55


駐車場に車を停めた ジェイドも戻り

とりあえず、教会裏の家の方に帰った。


「淹れるのが面倒だから、買って来たんだ」


ジェイドが、リビングのテーブルに グラスを並べ

コンビニで買ってきた紙パックから コーヒーを注ぐ。


「普通は グミを買って来るもんだろう?

俺が居るのに」


女子化 出来ねぇ... という

“今までこんな事は 一度もなかった” らしい現象に陥っている ロキは、不安なのか不機嫌だ。

隣に四郎 座らせてるのに、まだ 四郎姿のままだしさ。


朋樹に また電話をして話し

「急を要する事でもない。ミカエルが戻ってからでいい。一時的なものかもしれんしな」と

ロキが言ったが

『いや、“何かあったら すぐに” が 鉄則だ』と

朋樹に返された。そうだよな。


また アコを喚び出すのも何なので

だいたい浅黄が持っている 里のスマホを鳴らす。


『おお、泰河。如何した?』


ビデオ通話の画面の向こうは、夕にかかる空の色だ。

ロキの事を話すと、榊の鼻から上が画面を占拠し

『ふむ、伝える故。アンバーは おろうか?

大変に恐ろしい思いをした と』と 代わらせたがる。

アンバーは、床に胡座をかく ジェイドの膝に戻っていたが、ジェイドを見上げ、顎の下に 鬣の額を二回ぶつけると消え、『おお!』と 榊を喜ばせた。そのまま通話も切れるしな。


「これさぁ、“ロキが女子化すると お腹の赤ちゃんも成長する”... と するじゃん?

なら、成長をコントロールされてる ってコト?」


アイスコーヒーのグラスを持って言った ルカに

「キュベレ でしょうか?」と 四郎が確認する。


「そんな事 出来るのか?」と 四郎の顔で 呆れたような半笑いになった ロキは

自分が妊婦になった時の経緯いきさつを思い出したようだ。イヴァンの 一言だったもんな。


けど イヴァンが、ソゾン... 繁栄も司る ヴァン神族の血を継いでいるとしても、巨人であり アース神族である ロキの胎を左右するのは難しいんじゃねぇか... ?

なので、キュベレの力の影響もあると見ていいだろう。

ロキが食べた グルヴェイグの心臓と イヴァンも

血の繋がりが あるからかもしれねぇけど。


「そうだとしたら、こうしてキュベレと離れていたところで、掌握されてるじゃねぇか」


お手上げの形で肩を竦めている 四郎ロキを隣から見た 四郎は、“なんと”... という表情かおだ。

別人にしか見えねぇもんな。


「掌握されているとしても、“胎に限って” だ。

ロキ自身が掌握されてる訳じゃないよ」


ジェイドは、神父顔だ。


ニナが教会に来たこともある。

あの男が、影人に重なる前の話... ニナとの関係の話も 簡単にすると『そうか... 』と 複雑な顔になっていた。霊を取られて 病院に居ることを思うと

余計に複雑だよな。

助かってれば、“クソ野郎” で済んだのにさ。

ジェイドは、今は考えないようにしているようだ。

ニナと そいつが、しっかり終わりはしたしな。


「うん、だからマジで

絶対ひとりには ならねーようにしねーと!」


グラスを持ったまま言う ルカに、四郎ロキは

“うるせぇなぁ” と 言いたげな眼だ。

ルカが念を押しているのは、ロキが 仕事で集合するはずだった時に、シェムハザの城から ひとりで

教会に移動して居たことが あるからだろう。

うるせぇなぁって眼でも、どっか嬉しそうな空気か滲む。思春期の子みたいなもんだからな。


「ですが、ロキの胎を開いたことや 調節についても、影人の変形や地の根につきましても

キュベレの影響は 拡がっておりますね...」


「そうなんだよな」と 答えながら

本物の方の四郎は 姿勢も美しく、歳に そぐわない

気品のようなものがある... と しみじみ思う。

隣の四郎モドキは、背凭れに ふんぞり返って

片膝の上に 片足の足首 乗っけてるしな。


「影人も 根も、地の下から来るってのが

またイヤだよなぁ。足元 揺すられる っていうかさぁ」


「確かにね。落ち着かない」


ルカや ジェイドの言葉で、急に足の下が気になり出した。ざわざわ伸びてくるところや、寝ている時に 床の下から迫る根に巻き付かれる とか想像しちまって、慌てて打ち消す。


玄関が開く音がして、「ただいま」と 疲れ気味の

朋樹の声がした。リビングに入ってくると

「あっ、オレもコーヒー買ってきたぜ。

淹れんの だりぃから」と、四郎モドキの前には

グミ入りのコンビニビニールを置いた。

「俺って わかるか、やっぱり」つってるけど

そりゃあな。


手を洗い、グラスを持ってくると

珍しくソファー のオレらの退かさず、オレと四郎モドキ側の ジェイドと向かいになる床に座った。

グラスを渡してきたので、注げ ってことだろうけど。


「ニナ、怖がってたんじゃねーの?」と

ルカが聞くと

「おう。あの男が、アスファルトに頭を着けるって行動にもビビってて、その後 自分の影人見てるからな」と コーヒーを受け取る。


「まぁ、それで すっかり

男がしたことは払拭されてるけど... 」


何か言い残しがある ってところで、朋樹は言いやめた。

ニナは、自分が適当に扱われてたことは

もう 別に良くても、自分が適当だったことを悔いている風に見えた。


本来あるべき性別になって、恋をする... というのは、ニナにとって大切にしたいことだったんじゃないかと思う。

ジゴロの呪詛の影響だけど、元はと言えば オレらの不注意だった。


朋樹は、ジェイドの方は見ずに

「とにかく明るくなりゃあ 影人は間違った場所に出やすい。それも話して、二人とも シイナん家に送ってきた。“琉地ちゃん借りる” ってよ」と

グラスを口に運んだ。


「もう そんな時間なんだ」


ジェイドが カーテンを開けに行く。

影が無いって、明るさにも影響するよな。

暗い場所がないと 気付きづらくなる。


「教科書等の確認をして参ります」と

四郎が立つと、四郎モドキもソファーを立った。

グミ持って、無意味に ついて行くらしい。


「おはよう」


ゾイとミカエルだ。


「おう」「はよー」と 挨拶を返しながら

ミカエルが「おにぎり。型でいっぱい作った」と

差し出したバスケットを受け取った。


テーブルのグラスを 朋樹たちに運んでもらって

中身を出してみると、星か花か分からねぇ形の

ラップに包まれた おにぎりが、大型タッパー 二つに ぎっしり詰まっており、おかずのタッパーには

出汁巻きと唐揚げ、根菜の煮物、パプリカのマリネだ。別のタッパーに プチトマト何十個か。


「お味噌汁 注いでくるね」と、ゾイは キッチンへ向かう。「手伝うよ」と ジェイドも向かい

オレらも礼を言う。「うん」って微笑うゾイは

誰かに何かを作る というのが好きで、楽しそうだ。


「あっ、ミカエル。あのさぁ... 」


取皿や箸を持ってきた ルカが

ロキが女子化 出来なくなったことを話すと

「みてくる」と、四郎の部屋へ消える。


「あの、ミカエルと私は、お店で食べたから

先に食べちゃったら?」


カップに注いだ味噌汁を運ぶ ゾイに勧められ

「おう」「じゃあ」と、おにぎりに手を伸ばすと

もう「飯ぃ!」と、四郎モドキが降りて来た。

服装が制服になっている。


「ロキ、なんで制服なんだよ?」と 聞くと

「似合うだろ?」だ。だって 四郎姿だしな。


味噌汁のカップを持って戻った ジェイドより先に

ソファーに座った ロキは「シャケは どれだ?」と

聞き、取皿に積み出した。

ジェイドは床だが、四郎が戻ると

「ルカ」と指されたルカも 床に移動する。


四郎は「構いませんのに」と 言っているが

「これから学校なんだから」と ジェイドが微笑った。


「それが、グミの方も “行く” と 申すのです」


「ああん?」

「何 考えてんだよ?」


「ダメだ って言ったんだぜ?」と、ゾイの隣に

ミカエルが立つ。


「だって、こいつ等 今から寝るんだろ?

ゾイは店で仕事。ミカエルは エデンに行くって言うし、何かで呼び出されたら 出なきゃいけないだろ?」


「お前も 今から奈落だろ?

今度は急に女子化したら どうするんだよ?」


「奈落の後で行く。カトリック系の学校なんだろ? キュベレを避けれる。俺も授業を受けるぞ」




********




「転入生を紹介する。梶谷 ロキだ。

フィンランド出身だが、ご両親の仕事の都合で

日本で暮らすことになった」


四郎のクラスの担任に紹介された ロキは

「ヨロシク オネガイシマァス」と 挨拶した。

艶のある亜麻色の髪に ブラウンの眼。


「梶谷は お父さんが日本人で、日本語が堪能だ。

先生たちも安心したが」と、教室の高揚と緊張を和ませる先生は、ロキにも

「わからないことは、先生にも皆にも聞くように」と 微笑み、空いている後ろの席に座るよう

勧めた。


『まったく、困ったものだな... 』


事務系のデータの誤魔化しを済ませてきた シェムハザが、隣に立った。

オレらが奈落へ行っている間に、朋樹たちが

アコを喚び、事の次第を説明すると

榊とボティスも戻って来た。神隠し中だ。


催眠が得意な悪魔を喚ぶと、学校の先生たちに術を掛け、ロキが編入生だと信じ込ませる。

髪や眼の色も大人しくし、高校生くらいの顔つきに変身した ロキを、職員室の四郎の担任の前に立たせ、オレらは授業参観することにした。


ゾイは 沙耶ちゃんと店、ミカエルは エデンに神人の子供たちを見に行き、ラファエルとも話して来るようだ。


『でも、毎日登校するんじゃねぇんだろ?』


『そうだ。“俺が行きたい時” と言っていた。

ロキが登校したら、“同じクラスの 梶谷ロキだ” となるよう、催眠も掛けておく』


ロキは、昼間 暇なのはイヤだけど

妊婦の間は、シギュンに会いたくない。

で、教会のように 四郎の学校なら安心と思ったのか... いや多分 それは建前で、遊びたかったんだろうな...


ジェイドが『竜胆を見に行こう』と、ルカと 教室から出た。オレも 廊下から見ようかな。

シェムハザとアコも、入れ替わりの場所を見回りに出た。

榊は狐姿で、四郎の机に前足を掛けて教科書を覗き、ボティスは ロキの後ろに立っている。


『学校って、夜も影人 出ねぇのかな?』


廊下で オレの隣に立ち

ノートを取っている四郎を ぼんやりと眺めながら

朋樹が言った。


『どうなんだろうな? 教会も 深夜は居てみねぇと

分からねぇよな。カメラにも映らねぇしさ』


もし キュベレが、夜国に関わっていなければ

教会や カトリック系... プロテスタント系や 聖公会系もかもしれんけど、そういう学校や施設にも

影人は出たんじゃないか って気がする。


儀式の場だけでなく、広範囲に影人が出るのは

キュベレが関わっているからだ。

聖父や聖子に繋がる場所には、キュベレの力も

及ばないのだろう。


施設内には 夜も出ない と 分かれば

避難場所になるよな。

“私に 繋がっていなさい”... 加護は異教神にも拡大される。“神々が手を取り合うこと” という 理想にも近づいてきた。

だったら、神社や寺は どうなんだろう?


『夜、確かめた方が いいかもな。

悪魔や霊獣たちにも、人が居るところを監視してもらってたから、夜の教会や学校に 影人が出るのかどうかは 分からねぇしよ』


『けど、無人だと出ねぇだろ?

オトリになる人が要るんじゃねぇの?』


この場合のオトリは、人間だ。

悪魔や天使、異教神、霊獣や魔人、神人の影人は

今のところ出ていない。

人間を支配してしまえば、崇拝されなくなった神も 地上からは消える。手を下す必要は無い。


夜国は たぶん、聖父の被造物であり 地上の支配者である人間を乗っ取って造る キュベレの国だ。

ただ、そう出来るのか?... とも思う。

あの白い空の森の空気を思い出すだけで、背中が

ざわざわとする。

奈落やエデン、天の楽園にくらいしか 入ったことはないけど、あの森は 根が違う。

天や地界、神界のように、地上と繋がっている界じゃない。 キュベレの手に負えるのか?


『囮のことは、ボティスやミカエルにも

相談してみねぇとな。

全施設で確かめる必要もねぇとは思うけど。

教会や学校の幾つかで、当然 オレらも動けるように待機。場所が場所だ。悪魔でも上級の悪魔じゃねぇと、一晩いるのはキツいだろうな』


朋樹が ボティスを喚んで、今の話をしてみている。囮は、沙耶ちゃんや シイナ、ニナ。

下手すりゃ リョウジ。オレらに近い人たちになるだろう。

朱里には、オレに リリトの息が掛かっているので

影人が重ならない。ヒスイにもだ。

安心だけど、何で大丈夫なのかは 朱里に説明 出来ねぇ。


リリトは、自分を産んだ キュベレを嫌っている。

今回、キュベレの邪魔をするために

“リリ” と名を呼ばせる 夢の女作戦で、その男の女にまで 息を拡げたのは、キュベレに対する皮肉なんじゃねぇのか?... と 思った。

“男の肋骨である女も、男に準じる”... とすると

聖父の肋骨であるキュベレは、聖父に準じる。

“あなたが勝てることはない”... みたいなさ。

全然、なんとなく思っただけだけど。


『確かめるのは、囮となる者と 悪魔等だけでも

構わんだろう。影人が出らん確率の方が高い。

実際、シェムハザの城の教会には、夜間も影人は出ていないようだからな』


『マジか。じゃあ、囮を頼む人なんだけど... 』


教室から開いた窓枠越しに 廊下に向くボティスと

朋樹の話を聞きながら

やたら大人しい少年ロキに 眼をやってみると

右手にシャープペンを持って、顔は黒板の方に向いているが、左手に ルーン石を持っているのが見えた。嫌な予感がする。


『なぁ、ボティ... 』


オレに眼を向けて、ニヤっと笑った 少年ロキは

ルーン石を弾いて 真上に投げた。

音に気づいた 狐榊が振り返り、四郎も眼を向ける。


教室の天井に打ち上がった ルーン石は、天井に届く前に消え、天井には 虹色の靄が拡がる。

ボティスが振り返った時、教室には 土砂降りのあめが降った。

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