117


『東側には、開かん扉は無い。無人だ』


顕れた ベリアルが言った。

ハティも立って『西側にも』と 首を横に振る。


『ガルダ』


ヴィシュヌに呼ばれた師匠が、神鳥の姿になって

空へ飛び立った。


ゴールドの神鳥師匠を見上げる ジェイドが

『えっ?』と、珍しい声を出したけど

理由は すぐに分かった。

師匠が、羽ばたくごとに でかくなっていく。


『師匠って、17億メートルあるらしいんだよな... 』って 言ったまま、泰河の口が開いてるし。

『嘘だろ... 』つったまま、オレも開いてたけど...


ハティが、青いルーシーで 防護円を描き

ベリアルと榊、『一応の用心に』と

トールとロキも 円に入れてる。


『おお、なんと... 』『すげぇ... 』


四郎と、蔓伸ばしかけの 朋樹も

青いレヴォントゥレットの空を、ゴールドの翼で覆う 師匠を見上げる。

神鳥の影の下にいるのに、空はまばゆい。

師匠が『シューニャ』と 風を吹き降ろした。


『... あ?』


ボティスが、つり上がった眉を

余計に つり上げた。

宮殿、城や館... 建物以外の地面全体から

ゴールドの炎が 揺らめき上がる。


『これ... 』


諦めのためか、泰河が確認すると

『うん。地下は、蛇人ナーガだらけのようだね』と

ヴィシュヌが頷いてるし...


『地の下 全てに?』って

榊も、げんなりしちまってる。


『何のために だよ?』って 聞いたら、トールが

『もちろん、まず オージンを警戒している。

そして誰にも 大母神を取られんように

ヴァナヘイムに入った者を 排除させるつもりだろう』と、いかつい腕を組んだ。


『張らせてやがんのか... 』


『オレらを 攻撃してこねーのは... ?』

『神隠し中だからだろ?』


ミカエルが 真顔だし。

うん、まぬけな質問だったよなぁ。


眩かった空が、いきなり 青い光と細氷の空に戻って、オカッパの 師匠が立った。


『師匠』『おつかれっす』


朋樹が ハッとしたように

『今ので 蛇人ナーガたちに、師匠の存在はバレたんじゃないすか?』と 言うと

『そもそも 洞窟で、“何らかがる” と 知り

こうして 地に潜っておるのであろうよ』って

返されてて、オレも そっかぁって納得する。

洞窟の右側は、地下に繋がってる ってことだよなぁ。


『しかし、地下に 蛇人ナーガの気配は... 』


白蔓を伸ばしてる月夜見キミサマが 首を傾げてる。


『蛇の形で いるんじゃないか?』


ミカエルが さらっと言うと

イヤんなるぜ ってツラになった月夜見キミサマ

『別のものを探すか... 』って、地下から蔓を引き上げた。


『子供は... 』


ロキの顔が曇るけど、ボティスが

『地下や、建物じゃあないと分かった』と 言って

ミカエルが『探すぜ? イブメルの城へ行く』と

氷石の城を指して 歩き出した。


『地下に 蛇人ナーガ等を置いてはいても

ヴァナヘイムの周辺の警戒は甘い という気がするが... 』


ベリアルが不審がってる。ヴィシュヌは

『だけど ソゾンに、侵入者である俺等の正体は

まだ バレてないからね』って 答えてる。

ミカエルやヴィシュヌ、ベルゼやベリアルが来たと 分かってたら、こんなに手薄じゃねーよなー。


分かってても... って 場合なら

それだけ 自信がある ってことになるけどさぁ。


『ミカエル』


泉の水が流れる町の 白樺の街路樹や、青い花々の花壇。ドアも窓も開け放たれた 白い家々から

ゴールドの光が漏れるのを 眼に写しながら

もう城に着く って時に、シェムハザが立った。


『イブメルの城には、人が居る。

ヘルメスと押し問答を続けていて、まだ城に入れていない』


『押し問答?』


『“オリュンポス、ゼウスの使者だ”

“誰も通すな とのめいを受けている”... と。

調べたが、城には結界が張ってあり、侵入出来ん。ベルゼが成り行きを見守っている』


『分かった』


なんとなく、誰も居ないんじゃないか って気がしてたけど、城には居るんだ。


『どうする?』


『ルカや泰河で どこも開かなければ

正面から強行突破する。

ヘルメスと話してる奴は、城から出て来たんだろ? なら、入れる』


ミカエルの言葉を聞いて、泰河と眼が合う。


『... 急に だよな?』って 小声で言ったら

『ロキが暴走しないようにじゃねぇの?』って

返ってきたけど

『それもあるだろうけど、子供も心配だし、

押せる証拠も揃ったからだろ』と 朋樹が言った。


『ヴァン神族は、術にけてる っていうよね』


『アースガルズの城壁を 破壊されたと... 』


ジェイドと四郎が 話してんの聞いて

オレら、何も出来ねーだろうし

せめて ジャマにならねーよーにすべきだよな って

考える。


『着いたぞ』


まだ、トールに肩 掴まれてるロキが

城を見上げた。


『なんと のう... 』

『美しいですね... 』


ピンクや紫から、青や水色の光に 移り変わっていく氷石の城。背後から吹き上がるような 藍や青のレヴォントゥレットの光。

中央のドーム状の屋根の神殿のような建物を

たくさんの塔が囲む。 すげーよなぁ...

夢で でも見ねーような、嘘みたいな城だ。


城壁の中の前庭には、白い円形の でかい池があって、周囲に ルピナスやシネラリアの水色や青。

池を突っ切る 城への白い道。


道の先に、ケリュケイオンを持ったまま

腕を組んでる ヘルメスの後ろ姿。

隣に、神隠しのベルゼ。


「その、“通すな” って言ってる奴を呼んでよ。

ゼウスって、誰だか 分かってるよね?」


ブロンドのショートヘアの頭や背中、軽く開いて立つ タラリア履きの足まで 不機嫌なんだぜ。


「出来兼ねます。どうか、お引き取り願いたい。

後日、こちらから使者を... 」


応対しているのは、ソゾンのような 白っぽいブロンドの髪の男だった。当然のように美形。

生成りのブラウスに、浅葱色のチュニック。

藍のベルトに 藍のパンツ。腰には剣。

ヘルメス相手に 断んの、すげぇ 困ってるように見えるし。


煙になった琉地が、男の背後に 一瞬だけ顕れた。

ベルゼが振り返って、両手を開いて見せる。


『虫も入れん。結界を崩すしかない』


「... そんな場合じゃないって、解ってるよね?

ヴァナヘイム周辺にも 入れ替わりの場所があることは、地界との合同調査で分かってる」


やたらに でかい声で、ヘルメスが話す中

『入れそうな場所を探そう』

『ルカ、印を探せ』

『泰河、消せるものは消せ』と

城の周りに散る。


「女神たちのことも 話した。

明らかにおかしかったのに、どうして 放っておいてるんだ?

場所の入れ替わりに類する影響じゃないのか?

原因究明しているようにも見えない。

他の場所でも、同じことが起こる恐れもある。

これを報告すれば、すぐに アテナの軍と

地界の軍が、調査に立ち入ることになる... 」


『何も無いぜ』

『こっち側にも無い』


洞窟の扉のように、普通に見て分かる文字とか

何も無いらしく、裏側に回った ミカエルや四郎、

ヴィシュヌやハティたちも戻って来る。


『内側からの結界であろうな』


月夜見キミサマの白蔓も、ヘルメスの前にいる 男の足元で

止まった。


『ルカ、印は?』

『表側には無いぜ。塔や裏は まだ... 』


『いや。中に居る のなら

外から結界を張る意味は無い』


男に向き直った ベルゼが

『私の神隠しを解いてくれ』と 言った。


忽然と 目の前に顕れたベルゼに 驚いている男は

それが、“ベルゼブブ” だと分かると

強張っていた表情かおが青くなり、動揺を浮かべる。


「ヘルメス、どうだ?」


「ゼブル、話にならない」


男に顔を向けた ベルゼは

「霧虹の番人は不在。町は無人。

あの蛇人ナーガ等は何だ?」と、男に問い

「イブメルを呼べ。誰が来たと思っている?」と

凄んだ。


答えられずにいる男に、ヘルメスが

「いい? 俺は “通せ” って言ったよ?」と 言うと

「少し お待ちを... 」と、男が下がり

後ろ向きのまま 城の扉に手を着く。

氷石の扉の表面に 波紋が拡がり、扉に隙間が空いた。


ヘルメスが 男の胸を蹴り、倒れた男の背で扉が開くと、男の足に 月夜見キミサマの白蔓が巻き付く。


『よし、入るぜ?』


ミカエルが 地面に剣を刺して、地中を炙った。

真珠色の光が行き渡ると、身体中から 煙を吹き出しながら、蛇人ナーガが這い出して来る。


「扉が閉まれば、潰される?

それとも、腰から 二つに千切れる?」


緩いボティス的じゃね?

ヘルメスが聞いている間に、消えて移動出来る

ベリアルたちが 城の中に顕れ、

ベルゼが 大きく開いた扉から、ヘルメスと男の隣を すり抜けて、オレらも入った。


「中には... 」


一瞬 姿を見せた琉地を見て、城に入るベルゼに

言う 男の足は、地面から伸びる 神隠しの蔓に

固定されてる。


「“通すな” と、言われてるんだろ?

何度も聞いたよ。

後で、“やられた” って 言い訳するといい」


扉の近くに立っていた ボティスが

床に背中を着けて、ヘルメスを見上げる男の額に

指を置いて、何か呪文を言うと

男は、がくんと力を抜いて 失神した。


ヘルメスが、男を引っ張り出して

煙を吹きながら這って来る 蛇人ナーガの前に転がすと

城に入って 扉を閉める。


円形の玄関ホールは、氷石の壁と床に

黄金の天井と 蝋燭シャンデリア。

左右両方の壁に沿っている 緩やかな 二階への階段には、白い絨毯が敷かれてる。


月夜見キミサマが、ヘルメスとベルゼを

再び 神隠しの中に入れ、白蔓を伸ばし出す。

侵入がバレてても、見えねー 方がいいもんなぁ。


『あいつ、“ゼウス” って出しても

頑として 通そうとしなかった』


ケリュケイオンを腰のベルトに掛ける ヘルメスが

気分悪い って顔してるし。


『統率は取れている ってことだな』

『イブメルによるものか ソゾンによるものか、

仲間意識によるものか 脅迫によるものか は

定かではないが』


『人なんか、居るのか?』


ロキが 不安そうに言うと

『居る』『気配がある』と、ベリアルや 月夜見が答えて

『さて。イブメルを探し、話しを聞くか』と

ベルゼが 階段を昇り出し、琉地が ついて行く。

『俺も行くよ』と、ヴィシュヌも同行した。


『城や塔に居る者たちを探す』


ミカエルが言うと、ベリアルと月夜見キミサマ

『術では、扉は開かん』

『階段下の左右の扉から通路が伸び、各塔に繋がっている』と、それぞれ報告する。


『トール、ロキ、ハティ。右側の塔を。

ベリアル、バラキエル、榊が 左側。

シェムハザ、ヘルメス、ガルダが背後。

月夜見キミと お前等は、俺と ここで待機。

何か見つけるとか、開かない扉があれば報告』と

ミカエルが指示して、ハティたちは

塔へ続く 階段下の扉の向こうへ消える。


『ルカ、印探し』って 言われて

奥の壁から探してたら、琉地が顕れた。

頭に手を置いて、思念を読むと

両開きの でかい扉の前に、ベルゼだけが顕れるところが浮かぶ。

イブメルが居ると思われる場所を見つけたっぽい。


月夜見キミサマ、ベルゼだけ 神隠し解いて欲しいみたいっす』って 伝えて、解いてもらうと

琉地が 煙になって消えた。


『イブメル?』

『うん、そうっぽい』


ミカエルに答えてると

『様子だけ窺って参ります』と

うずうずして言う四郎が

『いや、ヴィシュヌが居るしさ』と

泰河に 捕まってて、朋樹が

『調査人数 増やすか』って、小鬼たちを喚んでる。


『扉の前に、天空精霊円 敷いといた方がいいかな?』


ジェイドが、仕事道具入れから

白いルーシーの小瓶を出した時に

ドッ... という 鈍い音と共に、床が振動する。


『何... ?』


奥の壁の二階部分に 大穴が空き

粉々になった氷石と 一緒に、ベルゼが吹き飛ばされてきた。



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