『久しぶりだね』


ルカから 缶コーヒーを受け取りながら

ニナとシイナに、ジェイドが微笑う。


『うん。神父さん、久しぶり。

アコちゃんに “仕事だ” って聞いてたけど

別の場所に行ってたんだね』

『シロちゃんも 一緒だ っていうし、心配したー』


『そう。だけど、オーロラを見れたよ』


ジェイドは、ニナたちと 通路を挟んで座るオレらと同じように、左側の通路の ルカの前に座った。


朋樹は、コーヒー渡した時に 目配せしてきて

オレらが 自販へ行っている間に、ニナと 話したことで、どういう状態か分かったようだ。


ジェイドは ニナに対して、何の素振りも見せねぇけど、オレは勝手に 空気が窮屈な気がして

『ニナさ、右衛門作さんの夢 見たんだろ?』と

話を振ってみる。


『なんと?』


反応したのは 四郎だ。まぁ、そりゃそうだよな。


『うん。自分の代わりに、シロちゃんを護って欲しい って。シロちゃんたちを裏切ったことを 気にしてるみたい』


『おぉ... 何という事を... そのように感じておられては、天への導きが見えず、迷われるのでは...

この場で はっきりと申し上げますが

心配 御無用。全くもって 必要 御座いません。

リノ殿も、自らにしがらみを設けては ならぬのです。

姉様も 思うまま生きられよ』


『シガラミ?』


ジェイドが聞く。

たぶん 朋樹以外は、四郎が言ったことは

“要らんぜ” ってことだろうな 程度の理解だ。

『柵。何かに まとわりつかれて

なかなか自由に出来ないような状態だ』と

朋樹が 教えてるけど、ジェイドは オレより

日本語 使えてるしな。


『でも、エモサクさんは

シロちゃんを 本当に心配してたよ。

“再び 立たされるとは”... って』


『いえ。私が望んで此処におるのです。

自ら立つ事はあろうと、立たされるなど御座いません。また 私には、兄様方がおりますので。

姉様方は、今生の友と思うておりますが

私共の仕事とは、一切 関係 御座いません。

出て来られませんよう。

此の世ならざる者が視えるのであれば、それ等を避けられるのが良い。近付いてはなりません』


四郎、本当に はっきり言うよな...

けど、危ねぇもんな。

右衛門作さんも、罪悪感はあるんだろうけど

もう、いいんじゃねぇのかな?

子孫にまで 自分の罪を背負わせて、罪滅ぼしさせる... とかはさ。


『うーん... じゃあ、また夢に出てきたら

そう言ってみるね』


『でもさぁ、女の子になった ニナに

“四郎を護れ” って言うのもなぁ... 』


朋樹が首を傾げる。それもそうだよな。

オレが 右衛門作さんの立場なら、男ならまだしも

女の子に言わねぇし。


『心の支えとか、そういうやつかな?』


ジェイドも言うけど、やっぱり しっくりこねぇ。

今のニナの状態だと、誰かの心の支えになるのは

難しいだろう。本人が 癒やされねぇと。


シイナは、ニナを気にしているようだ。

ジェイドが ニナを好きだ ってこと、シイナも知らねぇんだよな。


『あ... 』


ニナのバッグの中で、メッセージの通知音が鳴る。スマホのアプリを開き

『ちょっと ごめんね』と メッセージを読むニナは

『... えー、どうしようかな』と 何か悩みだした。


『何? シフト? また、“一階にも出ろ” って?』


『ううん。昨日 アコちゃんも、フランスか、

さんの山? に 行っちゃって

シイナは、最後まで テーブルに着かされてたでしょ? オーナー来て』


『うん。あんた、先に帰ったよね』


ムスっとして シイナが言うが

『だって、何時になるか分からないのに

待てないじゃない』と ニナが返す。

二人の店の行き帰りは、いつも アコが送り迎えして、飯も 一緒に食ってたみたいだ。


『それで私、一人で カフェに寄ったんだけど

声 掛けられちゃって』


『あ?』『男に?』


つい、ルカとオレが聞く。


『うん、そう』


朋樹が 急に、“やめろ” って 顔になって

何故か オレの血の気が引く。

ヤバい事が バレる時の気分だが、止め方が分からん...


『それで、別のお店でも飲んで

お泊りしてみたんだけど』


自然と 瞼が閉じる。

『えっ?』と、シイナが聞き返しやがった。


『だから、お泊り。寝てみたの。

“まさか、初めて?”って 引かれたから

“悪い?” って 帰っちゃったんだけど。

だって、身体が女の子になったのって 最近だし

仕方ないじゃない?』


『... いや、そっかあ! もう懲りたんじゃね?

男って、めんどくせーのイヤってヤツ多いからさぁ。けど、コイすると別!

もう、ちゃんと、そういう相手とさぁ... 』


でかめの声で ルカが言う。


『うん。神父さんと、さっきの女の人の話 聞いてて、“良くないのは 気持ちのせいなのかな?” って

思ったんだけど、こういうことから始まったりもするよね?

良くないっていうか、よく分からなかっただけかもしれないし。それで、今 メッセージに

“お茶から どう?” って 入ってきたから

悪い人じゃないのかな... って』


ニナの明るい声に、胸を ザクザクと刺された。


ダメだ。オレ、何も出てこねぇし

ジェイドの方に向けねぇ。

それどころか、立ち上がれる気もしねぇ...


四郎は、分かる。何も言えねぇだろう。

ルカと朋樹は、何で 黙ってんだよ?

上手く 話 変えれるだろ?

ジェイドに 何か言わせたりなんか...


『そうだね』


ジェイドじゃねぇかよ...


『聞いてる分には、悪い人じゃないと思うよ』


ジェイドの顔を見た シイナは、みるみると

表情を変えた。気付いたか...

“嘘でしょ?” って風に、オレらに眼をやる。


『本当? そう思う?』と 明るく聞くニナは

かわいかった。


『うん。上手くいくといいね』


『バッッカじゃないのー?!』


うお... シイナ...  ジェイドに言ったぜ...

偽睫毛の眼を ニナに向ける。


『おい、シイ... 』


『上手くなんか いきっこないし。

分かるよね? どうしてか。

あんたに今、ひとの心なんて 見えてないから。

自分の心なんか、もっと見えない』


『え、どうしたの?』


ニナだ。キョトンしてる。

ジェイドも やっと、違和感を感じたようだ。


『シイナ、何かあった?』


シイナの糸が切れる音が 聞こえた気がした。

また 瞼を閉じたくなったが、なんとか耐える。


『私、あんたと居たくない。

あんたのせいじゃないのも、頭では解るけど

でもムリ。じゃあね』


『えっ、どうしたんだろ?

怒ってるよね、何か... 』という ニナの声を背に

『おい... 』『いやいや、シイナ... 』と

オレとルカが、教会を出るシイナを追う。

けど オレらも、今 この場から逃げただけどさ。


『おまえよー... 』


教会の外門を出て、まだ鼻息荒い シイナを

ルカが呼び止めると

『言っといてくんない? 神父さんのこと』と

キッ と 睨んだ。


『ニナが、一方的に好きなだけだったんなら

今の状態でも 問題なかったんだろうけど。

あぁ、どっちにしろ、私はイヤだけど。ズレが。

的外れな返事 返してくるし』


『おう、悪い。言う暇もなかったからさぁ』

『ニナの呪詛が解けたから、放っといても 上手くいくだろ って思っちまってて... 』


『いいけど... 』


沈黙なんだよな。

“いいけど” って 思ってねぇんだろうし。


『シイナ、おまえ 仕事なんだろ? 送るぜ』

『その前に 飯でも食う? 店、21時からだろ?』


『ううん。今日は休む』


え? 休めねぇだろ。

こいつのショー が目的の客も 多いだろうしさ。


店に電話を始めたので

『こいつ “送って来る” って、言って来るわ』と

シイナを指した ルカが、一度教会へ戻る。


『... お疲れ様です。今日、休みます。

休めなきゃ 辞めるから』


出たぜ。

待ってシイナちゃん... となるであろう脅し。

しかも 脅し出すの、早くねぇか?


店との通話を終えた シイナは

『あーあ。はじめてのオトモダチだったんだけど』と、スマホをバッグにしまった。




********




シイナ連れて、ルカと飯を食いに行き

『もー、仲直り出来るってー』

『絶対 呪詛の影響だからさ。ミカエルたちにも

相談してみるし、今は見守ってやれよ』と

話して落ち着かせ、

閑静な住宅街の 駐車場にも入れねぇような

高級マンション前に シイナを送ると

『あいつ、すげーな... 』

『“狭いと眠れなくて” って言ってたもんな』と

ため息混じりに ジェイドん家に帰る。


ニナのことは、朋樹が 店に送っていた。

送る前に 飯にも行ったらしいが

『まぁ、呪詛の影響だよな。

あの話 し出した時も、寸前まで視えなかった。

相手の男から連絡が入るまで、ニナ自身が

昨日の夜のことなんか 忘れてたんだよ』と 難しい顔だ。


ジェイドの前で、そんな話さ... と

ソファーに ぼんやりと座るジェイドを見たけど

多分、聞こえてねぇな ってツラだ。

隣には四郎。宅配ピザを食っている。


『四郎も きよくなれ したんだけど、

“分かってるよー” だったしな。

コーヒー買ってきたから、淹れろよ』


店で挽いてもらったコーヒーの粉を受け取り

ルカとキッチンへ行く。


『... ジェイドさぁ、たまに すげー思念 流してきやがるんだよなぁ。遮断 出来ねーしよー』


『えっ、マジか。今日の教会でも?』と

サイフォン セットしながら話していると

『お前達』という シェムハザのハスキーな声がした。甘く爽やかな 花砂糖の匂い。


『朋樹、俺が そこに座るから退けよ』


あれっ?

直火のやつを火にかけた ルカと眼が合う。

ロキの声だ。


『ロキ、シギュンは?』と、朋樹の声が聞くと

シェムハザの声が

『昨日は 一日、二人共 寝室から出て来なかった』と 答えているので、“まずシギュン” だったんだろう。放ったらかしてねぇし、安心したぜ。


『霊獣の山を見に来たんだ。タヌキが見たい。

山に 移動のルーン石も置きに行く』


『おお、ならば御案内 致しましょう!』


四郎の楽しそうな声が聞こえるが、ソファーから

シェムハザ側の肘掛けに移った朋樹が

『今日、シイナとニナが来てさ... 』と

説明を始めている。


カップに移したコーヒーを持って、リビングに戻ると、コーヒーも取り寄せられていた。

『俺が貰おう』って輝く シェムハザに

ひとつ渡すけどさ。


『まず、榊の山へ行って

次に タヌキの山へ行こう』


『しかし 六山の長は、二山の柘榴なのです。

こちらには、鬼里も御座います。

また 麓近くには、妖怪館などもあるのです』


『じゃ、まず そこからだ』


シェムハザから マネークリップに挟んだ日本札を

受け取って『行って来る』と 二人が消える。


『二人で行かせて 大丈夫なのか?』と

朋樹が聞くと

『後で 目眩ましして、様子を見に行くが』と

子供の成長を見守る 父親のような表情になった。


『ロキはまだ、落ち着いていない。

城だけに居ることは 難しいだろう。

トールも まだ、世界樹ユグドラシルで話し合い中だ。

と いった訳で、俺やアコ、ボティスや お前達が

相手をすることになる』


輝きながら カップを口に運んだシェムハザは

『ジェイド』と 呼び、カップを持ったまま

二人で リビングを出た。


オレらだけになると、やっぱりダラける。


シェムハザ お取り寄せのマドレーヌやマカロン

メレンゲクッキーを摘みながら

『ジェイドさぁ、何なんだよ。ニナに

引っ掛けてきた男 勧めたりとかしてさぁ』と

ケッ て ツラのルカに、朋樹が

『別に、付き合ってねぇからだろ。

自分の気持ちも言ってねぇしよ。

ニナの話を聞く分には、相手に 悪い印象ねぇしな。ニナの気持ち優先なんだろ』と

つまらなそうに返した。


ジゴロの呪詛が抜ける時、ニナの口を使って

スマラ神の力を得た タクス神が

“あなたじゃない” と、ジェイドに言った。

呪詛の影響だと分かってても、面と向かって言われると キツい。

ジェイドは、このまま諦める方向に 向き出してんのかもな...


『シェムハザは、ロキと四郎 みてくるって』と

ジェイドが、カップ持って戻って来た。


『おう』

『マジかぁ』


それからは 何をするでもなく、どこかへ出る気にもならず『転がって、映画でも観る?』と

二階の客間で、特に考えさせられるような要素もない 楽な映画を観ている内に寝た。


目覚めると... というか『泰河』と 肩を揺すられて

起こされた。

ミカエルが、ムリヤリ オレとルカの間に挟まっていて、アメコミ実写映画を 一本 観終わったところだった。

『ちょっとだけ観てみるつもりだったのに。

珈琲 飲みたい』と、タブレットを オレに渡す。


一階に降りると、コンビニで買いまくったらしい

飴やガム、グミなどを、テーブル中に拡げている

ロキと四郎が『次。中にガムが入った飴だ』と

食べ比べ遊びをしていて、オレの顔を見ると

『ミカエルの妻の店に行くんだ。俺も珈琲。

ミルクたっぷりで』と 言った。

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