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奈落で 印を消した人の人数は、52人だった。

一日にしたら少なくなった とは思うけど

阻止出来ているのか、重なり切った人が増えているのかは 定かじゃない。

異教神避けの中で重なられている事も考えられるからだ。


ケシュムの夜の間に寝て、午前中に起きたが

暑すぎたので、ギリギリまでテントに居て

ケシュムから ドバイへ。

空港のホテルで 一泊して、朝は 再び奈落。

その後 ドバイを発ち、ヘルシンキに着いたのは

夕方だった。

世界樹ユグドラシルウートガルズに入り、ロキの洞窟から ジャタ島へ。

ジャタに報告がてら、海の東屋で 飯 食って

ようやく地下教会に出ると、日本は もう深夜だ。


シェムハザは 一度 城に戻ったが、地界から アコも戻ったので、ボティスが ロキを連れて

オレの車で里に向かい、ミカエルが護衛に ついて行った。もう、半分 アコの車だよな。

向こうで ゾイとエステルも喚ぶらしいけどさ。


夜は、影人が 合う形の人の近くに出やすくなる。

本当は 見回った方がいいんだろうけど

『日曜の深夜だ。人通りが少ない』と アコが言い

『深夜営業の店などには、悪魔や霊獣を配備している。一日休め』と ボティスにも言われ

甘えることにした。


「移動だけで、土日の休み 終わっちまったな」


シャワーから上がってきた四郎に

あくびしながら 言うと

「兄様方の移動の間に、私は 影人を探した方が

良いかと思うたのですが... 」と 言っているが、

「いや、泰河やロキにも 護衛が要るからな」と

朋樹に 炭酸水を渡され「はい」と 微笑い

床に座った。琉地が居るんだよな、珍しく。

アンバーも居て、ジェイドの膝の上で

カップに入れたクリームチーズを食っている。


「あと数時間で、また学校だね」


ジェイドや朋樹が、うるさく “寝ろ” と 言わねぇのは、ドバイのホテルで 一晩寝たにも関わらず

ヘルシンキまでの飛行機の中で、シェムハザに

寝かされたからだろう。

ついでに、ミカエルが癒やしてくれてもいたので

いろいろ起こった割に、精神的な疲れもない。


「はい。学校では、影人は見ておりませんが... 」


昼間だからか、カトリック系の学校だからなのか

校内に 影人は出ていないようだった。それでも

「下校中に 目撃した者もおり、噂話にも 尾ひれが

ついておりますので... 」と、恐怖や不安を感じ

増長させてもいるようだ。


テレビの情報番組でも

“世界中で目撃されている 黒い人型” と

特集が組まれ、ネットでも噂で持ち切りだ。

四郎が よく見ている都市伝説系サイト以外でも

影人の目撃報告が上がっている。

とうとう “夢の女 リリ” は、下火になってきた。


「しかし中には、“外出するのが怖い” と

学校を休む者も出てきまして、学校側としては

“そうしたものは存在せぬ” と 通達されております」


「うーん... 」

「それも困るよな」


けど、学校に行ってくれた方が いいんだよな。

一人には ならねぇしさ。


「アンバー、お腹いっぱいになった?」


ウエットティッシュで 口元を拭かれるアンバーは

強膜のない 琥珀のでかい眼の瞼を閉じ

猫が甘える時のような顔を ジェイドに向けた。


「怖かった?」と 聞かれると

ひらひら耳と鬣の頭の額を ジェイドの胸に着けた。かわいいぜ。怖かったよな、そりゃあさ...


「なんで、追ったりしたんだよ?」


ルカが 責めるように、琉地に聞く。

ピスピス鼻を鳴らす琉地の頭を、四郎が

「いいえ、頑張ったのですね」と撫でた。


「そうだよ、琉地とアンバーは仕事しただけだろ?」

「瓶の場所を突き止めようとしたんだよな?

えらいぜ、お前ら」


オレと朋樹が フォローしても、琉地は まだ

ルカに向いて、鼻を鳴らしている。

これは、“ごめんね” なのか?


「おう。えらいけど、危ねーだろ?

ムリすんなよなー」


ソファーの肘掛けに寄りかかり、腕を伸ばして

琉地を撫でた ルカは

「ん? オーロが イヴァンに入り込んでんの?」と

琉地の眼を覗いている。


麦酒の瓶を持った イヴァンが、ソゾンの首と消えた時、アンバーの七色透明糸に巻かれたオーロが

イヴァンのかかとを噛んで、一緒に消えた。

アンバーは、糸を手繰ったんだろうけど

オーロは、イヴァンの踵から 憑依はいったのか。


「お前ら、イヴァンに同情したのかよ?」


「どういった事でしょう?」


琉地の背に片腕を回した 四郎が聞くと

「瓶の場所は、また砂漠みたいなんだけどさぁ... 」と、琉地を読みながら ルカが話す。


砂漠... といっても

「周りに何もない。もろに砂の海」らしく

どこかは見当がつかない。

ルカを視た 朋樹も「分からねぇな」だし

天使や悪魔が探しに出たところで、異教神避けが施されているだろう。


ケシュム島以外にも 儀式をしている場所はある。

儀式をすれば、また別の場所に 泉が湧く。

麦酒の瓶も、あの瓶だけではない って事だ。

ただ、アンバーと琉地が追ったのは 最初からある

あの瓶で、影人と重なり切った人たちが 儀式のために集まって来るのなら、それで場所は分かる。


「もう、三日月形の泉の周りに 棗椰子ナツメヤシが生えてて

神殿も 麦酒の瓶を置く祭壇もある。

人は まだいねーから、テントは無いんだけどー」


「司祭が立つ 黒い足跡は?」


ジェイドが聞くと、ルカは 琉地の眼を見たまま

「うん、ある」と 頷いた。「燔祭の祭壇の前に」


影人は、儀式の場所だけでなく

ところ構わず出現する。って事は

夜国と重なってる部分がある ってことなんだよな。

前にハティが言ってたけど、地上が でかい神殿になったようなものだ。

影人たちが重なり切った 夜国の人たちが

夜国へ行くために 実際の神殿が建つ。


「琉地もアンバーも、瓶には触れれてない。

人間しかムリなのかもな。イヴァンは神人ハーフだけどさぁ。

神殿から、イヴァンが ひとりで出て来てる。

で、これは 肉体を伴って ってこと。実体で。

この時に、アンバーが オーロの気配に気付いて

糸を手繰って行ってる」


「イヴァンは ひとりで って、監視も無しか?

神殿から出て来たんなら、夜国ニビルの森に居たんだろ? キュベレたちも居たんじゃねぇのか?」


「居たんだろうけどさぁ、砂漠の真ん中だし

“どうせ 逃げられない” と 思われてんじゃねーの?

“泳いでくる” とか言ったのかもな。

泉に入ってるし」


待てよ... キュベレやソゾンは 神に類する。

けど イヴァンは、半分人間だ。

影人と重なり切った人の眼は、青銀に光る。

イヴァンは 光ってなかった。

重ならなくても、神殿の中には入れるのか?


これまで 影人は、人間のやつしか出てねぇんだよな。影が無くなったのも 地上だけだ。

魔人の影も無くなったのに、魔人の影人が出た とは聞いてない。なら、神人の影も出ない恐れが高いし、蘇りの四郎も大丈夫だろう。


いや、神殿から あの森に入れるか って話だけどさ

重ならなくても入れる とする。

神々や魔人、神族、下手したら霊獣も。

そうだ、蛇女ナーギーたちも 入ってるんじゃないのか?

世界樹ユグドラシル黒妖精デックアールヴたちをそそのかそうとしてた。


麦酒を飲んでも、ミカエルたちは入れなかった。

単純に考えたら 異教神避けだ。

または、夜国の人以外の立ち入りを避けてる とか。


イヴァンが、神殿から森へ 出入りする時なら

ミカエルたちも入れるんじゃねぇのかな... ?


考えつきはしたが

「で、琉地とアンバーは、棗椰子の下で

イヴァンの様子を伺ってたんだけど... 」と

話しが続いているので、話を折らずに聞く。


「しばらく泳いで、仰向けで浮かんでたけど

イヴァンは 反転して、水中に うつ伏せで息を吐きだしてる」


「は... ?」と、朋樹が顔色を変えるが

「仮死になって、自由な魂を飛ばすっぽい。

セイズみてーに」と ルカが続け

「琉地とアンバーは、心配になって近づいたけど

イヴァンの身体から 透き通ったイヴァンが立った」と 琉地の眼を覗く。

仮死って、危ねぇやり方だよな。幾ら神人だってさ。


「イヴァンの自由な魂は、琉地やアンバーを見て

喜んでる。“こんな所に どうして居るの?” って。

神殿を出て来た時の顔と 全然違う。

オーロは、イヴァンの身体の中から出てない」


喜んだのに、アンバーを落としたのか...


「“あの人たちと居るの?

ヴァナヘイムの地下宮殿で会ったことがあるよ”」


イブメルの城の塔で会ったことは、忘れてるな...

ソゾンの洗脳下にあって、シェムハザも催眠を掛けて話したもんな。

地下宮殿で、アジ=ダハーカの前に出された時のことしか 覚えていない。


「“アクサナたち... 僕の兄弟や姉妹たちを取り上げたんだ。でも僕だけ”... って、口籠ってる」


そうして、少し黙った後

境界者ロキも 一緒に居るの? 僕の父の姉の心臓を食べた って 本で読んだことがあるんだ”... とか

“境界者は、アングルボザの子供たちを捨ててる。

また子供を産んでも、捨てるのかな?

僕なら 一緒に居るのに”。

“あの子も、ひとりなの?”... と、四郎のことを

聞いたようだ。


“マーマの、本当のことを聞きたい”...


琉地とアンバーは、ケシュム島の オアシスだった場所に移動し、イヴァンの自由な魂を喚んだ。

ここで、オーロと繋いでいるアンバーの糸は

また見えなくなった。

琉地が オレらを喚ぶために消える。


テントに顕れるはずだった 琉地は、何故か オアシスの場所から出れず、イヴァンとアンバーの元へも戻れず、しばらく迷っていた。

アンバーは 術で寝かされたようだが

イヴァンに、そんなに 術が使えるのか...

混血は優れて強いって聞くけどさ。


オレらが オアシスだった場所に入ると

琉地には、ルカが居る場所が見えた。

ルカまでたどり着くと、アンバーが落とされたところだった。


「そうか... でも もう、自分たちだけで

行かないようにね。

またイヴァンだけが神殿を出て オーロに気づいたら、糸を手繰っても オアシスまで入らずに

ミカエルや ヴィシュヌを喚ぶんだよ」


ジェイドが言うと、またアンバーが 瞼を閉じて

顔を見せた。鬣にキスしてるけどさ。


「イヴァンは... 」


四郎が言葉を止めた。


イヴァン、寂しいんだろうな...

母ちゃんとも突然別れて、同じ境遇のアクサナ達とも離れた。

ソゾンは キュベレと生まれた子しか見てねぇし。


四郎は、過去の経験もあって 達観したところも

あるけど、オレが あのくらいの歳の時は

正しい間違ってる とか、善悪 の前に、瞬間の感情だけで動いてた。

今も そう変わらねぇけど、善悪についての理性と抑制は、多少ついた気はする。

これは 歳だけの問題じゃなくて、仕事での経験や

浅黄との修行、こいつらや ボティスたちと居ること、師匠と再会したことが大きい。


たぶん イヴァンは、オレらと居る四郎が羨ましくて、傷つけたくなったんだろう。

アンバーを使ったことは良くない。

痛かっただけでなく、心も傷ついてるしな。

けど、責めきれない部分もある。

助け出せてたら こんな事になってねぇし。


「イヴァンとは、また絶対 会うことになるよ。

今度は 自由な魂だけでなく、身体付きが望ましいけどね」

「そうだな。エデンに連れて上がらねぇとな」


「はい」と 頷く四郎は、ホッとはしていても

やっぱり心配そう というか、何か思っているように見えた。割り切れないような表情だ。


「しかし、ロキさぁ... 」


琉地の頭をワシワシ撫でて、肘掛けから乗り出していた身体を ソファーに戻しながら

ルカが言う。


「イヴァンの言葉が スイッチになったけど

ミカエルは、そこは問題視してなかったよな」


そうなんだよな... なるべくしてなった という感じだった。

“最終戦争の筋が変われば そうなるだろう、

そのスイッチを押したのが イヴァンだっただけ”

という印象だった。


ルカが「キュベレが、イヴァンが そういう行動を起こすように仕向けたんかな?」と

残念そうな 疲れたような顔をする。


「そうかもな。コドモなんか簡単なんだろ。

孤独になれば、大人でも いろいろ持て余すしよ」


朋樹が返して、全員 同じようなツラになっちまう。切ない気分の流れで いけると思ったのか

「泰河、コーヒー淹れないか?」と

ジェイドに指されたが、面倒だった。


「いきなり 腹の子が成長したように

いきなり産むことも考えられるよな」と 言った

朋樹も「たまには 甘いやつ飲みてぇな」と

オレに振った。


そのままルカを見てやると

「面倒くせーから、買って来るかぁ。

行くぜ、泰河」と ソファーを立った。

行かねぇ訳にも いかねぇよな。結局か。


「自販でいいからよ」とか言われて

「当たり前だろ!」

「コンビニまでなんか行かねーし!」と

琉地も連れて 玄関を出る。


「あいつら、動かねぇよな。

オレら、朝は奈落出勤なのによ」

「ま、ジェイドは アンバー 抱っこしてるから

仕方ねーけどー。朝飯の買い出しは 朋樹だろ」


ぶつぶつ言いながら、教会の外門を出ようと

教会の前に回ると、両開きの扉の前に 誰か座っている。


「おおう?!」


オレの視線で ルカも気づいたが、ニナだ。


ニナは、オレらの声で気付いていたようだが

「おまえ、何してんの?」

「ど深夜だぜ、今」と 聞いてみると

「うん、そうだよね... ごめん」と 立ち上がり

教会の門へ向かおうとした。


「いやいや、女のコになった自覚しよーぜ」

「この辺、夜は人気ひとけねぇし

帰るんなら 送るからさ」


「ううん、変な事して ごめんね。

まだ留守だと思ってたから... 」


確かに、駐車場も裏にある。

バスがあるかどうかは 分からんよな。

まだ朱里シュリにも “帰って来た” って連絡してねぇし

もちろん ニナも知らなかっただろう。


留守と思ってたんなら、なんで来て

ひとりで座ってたんだよ...


ルカも、“うーん”... と なっているが

「とりあえず、コーヒー飲もうぜ。自販だけど」

「おまえ、勝手に来といて 勝手に帰るなよ」と

買いに付き合わせることにした。

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