恩愛 ゾイ

1 ゾイ


「ジェイド」


土曜日の夜。

お店が終わって、一度 沙耶夏と部屋へ帰って

ジェイドの家のリビングに立ったところ。


お店の営業が終わる頃に来てくれた ミカエルが

頭にエステルを載せて、プリンを食べながら

『天の会議に出ないといけない』って 言ってて。

天の時間の流れは、地上とは違って

ほんの数時間でも 地上では幾日か経ってることがある。


ミカエルに珈琲を出してくれた 沙耶夏が

『そうなの。でも、水曜までに戻れるかしら?

お店の お休みまでに』と 聞いて、“なんで?” って

プリンから顔をあげた ミカエルに

『私の弟が、“恋人を紹介したい” って言うの。

お付き合いしてる方の お休みも水曜日みたいで。

それで、遠くに住んでるから、ここと弟が住んでる場所の真ん中くらいで会おうって事になって。

もうホテルも取ってくれたみたいなんだけど、私

まだ弟に ゾイの事を話してなくて、一人部屋みたいなの。

翌日も休みは取っているようだから、お店も お休みにしてて。

だから水曜日から、ゾイを頼めないかしら?』って、お願いしてしまって...


そんなムリを言っちゃ... って、ハラハラしたんだけど、ミカエルは

『うん、戻る。今回の会議は 最初だけ居ればいいみたいだし。早いければ明日には戻れる』って

笑顔で珈琲のカップを取って、私にも その顔を向けてくれた。


『これを飲んだら行かないと』と言う ミカエルに『あの、ミカエル。ジェイドと、話をしたいと思ってるんです』って切り出してみたら

“あっ!” って すぐにニナの事が浮かんだみたいで

『うん、いいぜ?』って 快諾してくれて。

沙耶夏のスマホから ジェイドに連絡してもらって

リビングに立った。


リビングは、ガランとしてる。

朋樹は、明日から イタリアに行く予定だから

支度をしに自分の部屋に戻っていて、ルカはリラと居るし、四郎は シェムハザのお城へ行ってるから。


“リラが戻った” と聞いた時、いけない事かもしれないけれど、ラミナエルになっているマルコシアスと、サリエルを囚えたままでいるベリアルに感謝をした。

そして これは、絶対に口には出せない事だけど

目の前での 理由のない堕天を見逃してくれた ミカエルにも。


ルカが 一度、リラを お店に連れて来てくれたんだけど、リラが預言者として地上に立った時に、公園や リラが働いていたショーパブで会った事を覚えてくれてて、とても嬉しかった。

沙耶夏も リラに会えて、とっても喜んでて。


榊は、幽世や高天原、根の国や冥府まで忙しく行き来してて、まだリラに会えてない。

朱里は、一日リラと過ごせたようなのだけど

ルカがもう全然 離さないし。


でも、お店に来た浅黄が

『榊は、もう そろそろ戻ろうよ。

須佐様も 二山に降りられた故』って言ってたから

沙耶夏が『榊ちゃんが戻ったら、一晩 お泊り会をしない?』って、朱里も誘ってて。

女の子だけで集まるのだけど、私も お呼ばれしててくれたから、今から楽しみ。



「... ゾイ? 今、降りるよ」


ジェイドは 二階に居たみたいで、声の後に 階段を降りる音が聞こえて来る。


「久々に本を読んでて」って、リビングに現れた

ジェイドは、とっても明るい顔をしてて

「あんまり頭に入らなかったけど。コーヒー 淹れようか?」って キッチンへ向かった。

ニナの事で嬉しくて、落ち着けないみたい。

なんだか かわいい。


ニナが赦しの木から戻った時。

私は 沙耶夏と、学校の調理実習室に居て

眠り続けていた シイナとは、アンバーが 一緒に

居た。


学校の外から人の声がしたから、みんなが戻って来たのかな? って、珈琲を淹れようと考えてたら

アンバーを抱いて、シイナが降りて来て。

アンバーが起こしたようだった。


シイナの腕から飛んで、よれよれと私の元に来た

アンバーに、どうして起こしたのかを聞いてたら

沙耶夏が『シイナちゃん?』って呼んでて。

シイナは 窓際に歩いて行って、そのまま窓を乗り越えてしまった。


調理実習室は 一階だけど、窓から地面までは高さがあるし、心配になって 外に移動したら、走って行っちゃって。

向かう先には、ジェイドが支えてる ニナが居て...


シイナが『退いてよ!!』って、ジェイドを押し飛ばしてしまったんだけど、私はもう、胸が震えていて。

人類最初の罪人 カインが蒔いた アベルの赦しの木が、同じ人間達を救ってくれた。


人が木から生まれてくるみたいに、木のこぶの樹皮が 次々と割れていって、包まれていた人たちが戻ってくる光景は、世界中の人々の不安を払拭して

大きな喜びをもたらした。人間の心って すごい。


学校からも、外からも歓声が上がって。

きっと世界中で。

たくさんの人たちが外へ駆け出して行く。

私や沙耶夏も 珈琲どころじゃなくなって、木から戻る人を支えに出た。空には大きな虹。

地面には、足の下から影が伸びた。


『姉様、良くぞ御無事で... 』って 涙ぐむ四郎にも

ニナは『あっ。四郎シロちゃんも、私が木になっちゃうところ見ちゃってたよね... ?』って、ただ恥ずかしそうだったけど、私には

『また、傍に居てくれたよね? ありがとう』って

微笑ってて。

『ううん、そんな事... 』って答えながら、何だか

胸が きゅっとした。


ニナは、木に包まれてからは

『寝ちゃってたみたい』って 言ってた。

木になって、赦しの木に包まれると意識が薄れて

『なんとなくだけど、赤ちゃんが居る ママのお腹の中って こんなふうかな? って感じ』って。

苦しいとか怖いとか、そういう事はなかったみたい。よかった。


だから、ニナからすると

“木になったけど、気付いたら戻れちゃった” から

『すごいよねー!』という感じだったし、

シイナが抱きついて離れないから

『もー。戻ったんだから、泣いてないで喜んでよー』って、ずっとシイナと居て。

学校や宗教施設での避難が解かれると、ろくにジェイドや朋樹たちとも話さないまま、シイナに

『今日は泊まるから』って言って帰ってしまって...

ジェイドだけじゃなく 私たちも、“えぇ... ?” ってなってしまってた。


珈琲のカップを 二つ持って、リビングに戻った

ジェイドは、一つを私の前に置くと

「“明日 会わない?” って、ニナを誘ってみて」と

向かいに座った。


「本当?!」


誘った って聞いただけで、嬉しくなってしまって

少し声が大きかったかも...

でも ジェイドは気にしてなくて

「うん。OKをもらったよ」って笑顔。

良かった... 嬉しい。


「一緒に バリへ行こうと思ってる。

急だから、一日だけだけど」


素敵...  ニナ、喜ぶだろうなぁ。

「うん」って頷いたら、ジェイドは

「ありがとう」って 返したから

「どうして?」と 聞いたら

「こうやって、一緒に喜んでくれて嬉しいから」って。また嬉しくなる。


ジェイドは、ニナが木から戻った時

天に赦された って感じたようで、迷いがなくなったみたい。

私には、それも本当に嬉しかった。

だって。父や聖子の教えに導く人が、人と添ってはならない なんて。


“カイザルのものはカイザルに、神のものは神に”。

司祭としての戒律は、地上のこと。

社会的な事だって気がする。

自分の肋骨あばらぼねと元のひとつになったら、天は喜ぶし

ひとつに戻っても、信仰は揺るがない。


だけど、“婚姻” は 社会的な事だし

揺るがない人ばかりでもない。人間だから。

家庭で何かあれば 人を導くことがおろそかになってしまうかもしれないし、逆に人を導く事に熱心になっていて 家庭を疎かにしてしまうかもしれない。

そういう理由もあるのだろうと思う。

教会だって、社会の中にあるのだし。


でも、モルスが生まれた時に、天が開かれて

聖子の光が降りた って聞いた。

ジェイドの信仰心が確かだって事は、天が分かってる。


「ヴィラの蓮池の前で、ゾイが話を聞いてくれて」


カップの珈琲を口に運ぶ 私に、ジェイドは

「天使で友人の君が、僕を 神父としてだけでなく

ひとりの人間として見て話してくれて、背中を押してくれた事も大きい。ありがとう」って...

胸の中が温かい。

ジェイドと友になれて、本当に嬉しい。


「ミカエルとは?」って 聞かれて

忙しくても お店に寄ってくれる事や、水曜日に

ゆっくり会う約束をしてる事を話した。

やっぱり照れてしまうのだけど。


「榊が戻って来たら、女の子だけで お泊り会をするんだけど、私も呼ばれてて」って事も話すと

「じゃあ その時は、僕らがミカエルをみてるよ」

って。

ミカエルが子供みたいに言われた事に、少し笑ってしまいながら「うん」って頷く。


「ゾイ、魔人達の店には もう行った?

ニナを連れて行こうかと思うんだ」って事や

日曜日の午前中は お店が暇だし、四郎のお弁当も休みになるから

「明日のミサ、私も出るね」って事なんかも

たくさん話して、沙耶夏の部屋へ戻った。

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