34


「面白いね」


ヴィシュヌが、楽しそうに言っているが

「でも、そんな話 まったく聞いた事ないよ。

ヴィシュヌやミカエルが知らないのも おかしくない?」と、ヘルメスが ジェイドにマンゴスチンを渡して 皮を剥かせている。


「うん、聞いたことないな」と頷く ミカエルは

またハティに 名前を呼ばれて

「まだ、今のところまでしか読んでないんだぜ」と 言いながら、本を渡した。


「でも、ネイトロは

“異教神避けしてあった” って言ってたぞ」


ロキは、トールと バビ グリンだ。

肉 好きだよな。


「司祭が消えて、どうなった?」


本を開く ハティの隣に居る朋樹を移動させて

ボティスが ページを覗く。


「光る眼の方々が 歓声を上げ、神殿に入って行かれたようなのです。

調査を されておられた方々や、案内をされたインダスの方々は、岩影に集まり 観察を続けましたが

神殿からは 誰も出て来られず、夜が開けると

神殿が消えてしまった と... 」


「入っていった奴等ごとか?」


トールが、四郎にも バラのブロックを差し出すと

「そのようです」と

皿 持って 受け取りに行っている。


話 聞いてる間に、ナシゴレンとルンダンで

腹いっぱいになってきたので、ヴィシュヌのワインを注いでから、コーヒーを淹れに カウンターに立つと、ボティスに退けられた 朋樹も

「ワイン」と言われて 取りに来た。


「夜が明けると、調査をされておられる方々は

泉や幕屋などを調べられ、足跡も見られておったようですが、砂の上に残った黒い足跡に触れても

何も指に付かずであった と。

幕屋の中には、麦のパンと泉の水で作った麦酒の瓶の幾つかや、祭壇の燃料となっておった 木の枝や 乾燥した草、オリーブオイルが入った土器などが あっただけであり、駱駝や羊の家畜などは

調査の方々とは逆に位置する岩山の影に 柵を設け

放してあったようですが、朝は自ら 水を飲みに来た と、ありました」


「ふうん... 神隠しみたいだな」


赤二本と 白一本の栓を抜きながら 朋樹が言い

「影の事は、何か書いてあった?」と 聞いているが、「まだ途中ですので、先には 書かれておるやもしれませんが... 」ということだ。


「オアシスは、無くならなかったんだ」


ミカエルに「マシュマロ」と言われた ルカも

立ちながら 四郎に聞くと

「はい、あったようなのです。

調査の方々は、その夜まで残っておられ

再び出現した神殿に、足を踏み入れられておるのです」と 答えている。


「えっ、また出たんだ」と言った ヘルメスに

「はい。深夜頃だったようですが

神殿と消えられた 光る眼の方々は 出て来られなかったので、調査の方々が なかうかがい、侵入しておられるのです」と 話し

オレが ルカに、カウンターの棚から取った

マシュマロを渡している間に

「そして そのまま、出て来られぬであった と」と

神妙な顔で、一口大にした バラ肉を食った。

オレは、四つ並べたサイフォンの 下のガラスに

沸かした湯を入れ、フィルターをセットしているところだ。


「えー、調査の人 全員?」


「はい。神殿には、扉などは無く

日干し煉瓦で建てたものであったようですが

星明りの入らぬ内部は、真っ暗だったようです。

幕屋に残っておった木の枝先に、オリーブオイルを付けた草を巻き、火を点け、なかを照らして見ても 無人であったようで、侵入されておられます。

暫く経っても 出て来られず、神殿の外の壁に描かれた絵や文字を 見ておられた方々も

仲間の様子を見に、神殿に入られました。

家畜を見ておられた 奴隷の方々と

幕屋で休んでおられた案内の方々が、不審に思い

神殿に近づいたところで、朝日が差し

神殿が消えた... と」


「ああ、それで、残ってる記録が インダス文字なんだ。エラムの人たちも 関わってくるんだね」


ヴィシュヌは、そっちに納得しているが

水が湧くとか 神殿とか、人が 一緒に消えた... って

大事件だよな。

だから 記録が残ってるんだろうけどさ。

フィルターをセットしたロートに コーヒーの粉を入れると、ランプに火を点ける。


「調査隊の奴隷の方々は

“戻って どう報じるか” と 悩まれました。

光る眼の方々に近づくことは、同じ国の方々に

良く思われておりませんでしたので。

“主人等をおいて逃げた” と、責められる事も

考えられます」


案内をしてくれた インダスの人たちに相談してみると、“砂嵐か 盗賊にあった と言えば?” という

意見が出たが、それでも 自分たちと家畜だけが戻るのは どうか... って ところだよな。

自分たちが仕えていた 主人たちも消えてしまった。


「“では、此処で暮らしては?”... と」


ここ... オアシスだ。

気温は高いが、水のおかげで 過ごせない程ではなく、棗椰子や草も生え、幕屋もある。

連れて来た家畜と、光る眼のヤツ等が残した家畜もいる。

砂漠周辺で、泉の真水を使って交易すれば

穀物なども手に入るだろう。


インダスの人たちは

“あなたたちの事は、他言しないが

オアシスの半分を 自分たちに利用させて欲しい。

一度 国へ戻るが、必要なものがあれば援助しよう” と 申し出た。

交易の中継地点として、砂漠のオアシスの価値は

でかい。“あの神殿についても調べたい” という

興味も出ていたようだ。

調査隊の奴隷の人たちは、オアシスで暮らすことになった。


「そして、インダスの方々は 一度戻られた後

交易に出られる度に、オアシスにも行かれており

夜に出現する神殿の絵や文字を、粘土板に写されておるようですが、インダスの方々も

残られておった メソポタミア方面の奴隷の方々も

神殿には 決して立ち入らぬようにしておられたようです。

神殿の壁には、知らぬ文字も多かったようで

解読しようと試みておられました」


コポコポと音を立てる サイフォンの火を消し

カウンターに、人数分のカップを並べていると

ジェイドとルカ、朋樹が コーヒーを取りに来る。


「神殿の写しの文字は、私も解りませんでした。

意味が入って来ぬのです」


「四郎が読めないんなら、地上で使われた文字じゃないんじゃないか?」


カウンターから、両手に 二つずつのカップを取って ジェイドが言う。

四郎は アバドンの書庫を見た時、天の本は読めなかったんだよな。


「じゃあ、どこの文字だっていうんだよ?」


ジェイドから カップを受け取った ミカエルが

マシュマロを突っ込みながら、眉をしかめたが

開いた本に 視線を落としたままの ハティが

「我も知らぬ」とか 言った。


「嘘だろ?!」と、ミカエルが ハティに向くと

ボティスも「お手上げだ」と 顔を上げ、ルカから

コーヒーを受け取っている。


「それなら多分、誰にも読めないね」


ヴィシュヌが肩を竦め、トールや ヘルメスも

「オージンでも無理だろうな」

「他の神界に行っても ムダ」と 本を見もせず

あっさり諦めた。

「オージンも、“解らないから ハーゲンティに相談に行く” らしいからな」と、ロキも言っている。


「だったら、神殿には 何のために

絵や文字が 記されていたのだろう?」


サイフォンを洗う間に、ジェイドが言うと

「魔法円とか 霊符みたいなもんじゃねーの?

人ごと消失するんだしさぁ」と ルカが適当に返したが、もしかすると そうかもしれねぇよな。


「絵にしてもだ、人間らしき腕や脚を持つ 頭部の部分から、逆さの胴体が生えているものや

背中から 頭と腕が生えているものなど

得体の知れんものだ。

麦や牛のような絵もあるが、何を描いているのか

解らんものの方が多い」


サイフォンを洗い、自分のカップを持って戻った

オレを、バチっとした眼で見上げた ヴィシュヌが

「ニビル?」と 聞くので、笑っちまった。

ニビル星の文字や絵? ということだろう。

バカでかい盆の上の皿は、半分くらいが

揚げバナナや アイス、バルフィや クロポンが載ったものに変わっている。


「その後ですが

インダスの方々が オアシスに向かわれたところ

忽然と、すべてが消えていたそうなのです」


「すべて?」

「奴隷の人たちも?」


「はい。家畜や幕屋などもです。

しかし、オアシスの泉は残っておったので

場所などに 間違いは御座いませんでした。

その泉も みるみると狭まり、水は 砂に沈み

夜明けまでには無くなってしもうたのですが。

残ったのは、儀式で使うておった 麦酒の大瓶のみでした。黒い足跡も、砂に洗われたように 消えておったようです。」


えぇ... マジか...  消えるのは 神殿だけじゃなく

いずれオアシスごと 消えちまうのか...


「足跡は、それまで ずっと残ってたんだな」


朋樹が 不思議そうに言うと

「はい。そのようなのです。

ですが、儀式で 司祭の方が消えられてから、

足跡のことに触れられておったのは

この “消えた” という記述のみで御座いましたので

特に分かった事も無く、“足跡までが消えておった” という程度の印象を受けました」と 答えている。

足跡が消えるまでは、もう注目もされてなかったのだろう。


「なんで、消え方に 違いがあるんだ?

最初から オアシスごと消えりゃあ早いじゃねぇか」


トールと バビ グリンの大皿を空け

コーヒー片手に クロポンの大皿を取ろうとする

ロキが聞くが、四郎は まだバラ肉を食いながら

「私が読みましたのは、この辺りまでなのです」と 返した。


「クロポンの独り占めは やめろよ」

「そうだよ、ロキ。そろそろグミでも食ってろよ」


ミカエルとヘルメスが、いつもの調子に なりかかったが、ヴィシュヌが

「確かに、神殿に入って消えた人たちと

後で消えてしまった人たちの 違いは気になるね」

と、クロポンの山盛りの皿を 二皿取り寄せてくれた。四郎の前には、マンゴスチン山盛りだ。

話しの戻し方 うまいよな。


「有難う御座います」と 笑顔の四郎に

ヴィシュヌも 笑顔で応えているが、ハティが

「インダスの者等が、麦酒の瓶を持ち帰っている」と、開いた本に 視線を落としたまま言った。


「その後、神殿の絵や文字の解読を続けているが

特に情報は得られていない。

また 夜国の民を捜し、三日月形の泉も探しているが、現れることは なかったようだ。

長い年月が流れ、夜国の民や オアシスの事は

忘れさられた。

しかし、セム語派 遊牧民の侵入による

古バビロニア王国が 建国、

“ハンムラビ王が メソポタミアを統一した” とある頃... 」


大まかだが、紀元前 2000年頃から 前 1500年頃だ。

バビロンは、現イラクの中央くらいの位置で

ユーフラテス川とチグリス川の間。

その南、ペルシア湾の近くにあった シュメール人たちの分立国家、ウル、ウルク、ラガシュも

統一で ここに含まれた。


「... 麦酒のかめから、水が溢れ出し

インダスの モヘンジョ=ダロを 飲み込んだ」


「ああん?!」

「嘘だろ?!」


モヘンジョ=ダロは、現在も遺跡が残る。

パキスタンのインダス川沿いにあり、

道路や建物も、煉瓦によって直線や直角に造られた 整然とした都市だった。


遺跡のあちこちで、倒れて亡くなったかのような人骨が 見つかっていて、短期間で滅亡した と みられている。前 1800年頃のことのようで

“洪水に飲まれて滅亡したのでは?” 説 があるが

高熱を浴びた跡がある遺骨や場所も見つかっている。


「しかし、それが滅亡の原因ではない。

飲み込んだ とはいえ、最大水位は 成人の腰の高さ程だったようだ。死者も無かった。

結局は、その後 滅亡しているが。

麦酒の瓶は、モヘンジョ=ダロの ある家に安置されていたが、その家から 50キュビト程の位置にいた人間が消え、黒い足跡が残った」


キュビト... 聖書にも出てくる単位で

1キュビトは、だいたい 50センチメートルくらいだ。

麦酒の瓶の家から 半径 25メートルくらいの範囲に居た人たちが消えた... ってことか。


「あの辺りは、アーリア人が入って来る前は

シヴァを信仰してた土地だったから。

その頃の... ... の時に、ヴィマ... 戦... で 巻き込まれて... 」


ヴィシュヌでも 制約は掛かるらしい。

天の人間守護は 強固だ。


「うん、ダメだったね」と 言いはしても

さほど残念そうでもない ヴィシュヌは

「また足跡が残ってたんだ。何だろうね?」と

元の話を ハティに振る。


「麦酒の瓶は、“夜国の瓶” として 言い伝えと共に

知る者が多く、宝のように扱われていた。

だが 水が引いた後、どこを探しても

瓶は見つからなかった」


ここから また、夜国の民の研究が始まったようだ。麦酒の瓶と 一緒に、人が消えちまってるんだもんな。


「人々は、周辺の国にも協力を仰ぎ

ペルシアの高原中に散って、夜国の民を探した。

遊牧民化した者たちもおり、幾世代にも跨ぎ

ようやく情報が得られたのは

コーカサス方面から アーリア人等が入って来た頃だった」


コーカサス地方... 黒海とカスピ海に挟まれた地域で、東西に コーカサス山脈が走っている。

北コーカサスは ロシア連邦の 一部、

南コーカサスは、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア の 三ヵ国がある地域だ。

アーリア人と呼ばれる人たちは、この山脈の向こうから、ウクライナや ルーマニアを越え

欧州に移動した人たちもいるが

ペルシア高原... イラン高原を越えて来た人たちは

前 1000年頃には、インドに定住している。

けど、入って来た頃なら 前 1500年くらいだろう。


そんなに長くかかってまで

夜国の民や瓶を探す ってところには

執念というより、執着のようなものを感じるが

瓶から水が溢れ出る とか、奇跡だもんな。

特に、砂漠もある乾燥した地域なら

昔 人がいなくなってしまった ということより

水が湧く瓶の魅力に 取り憑かれたんじゃないか

という気がする。


「高原南西、ペルシア湾沿いのハルタムティ...

エラム地方の者が、“光る眼の集団がいる” と」


エラム人... ハタミや ハルタミと名乗っていた人たちは、メソポタミアの南東... チグリス川を越えた

イラン高原の南西部で 暮らしていた。

この人たちも、言語の系統が周囲と違うため

出自が分からないと いわれている。


「詳しく話を聞くと

“砂漠近くの交易の場に着いた際、木藍もくらんを持つ者は いないか? と 聞きに来た” という。

商人等が集まる場所であったため

夜間は それぞれが立てたの幕屋の中央に

火を炊いている。

“火の灯り近くで 光ることはなかったが

灯りの離れた場所では、眼が光っていた” と」


「また 木藍?」

「儀式に必要なようだな」


クロポンの後に、また ルンダンや サテ

肉を食い出している ロキとトールが言っているが

ハティは 軽く頷いて、本のページを繰りながら

話を進めた。


「エラムの者等は、その交易で 木藍を手に入れていたが、“バビロニアに売ろう” と 考えていたため

譲りはしなかった。

だが 夜国の者等は、幕屋に置かれていた木藍の束を 目に入れており、深夜 盗みに入ったようだ。

エラムの者等が 気付いて追ったが、

砂漠近くには 多数の光る眼の者等がおり

恐れを為して その場は後退した」


エラムの人たちに

“何故 光る眼を探している?” と 聞かれた

インダスの人たちは

“代々 伝わる瓶を盗まれた” と、嘘をついた。

光る眼の人たちの居場所を突き止めて

その場に 瓶があった場合

“自分たちの瓶だ” と 主張するためだろう。


「どちらも 物を盗まれた。

話しを続ける内、“盗人の集団だ”、“処罰を”... と

息巻き、インダスの者等は、エラムの者と共に

光る眼の者等が消えたという、ルート砂漠へ入った。この時にも、神殿が出現している」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る