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「バアル ゼブル?」

「ベリアルも 本当に来た」


ベルゼとベリアルが

「ヘルメス」「トール、豚 一頭食べてるのか?」って 挨拶してて

ハティに「アバドンの話をしている」と 聞くと

話に加わった。

いつの間にか、椅子も取り寄せられてるし。


ベリアルが、円卓の向かいで大人しくしてる

オレらんとこに来て

「呪詛の娘は?」って、ニナのことを聞いた。

気にしてくれてるっぽい。

「今、パイモンが来てくれてるんすけど... 」って

朋樹が 朝のことを話してる。


「... モレクをやった? 本当なのか?」

「ゼブルが吸収した って...

下手すると ゼブル、あなたが天に睨まれる」


「そう。気をつけている。

尤も私は モレクのように、自らが生贄を望む者でもないが、今回 キュベレを捕獲して 第七天アラボトに上がり、“敵に回るつもりはない” ということも はっきりさせておくつもりだ。

秩序を重んじてはいるが、世に必要として存在する神々の 地位の向上は目指す」


「どーゆーことー?」って、泰河に聞いたら

「さぁ... 」だったけど

シェムハザからワインのグラスを受け取った

ベリアルが

「モレクは、自らが 赤子や幼児おさなごの生贄を望んだが、多くの神々は違う。人間等が勝手に捧げる」って、フルーツの皿から マンゴーを摘んだ。


「“神の名のもとに” と 正当化した戦争に関しても

同じことだ。神は “争え” などと言っていない」


四郎が、真摯な眼で ベリアルに頷くと

ベリアルは 表情を緩めて

「神の名を冠したものであろうと、実際は

カイザル... 政治的な事情で争っていることが多い

ということだ。お前の心は、父が知っている」と

四郎の過去は 否定しなかった。


「善を知るためには、悪も必要となる。

また 疫病神であるゼブルは、生物の免疫力を向上させ、進化の 一因ともなる神だ。

だが 病というものは、生物にとっては 都合が悪い。簡単に “邪神” “悪魔” と 烙印を押され、

また、憎む相手... 国などを呪い、疫病を蔓延させ 滅ぼすために、ゼブルを崇拝し、利用しようとする者等もいる」


政治上の理由とかで、“あの国が邪魔だ” ってなったら、ベルゼに疫病を撒いてもらおうと

生贄を使った儀式で 願う... ってことか。


「しかし、本来は そうではない。

神とは、畏れ敬うものだ。

そして人間にとって、疫病神が ゼブルである内は

まだ良い。

ゼブルは、人間から勝手に 自分に捧げられた生贄の魂は 解放する。人間と契約は結ばんからな。

人間の欲に沿って 病を撒く事など無い。

生命のバランスを保ち、進化を促すべき時期に撒き、その魂を獲るが、魂は 病の情報を獲得する。

ゼブルが、次に 新たな病を撒く際に

先の魂から抽出された情報も 同時に撒かれる」


前に流行らせた病気は、克服出来るようにして

また 新しい病気を流行らせる ってことらしい。


「だが モレクのように、“生贄と引き換えに 願いを叶える” という疫病神が現れるか、

“生贄の必要もない。魂は疫病に倒れた者から獲るが、願いは叶えてやる” という者が現れたら

どうなる?

人間は、自分の欲を満たせる方を選ぶ。

“疫病神ベルゼブブ” が 忘れ去られ、

新たな疫病神が立てば、世界中で致死的な病が蔓延し、人類など すぐに滅ぶ。

災害や戦争の神であっても同じ事。

その後は、神々の争いとなるだろう。

ゼブルは それを見越し、すべての邪神や悪魔の名が、“キュベレ” と ならんよう尽力するつもりだ」


地位の向上って、そういうことか...

自分を崇拝させる とかじゃなくて

神として 神格を上げる。

けどこれ、結局は 人間を護ることにも繋がるんじゃねーのかな... ? 前にミカエルも

“ベルゼは天に滅されない” みたいに 言ってたし。


その辺りも気になって

「でも、聖書の ベルゼブル論争では

聖子が “ベルゼの力によって 人を癒やしている” って 疑われて、論争になったんすよね?」って

聞いてみたら


「何の話だ?... 聖子は、父のひとり子だ。

当然、聖霊によって 人を癒す。

父に与えられた権限でもある。

有名であるが故に ゼブルの名が出たが、聖子は

“父... 神の力ではなく、悪魔の力によるペテンだ” と されたことに

“いいや、神の力によるものだ” と 反論している」って 返されちまった。


うん、そうだよなぁ。そういう話。

名前が出るのは、別に ベルゼじゃなくても良かったんだし。

オレ 今、ベリアルの話 変えちまったよなー。


けど、ベリアルは

「ゼブルを、悪霊の頭ではなく

疫病神として見た場合の論争... という話か?」

と 確認して

「疫病を撒くという作用を持つ 異教神、

御使いではない という事で言えば

“悪魔” だろう。

そして、どの神も “父” ではない。

“父のみを神とする” ということは

“その教え... 聖子が完成させた律法に従い

愛を受けろ” ということだ」って 答えてくれた。


「はい」って 四郎が頷くと、ベリアルは

自分が悪魔だったことを思い出したのか

「... こういった話は、ミカエルやジェイドが話した時に 頷くものだ。

預言者が 悪魔に従うものではない」と 微笑って

グラスを口に運んだ。


「“悪霊のかしら” として、ベルゼの名前が出てたけど

ベルゼ自身のことは、悪く言われてなかったもんな」って、泰河も サテ食って


「そうした考えに至るのは、自然信仰アニミズムの国である

日本に生まれているからだ。

バリ ヒンドゥーのように、“どのような神もいる” という受け皿が 根底にある。

そうでない国や文化ならば、いかなる場合であろいと、善は善、悪は悪 となる」っていう説明にも


「あっ、そうっすね。八百万の神とか

荒御魂 和御魂の観念と、バリ ヒンドゥーの二元論って 似たとこあるし」って 頷いてる。

オレら ちょっと、ベリアルに慣れて来たんだぜ。

こういう油断が 危ねーんだろうけどー。


「悪魔が 人間と契約することが許容されるのは?

生贄崇拝と近くないすか?」って、朋樹が聞くと


「確かに モレクと大差はないが、違いはある。

崇拝ではなく、取引ビジネスだからな。

まず、本人の魂であること。成人であること。

そして、戦勝等の契約であっても

悪魔自身が 人間に手を下さん事 等だ。

契約の強要も無効。人間の自由意志による」と

グラスのワインを飲み干した。

で、ジャタに「ベリアル」って 呼ばれて

白い寝台の方へ 向かって行く。


トールの隣から、バビ グリン をフォークで摘む

ヘルメスが

「アバドンに キュベレを渡して

サンダルフォンが、黙示録やるの?」って 言うと

トールは 、ヘルメスの取皿に

バビ グリンの輪切りを ドン って置きながら

「だが キュベレは、サンダルフォンの手に負えんだろ?」って、ミカエルに聞いてる。


「あ、それはさ、あの 獣の子で対応するつもりだったみたいだよ」


ヘルメスが 泰河を指すと、トールの眼が

泰河に移った。


「獣? 小僧、獣人か何か なのか?」って

でかい手で 手招きされて

泰河は、緊張しながら歩いて行ってる。


「“原初で終の獣” の話は?」


ボティスが聞くと、トールが

「オージンに聞いたことがある。

“ルシファーが予言した” と。

冗談だろうと思ってた」って 言ってるし

ヘルメスも

「本当に居るとはね。

ルシファー、予言なんか出来るんだ」って 感じ。


「俺には見えないし、父も認識してないんだ」


ミカエルが言ってて、獣の 詳しい話になってきたけど、近くに来た ヴィシュヌが

「ご飯も欲しい?ナシゴレンいる?」って

取り寄せてくれた。


「嬉しいっす」「有難う御座います」って

お礼 言って食ってたら

ヴィシュヌも 一皿 持って、食いながら

「ラグナロク って、知ってる?」と

黒く濃い睫毛の ばちっとくっきりした眼で

オレらを見回した。小声だし。


「北欧神話の 最終戦争ラグナロクっすよね?」

「“神々のたそがれ”?」


朋樹と小声で返すと、四郎は

「私は 存じぬのです」って 答えた。


ヴィシュヌは、どっちにも頷いて

小さめの円卓と椅子を出すと

「座ろう」って オレらを誘って

円卓の上には また、サテやルンダン、ビールと

四郎用のアイスティー を取り寄せる。


「ヴィシュヌ」って、ジャタに呼ばれてるけど

「ちょっと待ってて。親睦を深めたいから」って

ミカエルに、“ジャタの相手しといて” 的な視線を送る。

ミカエルは そのまま、シェムハザに託してるし。


「アース神族の主神、オージンのことは?

“オーディン” って 名で知られてるかも」


ヴィシュヌが 四郎に聞くと、四郎は

食いながら聞くのは 失礼だと思ったようで

ナシゴレンのスプーンを皿に置いて

「存じません」って 答えた。


少し笑ったヴィシュヌは

「食べながら聞いて。共に食事を取りながら

話すのが 気に入ってるから」って

視線で スプーンを示す。

「はい」って 素直に持ってるし。


「創世のところと、各界とユグドラシルのことは

さっき、話してみました」


皿から ルンダンを取りながら、朋樹が言うと

「うん。巨人ユミルからの創世だね。

ユミルは、凶暴な性質だった。

けれど、巨人ではないブーリの息子 ボルと

霜の巨人の娘から生まれた オージンたちは

知性的だったんだ。

それで、気に入らない 巨人ユミルを殺した。

その部分からも、少し分かると思うんだけど

オージンは、知性や 知識を愛する」と

オージン... オーディンの事を掻い摘んで話す。


アース神族は、主権や祭祀、法律や知識、

暴力や戦闘 など、政治的なものを司る神々 って

印象がある。主神オーディンの 一族が ほとんど。


アース神族の主神 オーディンは、知識を得るために 人間世界ミズガルズ巨人世界ヨトゥンヘイム、様々な世界に旅に出る。


神秘の文字 “ルーン文字” の 秘密を掴むため

九日九晩、自分を生贄に

ユグドラシルの枝から 首を吊ったり、

“もっと知識を” と求めて、賢者ミーミルが守る

知識の泉へ行き、『片眼を渡せば 水をやる』と

言われて、片眼を差し出して 水を得た。


そして 目的のためなら、策略や裏切りもいとわない。

女の人に対しても そういう感じで、妻フリッグの他にも、自分の目的のために 子供を産ませたり

一時的な慰めのために利用する。


『女の言うことなど信用するな』

『女の愛を得ようとするならば、綺麗事を言って贈り物をし、女の美しさを褒めろ』... って

言葉を残してるし。


「なんと まぁ... 」


魚のつくねのサテ持ったまま、四郎は何とも言えねーっぽい。まぁなぁ...


「だけど、戦術や策略、呪術や呪歌に けてる」


オーディンは、ヴァン神族が使う

霊を呼び寄せて予言を受け、自分の魂を遠くへ飛ばす... という、魂を操る “セイズ呪術” や

ガルドル律 という 特殊な韻律で歌を歌い

治療や闘争心増強、様々な効果を発揮させる

“呪歌ガルドル” の 使い手でもあった。


アース神族には、戦神テュールがいる... にも関わらず、オーディンが 戦いの神として崇拝されていた。

オーディンに気に入られれば、戦術や特殊な陣形を 授けられるばかりか、オーディン自らが 戦場に赴き、勝利に導くこともある。

ただ、その加護も移ろいやすい。

いきなり 相手方に鞍替えし、敗北に追い込むこともあった。... いや、ひどくね?


「人間たちに祈られるばかりでなく

神々の間にも、争いは起こった。

アースガルズが完成した後、どの世界も平和だったけど、ある日、人間世界ミズガルズに争いが起こった事が 発端だった」


人間たちの争いの原因は、魔女グルヴェイグにあった。人間たちに黄金を与えたために、人間たちは “欲” を知り、黄金を求めて争った。


アースガルズの神々は、魔女グルヴェイグに

人間を唆すのはやめるよう 説得するけど

グルヴェイグは聞かなかった。

神々は、グルヴェイグを始末しようと捕え

槍で突き、火刑に処す。

グルヴェイグは 三度、死んでは蘇り

その度に 神々の心にまで、黄金に対する執着を植え付けた。


グルヴェイグを滅ぼそうとした事を、ヴァン神族が知り、怒って押し寄せた。


ヴァン神族は、豊穣や富、平和、愛や美を司る。

名前も “光り輝く者” って意味らしく、美形揃い。

性的にルーズだけど、魔術に優れていて賢い。

そして 黄金を愛していたので、グルヴェイグとは親密な仲だった。


アース神族は、ヴァン神族に賠償金を払ったけど

ヴァン神族の怒りは収まらず、戦争に発展する。


ヴァン神族の魔術によって、アースガルズの城壁が 破壊され、アース神族もヴァナヘイムに攻め入った。双方互角の強さで、戦いは長引き

どうにか終結させようと、“人質交換” することになる。


ヴァン神族が 人質に出したのは

豊穣と富、海の神ニヨルド

その息子 豊穣と富、愛の神フレイ という

二人の貴公子と、ニヨルドの娘で

愛と豊穣、戦争の 美しい女神フレイヤ。


対して、アース神族が人質に出したのは

見掛けだけ立派な男前のヘーニルと

知識の泉の番人、賢者ミーミル。


ヴァン神族は、ミーミルが居なければ 何も言えない ヘーニルにガッカリして、釣り合わない人質を送ってきたアース神族に怒り、ミーミルを斬首して、アースガルズに 首を送りつけた。


ミーミルは、知識の泉の水を毎朝 飲んでいて

大変に知識を持っていた。

オーディンは ミーミルの首に、薬草で防腐処置を施し、呪術で 首が話せるようにした。

こうして オーディンは、ミーミルの知識の全てを

手に入れた。


「ヴァン神族との争いで破壊された アースガルズの城壁を、“より堅固なものにしてやろう” と

牡馬を連れた、ひとりの鍛冶屋が現れたんだ。

この話をする前に、“ロキ” という者の話に触れる必要がある。聞き疲れてない? 大丈夫?」


四郎に ヴィシュヌが聞くと

「いえっ、楽しいです! 是非 続きを!」って

眼ぇ輝かせてるし。かわいーんだぜ。


「うん」って、でかい眼を細めた ヴィシュヌは

「デザートを取りながらにしよう」と

フルーツと アイス添えの揚バナナ、クロポンを出してくれて、インディアンコーヒーとバルフィもテーブルに乗る。

月夜見キミサマやボティスの近くに座ってる師匠に 眼を向けると、“食べろよ” って風に 片手を上げた。


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