5 ニナ


あーあ...  かなしかったこと思い出しちゃった。


トップコートも塗ったし、映画は もう、停止しよう。続きは また今度。

なんでもいいって思って観たのに、静かに打ちのめされちゃったし。私が勝手に だけど。


高校の卒業式は欠席してしまった。

でも、専門学校はちゃんと通って 卒業した。

中学に上がる前から病院へ通い出して、それから最短でも治療開始までに 二年は かかるんだけど

“本当に、いいのか? いつか、子供も... ” って

パパの言葉に、二十歳まで 考えて耐えて。

だけど、男の子の身体なのが つらくてつらくて

泣きながら ママに訴えて、治療を開始した。


いざ 治療を始めて、専門学校の時に髪も伸ばしてた私が お化粧もして、女の子の格好もすると

ママは まだしも、パパは やっぱりつらそうだった。

それで、一人暮らしを始めた。

病院も転院して、少し 離れたところで。


アパートのお金を払ってくれたのも パパで

最初の数ヵ月は お家賃も払ってもらってたけど

女の子の格好のままでも、美容の会社に入社することは出来て。

アルバイト禁止の会社だったけど、早く早く自分らしくなりたかったし、夜のバイトも探した。


でも、こっちの方を 探すのが大変だった。

まだ おっぱいもなかったし。かといって、女の人 相手のお仕事って どうなの? って迷っちゃって。

女装クラブみたいなところもあるみたいだけど

求人の “会員制” “秘密” って文字が なんとなく怖くて、結局 選べなくて。


なんとか探して、女装男子でもいい って言ってくれる スナックみたいなところとか ラウンジでアルバイトしてたんだけど、男子のバイト料金にされちゃう お店もあったし、お客さんに男子だってバレると、“詐欺だ” って騒がれちゃうこともあって

かなり転々とした。


治療のおかげで、ラインが少し曲線になったり

ヒゲや体毛も余計に薄くなったんだけど

自分の身体を見て、ずっと こうなのかな って 落ち込んだりもしちゃって、自分に追い詰められて。

お昼の会社も辞めて、転々としながら 夜だけバイトして。


誘われたら、男の子とも寝るのに 女の子とも寝るっていう、どうしようもない時期もあって。

気持ちよくって、ヒドイ気分。

無意味に笑ってて、空っぽだった。

バランスって、簡単に崩れちゃうよね。


胸に花々を彫ってもらったのも、舌のピアスも

この頃。

きれいになれたら 平気になれる気がした。

お花を抱きしめていられたら

好きじゃないのに寝なくても、笑わなくても、

息が できそうな気がして。

舌のピアスは、私が 私を実感していたかったから。だけど、外と私を隔てるし、繋ぐもの。


お花を彫ると、お店探しは 余計に大変になった。

そうだよね。

あぁ。もうムリだったら、美容系で真面目に働こう。自然な身体になれるのは いつになるか わからないけど...

そういうことも ぼんやり考えながら、クラブで飲んでたら、今の お店の人にスカウトされちゃった。


“女の子じゃないんですけど... ” って事情を話したら、“女の子に見えるからいいよ” って。

それに、“いつか女の子になっても 勿論いいよ” って!

お店の見学をして、“ショーは希望する子だけ” って聞いたから、すぐに決めた。


今の お店で働き始めると、すごくラクになった。

まだ女の子の身体じゃなくても、“お店の女の子” として扱ってくれるし、今までのところに比べたら 女の子たちからも そう。お客さんも私を否定しない。


待望の おっぱいが膨らむと、本当に嬉しくて

無駄遣いせずに、コツコツと手術代を貯めて

切除術と形成術を受けた。



ああ、女の子なんだ。やっと 私として生きれる。


部屋に置いてる 大きな鏡の前に、何も着けずに立って、くしゃみが出ても、前開きのパーカーを肩から掛けて、じっくり見てた。


もう少し、おしりが丸くならないかな とか

背中のラインが少し硬いかも とか、まだまだ頑張らなきゃ ってところはあったけど、忌々しかったモノはなくなったし、おっぱいもまあるくてかわいい。ブラも もっとたくさん欲しい。

いつか 誰かに外されたり するのかな... って考えたら、きゃー!ってなって、ひとりで下着ショーを始めてみたり。


とっても ふわふわしてたんだけど

この頃に シイナが、いつにも増して やらかすようになって、私にまで キスしたりした。濃厚なの。


それって、虫のせいだったんだよね。

“尾長イナゴ” って言ってた。

やだから もう、形態は思い出さないけど。


ふわふわしてる ついでに、急に、お店の近くのカフェの お兄さんが、カッコよく見えちゃって。

お店の営業前に 通うようになってた。


でも、お兄さんも 私が “dominatrix” の子で

本当は男の子だった ってことも知ってる。

お店、結構 有名なんだよね。

頑張って カフェのカウンターに座った時

“あれ? ドミナの ニナちゃん?” って言われちゃったし。

それでも 頑張ろう って思ったけど。

だって、身体も女の子になったんだから。


その日も、せっせとカフェに向かってたら

“おい 待て” って呼び止められて。

これって アコちゃんで、見た時に ふわっとなっちゃったんだけど

“口を開けろ” って言われて、疑いなく開けたら

キュートな海外のコ... ミカちゃんに、何かの水を

スプレーされちゃって。

私、口から出したんだよね... なんか、長いの。

やだ 思い出さない。お茶 飲もう。


で、何なの? この目立っちゃってる人たちも何なの?... って思ってる内に、モデルか何かなのか

すっごいキレイな人が 目の前に立って

“和洋融合デザインのタトゥで 綺麗だね” って言った。これが、ジェイドくん。


隣には、黒髪美形の朋樹くんも立ったけど

あー、ここまでキレイだったりすると

頑張ってもムダなんだろうなぁ... って、最初から諦めがついちゃう。見れて得した って感じ。


でも。アコちゃんは、わかってくれそう って気がして、話してみたかった。


“地上の順なら、32番目になる”


えっ、お話の順? お店に来てくれる順かな?

よく わからないけど、チャンスだって気はする。

お店の名刺を押し付けて、その場から逃げた。


アコちゃんたちが お店に来た時は、ボティスさんや シェムちゃんも居て、あー もう、世界 違う。って しっかりと思ったから、シイナのこととか

聞かれたことだけ答えた。まだ 低かった声で。


この時、ジェイドくんや 朋樹くんの印象が

外で会った時とは違った。なんか悪そうな感じ。

この人たち、どういう人たちなんだろう? って

ドキドキしちゃったし。

まぁ、ルカちゃんが 一番イヤなヤツで ひどかったんだけどね。


次に会ったのは、赤い空の 白い十字架の下。

目覚めたら、神父さんの格好をした ジェイドくんが居て、背中を見た時に “救おうとしてる” って

思った。あの場に居た 全ての人を。


山田 祐庵ゆうあん... 右衛門作えもさくさんが 出てきちゃったり

四郎シロちゃんが蘇ってたり、大変だったけど

右衛門作さんの奥さん、エマさんが 私の手を握ると、私の身体は 男に戻っちゃって...


呆然とした。本当に。形容 出来ないショック。

私自身については、全部が終わった。


でも、終わってるどころでもなくて。

たくさん 信じられないようなことが起こって

みんな必死で。どうにか、エマさんも送れて。


それで、ハティさんが私の手を握って

“真実の性別に” って言ったら、身体が女の子になったの!

私、本当に本当に 女の子だったんだ... って

初潮を迎えた時、感動して泣いちゃったし。

ママやパパに言ったら 驚くかな?

いつか孫を抱かせれるかも... とか。


でも この時は、好きなひとに触れられるのって

どんなふうかなぁ... ? って、ぼんやりと思った。

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