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「シイナちゃん、それじゃあ 指を切っちゃうわ」


学校に戻ると、ヴィシュヌたちと合流し

悪魔に協力してもらって、昼のカレーを

体育館や多目的室で配った。


とは言っても、シャワーを浴びて戻って来た子は

まだ少なく、帰らずに残っていて『昼から帰る』と言う子たちが はりきって配ってくれたので

大してすることもなく

『視聴覚室で、テレビ観ながら食う?』

『ニュースを観ておいた方がいいな』と なって

階段を昇る前に 調理実習室に寄ってみると

ペティナイフを持つシイナが、沙耶ちゃんに指導されていた。


「おっ、戻るの早くね?」


ルカは 入口から声を掛けたが

「ニナ」と ジェイドが 調理実習室へ入って行く。

キウイを剥きまくっていたらしい ニナは

「あ... 」と、花が咲いたような顔になった。


オレら、まだ ジェイド本人からは 何も聞いてねぇんだけど、そんなことは構わねぇんだな...

鍋に水を入れて 沸かしていた榊が、“のっ” という顔になっているが、ジェイドは 榊の頭に ぽんと手を載せると、ニナに

「九龍球 作り? お昼は食べた?」とか

明るい声で聞いている。


「ん... まだ、そんなに お腹 空いてないから

“先に作っちゃおうか” って... 」


嬉しそうだが、照れて話すニナは かわいかった。

朋樹も頷いている。

ボウルに 砂糖やら アガーやらを量って入れている

朱里が、まだ 廊下に居るオレに 手を振りながら

“うまくいったの?” というように、ジェイドたちの方に 視線を動かしてみせた。

手を振り返しながら 首を傾げ、曖昧に頷いておく。


「アコちゃんに、“忙しくなるかもしれないんだぞ” って、お風呂 急かされちゃって。

学校に戻って来るのも 一番 早かったし」


寝かせた刃で 自分の頬をぴたぴたやった シイナから、沙耶ちゃんが ナイフを取り

「シイナちゃんは、製氷器を並べてちょうだい。

後で フルーツを入れてもらうわ」と

テーブルの上のケースに積んだ 球型の氷が出来る製氷器の方を指している。

「かわいくない?」「やばいよね?」と、缶詰のフルーツを切る女子校生より 使えんらしい。

「はーい」と 返事をするシイナは 楽しそうだが

オレらには、“触れないようにね” の 視線を送る。

けど ニナは、まだ シイナにも話せていないようだ。


オレらと廊下に居る 四郎は、女子に見つかり

「雨宮、手伝ってよ」と 誘われているが

「うん、涼二達が戻ったら」と 笑顔で躱した。

けど リョウジたちは、おやつの時間くらいに戻るんだよな。


ニナが切った 一口大のキウイの山から

一欠片を 楊枝で刺したジェイドは

「僕らは これから、視聴覚室で食べるんだけど

仕事の話をしながらなんだ。

でも、九龍球これは 一緒に食べない?」と

誘っている。


「うん」


「うわ かわいー」と零した ルカは

シイナに 偽睫毛の眼を向けられている。が

「で、オレらは おまえかぁ... 」と、視線に返し

どっちも 肩を落とした。


「じゃあ、あとでね」


楊枝に刺した キウイを食うと、また 榊の頭に 一度 手を載せ、

食用花エディブルフラワーだよ。ビオラは そのまま入れるけど

バラは 一枚ずつ入れて、色のアクセントにしようと思って」と 女子校生たちに説明している ゾイに

「落ち着いたら、話せる?」と 聞いている。

ジェイド、オレらじゃねぇのか...


「うん、もちろん」


笑顔で答えた ゾイは、優しそうな お兄さんに見えるので、「あぁ... 沙耶さん、いいなぁ」

「かっこよくて優しいしー」と

沙耶ちゃんが 女子校生たちに羨ましがられた。


朱里に「あとでな」と 手を振り、沙耶ちゃんや

ゾイにも「大変だろうけど よろしく」と

榊や シイナニナを頼むと、視聴覚室へ向かう。

階段を昇る間に、ルカが

「なぁ、おまえさぁ、ニナと... 」と 聞くと

「うん。今日の朝、少し話して」とだけ言った。


朋樹や オレは、洗いざらい ロキに聞いていることに 微かな罪悪感があって「おう」「そうか」と

返したが、ルカは

「えー... オレ、バリで 相談 乗ったりしたのによー

もうちょっと、なんかさぁ」と ごねてみている。

「ルカ」と 四郎に嗜められているが

「いや、知らないと 気の使い方も変わるじゃん

こっちもさぁ」と、ジェイドを ハッとさせた。


「そうだな、ごめん」と 言っているが

「いや、おまえじゃなくて、ニナにだし」と 返され、「そうか」と笑っている。


「自分の気持ちは話したよ。

僕に会うと、ぎこちないのが気になってたしね。

それで 思ってた結果とは違って、望みがない訳じゃなかったけど、関係が変わった とまでは... って風だから。報告する程ではない気がしたんだ」


ニナに気を使わせないように、話したんだもんな...  こうして 同じ場所に居る事になった。

ジェイド自身も 吹っ切って、仕事に専念しよう と

思ったとこもあったんだろうけどさ。

ニナの気持ちを知った 今は、神父として という

葛藤があるだろうし、なんとなく話しづらかったんだろう。


「ふうん、よかったじゃねーか。

好きな子に好かれる って 嬉しいよなー。

いろいろは置いといて、単純にさぁ」


「ふむ。儂も嬉しくある」


階段を振り返ると、狐榊が ついて来ていた。

「ボティスも戻っておろうか?」と うそぶいているが

気になって しょうがなかったんだな...

ニナが、ジゴロに会いに バリに来た時も

ストーカーになってたしな。


「大っぴらに 化け解くなよー。

狐なんかいたら 高校生に喜ばれちまうからよ」と

朋樹が注意しているが

ジェイドが「ありがとう」と 狐榊を抱き上げた。


「ん? いい匂いがするね」

「ふむ、ばすおいる よ」と 話しているが

学校中 スパイシーな匂いで わからねぇ。


視聴覚室では、ナンやサモサを片手に

ミカエルたちが テレビを見ていた。

情報番組で 世界中に生えた赦しの木のことをやっている。夜の飛び降りの事は

『憑依妄想による自己暗示の疑い』と されていて

『出来るだけ 一人で過ごさないこと』や

『ネットなどの情報にも 充分 注意を』と 呼び掛けられている。

狐榊が 長テーブルを潜り、ミカエルとボティスの間に収まった。


ミカエルたちの後ろの列の席に座ると

テーブルに カレーとナン、サモサが取り寄せられた。飲み物は ラッシー。

「チキンもいる?」と、ヴィシュヌが振り向き

クリスピーチキンが盛られた大皿が 二枚追加された。トールとロキの前には、空の大皿 五枚の上に

山盛りチキンの皿だ。さすがだよな。


ヴィシュヌに礼を言って 食う間、テレビでは

『... また、ご家族や知人が

“出掛けてから戻らない”、 “連絡が取れない” という相談も 多く寄せられているようで... 』と 言っていて、影人と重なって 夜国へ行っちまった人や

赦しの木に包まれている人たちだろう... と

重い空気になり、誰も何も言えなかった。


『... “自己暗示” との事ですが、飛び降りてしまわれた方が、世界中で 同じような時間に “リリ” と

人物名と思われる発言をしている という共通点が 気に掛かるところですね』


『何者かに 何らかの暗示を掛けられた恐れ などといった事も考えられる という事でしょうか... ?』


『ですが、世界中で ですよ?』


『こちらについては、カルト的な組織や教団などが関係するのではないか という推測もなされているようで、各国で捜査もされていますが、

“リリ” という人物名についても、少し前から

ある噂が流れていた との事です』


ようやく

『ネットで囁かれている噂が こちらです』と

“リリと言った人は シャドウピープルと重ならない”... までは きたが

『同じ時期に目撃情報が相次ぎ、現在も目撃されている シャドウピープルについては、様々な噂が飛び交い... 』と いうところまでだ。


“重なったら 木や根になる”... とかの情報が入ってたとしても、荒唐無稽で言えねぇもんな。

まして、皇帝が やらかして言った

“重なったら破裂する” とかさ。


カレーを食い終わると、ヴィシュヌが

「クルフィ?」と、アイスを配ってくれた。

棒つきアイス形状だが、普通のアイスより硬い。

そして チャイ。甘いと甘い の組み合わせだったが

カレーの後だからか、チャイにスパイスが入っているからか、美味かった。


「ネットでは、どのように話されておるのでしょう?」


クルフィを片手に 四郎がスマホを取り出したので

オレらも「そうだな」と それぞれ取り出したが

ルカのスマホは ロキに奪われ、オレのは アコに渡った。


「... “おとぎの森”、“まるで異世界”」


ロキは、“木” で 画像検索したらしく

カラフルな赦しの木の前で 写真を撮っている人たちの画像に当たった。

中には コスプレしている人もいる。

緊迫感 ゼロだ。


「“憑依妄想” や “悪魔” から、“リリは悪魔” って

言ってる奴もいるぞ」


シェムハザとスマホの記事を読む アコが言ったが

まぁ、分類すりゃ 悪魔だもんな...


「“元は、メソポタミアの女悪魔 リリトゥ。

リリスとも呼ばれる。

アダムの前妻。エバを唆して 善悪の実を食べさせた とされる。

カバラの伝承では、悪魔サマエルの妻。

下半身は蛇”」


サムが やらせたのか? しかし、妻 ってさ...

リリトは、誰の妻なのか 確定されてねぇのな。


「“元は”?」と ルカが口を挟むと

「アダムに嫌気が差した リリトは、紅海まで逃げたんだ。その後 サウジアラビアを越えて

イラクやイランに入ってる」と、アコが答えた。

それで、“メソポタミアの女悪魔” か...


「“イスラム教の伝承では、サタンと寝て

悪霊のジンを生んだとされており

キリスト教の悪魔学では、悪魔に仕える魔女であり、スクブスの同類とされる”」


「だろうね」

「まさに」


「“多くの悪魔と交わり、無数のリリンを産み出した”」


「よく調べてるな」と、ボティスは鼻で笑っているが、「“リリン” とは?」と 四郎が聞く。

「リリトが生んだ者等だ。スクブスや悪魔、魔人まびと。父親は様々」と、シェムハザが答えた。


「リリトは、アダムの子も産んだ って話も

あるよね?」


スマホのニュース記事から顔を上げて

ジェイドが言ったが、ミカエルは無言だ。

ボティスも「まぁ、あるのかもな」と 言っただけで、話す気はなく見える。何か マズいのか?

ボティスとミカエルの間で、狐榊の背中が緊張している。聞かねぇ方が良さそうだな...


けど、リリトはアダムの最初の妻だ。

子供がいても おかしくない。

エデンで産んだのか、別の場所で産んだのかは

わからねぇけどさ。


「その場合、子供は ネフィリムなのか?

それとも 魔人?」


ミカエルの様子には気づかないふりで

朋樹が 聞いてみているが

「どちらでもない。何か情報は?」と

話を変えられた。


天使と人間の子なら ネフィリム、

悪魔と人間なら魔人だ。

どちらでもないのか...

でも 答え方からすれば、子供は いるってことだ。

エデンで産んでいれば ネフィリム... ?

けど、リリトは天使じゃない。

逃げてから... 悪魔とされてからなら

子供は 魔人になるのか?

“どちらでもない” ってことは、別の何かなのか...


「おう... 情報 っていっても、特に ないんだよな。

海外では、悪魔の目撃情報が多い。

ただ、半数以上の人に アマイモンの配下が憑依はいってる と考えると、そいつらが 地獄ゲエンナの悪魔に気をつけさせるように 書き込んでるのかもな」


これだけの事になって、ひどく混乱してねぇのも

アマイモンの配下が憑依してるからなんだろうな。ミカエルの前じゃ 言えねぇけど。


「“リリ” って言った人たちの方が 不安になってるね。“悪魔の名前を呼んでしまった” って。

でも、“天使の存在を感じる” と言ってる人もいる。守護天使や アリエルの軍かな?

“影がない”って事に気付いている人も増えた気がする... けど、これは アマイモンの配下の書き込みかもしれない」


朋樹や ジェイドが言った後に

「シキシマって奴は、ちゃんと

“シャドウピープルと重なったら、他の人と融合するか 植物の形に変形し、破裂する恐れもある”

“リリと言った人は重ならないが、それぞれの神に祈り、主の祈りを読んでみよう” って書いてるな」と ロキが言った。敷島は、おんぶ岩1だ。

破裂 も書くとは思わなかったけどさ。


『... 速報です』


テレビの情報番組が、ニュースに切り替わった。


『フィリピン海沖で、海底火山の噴火が確認されました』


画面には、水蒸気爆発を起こしたのか

海水で冷え固まったマグマやら何やらが 海中から噴出され、噴煙が上がる様子が映されている。


「えー... 海底火山の噴火って、あんななるんだ」

「すげぇな... 」


「あんなところに、火山 あったっけ?」


ヴィシュヌが きりっとした黒眉の眉根を寄せ

「ホットスポットがあったとしても

水深から考えると、水圧で 爆発は起こらないと思うんだけど... 」と、首を傾げた。


けど 画面では、海面から噴煙が高く立ち昇り

『... 噴出された 溶岩などの堆積物により

新島が現れている とのことです』と

上空から撮った映像には、噴煙の下、海中に

島が出来ているのが見える。


「噴煙の中が、やけに黒いな」


二本目のクルフィを食いながら、トールが

画面を見つめている。


本当だ... 最初は白っぽい グレーの噴煙だった。

もくもくとした雲の形状の それの中に、まっすぐに立ち昇るような形の 黒い煙? が見える。

噴煙の中を 天に立ち昇る 黒い滝のようにも見えるが...


「恐らく、“別口” だ。地獄ゲエンナの」と

ボティスが言った。

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