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イヴァンが消えると、榊が神隠しを解いた。

ヴィシュヌを喚んで、今あったことを話している。


「うん、寂しかったんだね」


「最初から、四郎に話したかったのかもな。

“助けて” じゃなくても

“どうしたらいいと思う?” とかさぁ」


リョウジたちには

“別の件の被害者だけど、一緒に居るヤツに

騙されて使われてた”... と、曖昧に話した。


よく分からなくても、説明を求めて来ず

『今は、その人たちと離れたいけど

自分の力だけじゃ難しいんですね』と

高島くんが言い、それぞれ納得している。

賢い子たちって違うよな。

こう、勉強が出来るだけじゃなくてさ。

いや 勉強が出来るだけでも すげぇとは思うけど。


「でも、あの子から 言える訳ないじゃん。

独りで悩んでるんでしょ?

ニイたち、こういう時、なんか怖いもん。

男子なんて、意地張って 余計に言えないよ」


「そうだね、配慮が足らなかったと思う」


ロキが、“あれは あれで良かったんだよ!” とか

言い出す前に、ヴィシュヌが竜胆ちゃんに答えた。アンバーのこととか あったからな...


イヴァンにとって、同じ歳くらいの リョウジや

真田くん、高島くんが

“わかるよ” と、理解を示したことや

“おれなら 四郎に言う” って言ったことは

でかかったんじゃねぇかな?

“頼ってもいいんだ” って思えたんじゃないかと思う。


「だけど、イヴァンが来ても

ロキは 女子化しなかった。

キュベレの呪力は、教会や こういった学校... 場所では解けないし、イヴァンの呪力では相手にならない ってことになるかな...

イヴァンに、今ここで ロキに子供を産ませる気が なかったのかもしれないけど」


“女子化” や “産ませる” に、高校生組が妙な顔をしているが、トールに「気にするな」と言われて

頷いている。


「でも、ロキの女子化を防いでいるのが キュベレなら、イヴァンがしていることを

キュベレは知っている ということになるね」


「気付かないはずもない って気もするけどな。

何をするのか泳がせてみたんじゃないのか?」


ロキが言った後に、ジェイドが

「イヴァンが、知らず キュベレに使われてる ってことは?」と言う。


「ソゾンが不要になったから、イヴァンを使って

始末させようとしてる... とか」


「えっ、わざと イヴァンを孤独にして

ソゾンを排除させようとしてる ってこと?

ロキの妊娠も計算?」


ルカが眼を剥くと

「今までの やり方を考えればね。

妊娠させるとは思わなかった かもしれないけど。

だから、ロキの女子化を防いでるんだろうし。

または、親子で仲違なかたがいさせて 楽しんでる とか」と

残念そうに言った。


仲違いを楽しむ って...

けど、神の悪意だもんな。


「どっちにしろ、イヴァンを利用してる可能性は

高いね。キュベレには イヴァンも必要なさそうだけど。

ソゾンや イヴァンが、それなりの能力を備えていても、軍を持ってる訳でもないし。

その点では アジ=ダハーカの方が ずっと使えた。

ソゾンは、ヴァン神族を兵隊にしようとして

俺等に阻止されてる。

最終戦争ラグナロクでも、あれだけ追い詰められてたのを

キュベレも知ってるからね」


目覚めるまでの魂集めには 都合が良かったけど

もう、利用価値が低いってことか。

ソゾンは、天使にも通用する術を使えるから

護衛の 一人くらいにはなる って程度なのかもな。

今 キュベレは、夜国と手を組んでるしさ。


手を組む って言っても、夜国の神... “完全” って

ヤツも、本当に存在するのか? とも思うんだよな。存在が あやふや っていうか...

影人のもとを使ってることは確かだけど、得体が知れん。


「イヴァンってさぁ、今居る場所は 言えねーのかな? セイズする時って、神殿からは出てる ってことだよな?」


ルカが言うが

「自分が居る場所が 分からんのじゃないか?」と

トールが返す。


「前の時は、ケシュムの儀式の場所だったが

今回は、ここに来た。

普段は夜国に居て、神殿から地上へ出ても

周囲に象徴的な建物でも なけりゃ、自分が どこに居るのか など分からんだろう。

儀式は だいたい、砂漠か森で やっているだろうからな。ロキの腹の子を探して来たんじゃないか?

イヴァンは、グルヴェイグの血族ではあるからな」


ロキの腹の子との繋がり... 血を頼りに来た ってことか。イヴァンからは ロキの居場所が分かる。

なら、ロキが子を産めば

その子には、イヴァンや ソゾンがいる場所が分かる... ってことになるのか?


いや、女子ロキの胎内には その子が居る。

イヴァンやソゾンが 神殿から地上に出ている時なら、その子と繋がっているロキが探せば 分かるんじゃねぇのか?

キュベレは、それも阻止しようとしている とか...


今 考えたことを言ってみると

「うん、有り得るね。

キュベレが、自分の居場所... 夜国のゲートとなる神殿の場所を探されないようにしているのかもしれない。影人を使っての侵略の邪魔をされたくないんだろうし。

それに、ソゾンの子も産んでいるなら

キュベレが、ソゾンや イヴァンと離れたとしても

ロキの子は、その子の居場所も 掴める恐れがある」と、ヴィシュヌが頷いた。


「僕にも探せたらいいんだけど」


ジェイドに、ルカが

「なんで おまえなんだよ?」と聞くと

「イヴァンに オーロがついてるから」と言った。


「オーロ、何で イヴァンに付いてるんだ?」


「さぁ... 」


そうか。何で ジェイドに憑依ついてるのか も

分からねぇんだもんな。


オーロは、儀式の場で イヴァンの踵を咬んだ。

かかとを咬む、掴む... って、足を引っ張る... 妨げになる ってことなんだよな。

旧約の創世記では、ヤコブが 兄エサウの踵を掴んで生まれ、長子の特権や祝福は、兄エサウではなく ヤコブが受けた。


「一応、手伝っているのかもしれないけど

意思の疎通が上手くいってないんだ」


「ふむ... お前を主としておることは確かであろうが、普段も なかなか出て来ぬ故、知り合うには

時間も掛かろうの。致し方あるまい。

しかし オーロなる蛇の事は、大母神キュベレや ソゾンも

気づいておらぬのでは?」


何気なく添えた榊に、ヴィシュヌが バチッとした

眼を向け

「イヴァンも気づいてなさそうじゃなかった?」と 聞いている。


「うん、脛に巻き付いてたけど

気付いてなさそうだったね」


オレや ルカも頷くが

「まぁ、だからって 何をしているのかは 解らないんだけど。咬んでた踵から移動したのかな? って

くらいしか」と ジェイドが肩を竦めた。

けど オーロは、キュベレ側に侵入出来ている。


「ヴィシュヌ、トール」


パイモンだ。

黒髪の男前悪魔 ティトを連れて、校門から入って来た。ティトは、蟷螂頭が治った 植物擬態の奈落の悪魔。パイモンの軍に入隊したけど。


パイモンの声を聞いて、竜胆ちゃんが

「男の人?」と ルカに聞いている。

「そ。負けてんな おまえ」と 返すと

リョウジや 真田くんが

「いやいや!」「そんな事ないですよ!」と

フォローした。

竜胆ちゃんは「え? それは ちょっと... 」って

謙遜してるけどさ。パイモン、美人だもんな。


名前を呼ばれなかった ロキが ムッとすると

パイモンは「ロキ。身体は どうだ?」と

自分の腹に手を置いている。


「女子化しねぇ」と答えた ロキに、ティトが

「それも心配ですね」と、グミを渡した。

ロキが グミを開け始めたので

「ついさっき、影人が重なった女が 地に消えるという報告を聞いた。こちらからも報告だ」と

本題に移る。... けど、高校生組には聞かせたくないらしく「榊、俺と子供達抜きで頼む」と

四郎を含む オレらに神隠しが掛かった。


パイモンが、竜胆ちゃんたちに

「眠たくないのか?」と、話している間に

報告は、ティトがする。


「まず、入れ替わりの場所と ケシュムの儀式の場所に 深く潜って、黒い根を見つけ、擬態しようとしましたが、俺も サヴィも 擬態出来ませんでした。黒い根は、父の被造物ではないからだ ということが考えられます。

ですが、あの根が何なのか は解りました。

影人が融合した人間の女性です」


あぁ... ってなる。

多分、多少みんな予想しては いただろう。

アケパロイや 二人一体になった男は、木になった。女は 地面に沈むなら... って。

何も言えねぇけどさ。


「それは、どうして解ったの?」


ヴィシュヌが聞くと、サヴィは

黒妖精デックアールヴ白妖精リョースアールヴ達に手伝ってもらいながら

根の先を辿りました。

根は、人間の女の四肢が伸びたものでした」と

少し思い切ったように言った。


地の奥深くで、逆さになった女の 両腕と腰から下が、黒い根となって こっち側に長く伸びていたようだ。

更に「何体かが融合すると、その分 長く伸びるようです」と 添えている。


融合って...  何 見たんだよ...


「なら 儀式の場で、木になった男を抜いた時に

根が勢い良く伸びてきたのは、地下で 根の女達が融合したからなのか?」


グミを摘んだまま ロキが聞くと

「恐らくですが、そう考えられます。

影人同士は、個人の意思とは別に

“同一の意思” を 持っているようです。

影人と融合した者 “全体でひとり” と 考えても

良いと思います」と、頷いた。


「“木を抜かれたら、根にも それが分かった” ってこと?」


ルカが言っているのは、儀式の場で

アケパロイや 二人一体の人がなった 黒い木を

トールが抜いた時のことだ。


「はい。根だけでなく、神殿に入って行った夜国の民や、まだ儀式には参加をしておらず、地上に居る 重なりきった人間達にも 解った... と考えられます」


「木が ひとりでに燃えたのは?」


ジェイドが、何かイヤなことを推測したような表情で聞くと、ティトは 残念そうに頷きながら

「こちら側に 落ちないために、自ら燃えた可能性も... 」と 答えた。つまり、自殺だろう。


「ですが、“犠牲になる” という はっきりした意志もなく、“全体のために 当然そうなるべきだから” 燃えたのだろうと思います。

木や根になると、個人的な意思よりも

全体の意思に偏る ように思えるので」


アケパロイや 二人一体になった人は

根に 霊を吸い取られることを、喜んでいた。

神殿から夜国に入ること... 個の意思や人の形を保っていることと、根や木になることは

夜国の民にしてみれば、同義なのかもしれん。


木が燃えたのは、全体... 夜国のためだろうけど

同一の意思を持つなら、全体 というのは 自分だ。

けど、“同志” とか “仲間”、“友” という地上の全体 とは違う。

夜国は、全部でひとり なんだよな。

影人が重なりきって融合しちまった 一人ひとりが

夜国の神... “完全” の 細胞のようなものだ。


「地中で 根になった女に触れて 解ったことですが

アケパロイや 二人一体になった男から、霊や血肉を取り込んで、成長するようです。

地中にある女の腰から上も、地中深くに向かって伸びています」


絶句だ。悪魔も潜るのが困難だったはずだし

どうする事も出来ない。


「根や木になると、もう戻りません。

アケパロイや 二人一体の形に関しても同じですが。影人の形が変わったのなら、その形で重なることも考えられます」


オレらは、頷くことも出来ずにいたが

ヴィシュヌが

「儀式の場は、俺等が行く前のことは 分からないけど、入れ替わりの場所で “女が地中に沈んだ” ってことは 無かったんじゃないか?

悪魔達が見張りに着いていたし、天使達も

蛇人や蛇女の根絶に努めてた」と 聞いた。


「根の女は、地中を移動します」


そうだよな... ケシュムの魔女の自宅の地下や

コンビニ近くの空き地に、根が伸びて来てるんじゃねぇんだしさ。


「儀式の場や 入れ替わりの場には、キュベレの影響が及んでいるそうで、根に変態した女達は

地中から 儀式や入れ替わりの場へ進みます。

入れ替わりの場の根は、他の入れ替わりの場に向かって、横にも伸び出しています」


地中で繋がろうとしてるのか...

重なられた女が また地中に沈んだり

アケパロイや 二人一体の男が取り込まれたら

その網も大きくなっていく。


「今のところは、重なりを防ぐしかありませんが... 」と ティトが言うと

「または 影人だけを抜くか、根を焼き尽くすかだね」と、オレらを見て ヴィシュヌが言った。


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