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「... 天や地界に覚らせず、地上の部分々々を

入れ替えた。現在は、地中まで

入れ替わった部分の区切り作業をしているが... 」


「その土地固有の バクテリアや菌類から

HGTが起こっても おかしくないからな」


「HGT?」


「遺伝子の水平伝播だ。ジャンプする。

世界中で変異が起こる恐れもある。

訳の分からん病や、不利益な変異により

いずれかの種の絶滅などの恐れも出てくる」


「同一 生物種の間... 親から子どもへのやつは?

垂直伝播」


「VGT。ジャンプが起こってからだと

変異した遺伝子を受け継いでいくことになるが... 」


「対策はしてあるんだろ?

どう 入れ替え直すかだけど、天で知っているのも

楽園マコノムのザドキエルと アシュエル、レミエル、

ラミー、第二天ラキアのラファエル、

第一天シャマインのガブリエルと アリエルだけだ。

第六天ゼブル第七天アラボトには、まだ報じてない。

天狗アポルオンとアバドンの事も 報じることになるから。

天は、ある程度しか 頼れないぜ」


ベッドの隣で、頬杖ついて話す ミカエルの

くせっ毛ブロンドを ぼんやり見る。


リラの魂に触れた時は、包んでるのに

包まれているような 感覚だったけど、

水に入って触れた リラの手には

実体としての 感触があって。 手を 繋いだ。


オレより、少し体温が低くて

細いけど 柔らかい 知ってる 肌の質感。

また、手が 繋げる とか、思ってなかったし

『星絵も うれしくてね... 』って 話すリラに

頷くことも、ロクに 出来なかった。


夜のエデンの 二本の木の間に、朝と虹が見えた。


ザドキエルが『リラ、そろそろ... 』って

オレに、申し訳なさそうに言ったけど

会えた礼を言って、手が 離れた時に

『リラ』って 呼ぶと

リラは、繋いでいた右手を胸に当てて

その上に 左手も重ねながら

『モン クール』って、一度 瞼を臥せて

また 丸い形の眼で、オレを見た。


まだ、何かが パンパンに

胸に詰まってる。


「ルカ」


ぺしゃ って、横顔も 枕に沈めてたんだけど

肩に 手が置かれて、顔を動かすと、四郎だった。


「あっ、おかーり...

いつ 戻って来たんだよ?」


呆けたまま聞いたら「つい 今しがたです」って

タンブラーのコーヒー持ってる。


「コンビニエンスストアや、珈琲の店などでも

このように、持ち込みの容器に注いで頂ける処があるようです。アコと買って参りました。

保冷、保温の出来るものです。えこ で御座います」


ふうん... 四郎、えらいよなぁ。


起き上がって「ありがとー」って タンブラー

受け取って飲んだら、中身はラテだった。

「たまには良いと思い... 」って

サイドテーブルから、自分のタンブラー 取って

隣に座ってる。


「先程... 」って 言って黙るし

「リラ?」って 聞いてみたら

「いえ、良いのです」って 焦ったよーに

ラテ飲んでる。


「手ぇ 繋げてさぁ」


言ってみながら、なんか 笑えてきたし。

“手ぇ繋げて” とか、初めて言ったぜ オレ。

言葉だけだと、思春期女子っぽくね?

まだイタイケだった リン

友達とキャーキャー 話してたの思い出したし。

いやでも それも、ほんの何年か前なんだよなー...

奥手な夢見る子ちゃん... みたいになるって

思ってたのによー、大学生のカレシって何だよ...

オレは、ゾイみたくなって欲しかったのにさぁ。


「なんと... 良う 御座いましたね」


「おう? うん!」


「私は、手なども 取ったことが御座いませんので

どのような 心地であるかと... 」


「ああっ、そーいう眼だったし!」


あの頃のリンの眼なんだぜ!

でかい声 出しちまって、四郎が「おおっ」つって

ベッドの向こう側に座ってた ミカエルに

ベシッ て チョップされて 痛ぇけどー。


で、話しは いろいろ進んでたみたいで

「入れ替わった部分を、一度 破壊して

周囲と同じ環境に造り直す」案 とか、

「いっそ、突然変異や進化を観察する」案が

出てた。


「地上のもの同士が 自然混雑しても

全生物が全滅するようなことには ならない。

そう造られていないから。

でも 誰かが、術とかで 手を加えたりして

想像を超えるようなものが出来たら

俺に 殲滅の命が出る恐れがあるし

結局、アバドンや天狗アポルオンのことが 明るみに出る」


「ガルダなどが関わっているのなら

シヴァが 破壊再生すればいい。

“悪意が集中した場の対処” だと言えば

父には バレん」


皇帝は、大胆だよなぁ...

“進化観察案” は、ボティスだったっぽい。

パイモンとかハティも 喜びそうだし。


「ヒンドゥー神との会議になるぜ?」


「更に、他神話の神々の許可もいる。

今は ハティが話して、対処を待ってもらっているが... 」


本来なら、聖父が 方向を決めるんだろうし

話、でか過ぎて 入れねー。


皇帝の隣に 座らされっぱなしだった泰河が

「お前は、どうにか出来んのか?」って 聞かれて

「はぁ?!」って、眼ぇ剥いてるし。


「何 言ってるんすか?!」


真隣で やるじゃん。


「お前自身ではなく、預言の獣だ」って

顎ヒゲ 触られて

「すんません」って ふるふるしてるけど。


「その預言って、誰からなんすか?」


テーブルの向こうで 胡座かいてる朋樹が聞くと

皇帝は「さぁ?」つってる。


「そういえば、何故 古ヘブライ語なんだ?」


朋樹の隣で ジェイドが聞いたら

「多少の変容はしているが

父が、アダムと話した言葉だが... 」って

首 傾げてる。


「えっ、ヘブライ語って

カナン語から派生したんじゃないんですか?」


朋樹が聞いてるけど、オレは四郎に

「... 奥さんと、手も繋いでねーの?」って 聞いて

ミカエルまで「妻なのに」って 入ってきた。


「籠城中で御座いましたので」


タンブラーを サイドテーブルに置いたミカエルが

ベッドの上に膝立ちになって

「うん。戦闘中だったんだもんな」って

四郎を抱き締めてるんだぜ。

「聖みげる、嬉しいのですが

いささか 恥ずかしゅう御座います」って 照れてる。


「現代に残る文書などから、学者の類が

“そう考えられる” と しているのだろう?

父は アダムの追放後も、子孫たちの歩みを見守った。モーセが書いた 創世記を? 10章」


「洪水の後の、ノアの子孫の系図だ。

セム、ハム、ヤペテ」


言語から 系図の話しになってるんだぜ。

オレは、この辺りって覚え切れねーんだよなぁ...


例えば ... いや この辺りは 飛ばしていいんだけど

ノアの子の “ヤペテ” の子が、

ゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メセク、テラス。


で、そっからも またヤペテの子の

... “ゴメルの子孫は

アシケナズ、リパテ、トガルマ”...

... ヤワンの子孫は

エリシャ、タルシシ、キッテム、ドダニムであった”... って、だーっと 書いてある。


この人たちから


... “海沿いの地の国民が分れて、

おのおのその土地におり、その言語にしたがい、その氏族にしたがって、その国々に住んだ”...


って なってて、また


... “ハム” の 子孫は

クシ、ミツライム、プテ、カナン”... って 続いて

この人たちの子孫の名前と

... “ニムロデは 世の権力者となった

最初の人である”... とか

どこが彼の国だったか、どこに国を建てたか とか


... “ミツライムから、ルデ族、アナミ族、レハビ族、ナフト族、パテロス族、カスル族、カフトリ族が出た”... とか、ヒビびと、アモリびと... って

何族とか 何人なにじんとかに広がって


... “これらは ハムの子孫であって、

その氏族とその言語とにしたがって、

その土地と、その国々にいた”...


同じように、“セム” の子孫も

... “彼らが 住んだ所は

メシャから東の山地 セパルに及んだ。

これらはセムの子孫であって、

その氏族とその言語とにしたがって、

その土地と、その国々にいた”...


海沿い、平地、東の山地。

... “これらは ノアの子らの氏族であって、

血統にしたがって 国々に住んでいたが、

洪水の後、これらから

地上の諸国民が分れたのである”...


うん。地のおもてに拡がっていったのが

ノアの子孫 って こと。アダムの系図の 一部。


「“その氏族と その言語とに したがい”。

この時まだ、全地は同じ発音と言葉だったが、

各地で 方言のようなものが出来る。

11章では、思い上がった人間たちのために

父は、全地の言葉を乱し

その者等を全地のおもてに 散らした」


... “さあ、町と塔とを建てて、

その頂を 天に届かせよう。

そして われわれは名を上げて、

全地のおもてに散るのを免れよう”...


東のシナルの地... 現在のイラク南部と考えられている場所の平野で

団結してバベルの塔を建てようとしていた人たちは、言葉を乱されて 散らされる。


“その頂を 天に届かせよう”

天への挑戦かよ... って思うし、そうなると

天が 迎え撃つことになっちまう。

“はい解散!” って 散らして

聖父は 人間を、滅ぼさなかった。

ノアの時に、“もう滅ぼさない” って決めたから。


「散らされた者等が 辿り着いた、各々の地で

その地の方言とも融合し

それぞれの言語に 分かれていった」


クシの子孫には “カナンびと” になった人たち、

セムの子孫には “アラム” がいる。

カナン語やアラム語は、ここから... ? って

思ったりするんだぜ。


「14章13節」


「... “時に、ひとりの人が のがれてきて、

ヘブルびとアブラムに告げた”... 」


ジェイドに読ませて、皇帝が 軽く喀血する。


「えっ、皇帝?」

「あっ... 考えたら、聖書の話じゃねぇか」

「名指ししてないのに... 」


「構わん。続ける。

ジェイド、お前は 腕がいい」


マジかよー...

ちょっと笑ってるしさぁ。


「“ヘブルびと アブラム”」


もう、ボティスが

引き継いで説明に移るんだぜ。


「これは、現在の ユダヤ教、キリスト教、

イスラム教の祖である “アブラハム” のことだが

父と共に歩んだのは、“ヘブルびと” ということだ。つまり、最初の言語は ヘブライ語だ」


ヘブライ語。ヘブル語も このこと。

2世紀頃から、一度 話されなくなったけど

19世紀後半くらいから イスラエルで復活した。

こういう風に、一度話されなくなった言葉が復活したのは、このヘブライ語だけ。

旧約聖書も この言語で書いてある。


「しかしだ」


また皇帝だし。


「預言をした者が いるとしても

父に係わりが 無い者だろう?」


“いるとしても”?


周りの疑問の顔を見て、皇帝は

「預言の言葉たちは、俺の深層から浮き上がってきた... という感触だった」って 言った。


「じゃあ、予言?」


「初めは そう考えた。だが或いは、

あらかじめ 俺の深層に それを埋めた者がいる... という事だ。

観念で埋めた物を、言葉に置き換えてみると

ヘブル語になった。

例えば、ここに 赤子が居るとする。

何が居る? と 問われたら、どう答える?」


「赤ちゃん」って 答えた泰河に、朋樹が頷いて

ジェイドは「bimbo」って 答えた。

ビンボ。赤ちゃんのこと。


「俺は、yanuka... ヘブル語で浮かんだ ということだ」


「なんで、天の言葉じゃないんだよ?」


ミカエルが聞いたら

「もう、地界に居たせいもあるだろうが

父に係わりがある者の言葉であれば

天の言葉となっただろう。

勿論、天の言葉も知っているのだから」って

答えてる。


「地上の言葉 って事なんすか?」


「そういう事だ」


「それ、俺は ちゃんと聞いたことないぜ?

なんて言ったんだよ」


「救い主の降臨を願う。

唯一の神、あなたに愛されたものに安住の地を。

初め、そして終わりは、神聖な働きにより

融合し 一つとなる。

私は、存在に有る者。神が生まれる。

火をつけ根絶する。私に光の印を。

神。いと高き力で救いを。祝福が成就される」


ボティスが言ったら

「およそ 千年程前」って、皇帝が付け足した。


「“祝福が成就”?」


ミカエルが引っ掛かったのは、そこらしいけど

オレは “火をつけ根絶する” なんだぜ。


「もう一度、考えてみた方がいいな。

朋樹ん家の神社に出た事がある って聞いたけど

それだけにしたら、存在が でか過ぎる。

皇帝が予言してるんだし」


アコが、まだ 豆食いながら言って

朋樹は「“存在に有る” って、聖父?聖子?

三位一体だから同じ?」だし

「大日如来? ブラフマンとアートマン?」って

泰河が言う。


ジェイドは「“光の印” って、黙示録の印みたいに

天使に押されるものじゃなくて

神... 獣が欲している って 印象があるね」って

また違うとこ。


“唯一の神” は、聖父だよな... ?

後の “神が生まれる” の神が 獣なんだろうけど...


「これで全部なのか?」


「そう。断片で浮かんだ言葉ものだからな。

お前は いつまで、背後から話し掛ける?」


「向き合いたいのか?

お前が床に座るなら、俺は ソファーに座るぜ?」


ボティスが、ソファーから振り向いて

皇帝が 何か返す前に、四郎が

「黙示録のような印象が御座いますね。

現在の状況の事でしょうか?」って 言う。


「初め と 終わり... アルパであり オメガでしたら

天主でうす様やゼズ様でありましょうが、類する存在なのでしょうか?

始まり と 終わりは、光と闇 のように

相反する 対 と 捉えて、差し支えないのか... 」


考えながら言ってて、話し過ぎたって思ったのか

ハッとして「何やら 申し訳無く... 」って

恥ずかしそうだけど、ボティスが

「聖霊に類するのか?」って言った。





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