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「足跡があった」


戻った ヴィシュヌと師匠が、トールとロキ、

オレらに言った。

高校生たちには 甘いコーヒーが振る舞われ

みんな、話の邪魔にならないよう 黙っているが

不安そうだ。


「どういうこと?」

「ケシュムの魔女あれも 地下に潜ったのか?」


「恐らく。

足跡は、空き地の端の草むらの中に あったんだ。

ミカエルたちにも報せて来るよ。

地上の 一斉捜査をする必要もあるからね」


また ヴィシュヌと師匠が消えると、ロキが

「影人が 重なった女なのか?

なら、魔女も 重なっていたってことか?」と 構わず言ってしまい、真田くんが「“魔女” って... 」と

不安げな顔になった。

「心配ないよ」と、ジェイドが言うが

大人が難しい顔で話しているので、あまり説得力はない。


「見張りが付いてなかった人... オレらが 影人のことを知る前に 重なっちまって、把握出来てなかった人が消えちまった、とか?」


ルカが言うと「それだ」「多分な」と、ロキすら

しばらく大人しくなり

「シャドウピープルと重なった女の人が って

ことですか?」と聞いた 高島くんには

「そうだ。だが まだ、推測の内ではある。

話を拡めて、不安にするべきではない」と

トールが説明する。


「男の人は、どうなるんですか?」と

リョウジが聞くが、四郎も 儀式の神殿や

変形した人達のことは 話していなかったようで

「それも まだ調査中だけど、まず重ならないように、安全な場所があるかどうかを こうして調べているところよ」と、榊が言った。


「とにかく、朝までは長いが

引き続き 調査する」


トールが言い、ロキと真田くんを連れて グラウンドへ戻って行く。オレも リョウジを連れ

「次は、向こう側の校舎にしようぜ」と

別棟へ向かった。




********




四階まである別棟の校舎を周り、一度 休憩と

『影人は?』『出てない』の 報告に集まって

花子ちゃんと白い手が居る校舎、また休憩して

別棟の校舎の見回りだ。


ヴィシュヌ達は、一度来て

『パイモンや ボティスの軍に、足跡を探してもらってる。もう 二つ見つかったけど、公園の草むらの中だとか 目立たない場所で、入れ替わりの場所には無かった。スナックにする?』と

サモサや ナン、何種類かのカレーを取り寄せてくれた。


腹減ってなくても、カレーって食っちまうんだよな。『また太っちゃう』と言った 竜胆ちゃんには

師匠が『ノンシュガー、ノンファット』と

考慮したカフェオレ にしてあげていた。

ルカは『ブラックでいいのに』つってたけど。


再び 別棟の校舎だ。体育館や グラウンドに近い。

こっちの入り口には、スリッパがなかったので

リョウジと 二人、靴下で歩く。


「何も出ねぇな。さっきの手みたいのとかさ」


「はい... いや、出なくてもいいんですけど!

明るいし、怖くないから 言えるだけなんで」


「リョウジ、背ぇ伸びたよな。四郎もだけど」


「はい! 170センチまで もうすぐなんです!」


ニコニコしやがってよ。

誰にでも そうじゃねぇだろうし

親とかには もちろん甘えて 生意気言ってるんだろうけど、根が素直だ。


こうやって、二人で話したこと なかったけど

学校の話 聞いたり、仕事の話せる話を聞かせたりして、だいぶ距離が縮まった気がする。

しかし、もう 3時越えたのに、元気だよな。


窓からグラウンドを見てみると、真ん中辺りで

ロキが 両腕を開き、でかい身振り手振りで話してるのを、トールの隣に居る 真田くんが笑って見ている。


隣の窓から グラウンドを眺めている リョウジに

「もし眠たくなったら、交代で眠れるようにするから、言えよ。学校には 影人 出なさそうだしな」と 言うと

「大丈夫です! 朝まで、ちゃんと調べないと!」と 返してきたが、楽しそうだった。


「でも、学校とか教会には 影人が出ないって

すごいですよね」


「おう、そうだよな。

神社や寺にも 出ねぇかもしれねぇけどさ」


「おれん家、キリスト教じゃないし

だからって、毎日 仏壇... ご先祖様に手を合わせるか っていったら、おれは そういうこともしてなくて... 」


リョウジに 眼を向けてみると、何か照れくさい話なのか、眼は ロキたちに向いたままだ。

「おう。オレなんか、ほとんど 実家にも帰ってねぇけど」と返して 続きを聞く。


「なのに、困った時には、こういう場所を与えてくれるなんて... なんか、申し訳ない っていうか」


影人のことは、世界中で起こっていて

河川敷のカフェで会った ケイタくんやアカネちゃんの話を聞いて、身近にも起こったことが分かっただろうし、不安だよな。

黒蟲クライシの件では 繭に包まれちまったり、四郎の件でも...


けど リョウジは

“何もしてないのに、なんでこんな目に?” って

考えるより、救われたことや 救いがあることに

感謝をする。


困った時だけ、“助けてくれ” って願うんじゃなく

こうして、たぶん日々の小さいことでも

相手や “何か” に、感謝をしてるんなら

それも信仰なんじゃないか と思う。


「リョウジって、ちゃんと生きてるよな」


元々の性質が違うんだとしても、どう生きるかは

自分で選ぶことが出来る。

オレも 何かあって、“良かった”... って良い方向に転んだ時は、同時に感謝の気持ちもあるけど

リョウジに備わっている それは、敬虔っていうか

畏敬の念っていうか...

自分... 人間が至上の存在じゃない って、解ってる気がする。


キリスト教の “終わり” って、“完成” って意味らしいんだけどさ、“初めで終わり”... 最初から完成なんだよな。

“私は ぶどうの木”... それと繋がれる。

だから、精神が向上するんじゃねぇかな? とか...


見習う部分でもあるし、リョウジみたいなヤツの存在は、迷いの多いオレにとって 救いにもなっている。


「なんか、嬉しいです。

何でかは、よく わからないけど」


考えたら、オレ

リョウジが言った “申し訳ない気がする” には

ちゃんと返してねぇよな?

けど、「おう」って 返しちまって

さっきの “申し訳... ” には、結局 何も返せずに

話は終わる。


こういうとこ、どうにか出来ねぇもんかな?

でも 思った通りに言い表すのって、難しいんだよな。すっかりそのまま伝えようと思ったら

オレの場合、かなり言葉数 要るし

話してる間に 何 言いたかったのか分からなくなってきそうだしさ。


「あれ? グラウンドって、三人でしたよね?」


「は? あ、おう。トールとロキと... 」


トールたちから離れて、誰か居る。

真田くんくらいの背丈。ダークブロンドの髪

イヴァンだ。


「トール、ロキ!」


スマホを取り出しながら「四郎!」と 喚び

ジェイドに「イヴァンだ」と 電話をする。

ミカエルと ヴィシュヌも喚んだ。


隣に四郎が立ち、イヴァンを認めると

「涼二、高島と礼拝堂へ。竜胆と榊が居るので」と、真田くんの前へ 移動した。

オレも ルカに連絡をしながら、グラウンドに向いた入口から出て、イヴァンの方へ向かう。


「四郎? どうやって... 」


真田くんも 四郎の視線を辿り、イヴァンに気付いたが、トールが「俺の後ろに居ろ。ロキもだ」と

二人を下げた。


『先に行っておくけど、この学校の外には

声は 聞こえないよ』


イヴァンは、自分の方へ向かって歩いて来る

オレに言った。

ミカエルやヴィシュヌには、声が聞こえていない。


「何をしに来たんだ?

俺を孕ませたな? 責任取れよ」


ロキが問う。イヴァンは また、仮死状態になって

セイズで 自由な魂だけを飛ばしてきている。

ジェイドが来れば、影で捕らえることは出来るかもしれないが、分かっていて来ない気もする。

その対策も考えたのか... ?


『僕が 孕ませたって?』


「そうだろ?

俺は、グルヴェイグの心臓を食っただけだ。

孕んじゃいなかった。

その後、スレイプニルも

フェンリルも、ヨルムンガンドも ヘルも産んだ。

お前が術を掛けなけりゃ、グルヴェイグとは

結びつかなかったんだよ。

ヴァン戦争の因縁、つまり ヴァン神族と アース神族のわだかまりを持ったまま 共に果てるはずだった。

ところが、見ろ。その蟠りが生まれる。

お前のせいで、シギュンに会えねぇ」


待てよ...


キュベレは、グルヴェイグの子が産まれることを

望むのか?

ロキの怒りは、元々 アース神族に向いてたんだ。

巫女の予言通りの最終戦争ラグナロクなら、アース神族は

主神のオーディンやトールも失い、解体されてた。


ロキが産む グルヴェイグの子は、アース神族を

恨むんじゃないか?

キュベレの狙いは、境界者のロキだ。

グルヴェイグの子が産まれ、その子が アース神族に敵意を向けたら、最終戦争ラグナロクの やり直しになる。

洞窟から ロキを逃した意味がない。


キュベレは、ロキの出産をコントロールしてるんじゃなくて、産ませないようにしてるんじゃないのか?


... “味方が 欲しかったの?”

ヴィシュヌの声が過る。


なら これは、イヴァンが勝手にやっていることで

キュベレには バレている。


『僕は、その子を引き取りに来たんだ。

僕と血の繋がりがある。

どうして、まだ産んでないんだ?』


イヴァンの言葉で、ロキや トールも

キュベレが 邪魔をしていることに気付いたのか

口を開くのを躊躇した。


イヴァンは、母親を失ったばかりだ。

初めて会った父親ソゾンは、母親の魂をキュベレに飲ませ、最初から “女神のすえ” と 子供たちを使い

いずれ、キュベレに飲ませる気で居た。

同じ境遇だったアクサナたちは、エデンに居る。


一人残った イヴァンは、ソゾンに使われ

キュベレが子を産んでからは、疎んでいるのだろう。キュベレは、もう目覚めた。

魂も必要ない。イヴァンは独りだ。


「... 血の繋がりだって? 俺は、産むんだぞ?

俺の子だ。お前なんかに渡すもんか。

ガキに 赤ん坊の世話なんか出来ねぇしな。

まだ お前の方が、世話が必要なくらいだ」


『僕は もう、子供じゃない』


「いいや、子供だ。

俺の子を盗んで、自分の孤独を埋めようと考えているな? 誰かに必要とされたいんだろ?

赤ん坊の時から、“味方は自分ひとりだ” と 洗脳する気だ。その自分勝手な考えが、子供だって言ってるんだ」


「ロキ... 」


四郎が ロキを止めると

イヴァンは、眉根を寄せた。


「子が欲しいのなら、何故 作らん?」


口を開いた トールに、四郎や オレだけでなく

イヴァンも ギョッとする。


「もう作れるだろう?

蛇女ナーギー等も 共に居るはずだ。

親になる自信がないからか?

それはまだ、お前が子供だからだ」


的を外した トールの言葉に、ポカンとしていたが

「だから、コイツは 子供が欲しい訳じゃねぇんだよ。自分を愛して、自分が好きに出来るヤツが欲しいだけなんだ」と、ロキが 口を挟むと

『違う! その子と、反逆してやるんだ!』と

ロキに向いて イヴァンが言った。


「反逆ぅ?」と 嘲笑うロキに

『そうだ。ソゾンを片付ける』と

ムキになって返している。


『僕は、ソゾンを討つ。

ママンの魂なんて、キュベレの中にあるものか。

もしあるなら、僕は... 』


“独りじゃないはず” か?


「子供と赤ん坊に、何が出来る?」


また トールが聞く。


「反逆するのなら、尚更 自分の子を沢山作った方が 良いだろう。

絆は、血だけでない。だが、血の絆も強固だ」


『今 作ったって、生まれるのは... 』


「変わらんだろう?

ロキの子も 腹の中で成長させた。

蛇女等は、子を産むのが早い。

しかも大量に産む。

加えて、お前は その器量だ。

お前から 誘って、断られることはない」


イヴァンは、答え切れずに黙った。

トールは、“子供だ” と 言いながら

イヴァンを 同じ大人として扱って話している。


「ロキが産んだ子を奪って、自分の味方に着ければ、ロキも 自分の味方に着く と 考えたのか?」


イヴァンは、トールから 眼を逸した。


「グルヴェイグの子と 自分の繋がりを主張しているが、その子を通して、自分とロキも繋がる。

自分の親族であり、ロキの子だからな。

ヴァーリやナリを、身内... 仲間だった 俺等アース神族に奪われ、洞窟に繋がれたロキと、

母親を 父親ソゾンに奪われた自分を重ねたのか?

ロキなら、理解わかってくれるだろう と」


「バカ言え! 理解るもんか!

子供を盗まれたら、俺は お前を憎む」


また ロキが口を挟むと、イヴァンの 表情から

力が抜けた。諦めたように。


「何が、“子供じゃない” だ。

トールに全部ぜんっぶ 言い当てられてるじゃねぇか。

いいか? “トールに” だぞ?

トールは、裏の意味なんか解らねぇのに... だ!

簡単過ぎる。

お前は まだ、全然 ガキなんだよ!」


トールは、ロキに眼を移したが

「そうだろ?」と 聞かれて、頷いちまった。


「イヴァン。俺等は、お前を助ける と言ってるんだぞ? ヴィシュヌも “選べ” と言っただろ?

地下宮殿で しくじったのは解ってる。

ヴィーグリーズでもだ。悪かった。

でも それについては、済んだ事だから グチグチ言うなよ? 妊娠までさせやがって!

何で素直に、“助けてくれ” って 言わないんだ?」


「あのー... 」


リョウジだ。

ジェイドやルカと 一緒に、高島くんも居る。

隣に並んだ ルカが、「神隠し」と言っているので

榊と竜胆ちゃんも居るんだろう。


「全然、話は解らないんですけど

四郎が居たから、言えなかったのかなー... とか」


リョウジの言葉に、イヴァンは 動揺したように見える。イヴァンの脚に 巻き付いたオーロが見えた。


「日本語、話せてるけど

海外の子ですよね?」


高島くんが言った。

そうだ、そういえば ずっと...


「ロシアの子かな?

言語の声域って、周波数帯があるんですよね。

日本語は、低くて 範囲も狭いけど

ロシア語は、範囲がすごく広いから

他の国の言葉を 聞き取って覚えるのが早い。

や、それだけじゃなくて、賢いんでしょうし

努力もしたんでしょうけど」


四郎と 話したかったみたいだ って

ルカが言ってたもんな...


「泰河くんたちが、その イヴァンって子と

前にも会った事があるんだったら

四郎が、羨ましかったんじゃないんですか?」


カッとした顔になった イヴァンに、リョウジは

「いや、分かるよ。四郎は 認められてる。

おれが君だったら、四郎と居る人たちに

“助けて” って、言いづらいからさ」と 添えた。


プライドか...

イヴァンは、大人に使われてるけど

自分と同じくらい子である四郎は、大人と肩を並べて 仕事をしてる。


「おれだったら、言うけど」


真田くんだ。

トールの後ろから 顔を覗かせている。


「大人の人に言えなくても、四郎に言う」


あまりに プライドがない... というか

正直な意見に、イヴァンが また呆気に取られると

「おれも、四郎に言う」と、高島くんも言った。


「四郎と、二人なんだったらね」と

リョウジが言うと、トールとロキが消え

オレやルカ、ジェイドにも 神隠しが掛かり

リョウジと高島くん、真田くんにも掛かった。


イヴァンは、黙って見つめている 四郎に

『助けて ほしい』と言って、蛇と消えた。

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