6 ゾイ


泉と幕屋の間から飛び立つと、幕屋の背後に立ちはだかる 高い高い崖壁に沿って上昇していく。


壁の上に出ると、極彩色の花々に彩られた 熱帯の森のような場所が広がっていた。

白い霧に包まれた森の一部の上には、液体シャボンの雲が弾けて 大水が注がれてる。


ミカエルが 枯れ葉のない地面に降りて、腕から

私を降ろすと、サンダルの足が着いたのは、砂色のしっとりとした 不思議な土の大地で

青々とした木の幹には ゴールドの蔓が巻き付いていて、根元には羊歯の茂み。


でも 何よりも、花々の大きさに驚いた。

どの茎も 私達の背丈くらい高くて、両腕を広げても足りないくらいの花の大きさ。

だから 森の上から見ても、極彩色に見えたんだ...


「すごい場所ところですね... 」


頷いた ミカエルは、私の頭からトーガを掛けて

「うん。それに危ない」と、剣を抜いた。


エデンで... ? と、不思議に思っていると

ギャア というような 鳥か獣の声がして、二本足で立つ 恐竜がジャンプして来て、私の前に立ったミカエルが 恐竜の首を落としてしまった...


どっ と身体を横たわらせた恐竜は、人間くらいの大きさ。赤や黄の花に溶けいる派手な体色。

背には蝙蝠の様な翼があって、身体に対すると小さい手の指の先には、青く鋭い爪を持ってる。

ジャンプに適した脚の先にも青い爪。

長くて太い尾は 攻撃力が高そう。

落ちた首の口に並ぶ 尖った歯も青い。

でも、斬首してしまうなんて...


「あの... 」


「首を落とせば、一時的に動かなくなるけど

こいつ等は 不死なんだ。また新しい首が生えて

復活する」


そうなんだ...


「こいつ等が居るから、ここでは あんまり翔べない。翔ぶと集団で襲って来る」


こわい... でも、この恐竜たちの棲家なのだから

仕方ないのかも。


「でも、そのトーガを掛けていれば大丈夫。

こいつ等には、赤い色が見えないから」


私の手を取るミカエルが、花の森の奥へと進んでいく。


また飛び出して来た恐竜 二頭を斬首したのだけど

どっちも狙っていたのは ミカエルで...

トーガを掛けられている私は大丈夫でも、掛けていない ミカエルが心配だった。


「ジズを呼ぶことは、出来ないんですか?」と

聞いてみたけど「巣に用があるから」って事みたい。


霧で朧げな極彩の花の中に崖が見えてきて、大きな穴が空いてる。

「着いた。この中」と ミカエルが私の手を引いて

崖ほ中に入って行ったのだけど、中の洞窟には天井がなくて、大きな大きな葉のない白い木が立ってる。


白い木を見上げると、空は もう夜の色で

天辺には、白い木の枝の巣があった。


私を抱き上げる ミカエルに掴まって、裸の白い木を昇って行くと、私達より ずっと大きな、白く美しい鳥が 翼を休めてた。

翼は四枚あって、神々しさに圧倒される。


「ジズ」


ジズは、ミカエルが来た事に喜んでいて

ミカエルが首をハグすると、鋭く白い眼を細めた。


「妻のファシエル」と、紹介してくれて

顔に熱を感じながら、頭に掛かっている トーガを

両肩に下ろすと「はじめまして... 」と 挨拶する。


ジズは私に眼を向けると、くちばしでトーガを取ってしまって...

どうしたのかな? って 戸惑っていたら、ミカエルが「ああ、堕天した事になってるんだ」と

ジズに説明した。

私に翼がないから、不思議に思ったみたい。


「ジズ。羽毛を分けて欲しいんだけど、いい?」


ジズは ミカエルに向けた眼の瞼を閉じて了承すると、四枚の翼で巣から飛び立った。

白い枝の巣の中に、ジズの美しい羽毛が満ちてる。


ミカエルが第二天ラキアから持って来た 天衣用の生地は、広げると 大きな袋状になっていて、二人で ジズの羽毛に埋もれながら、袋の中に すべらかな羽毛を詰めていく。


詰め終わると、ミカエルが腰に吊るした小袋の中から、白い種を袋の口に挟んだ。

袋の口が閉じて、お布団のように大きなクッションが出来た。

押してみると 程よい反発力があって、この上に座っても 身体は沈みきれなさそう。


「ジズ、ありがとう」


ぽっかりと空いた天に向かって ミカエルが声を掛けると、四枚翼の影が覆い降りてきて、今 作った

クッションを ジズが咥えた。


「運んでくれるって」


ミカエルが通訳してくれたのだけど、ジズは動かずに、巣の中で身体を低くした。


「“乗れ” って言ってる」


わぁ... と、嬉しくなっていたら

私を抱き上げた ミカエルが、ふわりと浮き上がって、二人で ジズの背中に乗る。

クッションを咥えた ジズが、私とミカエルの左右にある翼で、天辺の穴から外へ羽ばたいた。


後ろに居る ミカエルが、私に片腕を巻いて 支えてくれているけど、少し怖くて ジズの羽毛を両手で掴んでしまう。


だけど... 夜に瞬く 美しい星々。風が髪を洗う。

眼下には 白い霧と極彩の花の森。

あの恐竜達も、ジズには近寄れないようで

森の上で赤や黄色の蝙蝠翼で羽ばたいて、警戒しているだけだった。


高い高い崖の下に降りると、もう幕屋の前。

ミカエルと 一緒に ジズから降りて、お礼を言うと

くちばしからクッションを離したジズは、幕屋の近くの木に絡んだ蔓を引っ張り出した。


私達の前で蔓を咥えてみせた ジズは

「“呼んだら乗せてやる” って」と 言っているようで

「俺は翔べるから、ファシエルに言ってる。

蔓は手綱のつもりみたいだ」って...


「ジズ、ありがとう... 」


嬉しくなって お礼を言うと、ジズは蔓を咥えたまま、崖の上へ飛び立って行った。


ジズが運んでくれたクッションを、ミカエルが

泉の前に移動させたのだけど、幕屋の入口を塞がないように、入口の左側。


サンダルを脱ぐと、二人で座ってみた。

空気の上でも 綿の上でもない不思議な感触。

ふわふわで とっても気持ちいい。


「あとは、パンを焼くためのかまどと、ビールやワインの瓶。それと、果物を集めるための籠」


「はい。お皿や、カップも... 」と 添えた私に

「冷たい物用なら、シェムハザが星氷のカップと皿をくれるって」と 教えてくれて

「でも、パンと温かい飲み物用がいるし

地上で売られてるものも見てみよう」って。


こうして、これから作るものの事を話し合いながら、静かな星々を映している泉を 二人で見て...

とても しあわせ。とても。


「ファシエル」


「はい」って、隣に居る ミカエルに顔を向けると

回した腕で 引き寄せられて、キスをした。


突然で 驚いて、でも、その... 嬉しくて

胸の中が 忙しくなって。


くちびるを離すと、私を見つめていて。

俯いてしまった私の名前を呼んで


眼を上げて、星明かりが降りた ブロンドのまつ毛と、美しい碧い眼に見惚れると

「もっと してもいい?」って 聞かれて

どう答えたらいいのか、わからないうちに

「他の事も」って...


泉の段から上がる時に、お腹にキスをされて

芯が疼くようになった感覚を 身体が思い出して、

忙しくなった胸の鼓動が 耳で鳴っているみたい


でも「だって、まだ 一度しか... 」と 聞いて

つい 少し微笑ってしまった。

恥ずかしいけど、嬉しくて

なんだか かわいい... とも 思ってしまって。


「ファシエルと ふたりで、いろんな事をしたいと思ってる。

これも そのひとつだけど、俺には大切な事で」


腕の中で、ミカエルの言葉を聞いて

忙しかった胸の中に 甘い熱が籠もっていく。


「クッションを作ろうと思ったのも、星を見たり

一緒に本を読んだりも したかったからだけど、

トーガじゃ 背中が痛いかも... とも思って」


また 小さく笑ってしまって

また「いい?」と 聞かせてしまったのだけど

やっと「... 嬉しいです」って 頷いて言えた。




********




部屋の玄関が開いて「ゾイ?」と呼ぶ

沙耶夏の声がした。


「うん、おかえり」と 答えた私の声は

まだ ファシエルの声だったから、沙耶夏は納得した顔で リビングに入って来た。


夜は あのまま、クッションの上で

赤いトーガと 真珠の翼に包まれて、明けるまで

話をしていて。とても しあわせだった。


早朝、二人で 大樹の間を抜けると

また 夕暮れになっていて。


イヴァン達の幕屋へ行って、子供達と話す事が出来たのだけど、母親を失ってしまった子供達は

もしかしたら、ヴァナヘイムに入る事になるかもしれない と聞いた。

だけど、ヴァナヘイムの女神たちの半魂は失われたままだから、まだ小さい子も居るのに... と、心配になってしまう。


“また会いに来る” と 約束して、地上へ戻ると

四郎の お弁当と、私達の食事を作って

学校へは ミカエルが届けてくれた。


戻った ミカエルと、一緒に ご飯を食べていると

『地上の服を着てても かわいい。似合ってる』って 言ってくれて

『考えたんだけど、二人で居る時に ファシエルを隠すのは やめようと思って。

イシュに見られるのはイヤだけど、ファシエルは俺の前でしかイシャーにならないし、地上でも 二人で いろんな事をしたいから』って、話してくれて。

自分と 別々に居る時に、私がゾイの姿なのならいいかも... と 思ったみたい。


『それに、ああいう事を 一緒にするのは

俺だけだし』


明るい笑顔で、少し得意げに言った ミカエルに

『はい... 』と 返事をしたのだけど

持っていたフォークを落としそうになってしまったし、胸も顔も とっても熱かった。


それで、四郎の おやつを届けには 一緒に行ったんだけど、ファシエル姿の私を見た 四郎は、気を使って 何も言わなくて。


もし何か言われていても 照れただろうけど、言われなくても ひとりで照れてしまって...

いつか、ジェイド達の前でも... と 考えると

私が慣れる事の方が必要だと思った。


夕方まで『まず人が少ないところから』って

住宅街や公園を お散歩して

『そろそろ 沙耶夏が帰って来るだろ?

俺もジェイド達に会って来る』と、部屋まで 送ってくれて『でも、深夜 また来るかも』って

額にキスしてくれた。


「お土産よ。プリン味のチョコですって。

ミカエルさん、チョコは好きじゃないみたいだけど、これなら食べれるんじゃないかしら?」


手を洗って戻って、テーブルに 包装された カップに入ったチョコを 二つ置いた 沙耶夏に

「ありがとう! 弟さんの恋人は、どんなだったの?」って聞いたら

「ふんわり優しい子なの! うさぎさんみたいに」って、嬉しそうで

「来年、結婚を考えてるのですって」と

くすぐったそうな顔をした。


肋骨あばらぼねに出会ったみたい」とも 言ったから

少し驚いてしまってたら

「あなたと暮らすようになって、聖書を読んでるから」って、また微笑った。


「珈琲、飲む?」って、キッチンへ淹れに行く間に「ありがとう。お願いするわ」と 答えた沙耶夏が、コートを掛けに 自分の部屋へ入って行く。


肋骨あばらぼね” で、エデンに居た アダムとエバを思いだしたけど、前に ジェイドと河川敷で話した時に

“父は どうして、アダムの助け手を女性型にしたんだろう?” って 聞いた事も思い出して。

ミカエルの髪越しに見た クッションの上の夜空が浮かぶ。


今なら わかってしまう気がして、スプーンで珈琲の粉を掬いながら、小さな ため息をついた。

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