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『おはよう。朝食後、珈琲やジュース

おやつのエクレアやマドレーヌは食ったか?

“まだ” という者は、先生方や黒いスーツの大人に申し出るか、調理実習室へ貰いに行くように。

昼間の外出についての注意事項だ。

まず、一人で行動しない。

“シャドウピープルが怖い。でも 一度 帰りたい。

家が同じ方向の人がいない”... 場合

黒いスーツの大人が送り迎えをする。

“もう成人だけど怖い” 場合でも 送り迎えする。

この黒いスーツの大人達は、実は警備員だ。

全員 日本語は通じるし、ボランティア精神に溢れている。

校門や グラウンドに近い門に受付を設置するので

“女性警備員希望”、“どちらでも可” と、希望を出すように。

外には、新種の植物が増えているが

これは気にしなくていい。

学校でも昼食や おやつを用意しておく。

昼食は、インドカレー三種と ナンか サモサだ。

午後の おやつは九龍球クーロンきゅう

“昼は家で食べたい” 場合は、別に それでいいけど

暗くなる前に学校へ戻るのが望ましい。

身の危険を感じたら、それぞれの神に祈る事。

もう 一度 繰り返すぞ... 』


アコの放送が、学校中に響く間

皆、頷きながら聞いている。

軽くめいじてるみたいだな。


シェムハザが 大量に取り寄せてくれていた

マドレーヌやエクレアを配るために

調理実習室に行ってみたが、女子校生達が

率先して頑張っていた。

飲料や おやつを貰う人は、教室には入らず

廊下から、開いた教室の 四つの窓越しに受け取っている。


捕まった様子の リョウジや高島くん、真田くんが

アイスかホットのコーヒー、ジュースを渡す係を

やらされていて、女子に

「雨宮」「戻ったね。雨宮も コーヒーお願い」と

呼ばれる 四郎も手伝いだ。

朋樹が「オレかと思ったぜ」つってるけど。


隅の方の調理台テーブルで、沙耶ちゃんたちが

コーヒーやマドレーヌで休憩していて

シイナやニナは、まだ おにぎり中だった。


「沙耶ちゃーん。ゾイも、朝飯 ありがとうな」

「朱里ちゃんもー! 卵焼き美味かったしー!

なぁ、泰河」

「おう」 ... と、寄ってみると

ジェイドも「本当に おつかれさま」と

沙耶ちゃんとゾイたち側に来やがった。

ガスコンロとか シンクがある方なのにさ。


「ううん、楽しかったわ。

お昼の支度は、ヴィシュヌさんがしてくれるっていうんだけど、おやつの九龍球は 私たちが作るわね」


「えー、大変じゃねーの?」と言う ルカに

「でも、あの子達も その気だから」と

ゾイが微笑って 女子校生達を示す。

文化祭っぽくて、なんか 楽しそうだもんな。


「あたしも手伝うー。一度、お風呂に帰るけど

“すぐ戻って来ないと” って 話してたんだよねー」


朱里も楽しそうだ。

沙耶ちゃんやゾイと 同じマンションに住んでいるので、風呂に帰る時は、朱里もゾイに任せる事になるが、もう そういう話もしていたようで

「朱里ちゃんにも、着替えを持って 家に来てもらって、家で お風呂に入ってもらうわね」と

沙耶ちゃんが オレに言う。


「おう、ありがとう」と答えると、沙耶ちゃんが

「ううん。私が不安だから頼んだの。

まだ影人は 見たことがないけど」と 微笑った。

本当なら、オレが朱里に ついて行ってやりたいが

仕事中だ。ロキやルカも狙われてるしな。


「ごめんな」と、朱里にも言うと

「えっ? なんで?」と きょとんとした朱里は

「あ!... ううんー、気にしないでー!」と

オレに 本気で返し、沙耶ちゃんと ゾイに

「榊ちゃんも来るし、秋の新作で出た バスオイル

試すんだよねー」つった。楽しそうだ。


「四郎、こっちにも コーヒーくれ」と

朋樹が 受け取りに行き、ジェイドが動かないので

「おまえら、今 おにぎりかよ?」と、ルカが

シイナと ニナ側に移動する。


「うん。さっき起きたし」

「いつもなら寝る時間なんだけど」


ニナは また、ジェイドが見れていないが

“普通にしよう” と しているところが見て取れる。

「バスオイルか。優雅だね」とか 言っている

ジェイドも「僕も コーヒーもらおうかな」と

四郎がいる調理台へ向かっちまった。


「でも、あんまり寝てないのに

なんかスッキリしてるんだよね」


化粧を落とした シイナは、不自然に長い睫毛を除くと、少年顔だった。


「あぁ、ゾイが癒やしてるからな。超能力で」


沙耶ちゃんたち側に居たまま、オレも話に参加してみる。

「そんな超能力もあるの?」と 手のおにぎりから

顔を上げた ニナは、化粧を落としても しっかり

女の子顔だ。男の時の素顔を知らねぇから

変わったのかどうかは わからねぇけど。


「あるぜ。ヒーラーとかいるんだろ?

オレも ゾイしか知らねぇけど」と言った後に

ルカが、「おまえら、人前で化粧落とすの 平気へーきなのな」と 意外そうに聞く。

沙耶ちゃんや朱里は、描き直してるもんな。


シイナは

「高校生と あんたたちくらいしか いないし。

朱里ちゃんと沙耶さんには 相手にされないし」と

言っているが、ニナは

「頬骨とか、くちびるの形が 少し変わってね... 」と、嬉しそうに言った。

素顔でも女の子 の 顔が嬉しいようだ。


「うん、かわいいー」

「肌もきれいよね。お手入れを聞いたら

とっても丁寧なの。私も見習うわ」


朱里や沙耶ちゃんにも褒められて

照れて おにぎりを食う ニナは、かわいかった。

すっかり戻った気がする。

ジェイドの方を見ると、四郎と話していて

こっちには背中を向けている。何だよ あいつ...

「脚は 前の方が細かったけど」という シイナの

一言で、ニナの顔も 普通に戻っちまったけど。


ルカも「オレも コーヒーもらってこよかな」と

四郎たちの方に顔を向け、ジェイドを見て落胆したが、コーヒーを持って 先に戻ってくる朋樹と

眼を合わせると、左手の 立てた人差し指と中指で

自分の眼を指して見せた。“視ろ” だ。

これ、実際にハンドサインとして使う国では

“見てるからな” だけどさ。


朋樹は、ジェイドとニナが話した内容を知らねぇからだろう。

シイナも、ニナからは何も聞いてない という風に

見える。


「おまえらも、一度 帰んの?」


振り返ったルカが、シイナとニナに聞く。

「うん、帰る。シャワーして着替えたいし。

アコちゃん、忙しいかな?

ついて来てくれたりしないよね?」と

シイナが答え「夜は、また... 」“来ていい?” と

聞きたげなニナに

「あの、お昼から来るよね?」と ゾイが言う。

おぉ? めずらしくねぇか?


「九龍球、手伝って 欲しくて... 」


ミカエルから、ジェイドとの話は聞いてるもんな。“何?!” と 黒い眼を見開いた 朋樹と同じく

ルカを 見つめていた 沙耶ちゃんも

「そうね。来てくれると助かるわ」と

シイナやニナに微笑む。

まだ何も知らない 朱里は、単純に

「うん、来て来てー!」だが、シイナは何か

気付いたようだ。


「じゃあ シャワーして、ニナと すぐ戻るね。

そういうの、作ったことないから やってみたいし」


ニナは、“いいのかな?” と 気にした顔だったが

まだ驚愕中の朋樹の隣を通って、ジェイドが戻ってくる。

手には、コーヒーの紙コップを 二つ持っていて

「ニナ、食べ終わった?」と聞いた。


おぉ?! と、思っている間に

「少し話したいんだけど、いい?」と

ニナに コーヒーを差し出し

ぼんやり「うん... 」と 椅子を立った ニナを連れて

調理実習室を出た。




********




「とても狭いね。もう慣れたけど」


ジェイドに変身した ロキか言う。

学校を出て、ジェイドん家に移動した。

シャワーのためだ。

リョウジ達も 一度、自転車で自宅へ戻り

『また すぐ学校に戻ります』と言っていた。


“贄” と 要求されている四郎は、向こう側から

引き渡しの交渉をしてくるかもしれないが、

狙われている ルカやロキとも、ミカエルが 離れる訳にいかず、ボティスも いつも通り 一緒だ。


ヴィシュヌとトール、シェムハザは

『召喚部屋に居るよ。何かあったら喚んで』と

消えて移動した。

部屋の広さなら 召喚部屋の方がいいが

『教会で祈ろうと思う』と、ジェイドが言うので

ぞろぞろとジェイドの家に帰った。

ロキが露に変身しても、バスの中の圧迫感が 尋常じゃなかったぜ。

街には 派手な赦しの木が目立つ。

いつも通る道も 青やらピンクの幹の木が遮断していたので、迂回して帰って来た。


ミカエルとボティス、ロキは ソファーに座り

四郎含む オレらは床。

一人 10分程度でシャワーを済ませ、ジェイドは

自室へ 神父服スータンに着替えに行った。

四郎も教会で祈るようなので、制服に着替えている。


教会の中や外にも、避難した人たちが居て

外塀の内側には 幾つかのテントがあった。

夜間は、女の人が教会内、男は外だったようだが

あんまり人数は入らねぇし、寝るのはキツイだろうな...

外塀の外周には、一定の間隔を置いて 赦しの木の枝が挿してあったが、夜国の民は近寄っていないのか 生長はしていなかった。


神父服スータンを着て自室から戻った ジェイドが

「じゃあ、行って来るよ。四郎」と 呼びに

リビングに顔を出し、変身したロキの後ろ姿を見て、「皆 不安になってる。信徒の話も聞くから

教会には来ないでくれ」と 釘を刺した。

振り返った ジェイドロキは「わかってるよ」と

ジェイド風に返して、グミを食っている。


二人が 教会へ向かうと

「それで?」と、ボティスが聞き

朋樹が ロキの隣に座る。

オレとルカは、ミカエルや朋樹の肘掛けだ。


ジェイドがニナを連れて 調理実習室を出てから の話だ。変身して確実に読んだだろう。

二人は 20分程で調理実習室に戻り、シイナとニナのシャワー帰宅には アコがついて行ったが

ジェイドと戻ったニナは、明るい顔をしていた。


「昨日の夜は、話が途中だったから」と

遠くを見つめてみせる ジェイドロキに

頭にエステルを載せたミカエルが、テーブルのグミを勧める。


黄色を取った ジェイドロキは

「廊下は 人が多かった。おやつを配っていたから。靴入れのロッカーが並ぶ場所は少なかったけど、僕らは コーヒーを持って外に出たんだ」と

グミを食べ

「校庭は、見張りの悪魔だらけだったから

校舎の壁側に落ち着いて

“昨日の事だけど、話が 途中だったから” と

切り出してみた」と

自分の片膝に 左で頬杖をついた。


「ニナは、少し身構えたように見えたけど

“君が言ったことは、僕にとって 喜んでいい意味なのか... を 聞きたくて。

昨日、そのまま聞けば良かったのかもしれないけど、聞きそびれてしまったから” と 言ってみたんだ」


「うん」

「で? ニナは?」


コーヒーを 一口 飲んで「グミには合わないね」と

言った ジェイドロキは

「ニナは、“うん”... と 頷いただけだった」と

テーブルにカップを置いたが、ジェイドは

頬杖ついてモノ飲んだりしねぇし、まだ甘いな。


「僕も、聞きたかった事を聞いて

“そう”... と 満足してしまって。少し間が空いた。

でも、そのまま戻っても... 」と

パープルのグミを摘んだ ジェイドロキは、

「“最初に見た時に、かわいい子だと思った。

それは 表面上のことだけじゃなくて。

なんていうか、上手く言い表せないんだけど

自分を愛しきれないけど、前を向いてる って印象で。それは君が、女性なのに 男性の身体に生まれたことが関係していて、いろんな思いをしてきたからかもしれないけど”... と

自分の気持ちを聞いてもらうことにしたんだ」と

何故か 隣に座る朋樹に、一度 視線を流した。


自分を愛しきれない か...

なんとなく、前に イタリアのジェイドの実家で

見せてもらった写真の、イルマ... マリアという

女の人を彷彿とする。

ダークブラウンの髪で、静かな雰囲気の人だった。


「“いじらしく、健気な印象だった。

バリの ゴア・ガシャや 土産屋を 一緒に回った時も楽しかったし、しっかりと本来の性別になって、それ以前より柔らかくなったな と 感じて。

隣に居るのが 心地良かった。だけど”... 」


ジェイドロキは いきなり ロキに戻り、オレらに

「あぁ?」「何だよ ロキ」

「途中だろ まだ」と、盛大に非難を浴びたが、

「ここで ジェイドは、ジゴロ呪術師バリアン か? の事を

“自分のせいで” と話そうとして、やめて

また間が空いたんだよ。

グミに珈琲は合わねぇつってるだろ!」と

ルカを指し、冷蔵庫へ向かわせた。


けど、冷蔵庫にも何もなかったらしく

シャンパンを開けている。いつ もらったのか忘れたけど、シェムハザんとこのやつだ。

グラスに注がれたシャンパンを飲んだ ロキは

「合わねぇこともないな」と、ニナに変身した。


ミカエルやボティスにも シャンパンが注がれたので、二人もグラスを持って ニナロキに注目する。


「“私が、あなたを素敵だと思ったのは

赤い空の下で、目を覚ました時で”... 」


手のグラスの底から立ち昇り、壁に小さな気泡を残す シャンパンの泡を見ながら ニナロキが話す。

こうやって カップのコーヒー 見てたんだろうけど

ロキと わかっていても、一生懸命な様子が かわいかった。応援したくなるぜ。


「“白い花が咲いた 街路樹の木と

神父さんの格好をした あなたが 目に入って”... 」


四郎の時だ。白木蓮の肉厚の花片がよぎる。


「“でも、あの時は、怪我した人も たくさん居て

大変だってことしか わからなくて”... 」


そりゃ そうだよな。

ニナは、エマの妄執に囚われていた。

怖かっただろうしさ。


「“ココのことで... それは ココじゃなかったんだけど、シイナと教会に行った時も、気付くと

あなたを見てしまっていて。

私、それまでは、好きだと思っていた人がいたから、自分でも よく分からなくなって...

でも その人と会っても、あなたの事を考えてた”」


「うん」と返事をする ミカエルの隣で

「ほう。それで?」と ボティスが話を促す。


「“海で会えた時も、本当に嬉しくて... でも”... 」


ニナロキは、シャンパンの気泡を見つめたまま

ジェイドロキになると、顔を上げて ミカエルを見た。単純に、テーブルの向かいが ミカエルだから だけどさ。


「“好きでいてもいい?”」


「ぎゃああっ!! なんか腹立つよ オレ!!」と

騒いだ ルカが、朋樹に エルボーを食らう。


また ミカエルが「うん」と 返事をしたが

ジェイドロキは

「“僕は、神父であることや 自分の気持ちと

向き合っていくことになるけど

君と過ごしたいと思うし、君のことを知りたいと思う。特別に”」と、見つめたままで言った。


「うん」と返事をした ミカエルの隣で

ボティスが指を鳴らすと、ニナになった ロキは

「“私も、あなたが好き”」と 照れて俯いた。

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