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「そろそろ行くか」


爬虫類館の話を、だいぶ詰めて計画してたシェムハザが、蜜柑水の瓶を回収して 城に送ってくれた。


右腕のコブラを見てたジェイドは

「いる気は しないんだけど、名前を考えてて... 」つったから、結局 オレもトカゲ探しして

腹の横が黄色いやつを見つけた。

手のひらに載せたボティスが「どうだ?」って

フランスに行くかどうか 聞いて、頷いたから

城主のシェムハザが挨拶して「ディル」って

トカゲも城に送った。


「あんまり見ないな」


途中にいたリスを頭に載せたミカエルが、四郎と

赤や黄のキョウチクトウや 赤いカンゾウの間を

トカゲ探ししながら進む。


「昨夜の ランダと姫君のもよおしのために

獲られたのでは なかろうかのう?」


狐榊は シダの草むらに、鼻先 突っ込んでて

泰河も「探すと いねぇよな」って、獣道 外れかけて、シェムハザに止められてるし。


「あっ、昨日のヤツ

もう 寺院に出て来なかったのか?」


「イゲルから報告はない」


椰子の木、赤い花を付けてるデイゴ、

ナンヨウザクラの木の下を探して歩いてる間に

ミカエルが割ってる海の道に着いて

「これ、やっぱり すげーよなぁ」って 話しながら歩く。道の先には、ジャタ島のテント。


「今日さぁ、テントか東屋で話さねー?

ジャタも呼んでさぁ」

「おう、いいな。暑いもんな」


だんだん深くなっていく海の壁は、海底に近くなる程 青の色を増す。

細い身体の銀の魚たちが、大群で煌めいて

岩の間に 赤い魚が隠れた。


「エイのような魚もおりました」って

眼を輝かせる 四郎に、榊が

「どの様な味であろうかのう」って 言ってるんだけどー。


ジャタ島に着くと、シェムハザが バーベキューグリルを取り寄せながら、ミカエルに

「ジャタを誘って来い」とか言うし。


「俺が かよ?」


「お前が行った方が喜ぶだろう?」


「シェムハザでも喜ぶんじゃないか?」っていう

ジェイドの意見は、聞こえねーふりされてるんだぜ。


自分の くせっ毛ブロンドの頭から、リスを降ろした ミカエルは、狐榊の頭に載せながら

「ルカ」って 手ぇ出して来るしさぁ...


「四郎、海に入らねぇか?」

「シェムハザ、水着ある?」って

泰河と朋樹も そっぽ向くし。

ジェイドは、榊とリスと 貝殻探し出すしよー...

いや 別に、ジャタ キライじゃねーんだけど

服 着てなかったら、指摘とか しづれーしぃ...


ミカエルと 手ぇ繋ぎながら、泰河たちとテントに入ろうとする ボティスを呼び止めてみる。


「何だ? 行って来い」って 言われたけど

「オレだけで対処出来なかったら どーすんだよ?

ゾイが泣くぜ?」つったら

狐榊が「むっ... 」って、長い鼻で振り向いた。


軽い ため息つくボティスも付き合わせて

ジャタを誘いに、バニヤンツリーの気根の間から

奈落の森に入る。

白やピンクの葉。シルバーやターコイズの幹。

ミカエルが咲かせた花。

昼間は余計にカラフルに見えて、現実感薄いし。


「あれ... ?」


川底が輝く 下界の川の前の東屋に着いたけど

白い寝台と、その前に据えられたゴールドの台の上には、ジャタも 白ワニのメノイも居ない。


「下界に戻っているのか?」


ミカエルが、オレの手を引っ張って

白い寝台の向こう側へ向かう。

下界の川の水は澄んでいて、ゴールドの川底が

日差しを きらきらと反射する。

真珠色の魚が 二尾、川の流れに逆らって泳いでいく。


ボティスが、つり上がった眉をしかめて

「鰐や蛇も居ない」と 警戒するように言った。


「ジャタ?」


ミカエルが呼ぶ。


「... ミカエル」


ジャタの声だ。


穏やかな流れの川の向こう、たぶん 下界の森に

ジャタが立ってる。


洋梨のような形の赤い実の木と、青い葡萄の木の下にいる ジャタは、白い肌に 波打つ白髪。

赤い眼。パールゴールドのドレス。


「ジャタ。下界に戻ってたのか?

寝台を空けて... 」


「鰐や蛇は?」と、ボティスが

ミカエルを遮って聞いた。


「使いに出したわ」


「そうか。こいつの名を言ってみろ」


ボティスは、オレを指差してた。

くちびるを開いたジャタが、言葉を詰まらせる。


「拘束しろ」


効くのか? と ぎらせながら

「地」と、精霊に 拘束を命じる。

ミカエルが、左手首から ゴールドの蔓を伸ばして

ジャタに巻きつけた。


「名乗れ」


ボティスに言われたジャタは、くちびるを閉じた。いや、ジャタじゃねーんだろうけど

やけに 呆気なく捕まったよな...

けど、地の精霊の跳ね返りは起こらない。

拘束が解けない ってことだ。


「ジャタやメノイを どうした?」


ミカエルの質問にも答えず、赤い眼を オレに向ける。眼が合うと、ジャタの眼が黒くなっていく。

波打つ白髪が 短く縮んでいき、背が伸び

肩や腕の形が変わり、黒髪の男になった。

黒いフード付きのツナギ...  オレだ。


「... 精霊?」


ジャタだった そいつが、オレの声で言う。


「“ルカ”。名前は、ルカだ」


なんだよ こいつ...


「地を解け」と、ミカエルに言われて

精霊を解放すると

ミカエルは、オレの手を離して 剣を握り

左手首から伸ばした蔓を 一気に縮めて

そいつを、目の前の川岸に 引っ張り落とした。

左手に秤を出して、ボティスに差し出す。


頭上に秤を見た そいつは

「あっ! ちょっと... わかったわかった!

それは やめて!」と、まだオレの姿と声で言う。


「立て」


ボティスに見下されて

「どうやってだよ? 蔓 見えるだろ?

オレ、巻かれてんだぜ」だし、強気だよな...


ミカエルが、また蔓を縮めて立たせると

剣の先を喉に当てた。


「名乗れ」


「ルカ・ヒサキ」


こいつ...


ボティスが秤の片方を 指で押し下げると

「いや、嘘だ。出来ねーんだろ?」と

そいつが ミカエルに言う。


「天の法で、無闇に斬れねー ハズだし... 」


首筋から 細い血が流れたのに気付いて

言葉を止めると、驚いたように ミカエルを見た。


剣の先に押されて、白い寝台に追いやられ

ボティスに「座れ」と 命ぜられて

そいつが 大人しく腰を降ろすと

ミカエルが、蔓を 寝台に這わせて固定する。


「ジャタを どうした? もう聞かせるなよ?」


「いる。ちゃんと。でも今 ジャタを解放したら

オレの身が危ねー 気がするんだけどー... 」


半ば 呆れるんだぜ。まーだ オレのままだし。


でも オレ、こいつの前で ほとんど喋ってねーのに

こいつは、オレの姿になっただけで

オレの情報を掴んで、口調まで真似 出来てるんだよな...


「立場、分かってんのか?」


ミカエルに言われて、「メノイ」と 呼ぶと

白ワニのメノイが、川から上って来た。


「な? 無事だろ? ジャタも無事だし。

けど まず、剣 どけてくれねー?」


「姿を戻せ」


剣の刃を押し当てたまま ミカエルが命じると

「なに? この ルカって、ミカエルの男?」と

性懲りもなく聞いて

「いいや。俺の女だ」って 答えた ボティスが

そいつの下に、白いルーシーで 天使助力円を敷く。ミカエルが 剣を下ろした。


「なに? ボティス、何を... 」


「ラミエル。神の雷霆らいてい


強い白光と同時に轟音が響き、地面が揺れる。

雷に射たれた そいつは、オレの姿のまま 寝台に倒れて、一瞬 白眼を剥いた。やめろってー。


すぐに気付いて、まばたきすると

「ちょっ... 待て! 話をさせてくれ」と 頼んで

ジャタの姿に変異する。もう、マジでさぁ...


ボティスも、何で 昨日みたいに

アスタロトの助力円 使わねーんだろ?

こいつの正体も出させちまえば いいのによー。

あ、でも、天使の寝台と ミカエルの蔓のせいで

悪魔助力は使えねーのかな?


「事情があるの」


ジャタ口調なんだぜ。


「だろうな」って ボティスに言われると

“ん?” って ツラになって、動きを止めた。


「あなた、私が誰だか 分かっているの?」


大凡おおよその見当は着いた」


「マジかよ?!」って、ミカエルが言うし。


「ミカエルだけでなく、俺の名を言っただろ?」


ボティスのゴールドの眼を避けて

「知ってる人の方が多いでしょう?」って

答えてるけど

「ミカエルはな。俺は そうでもない。

異教神には」って 返されて、喉 鳴らしてる。

じゃあ こいつ、天使や悪魔じゃねーんだ。


「確か、名乗っても 名を呼ばれても

変異が解けるんだったな?」


して。いえ、待ってちょうだい」


「ジャタに 成りすまそうとしてたんだろ?」


「いえ... 」


ボティスを ちらっと上目遣いに見た そいつは

「そうよ」と 観念したように認めた。


「何でだよ? 寝台狙いか?」


ミカエルが ブロンド眉をしかめると

「いえ、違うわ。寝台が動かないように、私にも固定は出来るけどね」って、蔓に巻かれたまま

肩を竦めるような動作をしてる。


東屋の屋根に、トン と 誰かが着地した。


「ボティス?」


屋根を飛び降りたのは、羽根付きの赤いチロリアンハットに ブロンドの髪。グリーンの眼。

白いシャツと タイトなブラウンの膝丈パンツ。

翼が付いた ゴールドのサンダル。

右手には、二匹の蛇が巻き付く 翼付きの杖、

ケリュケイオン。

ギリシャ神話の伝令神、ヘルメスだ。


「みんな、海で遊んでるみたいなのに。

ミカエルとルカも。ジャタ... じゃないよね?」


ジャタに変異しているヤツは、いきなり見破られて、ショック受けた って顔付きになってるけど

「いや だって、ミカエルが縛ったりしないでしょ? 喜ばせるもん」って 言ってる。

縛る とか言うなよなぁ。


「メノイは居るけど、ホンモノのジャタは?」


「こいつが隠している」


ボティスが答えると、ヘルメスは

「ん? 尋問か何かのために

“縛って ここに連れて来た” って訳じゃないの?

このニセジャタが、“元々ここに居た” ってこと?

俺とシェムハザが、島は隠してるのに」って

眉 しかめてる。


けど オレらには、全然 島が見えたし

「何で 振り分けてるんすか?」って 聞いたら

ヘルメスは「オージンの印」と 答えて、すぐに

“ああ... ”と、腑に落ちた って顔になった。


「嘘だろ?」


ミカエルが、偽ジャタを見直す。

えー? 誰なんだよ?


えっ? もしかして、オーディン... ? って

思い付いたりしてたら

空から、ゴロゴロと 不穏な音が近付いてきて

雷が 落ちずに耐えているような

ガラガラという ひどい轟音になってきた。

偽ジャタが「蔓を解いてくれ!」と 男の声で言う。急に 焦り出したよな...


雷鳴を鳴り響かせて、東屋の前に降りたのは

バカでかい 二頭の牡の黒山羊... タングリスニルと

タングニョーストが引く 戦車だった。

屋根のない、雪橇ゆきぞりに車輪が付いたような戦車に乗っているのは、もちろん 北欧神話の雷神トール。


赤毛の眉や睫毛と、ブラウンの眼。

ストロベリーブロンドのヒゲ。

毛先に掛けて色味が薄れるウェイブの髪。

赤いマントを 右肩の上で斜めに留め、

オリーブ色のチュニックに 黒いパンツとブーツ。

全身、すげー 筋肉。


戦車を降りたトールは、黒山羊を撫でて

「後ろ足が良くない。遅くなった。

今日は、こいつ等を振舞おうと思ってな」とか

物騒なことを言って

「シェムハザ、オレのツナギ 用意したかな?」と

オレらに顔を向け、偽ジャタに眼を止め

「お前... 」と、驚愕と呆れが入り混じったような

複雑な顔になった。


ボティスが

「そうだ、トール。お前の到着を待っていた。

こいつの名を呼んでくれ」と 言うと

トールは 掠れた声で、「ロキ」と 呼んだ。


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