30


「完全 なぁ... 」


あの後も、ミカエルが 男と話していたが

“完全” が 何なのか、全く要領を得ず

オレやルカに、“間違っている” と うるさかったので、天狗アポルオンが 奈落での記憶を消し、悪魔の監視をつけて、ゲートの外へ帰した。


さっきのヤツみたいに、融合しちまったヤツは

もう、何人も居るんだろうな。

重なった事に気づかれなかったりもあるし。


「でも、見分ける事は 出来るね」と

ルカのスマホを持って、天狗が言う。


さっきの男と ミカエルが話していた時に

退屈になったロキが、ルカの仕事道具入れから

スマホを取り出すと、蟷螂頭の悪魔や天使を撮って、『写らない』と つまらそうに男も撮った。


けど、フラッシュを反射した男の眼は

青味がかった銀色に光っていた。

撮れた写真の眼も 青銀に発光している。


「うん。光を当てて、眼が青銀色になったら

融合した奴だな。あとは、戻し方だけど... 」


新しい麦酒の瓶の蓋を開けながら

ミカエルが ため息をついている。


別に門を開けて、守護天使たちや イゲルを喚び、

見分け方は教えたけど、眼が青銀に光るヤツを

見つけても、今のところ 監視するしかない。


「けど、ゾイはさぁ... 」


筆で印出しをしながら言った ルカが口籠る。

“もう 分離出来ない” って 言ってたもんな...


「でも、着実に阻止 出来るようになってる。

融合しちまっても、混ざった奴だけ燃やすとか

元に戻す方法は、何か あるんじゃないか?」


ロキ、前向き っていうか 楽観的だよな。

「混ざったヤツだけ って、どうやってだよ?

憑依じゃねぇんだぜ」と 聞くと

「でも人間は、病気になっても治るだろ?」って

返ってくるしさ。


「ウイルスや細菌じゃないからなぁ」

「混ざった っていうか、別のものになる って聞いたけど」

「重なった瞬間は、人間の方も 一瞬消える って」


天狗に「飲んでいいよ」と 言われた 天使と悪魔が

麦酒ビールを飲みながら 話しに参加して、

オレや ルカの手が空くタイミングで

「はい」「今 飲んだら?」と、コーヒーを渡してくれる。親切だぜ。


「霊体が何かと融合したんなら、やっぱり 祓いに

なるんじゃないの?」

「浄化とか? みそぎっていうのとか?」

「呪詛解きとかは 違うのかな?」


「“完全” っていう 相手... というか、何か なのかな? それの事が分かれば、もう少し 解決に近づけるんだろうけどね」


テーブルに 片手で頬杖を着いて言った 天狗アポルオン

「アバドンの書庫を、もう 一度 洗ってみましょうか?」と 蟷螂頭の悪魔が聞きながら

グラスにワインを注ぐ。

少し前までの奈落とは、大違いだよな。


「でも 影人の事や、それを統率してる奴の声は

俺等だけでなく、悪魔達も 聞いた事ないんだぜ?

こんな事態になった事も ないし」


また 新しい瓶を開けながら、ミカエルは不機嫌だ。地上で 勝手な事されてるしな。

ロキが 麦酒ビールをグラスに注いで

「食えよ」と グミの開いた袋の口も向けている。

オレも ルカも、手ぇ上げっぱなしで 前腕が張ってきたぜ。もう 200人は戻せたと思うけどさ。


「あの男は、“完全なんだ!” って イッちまってたけど、“声”... 結局、言葉を使ってる時点で

聖父よか下 ってことだろ?」


天狗たちにも グミを 一粒ずつ取らせながら

ロキが ミカエルを宥める。

... “初めに ことばがあった”...

確かにな。

言葉を使っている以上、聖父の創造物だ。


“意志じゃない” と 言っていたのが、イマイチ解らねぇけど、オレやルカがしている事に抗議してるんなら、思考は している。


「なぁ、さっき ウイルス って出たけどさぁ

影人って、やっぱり似てね?

なんか上手く言えねーんだけどー」


筆を揮い過ぎたのか、ほけっとした顔で ルカが言う。


「ほら、レトロウイルス? だっけ?

DNAに逆転写が どうの... ってさぁ」


だいぶ疲れてんな。DNAとか 言い出したぜ。

ウイルスは 確か、DNAしかない とか

DNAがない んだよな。

自分じゃ蛋白質を複製出来ねぇから

他の生物の細胞に寄生して 増殖する。


ルカが言ってるのは、RNAウイルスの 一種だ。

普通 情報は、DNAからRNA... で、蛋白質が作られるけど、話しに出てる レトロウイルスは

RNAからDNAに逆転写して、情報を書き換えちまう。桃太が そう言ってた。


... おっ?!


「影人が、宿主の情報を書き換える

レトロウイルス?」


今 オレが言いたかったのに、ミカエルが言った。


「そ。なんかさぁ、“ウイルス” とか

自分たちが知ってるもの っていうか、身近なものに当てはめてみた方が 解りやすいしさぁ。

細胞内で起こってる っさいことが

でっかく起こってるんじゃねーのかなぁ って。

細胞じゃなくて、霊体に だけどー」


5人の眉間から模様を出して

「で さぁ、さっきの人が、“ひとつ” って 言ってたじゃん。影人の素って、全部同じ なんじゃねぇの?」


「解んねぇ」「それは、俺も解らん」

「何 言ってるんだ? 少し休憩するか?」


オレだけでなく、ロキや ミカエルにも言われているが、「いや、影が なくなったじゃん」と

余計に 解らねぇことを言い出す。


「けど 影は、こうやって

重なった 影人を消しちまえば、戻るだろ?

なら、隠されてるんだと思うんだよなぁ。

“どこに” とかは 分からねーけどー」


「影は、影人を出してる と思われる “完全” が

隠してる... って事?」


天狗が聞くと、ルカは「そ」と 頷き

「影をさぁ、人間の型取りに使ってるんじゃね?

完全 ってやつ自体が、影人みたいな霊体で

自分のコピーを、人間のピッタリ型で作って

侵略。

または、すっげー でかい霊体で、そいつの 一部で

影人を作ってるとか。

融合しちまったら、半分は そいつになるだろ?

元々ひとつ。全部で ひとつになる... って 考えたんだけどー」と、筆を動かす。

騒がしくなかった間、一応 いろいろ考えてたんだな。


「影人自体が “完全” だと仮定するとしても

そこまで しっかりした意志が あるのかな?」


ぼんやりとした声で 独り言のように

天狗アポルオンが言う。


「ロキが 分離させた、ライリーって人を見てて

思ったんだけど、影人は ただ、元の霊体... これは もう、“宿主” と呼ぶけど、宿主の情報を繰り返していただろう?

名前、家族、学校や会社という社会的なことを。

その情報には、思いや感情、心が含まれない。

だったら、以前と同じ言動や行動も出来ない。

“こういう時は、こう考えて こうするだろう” って

予測が立たないからね。

宿主に成りすます事も出来ない」


「うん」

「その辺、甘いよな。

どうせ 成りすませねぇんなら、最初から

宿主の情報を読む必要もねぇだろ」


返事をした ミカエルとロキに

「そう。絶対 すぐに、ボロが出ると思う」と

同意した 天狗は

「でも、影人側で考えてみる事にして

ウイルスのように、寄生する必要 があって

寄生してる... とする」と、話を続ける。


「ウイルスみたいに、増殖のため って訳ではないと思う。これだけ居るから。

じゃあ 何故か... というと、意志を持つため じゃないのかな?」


「えー、どーゆーこと?」

「重なってない影人の時は、意志がない ってこと?」


ルカと聞くと

「そう。“影人が” 完全になるために

人間に重なってるんじゃないのか?... と 考えたんだ」と 答え

「あの男は、完全の声が “中から言ってる” と

話してたから。

完全が 外側に居るなら、人間の中から ばかり

話さないんじゃないか?... と 思うんだけど

どうかな?」と、周りに聞く。


「つまり、まだ人間に重なってない時... 寄生していない時は、意志がない と?」


蟷螂頭の悪魔の ひとりだ。

悪いけど、この人たちの見分けって つかねぇんだよな。みんな同じ頭だしさ。


「うん。情報を読んで、意志も獲得してるんじゃないか って気がするんだ。

ルカの考えも取り入れて考えてみると

完全って呼んでる霊体は、“ただ在るだけ” なんだ。そこに、誰かが 影で形を与えて影人にする。

その型の人間に引き寄せられるように、出現するけど、重なるのは 本能的なものなんじゃないかな? まぁ、昼間は 出現も上手く行かないみたいだけど」


「誰かに与えられて って、キュベレ?」と

聞いてみると

「可能性は高いと思う。キュベレやソゾンが使ってる誰か かもしれないけど。

儀式酒が麦酒の神とか、それを崇拝する人間とか」と 頷き、

「そこを叩かないと、終わらないかもね。

影人が出た時に 手を取ったりして、その場で重なる事を阻止しても、その人の影が戻ってなければ

また出るんじゃないかな?

昼間 出て消える影人も、また出るかもしれないし」と、イヤな推測を披露してくれた。


「あり得るよな。カフェで、泰河が消しちまった

影人は、もう出ねぇんだろうけど」


グミをツマミに麦酒ビールを飲む ロキが言ってるのは

断末魔の声を上げて消えたヤツだ。

ロキたちは、声が 破裂音で聞こえてた。


「泰河が 全部消すか、重なる都度 これをやるか

元を叩くか か... 」


あり得ねぇ。

世界中に出るし、一生かかっても終わらねぇ。

元を叩いて 影を取り戻す 一択だろ。


「元を叩くまでは、これを やる事になるけどな」と言う ミカエルに

「オレら、ずっと奈落勤務?」と ルカが聞くと

「重なっちまった奴はな。

仕事や学校に行くまでは 大丈夫だろうし

時間は決めるけど、朝やる」ってことだ。


「影人の霊体は、一体 何なのか... っていうのも

気になるね。

人間に入っていない状態だと、自分の型の人間だけしか 認識しないし。

本当なら、地上に顯れないものなのかな?

だからって、天でも 地界のものでもないし

どこに属してるのかは 分からないけど」


「泰河は消せるけど、影人は 泰河... つまり獣も

認識してねぇよな。

獣自体は、ミカエルにも見えねぇんだろ?」


天狗アポルオンと話しながら、天使から渡された 新しい麦酒ビールの瓶を受け取って ロキが言うと、ミカエルは

「うん、見えない。一度 死んだとか、地上に属した事が あるような奴じゃないと見えないんだ。

ロキも 天狗アポルオンも見えるだろうけど」と

拗ねた声で答えている。


ロキは、巨人から アース神族になった。

今は 世界樹ユグドラシル自体も出て、現在 地上に属している。

天狗は、日本の地上荒神から 奈落の支配者へ。


「それは しょうがねぇだろ?

ミカエルだからな。天以外に属せるハズがない。

でも ミカエルは、泰河に獣... 何かが混ざってる事は、言われなくても分かる。

影人は、もう 驚異だと解っているはずの 泰河を

認識しない。

なら、“影人同士は連絡し合わない” ってことになる。他の影人が、人間に重なる前に 破裂音出して消えた事も 知らねぇみたいだしな。

虫でも、フェロモンで仲間に情報を伝える というのに だ。

さっきのイッちまってた男は

“人間の中に居る影人” の、“やめろ” という

明確な意志の声を聞いてたけど

天狗が言うように、影人の霊体のみの状態なら

意志や意思もねぇんだろ。

人間に重なってから、判断したり考えたり って事を始めるんだ」


「何 ロキ? まとめ?」


新しく開いた門から 悪魔と出てきた人の眉間に

筆を付けながら ルカが言うと

「そう。つまり、恐るるに足らず ってやつだ」と

返している。


「あとは 混ざりもんだけ抜けりゃあ、対処は完璧。影人の霊体の事が これ以上解らなくても

キュベレやソゾンを探せば、大元も出て来る」


簡単に言ってるよな... とも思うが

複雑にする必要もねぇんだよな。

だいぶ 影人の事も解ってきた気がするしさ。


けど、急に 大人しくなったな... と

影が戻って、悪魔と 門から帰って行く人から

ロキに眼を移すと、ようやく注いだらしい麦酒ビールのグラスを持って、ミカエルと 眼を合わせている。

オレに向いた ロキが「当たり」と 笑った。


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