52


自販でコーヒーを買うと、朋樹たちの分は

ルカに持って行ってもらって

近くのベンチしかない公園で、ニナとコーヒーの缶を開ける。


「ニナさ、オレらの連絡先 知ってるだろ?」

「うん... 」


けど、留守だと思って来たんだもんな。

言ってから気づく。

さっきは急に オレらの声がして、固まっちまってたように見えたしさ。


で、オレは こういうのが苦手だ。

何を聞いていいか、聞かない方がいいのは何なのかも よく分からねぇ。

ルカに頼まずに、オレがコーヒー持って行けば

良かったぜ。琉地が居るだけ まだマシだけど。


「よう、ニナ」


朋樹だ。ルカ、交代しやがった。

ニナは 顔だけを朋樹に向けている。


「どうした? なんか相談したい事でもあったのか? ジェイド、まだ起きてるぜ。呼ぶか?」


「ううん、それはいい!」


焦ってんな...


「何だよ?

話したくなきゃ、それでいいんだけどよ」


オレとニナは、ベンチの近くに立っていたが

朋樹が座り、ニナに「座る?」と 自分の隣を指した。「うん... 」と ニナが座る。


この隙に、ジェイドん家に戻ろうかと思ったら

朋樹に見透かされ

「泰河も、そっちに座れよ」と、隣のベンチを

顎で示されちまった。


「あ? おう... 」


座らねぇ訳には いかねぇよな。

琉地を誘って、隣に座ってもらう。

頭を撫でると嬉しそうにした。


「聖書の話なら、最近 オレも出来るぜ。

実家、神社なんだけどよ」


「えっ、そうなの?」


「おう。一の山... お化け屋敷の洋館の山あるだろ? その隣の山の裏。泰河の実家も そっち。

なぁ?」

「おう、オレは普通ん家の子だけど」


気分 ほぐすの 上手いよな。視てる風でもねぇし。


朋樹は しばらく「おまえ今日、仕事は?」とか

「シイナとは 仲直りしたのか?」とかを

のんびりした調子で聞いて

「ちゃんと行ったよ」

「シイナとも一緒に居るけど、今日は オーナーの

お客さんと話してるから... 」と答える ニナの表情が変わってくると

「そうか。男とは どうなんだよ?」と 聞いた。


「うん。いい人だけど、何か違うなって思って

そう話して... 」


おお、普通に答えてるじゃねぇか...

オレなら ここまで辿り着けてねぇな。

たいしたことも話さず、“じゃあ 送るからさ” って

送っちまっただろう。

朋樹、やるな... と感心しながら、琉地に “お手” を

仕込んでみる。手ぇ出したら、顎 載せてきた。


「まぁ、すっかり女の子になって

ふわふわしてたもんな。で、相手は?」


「“別れたくない、もう少し 考えてみてくれないか” って... 」


相手は、ニナに嵌ってんのか。

元々 “かわいい” と思って、声 掛けたんだろうけどさ。


ニナは、身体まで女の子になってから

服装カッコも変わってきた。

初めて会った時は、胸元を ひけらかすような

シャツを着てたけど、今は 鎖骨も隠れるシャツに

下はジーパン。


花のタトゥも見えねぇし、ちょっと話すくらいじゃ 舌のピアスも気づかれねぇだろう。

隙がある みたいな雰囲気も無くなってきた。

“やれそう” じゃなくて、かわいいから 男が寄ってくる。今は、呪詛が掛かる前のニナに 戻ってる気もするしさ。


「それも断ったけど、まだ “待ちたい” って... 」


そいつ、うぜぇ... もう しつこいだろ。

琉地は 左手を出してみても、顎を載せ替える。

からかわれてんな、オレ。


「ニナ、そいつに 家 知られてんの?」


「うん... でも、嫌われるのもイヤみたいだから

来たりはしないよ。連絡も控えてるみたいだし」


ごく短い付き合いにしちゃ 未練ったらしい が

危なくなるタイプでもないっぽいな。

または、フラレたくねぇ意地 なのか?

どっちにしろ 諦めてもらうには、“男が出来た” が 早ぇと思うけどな。シェムハザ連れて行く とかさ。一発だろ。ボティスでもいい。


「オレらさ、また仕事で出る事 多くなると思うんだよ。今、影人って出てるだろ? 黒い人型。

その関係でな。遠くに行くとは限らねぇけどよ」


「あっ、うん。大変だよね。

私もシイナも、その黒い人を もし見たら

アコちゃんが “すぐに呼べ” って言ってくれて。

まだ見てないんだけど、お店の子が 見たって言ってたよ。自分の家で見てるけど、カレシと住んでるから、くっついて大騒ぎしてるうちに消えたみたい」


家ん中か... そりゃ 追いつかねぇよな...

ぐったりすると、左手から 顎を外した琉地が

両前足を 両肩に載せてきた。

抱き上げてベンチを立ってみたが、抱っこするには でかい。ボールか何かあれば 遊べたのにな。


「そうか... 見たらマジで、アコ喚べよ。

ゾイでもいい。四郎ん時に ニナと 一緒に居たヤツだ。シイナにも言っといてくれ」


朋樹たちが話す隣で、琉地に

「ボールか何かあるなら 持って来いよ」と

言ってみると、琉地は 耳を立てて消え

円盤ディスクを咥えて戻った。あるんじゃねぇか。


「うん」と頷く ニナに、朋樹は

「で、教会って、何で?

ジェイドと話したかったのか?」と 聞いている。


オレは 琉地に「消えるの無しな」と 言い

ベンチを立って ディスクを投げると

琉地は、ダッ と 飛ぶように走り

かなりの高さまで跳んで、空中でキャッチした。


「ううん、何度か お邪魔してたでしょ?

それで、落ち着く っていうか、心が静まるような場所になってたから... 」


着地した琉地は、ディスクを口から投げ捨てた。

「琉地、持って来いよ」と ディスクを指したが

琉地は座って あくびした。持って来ねぇな。

仕方なく、オレが取りに行く。


「なんか、神父さんには... 」


“避けられてる みたいだから” と、ニナは続けた。

ディスク取りに動いて良かった と思っちまった。


拾ったディスクを投げると、走って 跳んでキャッチした琉地は、着地する前に ディスクを捨てた。

でも、オレが拾うのを期待した顔なんだよな。

ノッてやるけど、ルカに ひとこと言う必要はある。


「なんで そう思う?」


「え... うん、この間、教会に行った時に

そんな感じがしたから」


「いや、ジェイドは理由なく 避けたりしねぇよ。

分かるだろ?

話したくない相手にも、上手く対応する。

あの時は、仕事で急いでたってのもあるけど

ルカも うるさかったしよ。ジェイドが 話す暇はなかったんじゃねぇか?

オレは別に、気にならなかったけどな。

けど ニナが気になったんなら、なんで そう受け止めたのかって理由が、自分ニナにあるんじゃねぇの?」


罪悪感 とか、そういうのか?


今度は 着地してから、結構 遠くに捨てたディスクを拾って、後ろに投げてやった。


「おっ!」


琉地は オレを飛び越えて、ディスクに追いついてキャッチし、自分の前に ぱたっと落とした。

あれ、オレが拾うのか?


「うん... シイナも居て、教会で話した時に

神父さんは、“いい人だと思う” みたいなことを

ちゃんと言ってくれたのに、私は 良く考えもせずに、適当に その人と居てみたり

“やっぱり違う” って、簡単に別れたりして

いいかげんだから、“話してもムダ” って 思われちゃったかな って... 」


琉地の前から ディスクを拾うと、琉地は オレが投げた 目の前で、ディスクをキャッチして また捨てた。

「おまえ... 」と、拾って すぐに横に投げる。

琉地が 走ってキャッチする間に ベンチに座ると

ディスク咥えた琉地が 隣に顕れる。


「消えるの無しって言ったじゃねぇか」


ディスクを受け取ると、琉地は 期待顔だ。


「うーん、気にするのは解るけど

ジェイドは そういう事で、人を嫌ったりとかは

ないぜ。

そういう話を、今後も しっかり聞いてくれるかどうかは、ニナ次第かもしれねぇけどよ。

また ジェイドに、男の相談したいのか?」


「ううん、しないと思う」


なら 別に いいんじゃねぇのか?... とは

朋樹は言わねぇんだよな。「そうか」としか さ。

ニナも もう、ジェイドが好きだったことを 思い出しては いる... けど、他の男と やっちまった話 しちまったもんな。平然と。


「私、せっかく女の子に なれたのに

何してたんだろう... 」


ジゴロ呪術医バリアンの呪詛の影響だった。

オレらも分かってるんだけどな。

琉地が、ディスクを前足で押した。

投げ忘れてたぜ。

走って跳び、ディスクをキャッチした琉地は

タッタと戻ると、オレには眼も向けず

ニナにディスクを渡した。

笑って受け取ってるし、いいけどさ。


ディスクを投げたニナは、追って走る琉地を見ながら「でも、聞いてくれて ありがとう」と

ふう というような息をついた。

「おう。そろそろ送るからよ」と答えている朋樹は、たぶん男前ないツラをしてるんだろう。

白い煙が目の前に凝り、琉地が オレの両肩に前足を置いて、咥えているディスクで鼻柱を突いた。

「わぷ」と出た声に、またニナが笑う。


「泰河 おまえ、さっきから何してんだよ?」


「うるせぇ、オレは何もしてねぇんだよ」


ディスクを受け取って投げたが、琉地は オレの正面で 舌を見せて眼を輝かしたまま動かねぇ。

仕方なくベンチを立つと、隣を歩き

ディスクを取りに ついてくる。

投げてやると、朋樹たちの前でキャッチして

ぱた っと落とした。

あいつ、ボティスとかと遊んでも ああなのかな?


「よし 琉地。そろそろ仕舞って来いよ」


ディスクを拾った朋樹が渡すと、琉地は片付けに消えた。オレがベンチまで戻る前に 戻ってきたけどさ。


三人と 一匹で 教会まで歩く途中に、ニナが

「泰ちゃんも ありがとうね。なんか和んだ」と

微笑ったが

「お? おう... 」と 曖昧な返事になる。

琉地に誂われてただけだしな。


「じゃあ オレ、車取って来るからさ」


教会の外門の前で、朋樹とニナに言っていると

「あなた、もっと妊婦を労れないワケ?!

ひとりの身体じゃないのよ!

深夜だって お腹が空くわ!」という 女子ロキの声が、教会の裏から こっちへ近づいて来る。

戻ったのか...


「あら、泰河たちじゃない!」


気づかれちまった。逃げ場も無かったが。

まだ仕事着で、腹が出たロキの隣には

だるそうな ジェイドがいる。

ジェイドも、ルカに ニナの話は聞いていただろうので、“まだ どこかに入るなり 送るなりしてなかったのか” といった風な表情だが

緊張したニナは、琉地に視線を向けた。


「“カフェに連れて行け” って言うんだ。

ルカと行かせようと思ったら

“神父じゃないと” って 言い張って。

断ったら 女子化した」


ロキ、不安がっては いるもんな。

ミカエルは ゾイとデート、アコは地界へ戻ったと

考えられるが「ボティスは?」と聞くと

「カクリヨから 榊が戻って来たのよ。

月夜見キミやガルダも降りて、話し合いしてるってワケ」と、つまらそうに ロキが答え

「で、この女は何なの?」と 朋樹に聞く。

出たぜ...  いや、何か まずくないか?


友達ツレだよ、ニナだ。

女子化すんな って言っただろ?」


「何の事かしら?」と、ロキは ジェイドの腕に

細い腕を回した。

朋樹の女設定なのか、朋樹に当て付けているつもりらしい。


「ニナ。こいつ、ロキっていうんだ。

今 女だけど、実は男でさ」... って 紹介したけど

信憑性は まるでない。妊婦さんだ。

いや、自分ニナと同じで “元男” と捉えているかもしれん。


ニナは、ロキの腹に眼をやりながら「うん... 」と

言い、ロキに「はじめまして」と 挨拶したが

ロキは「ふん、まだ小娘ね」だしよ。


「ニナ」


ジェイドだ。


「う。ん?」と、返事した ニナに

「ちゃんと昼間に おいで。日曜なら ミサの後に

話は聞けるよ」と 穏やかに言う。


「僕らが出ていても、本山さんは いつも居るし

せめて、扉が開いてる時にね。

話しをする気分でなければ、本棚の本を読んだり

ステンドグラスを眺めるのも いいかもしれない」


つまり、好きに来ていい って言ってるんだよな。

頷いたニナは、ほっとしたようだが

同時に 少し気が抜けたようにも見えた。

これまでの事を ジェイドが気にしてねぇことが

嬉しい反面、寂しい気もするんだろう。

何も気にされてなかった みてぇなやつ。


「何 優しいカオしてんのよ?」


ロキは、ジェイドを見上げて言うと

ますます身体を寄せる。


「もう行きましょ。私、今夜は あなたと寝るわ」


そのまま ジェイドを引っ張って、駐車場の方へ

歩いて行った。

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