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「結構、久しぶりだよね」

「すぐ会えると思ってたのに、なかなか来なかったからね」


「いやでも、影のこととかさ... 」

「守護天使も居るし、ミカエルからも

聞いてたんじゃないんすか?」


ヴァン神族のマリゼラたちに、エルフっぽい顔で

ムクれられている。

皆、白い天衣のようなものの上に 紺のガウン姿だ。サーコート姿でないのは、寝起きだからだろう。


あれから 召喚部屋で寝て、朝

四郎が学校に行く時に、オレとルカは奈落に入り

影人と重なった人たちの印消しをして、

地下教会から ジャタの島に抜け、ロキの洞窟から

境のウートガルズへ。今は ヴァナへイム。


霧虹を登ると、ミロンの剣の前で 胸に右手を当てて 祈り、前に入った建物に通された。

黄金の床には、前に敷いてもらった白い絨毯が

そのまま敷いてあった。助かるぜ。


長のイブメルの城も 修繕されており

見た目だけなら、ヴァナヘイムは復興している。

ただ、女神や子供の姿は無い。


地下教会に入ったのは 14時頃だったが、

人間世界ミズガルズの時間なら、まだ 朝7時だ」

「やっと来たと思ったら、ずいぶんだよね。

迎える準備も させてくれない」と

マリゼラたちは、あくびしている。


「すまない。バタバタしていた。

俺も昨夜は 妻と共に、重なった者を探していて

先程、皆と合流したところだ」


地下教会に入る前に合流した シェムハザが

輝いて謝り「珈琲にしよう」と、人数分取り寄せると「ありがとう」「君の存在で 許せるよ」と

機嫌を直してくれた。


「朝食を?」と、クロワッサンや ブイヤベース、

オレンジや オムレツも取り寄せている。


昼から、アースガルズでの 話し合いに出席し

夜は なんと、人間世界ミズガルズから ケシュム島へ行く。


けど 夕方までは、ミカエルと ヴィシュヌ、ハティ、トールが、ヘルメスと共に オリュンポス山へ

話し合いに行ったので、オレらは ヴァナヘイムの様子を見に寄った。


「アースガルズでの話し合いには、ロキも行くのか?」


マリゼラが、グミ食ってる ロキに聞いたが

眼だけ向けて 答えねぇ。

世界樹に入って、トールと離れてから

落ち着かねぇみたいなんだよな。

「神父」って呼んで、ジェイドに べったりだ。


「怒ったのか?」


一口分 千切っていたクロワッサンを皿に置いて

マリゼラが、長テーブルを回り

ロキの背後に来て、肩に腕を回した。


「アースガルズには、変身しないと 入れないだろう?」


「ここに居たって いいんだよ?」と

向かいに座る 青白の髪のヤツも、慈愛の顔で微笑んだ。

子供扱いにも見えるが、本人たちは

「優しくし不足」だと言う。


マリゼラたち ヴァン神族は、守護天使たちや

時々来る ゾイに癒やされ

「女神たちや、子供たちが居ないのは寂しいけど

心は落ち着いてきたよ」

「誰かに 優しくしたいんだ」らしい。

思ったまま 口に出すし、術は すげぇけど

元々 こういう性質のようだ。


「イヤだね。俺は、こいつ等と居る」


「そうか... でも、気が変わったら言ってくれ」

「オレンジを剥いてあげよう」


シェムハザ程ではないが、ヴァン神族も輝く。

多少 ボティスが引いているけど、優しいよな。


「どう過ごしてた? 何か変わりは?」


シェムハザが聞いているが、ミカエルや ゾイも

何も言っては なかったので、事件などは起こってないだろう。


「特にはね。

女神たちに会いに、冥界ニヴルヘルに行ったりしてたよ。

自由な霊を取られているけど、話し掛けると

全く反応しない訳じゃないんだ。

これからも通うよ。

子供たちも、エデンで回復してきてるみたいだし、やっぱり母親とは 会わせたいからね」


ヴァン神族の子供たちも、神人の子供たちも

まだ エデンに居る。

イヴァンという男の子は、キュベレやソゾンと。


青髪のヤツが、櫛形に切ったオレンジの 皮と身の間にナイフを入れ、食べやすいようにして

ロキの前に その皿を置くと

「しかし、人間世界ミズガルズの影が無くなるとはね... 」と

言った。


「影人ってやつの事も聞いたけど、俺等には

重なってしまった人の判別が出来ないんだ。

額や瞼に そいつの眼が出るようだね。

人間世界ミズガルズでは、魔人が頑張ってくれてるよ」


「影人についてだが... 」


ボティスが、昨日の写本の話を聞かせている。


「へぇ... 神殿ねぇ。なんで噂も聞かなかったのかな?」

「“夜国の民” も 初めて聞くよ。

まぁ 俺等は、あんまり人間世界ミズガルズに降りないしね。

小人族ドヴェルグや 巨人達なら、何か知ってるかも」


けど 北欧とペルシアは、結構 距離があるしな...

エラムの人たちが、コーカサスまで行っているが

小人の行商人と会ったりは してねぇんじゃねぇのかな? 一応 シェムハザが

「話を聞いてみたい」と 言うので

青白の髪のヤツが 小人国スヴァルトに付き合うようだが。


巨人世界ヨトゥンヘイムは、やめておいた方がいいね。

行くなら ミカエルやヴィシュヌが戻ってからの方がいい。もし情報を持っていても、簡単には教えないと思うよ」


「うん、行く必要はない。

ウートガルザは、どうせ嘘をつくからな。

情報を持っていても 持っていなくても

“情報と交換に”... と 何か要求して、嘘を教える」


ロキが 言い、眉間にシワを刻んで

「それで お前は、いつまで俺に 密着してるんだ?」と、肩を抱きっぱなしだった マリゼラに

向いている。マリゼラは、ロキの肩を 二度たたき

「落ち着いたようだね」と、笑顔で離れた。

何だろう? 美の種族って

“俺ら 美しいから余裕ある” みたいな空気を感じる。


「今日の、アースガルズでの 話し合いには

イブメルも来るのかな?」


長テーブルを戻って来ながら言う マリゼラに

「ベルゼと共に 出席する予定だ」と

ボティスが答えている。心配なんだろうな。


「それなら、俺は話せるね。

ヴァナヘイムからは、俺が出席するから。

本当なら、イブメルの代理を務めるのは いつも

ミロンだったんだけど」


ミロンを失っただけじゃなく、身体が 一部ガラス化している 兵士だちも、行方不明になっている。

鉄森イアールンヴィズの 魔女たちも。

全員、キュベレやソゾンと 一緒に居るのかどうかも 分かってもいない。


「君も、何か悩んでる? ジェイド だっけ?」


マリゼラが突然、ロキの隣に座る ジェイドに

声を掛けた。

「シェムハザには劣るけど、美しいから覚えていたよ」と、爽やかに微笑っている。


ジェイドの方は「いや、大丈夫だよ」と

見つめていた コーヒーカップから眼を上げたが

地下教会に降りる前に、教会に寄ると

何故か ニナが居たんだよな...

助祭の本山さんと 話をしていたようだ。


『司祭』と、長椅子を立って

教会の通用口から入ったジェイドに

本山さんが近付き

『出られるんですか?』と 聞いた。


『はい、また しばらく教会を空けることになりそうなので、黒い影の人のことなどで 相談がありましたら、ゾイに連絡いただけたらと... 』


ジェイドが答えている間に

『ニナじゃん』と ルカが ニナに寄る。

『どーしたぁ?』と、うるさくし

『シイナは?』と 朋樹も寄って行った。


『うん、今日は別々。っていうか、最近は ね』


シイナと 一緒に居ねぇのか。

あいつ、カリカリしてたからな...


『シロちゃん、元気?』


『四郎? 元気だぜ』

『まだ学校。時間的に分かるだろ?』


ルカたちが話す間に、本山さんが 声を潜め

『... お知り合いの方ですよね? 先程いらしたので

“ヴィタリーニ司祭を お呼びしましょうか?” と

伺ったのですが、“いえ... ” と 答えられ

“何か、聖書のお話をして欲しい” と 仰るのです。

お悩みがあられるのか、落ち着かれていらっしゃない ご様子なのですが... 』と、ジェイドに話している。

もしかしたら、呪詛の影響が 薄まってきたのか?


『そうですか...

ですが、僕だけが知り合い という訳でも

ありませんので』


本山さんに答えている ジェイドの横顔を見ると

召喚部屋の寝室で、朝... というか 昼の寝起きに

話した時と 同じ顔をしている。

いろいろな気持ちを 抑え鎮めているような

傷ついているような表情だ。


『ニナさぁ、シイナから シャドーピープルの話とか、夢の女リリの話とか聞いた?』

『対処法も聞いたか? 影人と同じ形の人 見たら

肩とかに触れろよ』


『また、お仕事で どこかに行くの?』


『おう、四郎もな』と、朋樹が答えた後に

『だーって、オレらんとこにも 夢の女 出てさぁ。

もう、すっげー いい女でー。

けどまだ 終わってねーからよ』と

ルカが要らんことを 言い、さらに

『おまえ、オトコとは どうよ?』とも 聞きやがった。


『別に、男って 訳じゃ... 』


ニナは、ジェイドに 眼を向けないように

気をつけてるように見える。


『でも おまえ、駅前で嬉しそうに 手ぇ振ってきたじゃん。オトコと居たのに』


ルカが まだ言うと、朋樹が “えっ?” って顔になった。朋樹は 知らなかったんだよな。


すぐに表情を戻すと、ルカに

『なんで おまえが妬いたみたいに 言ってんだよ?』と、笑って牽制している。

呪詛の影響が薄れてきたところなら、刺激しない方がいいと思ったんだろう。


ルカはルカで、ニナの思念を読んでいるように見える。これは 揺すった方がいいのか... ?

けど オレら、また ちょっと留守にするのに

大丈夫なのか?

ジェイドは、口を出す気は無さそうだ。


『だーって、オレ なんでも妬くしぃ。

今ここに ミカエルも居ねーしぃ』


そういや ゲイだったな。忘れてたぜ。

で、いきなり『なぁ 泰河』と 投げてきやがったが

『おう、妬く妬く。

ニナに男が出来て、なんか つまんねぇ。

これ別に、朱里がどうの とか関係ねぇからな』と

ノッておいた。


『男じゃ... 』と、また言いかけた ニナに

『うん、そうだな。楽しいかどうか で言えば

楽しくねぇもんな。まぁ、そういうことだ。

終わったら報告に来いよ。祝ってやるからよ』と

朋樹が言っている時に、通用口のドアが開いて

『お前達』『いつまでも何をしている?』と

シェムハザと ボティスの声が呼んだ。


『おう、ごめーん』『今 行く』

『じゃあな、ニナ』


ジェイドが、本山さんに

『それでは 教会をお願いします』と 会釈して

オレらも挨拶すると、そのまま教会を出た。



「そう? 恋に悩んでるように見えるけど」


マリゼラは、理解ある兄貴のような表情だ。

こんな感じでも、勘は良いんだよな。

豊穣や繁栄、平和の神だし、特に こういうことにはさ。


「ルシファーの女と寝たからな。それだろ」


ロキが言うと、マリゼラの眼が “本当?” と

ボティスに動いた。


「不発らしいがな」と、ボティスが頷くと

マリゼラは 顔を引き締め

「それは諦めた方がいい。うちにも居るんだ。

何千年か前に、リリトと寝た奴が。

不発で良かったんだよ。快感の比が違うようだからね。“未だに誰も 彼女を越えない” と言ってる」と、真剣に心配している。皇帝もリリトも怖ぇ。


「だけど話を聞くと、興味は湧くよね。

男としては。ここの女神も越えられない女なんて。いや、女神達も興味を持ってた」


ヴァン神族って、エルフっぽいから

あんまり 男っぽくは見えねぇんだけどな...

まぁ、ソゾンの子供の人数を考えると

オサカンなんだろうが、そういうことに関して

特に 特別視もしてねぇ気がする。

お茶感覚 って言ったら、言い過ぎだけどさ。


「君は、経験ある?

いかにも狙われそうだ。セクシーだから」


マリゼラの眼が ボティスに向く。

ピクっと眉を動かしたボティスに 顔を向けたロキは、ボティスに変身し、真顔で変身を解くと

「イヤっ! 信じられないわっ!」と 女子化した。

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