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「えっ?!」

「サマエルって、サム?!」


「知り合い?」と 天狗に聞かれ

「オレらも最近 知ったんだけど、泰河の姉ちゃんに憑いてて... 」と 朋樹が事情を説明すると

「何?」と オベニエルが椅子から腰を浮かせたが

「いや、姉ちゃん本人にも 家族にも 了承は得ててさ」

「普段は、家族ごと 守護しておられるようで

私や ボティスも、その場で話を聞きました」と

四郎と宥め、座り直してもらった。


「何なんだ、お前の姉は」と ロキに言われたが

「サマエルは、何の罪で?」と 天狗が話を進めさせる。


オベニエルは、サムの罪を思い出したようで

「天の隠府ハデスに 侵入を... 」と、ため息をついた。

ロキも めずらしく黙っているが、コーヒーのおかわりを注いでくれている悪魔や天使まで 全員 無言だ。


「本人は、“不道徳を感じた” と 言っていたようだが、人間の魂が眠る 隠府に立ち入る事は禁じられている。

尤も、サマエルが 不道徳などを抜いたからこそ

魂は 隠府で眠っているんだ。

だが どう聞いても、同じ答えしか返さず

サンダルフォンとの諍いなどの余罪もあったため

奈落ここに送られ、幽閉となった」


なら、サムが カインを... ?


けど サムは、オレの獣のことは

よく分かっていなかった。


サムは、天の法を重んじる サンダルフォンと仲が悪く、これまでも何度も 軍単位で衝突しているようだが、ここ何百年か、何か探している様子だった サンダルフォンに見つかると、八つ当たりのように やたらと攻撃を受けるため

“信徒が少なく、天の眼が甘い この国に入って

入れる器だった なぎに憑依した” と言っていた。

凪 というのが、オレの姉ちゃんだ。


そして 今更、ボティスに

“サンダルフォンの狙いは、泰河だな?” と

わかったぞ風に 得意げに言っていた。

印象だけだが、嘘をついたり 誤魔化しているようには 見えなかった。


「サムには、話を聞く必要があるね。

でも、天に侵入出来るんだ。目立ちそうなのに」


「サムは 定期的に、人間の魂から どれだけ不道徳やよこしまを抜いたかを 父に報告する義務がある。

父に申し渡された仕事だからだ。

実際には、第六天ゼブルへ報告に行くが。

堕天しているが、悪魔とも言い難い」


へぇ... マステマとか、聖父に 人間を唆すことを許されてる悪魔もいるもんな。

これは、人間が誘惑に抗って成長するため らしいけどさ。


「秘禁術もやらないといけないけど、アマイモンに 話を聞いた方がいいね。ミカエルが戻ってからでも... 」


ズン と 深い場所から響くような振動が

足裏や 椅子を通して身体に、テーブルにも伝わり

カップや皿が 小さな音を立てた。


「何だ?」

「牢獄か?」


コーヒーのポットを 食事用のワゴンに置いた天使と 悪魔が、確認に消えたが

天狗アポルオン!」と、三眼の天使 リフェルが立った。


「森の木々が急成長して... 」と 顔を強張らせ

焦っているので、闘技場を出て 森の方を見てみると、カラフルな森が 一回り大きくなったように見えた。

... というか、急激に 丈が伸びているようで

風が吹いた時のように、ざわざわと 葉と葉が触れる音がする。

森から少し離れた地面からも 根が出ている。


「天井の根に 枝が着くんじゃないか?」

「根も... 」


地面から出た何色もの根は、一方向へ向かうように這い進む。向かう先は 牢獄ではなく...


「城だ」と、天狗と オベニエルが消える。


「何で?」

「行ってみよう」と、オレらも 向かおうとすると

「いや、危険かもしれない」と

リフェルに止められた。


「そうだな。下手に動くな。

行ったところで、何も出来ねぇだろ?」と

城に向かう根を見ながら、ロキにも止められる。


「あれ、さぁ... 」


ルカが、城の上を指差している。

城の上... 木の根が犇めく天井からは、緑の蔦だけでなく、黒く長いものも 降りてきていた。


「根 じゃないのか?」

「しかし、奈落は 神界に類するのでは... ?」


黒い根は、木の根の天井から 次々に数を増して降りてくる。

艶を持つ鉱石のような根の束は、天井から黒い液体を垂らしたようにも見え、あっという間に 城に到達した。


「天空精霊を喚べるようだね?」


リフェルが ジェイドに確認し

「すぐに 君たちの周りに配置して」と 指示をする間にも、黒い根は 城を覆っていく。

ジェイドが 小瓶を出して 白いルーシーの粉を吹き

天空精霊召喚円を描き出した。


「聖みげるに... 」


「いや。扉を開かないと、奈落からは 声が聞こえないんだ。天空精霊を召喚したら、俺が伝えに行くよ」


「リフェル!」


さっき 音の確認へ行った悪魔が すぐ近くに立ち

「アバドンの牢から... 」と 言っている間に

ゴッ と 岩が割れるような音が響いた。

続いて、重たいものが落ちた音と振動。

黒い根が 城の塔に絡みつき、屋根を落としていた。居住部分の窓からも侵入している。


「ヤバいな。ルカ、雷は? 赤いやつ」


ロキに言われた ルカは

「えっ? 奈落に?」と 躊躇し、朋樹が

「アバドンが どうしたって?」と 悪魔に聞く。

ジェイドが天空精霊召喚を始めた。


「アバドンを幽閉した部屋の扉が、内側から 開いて、黒い根が吹き出してきた」


「内側から?」と、朋樹が聞き返す間に

白い光の人型が 天空精霊円に降りる。


「内側からって、黒い根は 上から降りてきているやつだけじゃないのか?

下からも って、奈落ごと飲み込まれちまうぞ!

ジェイド、天空精霊ってやつには 牢獄を護らせろ。牢獄から囚人が出ても 根に囚人が 殺られても

異教や地界と 天が揉めることになる」


ロキに リフェルが

「いや、君たちに何かあったら困る」と 反対するが、「黒い根だけ射ろ」と ルカが精霊にめいを出し

城の下から、音のない赤い雷光が 木の根の天井まで突き上がった。


「... 今の、君がやったの?」と、眼を向けた リフェルは、ルカの眼を凝視している。

ルカは、「うーん... オレっていうか、雷の精霊なんだけどー」と 普通に答えているが、多分

強膜と 虹彩や瞳孔の色が反転していたのだろう。


「黒い根が消えてる」


城を包んだ赤い雷光に 呆気に取られていた 悪魔が

ぼんやりと言った。


ジェイドが、白いルーシーの天空精霊円を 牢獄の周囲に移し「カルネシエル、カスピエル、アメナディエル、デモリエル... 」と 精霊たちも移動させていく。

奈落の森の木々... アベルの根が、城に到達し

城の下へ潜り込んでいくが、テラスの窓枠が吹き飛んだ。


続けて黒銀のものが 後ろ向きに城のテラスを越え

ギギ... と 音を立てて、金属の翼を広げた。

翼の付け根や 翼骨の第一指から 捻じれ伸びている

黒いつのに シルバーの翼。

もつれた長い黒髪の間の 黄緑に光るくらい眼。

アバドンだ...


黒く尖った爪の手の手首には、艶のない 黒い手枷が付いていて、同じ色の鎖が 半端な長さで ぶら下がっている。アバドンを拘束していた 大いなる鎖は見当たらない。

幽閉された時と同じに、天衣の上は開け

胸や両手、腰に巻き付いて残る部分は

黒ずんだ血に汚れている。

アバドンの軍 副司令官の、レニエルと ミザエルという天使の血だ。アバドンが血を飲んだ。

... けど、天衣や胸、両手も、濡れているように見える。遠目に そう見えるだけなのか?


「あれ、天使か?」


まさかだろ という顔で ロキが聞く。


「リフェル、兎に角 さんみげるに... 」と、四郎に勧めれて「あっ、そうだね」と 扉を開こうとしたが

「その扉から、あのバケモノ女は 出ねぇのか?」と、ロキが聞く。

アバドンに、天に入られるのはマズいが

地上に出られてもマズい。


「でも 大いなる鎖は、限られた上級天使にしか

使えないんだ。ミカエルが居ないと... 」


「その鎖は、どこにある?

大いなる鎖は、ルシファーも拘束出来る鎖なんだろ?」


テラスから 鴉の濡羽のような艶のある 赤黒い翼を広げて 天狗が飛び、オベニエルが続く。

他の天使や悪魔も 城から雪崩出た。


天狗は 白い剣を両手に持っているが、やたらに刀身が長い。その剣を見て、リフェルが

「ミカエルが落とした グレーの翼の骨から作った剣だ」と言う。


突っ込んだ天狗の右の剣を、アバドンは 捻じれた黒い角の生えた金属羽根の翼で払ったが、左の剣に身体ごと打ち払われ、城の裏の湖と 闘技場の間に落ちた。オベニエルたちが追う。


「鎖は、まだ城にあるのか?

あのバケモノ女は、どうやって それを抜けたんだ?」


誰も答えられないことを ロキが聞く。

大いなる鎖が外れた としたら、黒い根が 何かをしたんだろう... ということくらいしか 思いつかない。


「あっ」


闘技場の向こうに降りた アバドンは

起き上がって 地を蹴ったらしく、金属の翼は閉じたまま、オレらの すぐ近くに降りた。

黒い牙の間から、クルル... と 喉を鳴らす音が

聞こえる程 近い。


いきなり ヤバいが、ルカが夜国の雷を喚び

地面からの赤い雷光で アバドンを弾き飛ばし

朋樹が出した式鬼札に ジェイドが聖油で十字を書いた。八枚羽根の青い蝶が飛び立ち、アバドンの左肩に止まると 青い炎になって包み、骨を砕く。

黄緑の冥い眼が 憎悪に燃える。


「やるじゃねぇか、お前等!」と、ロキが 四郎を

背中に庇い、オレらの前に出たリフェルが 腰に提げた剣を抜く。刀身が黒い。


オレに眼を止めた アバドンに、死神のピストルを向けると、黄緑の冥い眼が 銃口を凝視する。

アバドンの懐に飛び込んだリフェルが 右肩の下を突くと、何故か アバドンの左の脇腹や右胸の下から 別の黒い骨のような剣の先が出ている。

背からも三本の骨刃の先が出て、金属の翼と当たる硬い音を立てた。

犇めく木の根の天井を仰ぎ、アバドンが声のない絶叫を上げる。


リフェルが アバドンから 剣を引く。

肩を突いた剣の先から、アバドンの体内で 新たな五本の刃が 下向きに折れ伸びていたようで、体内を貫かれたアバドンが 首を振って暴れている。

リフェルは「鴉天狗と融合した時の翼骨だ」と

アバドンを嘲笑った。


リフェルたち奈落の天使達は、新しい能力を持てという アバドンのめいで、鴉天狗に憑依し

鴉天狗の肉体の死後 その霊と融合した。

額には 第三の眼が縦に開き、背には 蝙蝠の翼のような翼骨が生えたが、圧倒的な能力を得たか といえば そういったこともなく、残ったのは リフェルだけだった。

リフェルの手にある 黒い翼骨は、下に折れ曲がり

五本に分かれた部分が 一本に纏まり かき消えると

最初に見た 黒く まっすぐな剣の形に戻った。


「“失敗作” に、やられる気分は?」


脇腹や胸の下から血を流す アバドンは

クルル... と 喉を鳴らし、砕かれた左肩から腕を提げ、リフェルに 一歩 踏み出した。

ロキが「... 牢獄まで走れ」と 四郎や オレらに言い

近くに立っていた 悪魔が抜いた剣を奪い

切っ先を アバドンに向ける。


天狗とオベニエルが、アバドンの左右に着地した。城にいた悪魔や天使も 次々に顕れ、アバドンを囲む。オレも まだ、銃口を向けたままだ。


「泰河」と 朋樹に呼ばれるが

「すぐに行く。先に... 」と 答えている間に

リフェルが剣を向ける アバドンに、天狗が左側から斬り掛かった。

オベニエルは 後方右側から 翼骨の間を狙う。

アバドンの薄い金属の翼が 地面と水平に開き

周囲を振り払うように 前から背後へと流され

天狗の剣と当たる鋭い音がし、右側から 何かが飛んだ。


「オベニエル!」という 誰かの声。

倒れた オベニエルの手から、剣が離れた。

落ちたものに眼をやったが、最初は何なのか よく分からなかった。黒髪と 地面を濡らす血。

何なのかが分かると、興奮にも似た恐れが背中を這い上る。

オベニエルの 鼻から上の部分だ...


「クソ女... 」


ロキが、ナイフのように剣を投げると

アバドンは 右腕で弾き飛ばした。

青い炎の式鬼鳥が 左側を掠め飛び、アバドンの胸を目指して飛ぶが、シルバーの硬い翼でガードされる。翼に青い炎の鳥が 追突した時に

ロキが アバドンの頭上を飛び越え、背の翼の間に生える 黒く捻じれたつののような 二本の長い翼骨の 一本を蹴り折った。


着地した ロキが、蹴り折った翼骨の角を掴む。

アバドンが 青い炎に溶かされた翼を開くと

リフェルの隣に立った四郎が 手のひらを向けた。

アバドンの背後には ロキが しゃがみ、翼の間を貫こうと 翼骨の捻れた角を当てている。

突風に押された アバドンの胸の間から、捻れ 血にまみれた角が突き出した。



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