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『何故、蛇人ナーガ等が出て来たのかは解った』と

ボティスが ピアスを弾く。


『狩りだ。ヴァナヘイムの兵士のな』


白い煙の魂を失って、立ち上がった兵士には

蛇人たちが襲い掛からない。


地下宮殿から移動させられた 別の兵士が立ち

今までの兵士たちと同じように、周囲を見回して

剣の柄に 手を掛ける。


「キール!」


兵士が、魂を失ったキールという兵士を見て 名前を呼んでも、キールは、ただ立っている。


「キール お前、半魂はんこんは... セイズか?」


蛇人が伸ばしてくる腕を 盾で受け、他の蛇人を 剣で牽制しているけど、たぶん この兵士は

そんなに強くない。


盾ごと 蛇人の尾に巻かれると、右手の剣も落としてしまった。

歩き出したキールが、蛇人が巻く 兵士の背後に回り、首に腕を回して 圧迫する。


為す術もなく、兵士の 白い煙の魂... 半魂が抜けて

空に昇っていく。


『半分 魂を抜いて、自分ソゾン側の兵隊にするようだ』


抜けた魂は...  キュベレだよな、やっぱり...


『どうする? 救出するだろう?』


チャクラムを浮かせたまま、ヴィシュヌが言うと

『しかし、ソゾンの魂が どこかで見ているだろう。私とヘルメスが 居ることは分かっている。

こちらを炙り出すために、地下宮殿内ではなく

わざわざ 町で狩らせている... ということも 考えられる』と、ベルゼが答えて

『地下宮殿に侵入し、元を叩くべきだろう』って

ハティも同意してる。


そうなんだよなぁ...

蛇人たちにめいを出してるのは、ソゾンか アジ=ダハーカだろうし、司令塔を押さえれば 統率は崩れる。


『じゃあ、先に行って。

俺は 蛇人を片づけてから行くよ』


ヴィシュヌは

『誤解しないで。ベルゼやハティが言うことは

勿論 尤もだし、反対する気もない。

でも これだけ人数がいるし、

兵士たちは 騙されて 魂を取られてる。

キュベレに魂を渡すのも良くない』って

自分が 蛇人を阻止する考え。

うん。目の前で狩られてるし、それも分かる。

なんか 安心もしたし。


『こいつ、ソゾンのアニキなんだろ?』


ロキが 兵士の前に立って、顔を見てる。

トールが『ウルにも 似てるな』って 言うと

開きかけた口を 一度閉じたけど

『ソゾンは、自分のアニキから 狩らせようとした ってことか?』と、不機嫌な声で言う。


『単純に、この兵士が強いから ってことも

理由にあると思うぜ』


ミカエルが『名前は?』って、ベリアルに聞いてもらうと、兵士は『... ミロン』と 答えた。


『ミカエル。また魂が抜けた』


ヴィシュヌが急かすように、チャクラムを指差す。トールやロキもだけど、ヴィシュヌも

実は結構 サクサクいきてー 方だよなぁ。

天使や悪魔の方が、慎重って気ぃする。


『うん。ヴィシュヌとガルダ、シェムハザと月夜見キミ、伝令にヘルメスが残って、蛇人の対処。

俺等は、先に 地下宮殿へ行く。

蛇人が片付いたら、ヘルメスが 琉地を呼ぶ。

琉地が 俺等に報せたら、ヘルメスを呼んで

地下宮殿で合流する』


『分かった。ガルダ、行こう』


チャクラムを飛ばして、近くに居る蛇人たちから

泉の向こうの蛇人たちまで、一直線に 鼻から上を削ぐと、ヴィシュヌは 神鳥の姿になった師匠に飛び乗って 背に立った。

戻ったチャクラムを 白樺の森の方へ飛ばす。


『兵士を隠すか... 』って言う 月夜見キミサマ

『いや、いい。もう魂は取らせないし

悪いけど、蛇人たちの囮になってもらうよ』とか

言ってるし。

ヴィシュヌ、顔が イキイキしてるしさぁ。


『シェムハザ、兵士の近くに居る蛇人を頼む。

蛇人と 一緒に、頭 飛ばしてしまいそうだし。

術使いも出て来てる。月夜見は 闇靄の蔓で

術使いの動作や口を封じてくれる?

滅呪や 混乱する術を使われると 厄介だから』


『ヴィシュヌ、俺はー?』


ヘルメスが聞いたら

『監督。空から全体を見てて』って

戻ったチャクラムを 霧虹の方へ飛ばして

師匠と 逆の方向へ向かう。


今度は、あっちの方に居る蛇人たちの 対処をするっぽい。兵士が少ない所では、師匠の ゴールドの炎も上がってる。

蛇人の魂が 空に昇ると、師匠に吸収されていく。


『攻撃、派手だよな... 』って、泰河の口が開く。

四郎が『いくさでは御座いますが... 』と 口籠った。

ジェイドが『カッコいいね』って 言っちまってるけどー。


月夜見キミサマが 闇靄の蔓で、ヴァン神族の術使いたちを拘束していく。

蛇人の遺体は、シェムハザが 氷石の欠片を撃ちがてらに、青い炎で燃やしてる。

右側の塔が倒壊した 氷石の城の向こうから吹き上がる 青や藍のレヴォントゥレットの空を

師匠が 眩い翼で羽ばたくと、青い炎の熱風が届いた。


最終戦争ラグナロクは、こんな風じゃないんだろうな』


虹色の虹彩に 青い炎を映す ロキが呟く。

トールも、青く燃える町を見てる。


戦場 なんだよな...

きれいだと思うのは、間違ってる


『そう 時間も掛からないだろうけど

先に、地下宮殿の下見しといたら?

霧虹の番人も不在だし』


両手を背後に着くように 空中に座って、伸ばした足を組んでるヘルメスが言う。

けど、ん? って、白樺の森の方に 何かを見つけたようで

『... ま、そんな早くも ないかな』って 訂正した。


『ヴィシュヌ!

洞窟からだと思うけど、尾がシルバーの蛇人たちが 入って来てる。たぶん、冥界ニヴルヘルから』


ヴィシュヌが、チャクラムを森へ飛ばすのを見てたら、『行くぞ』って ロキに引っ張られて

霧虹に 足を向ける。

ソゾンの兄ちゃん ミロンにも、幻惑と神隠しを掛けたまま、ベリアルが 背中に手を添えて 連れて行く。


イブメルの氷石の城からは、そう距離もなくて

霧虹付近には 水路もない。

蛇人もいないから 静か。すぐに到着した。


『なんと... 』


ヴァナヘイムの砦から、白樺の森に架かる霧虹は

細氷ダイヤモンドダストを含んで、白く キラキラと輝いてる。

四郎の眼も キラキラしてんだけどさぁ。


『この虹 降りて、裏側に入口があるんだよな?』

『どうやって 降りんの?』


っていうか、本当に立てんのかな?

気体にしか見えないんだけどー。

上から見たら、高さも傾斜も すげーし...


先頭は琉地。トールやロキ、ベルゼや

ミロンを連れたベリアルも、躊躇なく 霧虹に足を掛けて、普通に降りだした。

ハティが 四郎を連れて降りる。


『おお、このような... 』


四郎がハティを見上げて言うと

ハティは 微笑って頷いた。横顔、優しいしぃ。


『オレらも マジで乗れんの?』って

眼鏡朋樹も不安そうだし

『人間なんだけどー... 』って、オレも躊躇するんだぜ。


『四郎も渡ってるだろ?』


狐榊が霧虹に飛び込んだ。

『む! 雲を踏むようである... 』とか 言ってて

ボティスと すたすた行っちまうし。


『一人行ければ、安心するだろ?』


ミカエルが、オレに 手ぇ差し出しながら

『落ちても飛べるぜ?』って言うし

『早くしろよー! まさか 怖いのか?』って

ロキは 煽るしよー。


『全然!』って 返した割に、泰河も 霧に踏み出さねーから、ミカエルの手を取る。


『行くのか、ルカ?』

『うるせー。おまえらもだろ』


霧に踏み出すと、足裏に抵抗なくて ドキッとしたけど、すぐに “あっ 沈まねー” って 分かった。

何かを踏む感触は無いのに、落ちない って分かる。


『すげー! なんだよ これ?』


ミカエルの手を離して立つと

『おっ、ルカ 落ちてねぇし!』

『ミカエル、乗る時だけ頼む』って

泰河たちも 霧虹に移った。


『おぉ、すげぇ!』

『落ちねぇな。足の下も見えねぇしさ』


『道が まっすぐだ』


ジェイドが、進行方向に向いて言う。

急な傾斜のはずの橋に、傾斜がなかった。

森まで まっすぐの、白い霧の輝く道。


『なんで?』って 話してたら、またロキが

森から『もう走れ! 全力疾走!』って 怒るし

『行くぜ?』って言う ミカエルと歩く。


『本当に、霧を歩くようだね... すごい経験だ』

『ヘルメスのタラリアって、こんな風かな?』


膝くらいまでは、霧と細氷ダイヤモンドダストが掛かってる。

もし 水の上を歩いても、こうじゃないと思う。

今から 地下宮殿に潜入 っていうのに

すげー すげーって、うきうきしちまうしー。


『白樺の枝が見えてきた』


泰河が、霧の道の右側を指したけど

左側にも 明るい青葉が付いた 白い樹皮の枝が出てきてる。


『さっきまでは、左右に 何も無かったよな』

『そうは見えないけど、やっぱり道は傾斜してるんだろうね』


枝だけだった白樺に 背を越されて、枝の葉を見上げるようになると、足が地面に着いた。

振り返ると、ヴァナヘイムの砦に伸びる霧虹の橋は、白く輝く滝のようにも見えた。


『遅い! ヴァナヘイムの兵士を

全員、町に出すつもりなのか?

あの闇靄ってやつに染まったら、抜くまで動けないんだろ? 庇いながら戦うのは大変なんだぞ。

ヴィシュヌたちが』


ロキに 怒られたんだぜ。

けど それもそうだし、『ごめん』

『反省してる』って 謝る。


『おう。正直 俺は、ヴァン神族が どうなろうと

知ったこっちゃない。

でも、あの子供たちの親もいるんだ。多分な』


腕組みして言うロキを、四郎が見上げて

『はい。参りましょう』って しっかり頷いてる。


『そうだよな... 』


泰河が 一瞬、儚い顔をした。

ギリシャ鼻の人のことや、その人の子のことを

想ったのかも。


『霧虹を回り込め。入口は隠されているが

ミロンに開けさせる』


白い霧虹の向こうから、ベリアルの声がする。

四郎とロキ、トールは、オレらを待っててくれてたけど、ベリアルたちは とっくに霧虹の裏側に回り込んで、入口を見つけてた。


白樺の木々の間を歩いて、霧虹の裏へ入ると

ヴァナヘイムの砦から 弧を描いて森に繋がる霧虹が、空に白い霧道を作ってる。


ヴァナヘイムの砦は、森から見ると 崖になってて

白い霧道の下の崖の前に、ベリアルたちがいる。

眼が青いうさぎが、白樺の木の影から飛び出して

鼻を動かすと、短い草の上を跳ねた。


『宮殿に入る。案内を』


ミロンの背中に手を添えた ベリアルが囁くと

ミロンは ガントレットの右手を、崖から出ている 白い岩に着けた。

知らない言葉の呪文を唱えると、崖に白い扉が浮き出てくる。


ミロンが扉に触れると、扉が消失して

中には、天井も壁も床も 白い通路。

壁には、蝋燭を三本ずつ灯せる ゴールドの燭台が並ぶ。


通路は 2メートルくらいの幅で、3メートルくらいの高さの天井。天井には、白く光る紐状の何かも光る。

結構 先の天井には、ゴールドの蝋燭シャンデリアが 吊り下がってる。

10メートルくらい 通路を進むと、下りのサーキュラー階段に繋がった。


『おお... 』『広間だ』


ゴールドの手すりが付いた サーキュラー階段は

広間を ぐるりと囲みながら、今居る この下の位置で、下の広間まで降りるようになっていて

階段の幅は、なだらかで ゆったりしてる。

段差が無かったら スロープってくらい。


通路からは、一つしか見えなかった 天井のシャンデリアは、左右にも 一つずつ吊り下がってて

全部で三つ。

一つにつき、二十本くらいの蝋燭が付いてて

全部が灯ってた。


広間の真ん中には、オレの背よりある

星氷のオブジェ。小さな星が 表面を流れる。

匂いを嗅ぐ榊の隣で、ロキが 鼻を鳴らす。


『無人だな』


トールが、星氷のオブジェを 抱きかかえてみながら言う。持ち上がるかどうか 確認してるっぽい。

『帰りに... 』って 頷くロキに、頷き返してるし。


『仲間は どこに?』


ベリアルが ミロンに聞くと

『次の間だ』と、奥の壁を 手で指し示した。

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