戻れない。


なのに、入れ替わりの場所から噴き上がる炎には

神隠しみてーな術が掛けられたようで、もう話題にも上がってねーし、誰も気にしてなかった。

記憶操作もされたんだと思う。


人が燃えてしまったことも忘れてる。

“また燃えたら” って、不安でパニックになるかもしれねーからかもだけど。


... “何が 出来る?”


シェムハザに聞かれた時は、きつかった。

地獄ゲエンナ 七層の滅びの炎にも、モルスにも、オレらが出来ることは ねーし。


けど、だったらなんで、オレらの記憶は操作しなかったんだろ... ?

もし、“犠牲になった人たちのことを忘れないため” なんだったら、他の人たちにも そうして、七層の炎だけを隠したら いいんじゃねーの?

他の人たちにも犠牲者が忘れられるのは 納得いかねーし。家族だっていたはず。


でも 今これを、ミカエルやシェムハザに言って

“じゃあ” って オレらからも消されてもイヤだから言わねーけど、引っかかってる。


『とにかく、影のある世界に戻ったね』


視聴覚室の長テーブルに 自分の手の影を落として

ジェイドが言った。


そう。世界は影も取り戻してた。

光を受けている証を。鮮やかな深みも戻った。

聖櫃に収められたキュベレが 天に戻ったからなんだろうけど、“ソゾン” と 求め呼んだ声と、空っぽになった胸を思う。

嘆きの心臓は、境界者ロキ裏切り者ユダが撃った。


『そろそろ、帰った方が... 』


四郎が、リョウジくんたちに言ってて

『あっ、そうだよな!』

『ご家族が会いたがってると思うよ』と

オレらも帰ることを勧めて、学校か家か どこに居るのか わからねー リン

“家、帰れよ。オレも後で電話はするし” って

メッセージを入れておく。


めずらしく すぐ、“たまには帰ればいーのに” って

返信きたけど、ごめん。今は、リラなんだぜ。


“もうちょい落ち着いたら” って 返そうとしてたら

リョウジくんが『帰らないと、ですよね?』って

迷ったように言った。


『なんか、わからないんですけど

何かが 違う気がして... 』


話しながら眼を赤くした リョウジくんを見ていると、胸ん中に 何かが触れた。

ジェイドや朋樹の表情も、場の空気も変わる。

そうだ 何か...


『多分さ、いっぺんに いろんな事があって

気持ちが張り詰めてたから、そんな気がするんだと思うよ』


いつの間にか、視聴覚室の後ろの方に立っていた

ヘルメスが言って、四郎が リョウジくんの背に手のひらを宛てて癒やしている。

けど、それこそ はじめて見る、張り詰めたものを抑えるような表情かおで。


『私も... 』と、何か言いかけた 沙耶さんの肩に

『サヤカも疲れてると思う。毎日、ご飯 大変だっただろうしさ。でも美味かったよ。ありがとう』って、ヘルメスが手を置いた。


『学校や宗教施設への避難も解かれたし

今日は、朋樹も、ルカもジェイドも、実家に帰っておいで。女の子たちは送っとくから』


『はっ?!』

『いや、僕は... 』


オレと 一緒に焦った ジェイドは

『ルカん家。実家には電話。四郎は城』と

ヘルメスに てきぱき言われて

『朱里ちゃんも家族に... 』って言った オレには

朱里ちゃんが『あたしん家、結構 遠くてー。今からじゃ着かないかもー』って 答えた。


隣に座ってた リラに眼ぇ向けたら

『もし、私も、帰れるなら、こういう時は帰ると思う』って言われて、あ... ってなったりして、

でも『明日、お迎えに来てくれる?』って 微笑うし、ニナには シイナが貼り付いてやがるし。


『しばらく みんな忙しいから、何かあったら

すぐに俺を喚ぶ事。

こっちからも ちょくちょく見に行くけどね』って

ヘルメスに言われて

『うん... 』『じゃあ、帰ろうか』って 静かに帰ってさぁ...


でも、ま。 久々に ジェイドと帰ってみたら

父さんも母さんも喜んだし、リンも ジェイドが来たことには喜んでたし。

イタリアにも ビデオ通話してみて、叔父さん 叔母さんと ヒスイの顔も見たりして、良かったんだけどー。


翌日も のんびりして、夕方くらいに

『また来るー』って、ジェイドと実家 出て。

バスで戻ると、とりあえず 教会で感謝を祈って。

ジェイドん家にも寄ってから、リラを迎えに行った。

バイクは まだ整備に出して預けっぱなしだったから、タクシーとかで。


で。やーっと 連れて帰れてさぁ!


天衣だったリラは、すでに アコにプレゼントされた服に着替えてたけど、もう開いてた 魔人の店で

飯 食いながら

『明日は もっと買いに行こうぜ』って 話したり、

『一の山ってところが、猫の山って聞いてね』って 言うから『そんなんもう、連れてく連れてく』って はりきったり。


こんな時でも すぐに営業開始してくれてたコンビニに寄って、ずーっと ハティとかボティスが使ってた オレん家で、ソファーに並んで 手ぇ繋いで話したりとかしてさぁ。


昼間は 開いてる店で、服とか下着とか 他にも要る物 買いに行ったり、その半分は 朱里ちゃんの部屋に運ばれたり。

一の山に連れて行って、フランキー 率いる猫たちと遊んでみたり、女子会ジョシカイとかで リラ取られたり。

いやもう かわいーし、楽しくて しょーがねーし!


けどさぁ...


いっこ、気になってることがあってさぁ。


実は、リラが戻ってから、一回もない んだけど...


や、言っとくけど!

コバまれた訳じゃねーし、だいたい 迫ってねーし...

一緒に転がって喋ってる内に、なぜか寝ちまう。

くっついてるのに だぜ? おかしくね?


なにこれ? オレが枯れたの? ... もう?!

で、朝は 爽やかに目覚めるし。

なら、問題ねーのかな... ? いや あるだろ。


リラが天使だったから 癒やされちまってる とか?

または、海で魂を抱っこした時に、もう それで

肉体を超えて 満足しちまった とか... ?


でも、「ん?」って見られると、オレも笑顔で

「ん?」とか 返しちまってるし。

多少 キモくね? オレが。


リラは「ううん。こうやって 一緒に居れてるから

うれしくて 」って またほっぺた赤くして、照れて微笑って かわいーんだけどー!!


ま いっかぁ...


「からいけど、おいしいかも... 」って

眉間にシワ寄せて 炭酸水をムリしてる リラに

「今日、何するー?」って 聞いたら

「ん... カジノに、行きたい」とか言うから

「おう?!」って なる。


「お客さんで、行ったことが ないから」


「おまえ どーした?! マジで言ってんの?」


いやいや、カジノ... ?


「うん。まじ」


マジ とか言うなってー。

ツッコむ前に 恥ずかしそーに自分で笑っちまってるけどさぁ。


で、発酵が済んだパンから 布巾とラップ取って

またオーブンに入れて「15分くらい焼くね」って

今度は早くも 軽く達成感のカオだし。


カジノ なぁ...

オーナーにもらったカードあるし、入るだけ入るってことも出来るんだけど、そーいう訳にも いかねーよなぁ。

母さんは氷咲家に嫁いだのに、大叔父さんから言わせたら、オレも “ヴィタリーニ家” だし。

大叔父さんに 子供がいねーからだろーけどー。


「パンと、オムレツにする?

お野菜は蒸しといたから、温野菜サラダはあるよ。食べる前に、レンジで温めたほうが いいけど」


「おっ、えらいじゃん!

タマゴ、オレやるし」


フライパン出しながら

「本当? ルカくんのオムレツおいしい。チーズと

ほうれん草の」って 微笑ってる リラに

「で、マジでカジノ?」って 確認したら

「うん。ルーレットがしたいから」って 頷いた。


本気で言ってるっぽいんだよなぁ...

うーん...  ジェイドに話してみるかな...


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