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「ヴァナヘイムは、どのくらい復旧したかな?」


「術でやるだろうし、守護天使たちも居るしさ。

もう、かなり 修復はされたんじゃねぇの?」


「うん、まぁ 町は そうだよなぁ。

兵士たちは、寂しいだろうけどさぁ」


沙耶ちゃんの店のテーブルで、ロールケーキ食いながら、ジェイドやルカと 話していると

「私も、夜に 行って来たよ。

あの、ミカエルと... 」と、ゾイが 照れながら

コーヒーの おかわりを注ぎに来てくれた。


ミカエルは、まず天へ昇って 第七天アラボト

キュベレや世界樹ユグドラシルのことを、聖子に報告し

ここに、エッグタルトを食べに寄って

次は エデンで、子供たちの様子を見て

深夜戻ると、エステルを喚んで ゾイを連れ出し

一緒に ヴァナヘイムの視察へ行った。


「建物は、ほとんど直っていたけど

女神たちも 子供も居なくて、ヴァン神族たちは

寂しそうだった」


ゾイが、ヴァン神族の兵士たちの背に

手を当てて癒やしても、兵士たちは 焼かれなかったようだ。


「身体が 悪魔ゾイだからかな?」


天使ファシエルの姿に 戻らなかったの?」


ジェイドが、不思議そうに聞く。


「うん。最初から

“ヴァン神族を癒やしてみてほしい” って

ミカエルに言われて、話し合って、その...

手を繋いだり とかは、控えていたから... 」


真っ赤になっちまってるじゃねぇか。

「うん、そうなんだ」と、ジェイドが微笑う。

オレは、コーヒーカップの中 見ておくけどさ。


冥界ニヴルヘルの女神たちにも 会って来たよ。

ヘルのエリューズニルに、それぞれ 部屋を用意されて

裏の花々の草原や、あの光の雲の空が 見えるように なっていたけど... 」


女神たちは、ベッドやソファーに座って動かず

何も見ていなかったらしい。


「癒やしで、何か 良い変化があるといいけど

霊の半分を取られてしまっているから、難しいね。でも、通ってみる」


「でも、帰りは 手を繋いだぜ?

今もファシエルだけど、天使ファシエルになったんだ」


ミカエルが、カップを持って移動して来た。

惚気ノロケ 覚えたんだ」と、頬杖 着いたルカが言う。

オレを奥に移動させて 隣に座り、ゾイに微笑んだ。


ゾイは、照れて 下を向きながら

「あ... マシュマロ、買っておいたんです」と

キッチンへ 取りに行き

皿に盛ったマシュマロを テーブルに置いた。

ミカエルのカップに コーヒーを注ぎ足す。


「うん、ありがとう」と、また ゾイに微笑って

カップに マシュマロを四つ 突っ込むミカエルに

「はい... 」と、ゾイが照れて 首を傾げる。

カウンターから見ていた ロキが

「あいつ等、何なんだ?」と 沙耶ちゃんに聞いて

「すてきでしょう?」と 返されていた。


「子供たちも エデンで、まだ治療中なんだ」


あふれそうな マシュマロコーヒーのカップを持って

今度は 真面目な顔だ。


「アクサナを目覚めさせてみた。

ラファエルと ザドキエルが、どうにか

シェムハザの眠り術を解いて」


「えっ、大丈夫だったのかよ?」

「ミロンを刺しちまった記憶は?」


「うん。ザドキエルが抜いた。

聖子にも相談して、必要ない と 判断したんだ。

憑依したソゾンが やったことだから」


良かった...

オレみたいに、自分の意志で やった訳じゃない。

本当に 必要がない記憶だ。

それでなくても、いつか

母親の死に 向き合わなくてはならない時がくる。


「ライーサや、他の子供たちと会えて

喜んで 泣いてた。

しばらくは、ラファエルと ザドキエルと

第二天ラキアの 医療の天使たちが、治療しながら様子をみる」


ラファエルと、その配下の医療の天使たちと

記憶を司る天使の ザドキエルは

蛇人ナーガ蛇女ナーギーに 誑かされた人たちの治療や

記憶の調整にも 追われているようだ。


「まだ、アリエルや ラミナエル、アスラたちも

蛇人の対処中。

地界からも、ラミナエル... マルコシアスの軍だけでなく、ベルゼとバラキエル、パイモンの軍が

対処に当たってる」


「終わってねーんだよな... 」と

ルカが、ぼんやり言った。


そうなんだよな...  始まったんだ。


「うん。でも、本当に ずいぶん減ってるし

入れ替わりの場所があっても、もう 蛇人を根絶

出来た土地もある」


ミカエルは、カウンターの沙耶ちゃんに

顔を向けると

「これからの仕事依頼に、“蛇人間を見た” とか

“蛇を孕んだ” というものがあったら

すぐに、俺か ファシエルに報せること。

アコや シェムハザでもいい。

とにかく すぐ動けて、俺に連絡が着く奴に」と

初めて 命じるように言って

「分かったわ」と、沙耶ちゃんが頷く。


沙耶ちゃんは、黒蟲クライシの時に 腹に蟲を入れられた。

その時は、魔人のひとりが 蟲を引き受けて

犠牲になった。


そういう被害にあった人や、あわせた奴のことも

今まで たくさん視ているし

今が、どんな時かも 分かっている。

沙耶ちゃんは、強いんだよな。

そう ならざるを得なかったんだろうけどさ。


こうやって、巻き込んじまって言うことでもないけど、ここに来て、沙耶ちゃんが作ってくれた飯

食いながら、話を聞いてもらうと、やっぱり落ち着く。


「さぁ。もうすぐ 占いのお客さんが来るわ」


沙耶ちゃんが言うと

朋樹が、ロールケーキの皿洗いに キッチンに入り

ルカが カウンターに入って、コーヒーのカップを洗う。

オレは、裏の物置から パーテーションを運んできて、奥のテーブルや カウンター前を区切った。


「占いなら、シギュンも出来るぞ」と 言うロキに

「まあ、教わりたいわ!

私がしているのは、本当は霊視なの。

視えるのは、現在と過去だけよ。

アドバイスを望まれる方には、カードやルーン石を使って、選ばれた物を解説するけれど、

実際は、その方の 考え方や 選択の仕方から

“今は耐えるべき” だとか、“自分の気持ちは伏せて

相手の気持ちを聞いてみましょう” って

状況が悪くならないように 注意してるの」と

小さく 盛り上がっている。


ミカエルが、ブロンド睫毛の碧眼を ゾイに向け

小さく頷いて見せると、ゾイが

「あの、ジェイド。卵を買いに 付き合ってもらってもいいかな?」と 誘って、二人で店を出た。

蝶馬のエステルが、ミカエルの頭に移る。

昨日のニナの話だろうけど

ミカエル、大人になったよな。

ゾイと うまくいってる余裕でも あるんだろうけどさ。


「この場に居て視えるなら、いいじゃないか。

セイズも必要ない。

ルーンは、本来の使い方じゃないけど

まぁ、それは 何でもそうだな。

予言は当たらない。だから、今のままでいいけど

シギュンは、サヤカと話すのは 喜ぶと思う」


「視える といっても、本人を通して視るの。

あなたたちの言う、魂を飛ばして 好きな場所へ行く ってことは出来ないわ... 」


“占いをする者” も、聖書では ダメと言われているが、沙耶ちゃんの霊視力は、本人が望んだものではなく、魔女のように 悪魔と契約して得た力でもないので、ミカエルも見ないフリだ。


ドアベルが鳴ったが、入って来たのは

シェムハザだった。


「あれ? 昼間なのに」

「珍しくないか?」


「店を出すビルを見てきた」


魔人たちが働く チーズとオリーブの店か。

オレ、名前だけ責任者なんだよな。


「うちも、チーズフォンデュを始めるのよ。

ピザと パスタ、ケーキもね。

ベルグランド チーズを取るの」と

沙耶ちゃんも楽しそうだが

「もう、お客さん来るんじゃねーの?」と

ルカが カウンターの時計を指差す。


「心配はない。声を遮断しよう」と

シェムハザが パーテーションに触れて

何語か分からん 短い呪文を言った。


「チーズに関しては、動物検疫の検査証明書を

日本こちらに提出しているところだ。

オリーブオイルは、輸入許可証を取るため

原材料や製造法、衛生証明書などを提出していて

働く予定の魔人達にも、現在、食品衛生責任者資格や、酒類販売業免許の研修を受けさせるなどして、望む者には 調理師免許を取得させている」


「ビストロか何か やるのか?」


カウンターから振り返っている 朋樹が聞くと

「店に興味を持っている 魔人が多い」ので

ビストロに、チーズとオリーブオイルの販売部分と、ワイン店を隣接させる予定だという。


「チーズを楽しむには、当然 ワインがいる。

氷咲ワインと うちのワインを置く」


コースなら、メインとデザートの間が チーズだもんな。ワイン... 酒類は、店で飲むなら良くても

酒そのもの... ボトルとかは、飲食店で販売出来ねぇんだよな。飲食店と酒屋を別にやる必要がある。


「だが ビストロといっても、チーズと、ワインに合う料理を小皿で出す。こちらでいう 立ち飲み屋だ。ワインもグラスのみで出し、料理も 一皿 300円程。物によっては、ワインの方が高くなるが...

まぁ、誰でも 気軽に立ち寄れるような店にし

最初は、六山内に 二店舗 出す」


そう でかくない街で、いきなりか...

違うよな、シェムハザ...


「一店は、カジノの近くだ」


「ま、そーだよなぁ」

「そういう店って、家の近くにあっても

行かねぇもんな」


ドアベルが鳴り、占いの客が入って来たので

沙耶ちゃんが「どうぞ」と、奥のテーブルへ誘導し、ロキが「見学して来る」と、露に変身して

ついて行った。客は、若いの女の人だ。

後ろ姿での判断だけどさ。

朋樹が、占いの料金に含まれる ドリンクの注文を聞きに行く。


「もう 一店は、駅前だ」


「よく借りれたな」

「空き店舗なんかあったっけ?」


「今月末で閉店する、スペイン料理店があった。

その場所だ」


あぁ、あそこか...


「えっ? 広場前んとこ? 大丈夫なのかよ?」と

ルカが聞く。

朋樹が「オレンジジュースだってよ」と

ミキサー 回しに キッチンへ入った。


「なんで、“大丈夫?” なんだよ?

朋樹、俺もジュース」


ミカエルが聞くと、ルカが

「あの場所さぁ、よく 店が入れ替わるからさぁ。

一年持ったこと ねーんじゃねーかな?」と 答え

オレも「何が入ってもなんだよな」と 頷く。


「そうだ。術で、これまでの契約者名簿と営業店歴を出させたところ、美容室、居酒屋、カフェ...

どれも 一年持っていない」


知ってたのか。


「だが、場所も良い。

原因を考えると、思い当たるのは

霊道が通っていた場所 だということだ」


「おお!」と、四郎が眼を見開く。

天狗の時に、霊道 調べたもんな。それでか...


「でも 他の店にだって、霊道は通ってただろ?」


キッチンから出て来た朋樹が、オレンジジュースのグラス 二つを「ミカエルと四郎」と カウンターに置き、また入って行って、今度は 客の分を奥のテーブルへ運ぶ。


「そうだ。しかし、駅前は 人の往来も多い。

広場前ということもあり、店の前は より多かった。店内にも 留まってしまっていたのだろう。

だが 建物も、ミカエルの炙りで浄化された」


シェムハザは「ディル、アイスティーを四つ」と

オレらに オレンジアイスティーを取り寄せてくれた。

ミカエルが炙った時、建物からも いろいろ這い出てたもんな...


「という訳で、後は 店次第だ。

気軽に立ち寄れる雰囲気。美味いワインと料理を提供し、邪魔にならん程度に行き届くサービス」


ワインとチーズ、オリーブとオイルを

城に住む悪魔、アシルとベランジェが 魔人たちに配り、味を覚えてもらい、料理のメニューを考えるなどもしているらしい。


「へぇ... 楽しそうだよな。新しいこと

みんなでする ってさ」


オレンジジュース出して 戻って来た朋樹も

「魔人たちの生活も 大きく変わるだろうしな。

普通に 社会に溶け込んでる人もいるけど、まだ少ねぇし。同じ場所で生きてて、肩身狭い思いして欲しくねぇしよ」と、アイスティーを取って

シェムハザに、いただきます というような

目配せで礼を言う。


黒蟲クライシの件まで、魔人の人たちの存在を 知らなかった。それまでも 一応、祓い屋やってたのにさ。

本当に ひっそりと暮らしてきてたんだと思う。

まだ小さかった葵は ともかく、もう中学生の歳の葉月が、字が書けない と聞いた時は、かなりショックだった。


人と 悪魔などの混血の魔人たちには、天や地界のように、独立した居場所が無い。

地上で、上手く 一緒にやっていけるといいよな。


「店には、フリーのバゲットを置くが

これは ジャンヌのものにし、バゲットのバスケットに 店の情報を記載したメモを貼る」


ジャンヌ... リラちゃんの父ちゃんのパン屋だ。

チーズ食う時って、薄くカットしたバゲットや

クラッカーが付いてるし、オリーブオイルを付けて食べるためのやつだろう。

ルカが「おっ! 店、早くオープンしねーかな?」と、嬉しそうだ。四郎や ミカエルは

「私が行ったらば、怖がられるでしょうか... ?」

「うん、俺なんか 天使だし」と 言っているが

多分 行くだろう。


「更に、ピクルスも置く予定だが

榊の セロリのマリネも置こうと考えている。

ボティスは、まだ里か?」


「あれ?」

「そういや、まだ戻って来ねぇな... 」


ニナとかロキとかで 忙しくて、忘れてたぜ。


「けど ボティス、“浅黄と遊ぶ” って言ってたぜ」と、ルカが言っているので、本当に遊んでたり

六山の麓にある 妖し用の相談所に居るかもしれん。所長が桃太だしさ。

どうやら、なんと朋樹と式鬼契約した酒呑童子とも 知り合いっぽかったから、二山の鬼里に居るかもしれねぇし。ボティス、顔ひろいよな...


「とりあえず、里に行ってみるか。

沙耶夏とゾイに、よろしく伝えてくれ」と

自分のアイスティーのグラスを 城へ送って

シェムハザが消える。


「着々と進んでるよな」


キュベレのこともあるけど

これは これ、だもんな。

家族サービスもしてるんだろうし

シェムハザ、すげぇ... というか 尊敬するぜ。

まさに 聖悪魔だ。


露に変身したロキが、二つ尾を立てて戻ってきて

カウンターの椅子に飛び乗った。

露ミカエル思い出すぜ。


「お前等、多分 相談が入るぞ」と

隣に座る 朋樹の肩に右の前足を掛けて

後脚で立つと、アイスティーのグラスの中に 左の前足を浸ける。

無言で露ロキを見つめる 朋樹の前で、変身を解き

グラスを略奪した。

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