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「おかえり」「戻って来たな」


ヴィラには、ジェイドと榊だけでなく

パイモンもいた。


ブロンドの長い髪を、無造作に纏めたパイモンは

「俺も、ティーシャツにしてみたんだ」って

白地に赤文字で、I ハート BALI の オノボリさんシャツを 指差す。

「ここに来る前に、ヴァイラが買ってきたから」って、黒いカラーデニムの上に 黒いサロン巻いてて、肩や胸の線が出るからか、スーツの時よりは 男に見えるし。


「カッコいいじゃん」

「似合ってる」


「そうか?」って 嬉しそうに聞き返す 笑顔は

やっぱり美人なんだけどー。


榊は、狐で ニナに寄り添って昼寝... っていうか

夕寝してて、「... むう 帰ったか」って

長い口 開けて、あくびしてる。


「ニナは?」


朋樹が聞くと、隣のベッドに転がってたジェイドが「変わりないね。眠ってる」と 起き上がって

「うん。診てみたけど、今のところは

様子を みてていい」って、パイモンも答えた。


「食事は取ったのか?」


アグン山の麓から、道路沿いや 家や店の前

停めてある車やバイクの上、いたる所に供えられた チャナンを見ながら、町を通って

ジャタ島から戻る内に、外は 暗くなった。

シェムハザが、ジェイドたちに聞くと

「まだ」って 言うし

エビとイカ、オリーブのサラダ、キッシュや

ムール貝のワイン蒸し、じゃが芋と鶏肉のオーブン焼き、トマトソースのニョッキを取り寄せてる。

オレらは、腹 溜まってるし

コーヒーとチョコレートムースをもらった。


「そっちは、どうだった?」


「ヘルメスとトールが来たぜ」


泰河が答えると、ソファーに座った ジェイドは

フォークを持ったまま「メルクリウスが?」って

信じられねー って 顔をする。


「そ。すげー 明るい人だったんだけどー」


「トールは、北欧の?」


ムール貝 摘みながら聞くパイモンに

「はい。山の様な方でした」って

四郎が言うと

「ふうん。俺も しばらく会ってないな。

トールは、巨人討伐ばっかりしてるだろ?

あいつは俺を、最初から 男として見たんだ」って

返してる。


「うん。山羊の車に乗って来なくて

森の木を破壊したから、治してきた」


トールは、“タングニョースト” と

“タングリスニル” っていう、二頭の黒い牡山羊が引く 戦車に乗って移動する。

ロキか、シャールヴィって人が、山羊の後ろ足を傷めてしまってからは、あんまり乗ってないみたいだけど。

山羊たちは 中の肉を食っちまっても、皮があれば

翌日には蘇る。

トールが腹減った時とか、腹減って困ってる人がいると、『食うか?』って 振る舞ったりする。


ミカエルが ジェイドの隣に座っても、まだ

「メルクリウスが?」つってるし

ヘルメスに、相当 会いたかったっぽい。

「何だよ。俺が いつも居るだろ?」って

ムスっと されてやがるけど。


「月夜見尊は、そのまま帰られたのであろうか?」


ヴィラの壁にも 開けっ放しになってる 幽世の扉に眼を向けて、人化けして キッシュ食ってる

榊が聞くと

「スサノオに オージンの印を付けに行った」

って ボティスが答えて、シェムハザや朋樹と

話し合いの内容報告を始めた。


ヴィシュヌと師匠は『一度 インドに戻る』って

飛んで行って

ベルゼとベリアルは、ヘルメスとトールに

『後で城に』って 地界へ戻って

ハティが 月夜見に付き添って、ヘルメスとトールを 連れて、ジャタ島のバニヤンツリーの門から

地下教会へ向かった。


オレと泰河、四郎は、テラスで プールに向いて

「トール、カッコ良かったよなぁ... 」

「北欧神最強だもんな」

「ヘルメスも、感じの良い方でしたね」って

小さく盛り上がる。

虫がいるのか、プールの水面に 波紋が拡がる。


「世界には、たくさんの神話があるのですね...

そういった本などもあるのでしょうか?」


「うん、ギリシャ神話とか北欧神話は 有名だし

メソポタミアとか エジプトのもあるぜ」


本を買いに行きたそうに そわそわする四郎の隣に

何冊かの本が、山積みになった。

テーブルに振り返ると、シェムハザが

「城の図書室にもある」って 言ってるし

取り寄せてくれたみたいで

「おお! 有難う御座います!」って

すげー 喜んでるし。


「四郎、アバドンの城から 持って帰ってきた本は

読んだのか?」と、泰河が ふと 思い出して聞く。


「朝、少しずつ ぺえじ を開いてみておるのですが、なかなか 意味が入ってきづらいのです」


四郎が苦戦すんのかぁ...

詳しくは 分からねーけど

“紀元前 3000年から 紀元前1000年前くらいまで” の本って、ミカエルが言ってたもんなぁ。

古過ぎぃ。

粘土の板とか、石版に残されてた文字を

本にしたんだろうけどー。


「恐らくですが、何かの神殿の壁に彫られた文と

その神に仕える方々の事や、また その頃の出来事の記録のようなものであろうと 見受けられます。

最初の文に、そのような事が書いてありましたので。記録された方は、司祭などでは なさそうですが... 」


「へぇ... 」

「なんか、面白そうだよなぁ」


どういう本か 分かるだけでも すげーし。

「御覧になられますか?」って 聞かれて

「んーん」「いや、いい」って、首を横に振る。

漢字多くて 文字ばっかりのでも、相当疲れるし

知らねー 文字が並んでるやつ見たってさぁ...


「そうですか... 」って 残念そーだけど

ハティとかミカエル、シェムハザ、ボティスくらいしか 読めねーと思うんだぜ。


「ん?」


報告を中断するような パイモンの声がしたと思ったら、幽世の扉に影が差したように暗くなって

「おっ、パイモン」と、トールが出て来た。

「あれ? 今日、男っぽいね」って

ヘルメスも続くと

二匹の蛇が巻き付いた 翼のある杖 ケリュケイオンや、翼が生えたサンダルを見た ジェイドが

フォークを持ったまま立ち上がった。


「スサノオと サヤカとゾイに、オージンの印を付けて来た。祓魔は お前か?」


トールに聞かれたジェイドは、トールにも

「はい!」って、潤んだ眼を向けて

差し出された手を 両手で握った。

そのまま ルーン文字の水晶 押し付けられてるけど、トールの顔 見上げてて、気付いてねーし。


「ミカエル、妻に会った。

お前と居ると、女性に変わるみたいだな。

今度、ちゃんと紹介してくれ」


ヘルメスが さらっと言ったけど

ミカエルは、ゾイのことを “妻” って言われたのが

嬉しくて、「うん」って 笑顔。

“お前と居ると” 部分は、気にしてねーし。


「トール、久しぶりだな」って 言ってるパイモンにも「おう」って 水晶 押し付けてるトールの隣で

「祓魔が “ジェイド”?」って、ヘルメスが聞く。


「はい」って 感動するジェイドと握手してたら

「お前に会いたがってたぜ? “メリクリウス” って」と、ミカエルが スネ気味に教えてて

「おお、本当に?」って、ジェイドの頭を

笑顔で くしゃくしゃしてる。


「こいつにも頼む。榊だ」


ボティスが紹介した後に、シェムハザが

「ボティスの妻なんだ」って 付け加えると

「おお?!」「ボティスが?!」って

トールもヘルメスも、本気で驚いてるし。


「身を固めるとは... 」

「だけど、エキゾチックな美女だ」


顔を真っ赤にした榊が、二人と握手して

水晶 押し付けられてから

ボティスが「狐だ」って 教えて、榊が 化け解く。


「何だと?!」「クリーム色だ!」って

二人共 喜んで、テーブル越しに手を伸ばしたトールに 抱き取られて、肩に載せられた。

「むっ?」って 固まってるけど、大人気だしー。


「何故、島に来なかった?」って聞く ヘルメスに

「呪術医の術に掛けられた 友がいる」と

パイモンが答えて

「ヴィシュヌやガルダでも、解けないみたいなんだ」って、ミカエルが説明すると

「寝てるだけじゃなかったのか... 」

「心配だろうが、パイモンやシェムハザがいる。

下手に触らず、しっかりみる こったな」と

トールが、榊を高く抱き上げた。

仔狐扱いされて「儂は、齢三百であるが... 」って

申し訳なさそうに言ってるけど、神々からしたら

二十も三百も 大差ねーよなぁ。


「地界へは?」


「これから」

「俺もヘルメスも、封を見てからになるが。

ハティが “封を強化する” って、準備に行ってる」


トールも、“ハティ” って呼ぶんだ。


話してたら、月夜見キミサマが 幽世の扉から

「封の準備が出来たようだ」って 顔を見せた。

月夜見、だいぶ おおらかになったよなぁ。

最近、働いてくれるしさぁ。


ヘルメスが、榊の頭を撫でると

トールが ボティスに、榊を渡す。


「もう?」って、残念そうな ジェイドに

「うん、また」

「今度は俺等も、同じ仕事着を着る」って 言って

二人は 月夜見と、扉の中へ消えた。


「なんて夜だろう... 」


握手のために、左手に持ち替えてた フォーク持ったまま、立ちっぱなしのジェイドが

幽世の扉を見つめてる。

ミカエルに「座れよ」って 言われてるし。


「ミカエル、仕方ないだろう?

また城に来い。皆、お前に会いたがっている」

「あの二人を嫌う者など、神にも人間にも おらんからな」


「うん、いや、もちろん

こうして ミカエルと居られることも

いつも、ジェズや聖父に感謝してる」


「ふうん」


機嫌、戻らねーなぁ...


「島の扉は、もう閉めるかの」


人化けした榊が、右手を肩の位置まで上げて

またキッシュを前に、フォークを振るい出した。


「ヘルメスとボティスって、仲良くないか?」


朋樹が聞くと、スネ気味ミカエルが

「ヘルメスは、泥棒や商売の神でもあるんだぜ?

賭場にも出入りしてたし、バラキエルと気が合うに決まってるだろ?

堕天してからも、アレクサンドロスに

ギリシャ神話を拡めさせてたし。

わざわざローマにも!」って、余計にヘソを曲げちまった。


「ゾイ」


めんどくさくなったらしい ボティスが

ゾイを喚ぶと、5秒後くらいに

「こんばんは... 」って、ゾイが立って

ミカエルの仏頂面が緩む。


「あの、トールに、オージンの印をいただきました... 」って、もう 印は消えてる手の甲を見せて

「今日は、プリンを たくさん作ったんですけど

良かったら、取ってきます... 」って

ミカエルに聞いてる。相変わらず かわいーしぃ。


「うん」「食べる」


一緒に答えた パイモンに、また 仏頂面向けてるけどさぁ。


「じゃあ、すぐに... 」と、ゾイが消えると

「俺も手伝って来る」って、ミカエルも消える。


「あの 二人は、変わりなさそうだな」


何故か 満足げに、ニョッキにフォーク刺しながら

パイモンが言って、北欧神話の本 開く四郎に

「免疫学の本は読んだのか?」って 聞いてる。


「はい、一通り読了致しました」


パイモンは 四郎に、医術 教えてるんだよなぁ。

人間のだけじゃなくて、聖父に燃やされた悪魔を癒やす術とかも 習得中らしい。

まぁ、防護円で ある程度は防げるけど

地上勢力は悪魔だらけだし、必要かも。


キシ という、ベッドが軋む音がした。


ジェイドやパイモンが、ベッドに振り向く。

化け解いた榊が、ソファーの背もたれを跳んで

ニナのベッドに 両前足を掛けた。

キシキシ... と、ベッドのスプリングに圧力が掛かる音。


「なんだ?」


ボティスも眉をしかめて、ソファーを立つと

パイモンとシェムハザが消えて、ニナのベッドの両サイドに立った。

オレと泰河も、胡座を解いて 立ち上がる。


ニナの下腹が、ぐう っと ベッドに押し付けられているように、ベッドに沈み込んでる。

中途半端に起き上がっている上体を シェムハザが

後ろから 腕を回して支えて

パイモンが、ニナの両膝を 少し立てさせると

下腹に左手を当てながら、脈や瞳孔を観察する。


ギシ っと 音がして、沈んでいた ニナの下腹が戻る。シェムハザが 腕を外して寝かせようとすると

パイモンの手の下で、また下腹が沈み出した。


「腹部には、何も感覚はない」


ニナの下腹から手を離したパイモンが

シーツをめくると、シェムハザが指を鳴らして

ニナを下着だけにした。

パイモンが 腹部を観察する。

ニナの腰は、さっきよりベッドに沈み込んだ。


「透過スクリーンを」


シェムハザが取り寄せた 透過スクリーンで

ニナの腹部を見てみてるけど

「何もない」

「心拍も落ち着いている」と

パイモンが、透過スクリーンを振りながら

臓器内や血管、神経や骨の中を観察し、

シェムハザが ニナの額に手を当てて

「精神を観察する」と、術を掛け出した。


「ルカ、何か見えんのか?」


ボティスに言われて、ニナのベッドに近づく。

朋樹が 床から、ソファー の ジェイドの隣へ

移動していて、榊は、邪魔に ならないように

隣のベッドに座って 様子をみてる。


ニナは、ただ眠っているように見える。

スプリングを軋ませる程、腰が沈み込む という

自分の身体の事にも 気付いてない。

背骨とか骨盤とかも 大丈夫なのかよ... ?


「どうだ?」


透過スクリーンを引いたパイモンが

ヴィラの壁際... ニナの頭の方へ 少しずれた。

隣に立って、ニナの沈んだ腹部を見る。

ヘソの下 15センチくらいのところにもやがある。

腹の中で、渦を巻いているように動いてる。


スプリングが戻る音がして、沈んだ腰が 元に戻ると、ニナの胸の間と 両瞼の下が ゴールドに見えた。

その色の何かに追われるように、黒い靄が

眼窩や胸から 下腹へ降りてくると

また ニナの腰が、ベッドに沈み始めた。

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