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白い寝台を、メノイに任せたジャタも

浜辺まで 一緒に出て来た。


「着替える」って言った ヘルメスとトール

ロキも、シェムハザお取り寄せの仕事着に着替えるために テントに入って、マジで着替えてきて

「仕事道具入れがいいね」って

ケリュケイオンを 剣みたいに腰に提げたり

ミョルニル取り付けたりしてる。

ヘルメスの翼付きのサンダルは そのままだけど。


「話し合いに着替える意味があるのか?」って

聞く ボティスには

トールが「一体感」って 答えてて

シェムハザが満足げに頷いた。

いや、泰河たちは まだ水着にパーカーなんだけどさぁ。


聖鳥の師匠に乗った ヴィシュヌが登場すると

榊も 幽世の扉を開いて、月夜見キミサマを呼ぶ。


「着替えてる」


ヴィシュヌの 第一声だったけど、師匠が

「さも自然に混ざっておるが、これは?」って

ロキを指差した。


「ガルダ。俺は、洞窟を出た」


知り合いっぽいんだぜ。師匠、顔 広いよなぁ。

師匠がトールを見ると、トールは 肩竦めてるけど。


ロキが 洞窟を出た経緯を聞く前に

「他の封は?」と、ヴィシュヌが確認する。


「エトナ山は、ハティと強化した。

キルケにも監視をつけてるし、アテネも見回ってる」

「フェンリルも大丈夫だった」


「ん?」と、ブロンド眉を 軽くしかめたミカエルが、東屋で シギュンとワイン飲んでるジャタに呼ばれて、片手を上げながら

「ロキの洞窟は、確認してたのか?」って聞く。

ジャタが拗そうになって、代わりに シェムハザが

東屋に向かってる。


「いや、してない... 」


トールが答えて、まだ いまいち状況が飲めてない

ロキが、キョトンとして

「鴉は 見に来てた」って 言うけど

「おかしくね?」ってなる。


ヘルメスやトールは、アジ=ダハーカのような

“出て来たら厄介なヤツ” の封を 確認して強化してた。厄介なヤツには、ロキも該当するはず。


「何故、確認しなかった?」


師匠が 眉をしかめると、ロキは

「俺の目の前でする話?」って 複雑そーだけど

ヘルメスとトールが

「ユグドラシルを巡っている時

ロキの事は、話にも出なかったぞ」

「ハティも居たのに... 」と 言ってて

“何かマズイ” って 雰囲気になる。


「大母神ではないのか?

使う予定であったのでは?」


神御衣かんみその中に腕を組む 月夜見キミサマが言う。


「ロキの事を、俺等に忘れさせた ということか?」


トールが聞くと、ヘルメスが

「俺とハティにまで?!」って 驚愕してるけど

「“ロキを探させまい” とする術なら

相手を選ばず、可能じゃないのか?」って

ボティスが言った。


ボティスが天に取られた時は、ボティスの天使名を 隠されてた。

それは、記憶を司る ザドキエルの能力だったけど

天使に出来ることなら、聖父は もちろん

キュベレにも出来るだろう。


けど、この島で 初めてトールに会った時に

ヴィシュヌが 四郎に、ロキの話をした。

ロキの情報自体を隠されてる訳じゃない。

ロキの洞窟に近寄らせないようにした... って感がある。


「または、オージンとやらでは?

鴉に見張らせておったのならば、オージンは

そこの ロキとやらを、忘れておらぬであろうよ」


「そうだな...

“ユグドラシル内で、ロキの洞窟を忘れる” と

条件付けするなら、オージンにも出来る。

鎖を緩めることも... 」


「待てよ! 話を聞いてると

オージンが 俺を隠したように言ってる気がするけど、俺を鎖から解放したのは、絶対に あの女だ。

ジャタが川に流した ブロンドの女!」


虹色の虹彩で ボティス達を見回すロキが

自信いっぱいに言う。


「何故 分かる?」と、師匠が聞くと

「女を見た時に ピンときた。“こいつだ” って。

直感」って 言ってるんだけどー...


「それに、いつ フェンリルの封を 調べに行った?

お前たちが、前に ここで集まってから だろ?

ごく最近。 鴉は、毎日来る訳じゃない。

このところは、あまり鴉が来てなかったから

俺も この島の探索が出来たんだ。

だいたい、“封を強化する” というのに

オージンが 俺を隠す訳がない。喜んで強化させるはずだ」


「ほう。分かってるな」

「うん、信憑性はあるね」


ボティスとヘルメスが言って、トールが頷くと

それはそれで 複雑らしいけど

「それなら、キュベレは ロキを使うつもりで?」

「いや... 悪戯は過ぎるが、特に野心などは... 」

「そうだ、何になる? 人間の魂集めにも適さん」

とか、真面目に話されて

「とにかく、久しぶりに 洞窟を出たんだ。

最終戦争ラグナロクじゃないのに!

俺もワインが飲みたい」と、東屋を指差した。


「それに、現況が よく解らない。

何か起こってるけど、キュベレが俺を使うって... 」と、一度 停止して

「“キュベレ”? キュベレって、あの女?」って

真顔で ミカエルに確認してる。


「食事にする?」


ヴィシュヌが言うと、東屋に たくさんの料理の皿が 現れたし

「お、タングリスニルと タングニョーストも... 」って ミョルニルを握ったトールを

「うん!いや」「また、そのうちに... 」って

つい止めて、飯 食いながら話すことになった。


夏ブーツ脱いで、東屋に上がると

今日も、トールの前に子豚の丸焼き バビ グリン。

「見た目には、山羊でも変わらなかったかもね」って ジェイドが言うけど

「いや、非常食なんだろ? 巨人討伐遠征とかで

仕方なく食うんじゃね?」って 返す。

山羊たちは 戦車引きが仕事で、食うためにいるんじゃねーだろうしさぁ。


牛肉のココナツミルク煮の ルンダン、鳥や魚のつくねのサテ、野菜も すげー入ったカレーアヤム。

バナナの葉で巻いて蒸し焼きした餅のロントン。

春巻きの隣には、やっぱり青トウガラシなんだぜ。

今日は シェムハザも、ワインと山羊チーズ

エシャロットの生ハム巻きや エビとオリーブのサラダ、ムール貝の白ワイン煮、ポテトも取り寄せてくれて、オレら以上に ロキが喜んでるし。


朋樹が注いだワイン飲んで、サテ摘みながら

「嘘みたいだ... 」って

虹色の眼で、バリ島との間の 割れた海を見てる。

奥さんのシギュンの肩に、ジャタが頭載せてるのが 気になるんだけどさぁ。

シギュン、大人しい人っぽいし。


で、ロキに、サンダルフォンやキュベレ、アバドンやら、アジ=ダハーカの事までを話してる間に、

ハティとベルゼ、ベリアルが到着して 絶句してるとこ。

ロキがいる経緯を、ボティスとミカエルが話してて、オレらは バラけてワイン係。


「そういや、ヴィシュヌと師匠は

ロキのこと 聞かなかったよな」


ベリアルのシャンパンの栓 抜きながら

泰河が言うと、師匠が 結構 遠くから

「纏めて話せば良かろう。どうせ同じ話をする」って、合理的な事 言うし。


「おお、そうっすね」って、シャンパンの瓶は

ジェイドに渡す。

シェムハザは、シギュンとジャタの相手してるし

ハティも呼ばれちまった。

朋樹は、ベルゼとトールの間にいる。

ベリアルの隣には 準美形を置いておくことも

学習してるんだぜ。売れるもん売るしぃ。

逆隣はヘルメスで、ジェイドもご機嫌なんだけどー。


オレと泰河は、ヴィシュヌと師匠、月夜見、

ミカエル ボティス班。なんか ラクー。

四郎と榊もいるし、いつもの感じー。

ルンダン 美味いし。


けど、ほけーっと し過ぎて

「ルカ」って、ヴィシュヌに 逆にワイン注がれちまって

「おお? すんません!」とかなって

ボティスに “使えん”って 眼ぇ向けられたり

月夜見にも 鼻で笑われたりしたけどさぁ。


「ヴィシュヌ、アフラ=マズダーと

アンラ=マンユの協定は?」


ベルゼが聞いて、今日の本題に入る。


「無事に結んだ」


ヴィシュヌが笑顔で言うと、師匠が 手のひらに

巻いた皮紙を出して、真ん中に結んである紐を解いて、ミカエルに回した。

なんかの細かい文字が オレと泰河は読めねーし、

榊も無言。四郎すら 眉間にシワが寄る。


一通り 目を通したミカエルが

「うん。アジ=ダハーカを捕えてからも

ヴィシュヌやガルダが、審判に同席することを

決めたのが 良いと思う」って

皮紙を ボティスに回す。

ボティスと月夜見が読むと、皮紙は ヘルメスに渡って、一周巡っていく。


「しかし、ジェイドが立てた推測だが... 」


朋樹に黒縁眼鏡を渡しながら、ベルゼが ため息をついた。


「推測って?」


ヴィシュヌが、ミカエルに聞いてる。

“オーディンが アジ=ダハーカを匿ってるかも” って やつだ。


ヘルメスやトールは、ハティから

ベルゼやベリアルは、パイモンから聞いてたみたいだけど、ヴィシュヌと師匠は

アフラ=マズダーと アンラ=マンユのとこに行ってたから、まだ話してなかったんだよな。


「うん... 」って、ミカエルが話すと

二人共、“あり得る” って 顔になったし。


「その、“匿う” って ことなんだけど... 」


トールとヘルメスの間で、ロキが言って

ジャタに くっつかれてる シギュンに眼を向けた。


「ユグドラシルには... 」って 言うのを

「勿論」「戻れんだろう」と

ベルゼやベリアルが遮る。


「地界に匿うことも出来るが」


ベルゼが言ったけど

「いや。もし、話が漏れた場合... 」と

ベリアルが 眉をしかめる。

地界には、いろんなヤツがいるし

“ロキとシギュンがいる” と、オーディンに売ろうとすることも 考えられるらしい。


「天の診療所に入れれば、ラファエルが

魂の匂いも誤魔化せるんだけどな。

召喚じゃ 施せない術だし... 」


ミカエルが 考え出すと

「だから まず、パールの魚を飲むのよ」と

ふわふわした調子で ジャタが言った。


「気配を変えるのがいいわ」


「魚を飲めば、ロキやシギュンだと バレない?」


ワインを注ぎながら聞く シェムハザに

「そうよ。自然の気配になるわ。私と同じ」って

答えてる。

そういえば ジャタは、これだけインパクトあるのに、個人特有の空気とか 雰囲気が薄い。

ジャタを知ってた ミカエルだって、すぐには

分からなかったくらいだ。


「捕まえて来る」と、立ち上がる ロキに

「また、洞窟の近くへ行くの?」と

シギュンが 不安そうな顔を向ける。

やっと出れたのに、近づくのはイヤなんだろうなぁ...


「むっ、ならば儂が。狩りは得意である故」


榊が人化けを解いて言う。

四郎も行きたそうだけど、預言者だから

話し合いに出席しねーとだし

ボティスに「ルカ、泰河」って

やっぱりオレらが、付き添いに指名される。


けど結局「シギュンの魚は、俺が獲る」って

ロキも立って

「ふむ、ならば... 」って

神隠しで 川に行くことになった。

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