38


リフェルとボティスは、階段を降り切ると

その場で 少し立ち止まった。

榊が、ミカエルたちは解かずに オレらだけ

神隠しを解く。


「... どうして?」


螺旋のウェーブの黒髪。

鴉の濡羽のような艶を持つ 赤黒い翼の上に、灰色の翼。

青味がかった黒い眼を こっちに向けた天狗は

オレらが来たことが 意外なようだった。


三本しかない指の腕が、石の床に落ちている。

両腕とは別に 肩から生えていた腕を

斬り落とされていた。


天衣のドレープが付いた 黒い... 武人が穿くような 膝下丈のパンツを穿いている天狗の両手は

赤い枷を嵌められて、鎖で 頭上に吊り上げられている。

赤黒い翼は閉じているけど、開かされている灰色の翼は、直径3センチはある石釘で 壁に打ち付けられ、両足の甲も同じように 石の床に打ち付けられていて、鞭で打たれたのが、胸には何本かの 蚯蚓脹みみずばれや 裂傷があった。


「御迎えに参りました」


四郎が言って、人化けした 榊が

幽世かくりよの扉を開ける。

ボティスとリフェルが、図太い釘を抜こうとしてるけど、術も掛かっているようで、なかなか上手くいかない。けど、釘に 印は見当たらない。


「どういう事だ?」


開いた幽世の扉から顔を出した月夜見キミサマ

拘束された天狗を見て、顔をしかめた。


「母は?」


天狗が月夜見に聞くと、扉を出た 月夜見は

ボティスやリフェルに「見せてみろ」と

釘に触れて観察しながら

逆毎ザコは 一度、封鏡ごと高天原に預けたが

今は 二の山の蛇里にて、スサや柘榴が

ひなたというわらしと会わせてみておる。

山に結界を張り、鬼等に見張らせてはおるが

ミカエルの妻... ゾイも 様子を見に来たことで

幾分 落ち着いておる」って 答えてて

少し ほっとする。ゾイ、会いに行ってるんだ。

天狗の表情も緩んだ。


「“母を 呼んで欲しい” と 言ったのに

アバドンは、呼んでくれなかった。

“ミカエル達が 渡さない” って」


ボティスが 天狗に眼をやると、天狗は

「分かってる。アバドンは、母は要らない。

だけど、“ヤブユムとなって 強大な力を身に着け

天逆毎あまのざこを奪還しよう” と 言った。

“私を崇拝あいして寝ろ” と」と、淡々と話す。

聞いている オレらは、アバドンに虫唾むしずが走る。


キュベレの目覚めの為に 利用されているとは知らず、自分の元に ひとつ星として キュベレが落ちてきたという “幸運” を使って、地上や地界だけでなく、天すら 掌握しようとしてる。


何ていうか、性質なんだよな。

女って気がしない。

奈落 っていう、でかい界を任せられるんだし

そのくらいじゃねーと ムリなんだろうけど、

征服欲が強過ぎる。

ま、だから 奈落の支配者として宛がわれりゃ

地位には満足するだろうし、罪人の管理も完璧にこなすんだろうけどさぁ...


“罪人の管理” じゃなく、こうして 自分の目的の為に動く時、利用出来るものは 何でも使って

罪も そいつになすり付ける。


魂集めに、モレクや黒蟲クライシを使ったのは

まだ分かる。

どちらも、アバドンに 使われてはいても

自分で考える事も出来るし、下手すれば 力をつけて、アバドンに反逆も出来たんだろうし。


けど、姫様は違う。

アバドンに優しくされて 喜んでた。

天狗だけを連れて、奈落の扉が閉じられた時の

姫様の顔を思い出すと、泣きたいのか怒りたいのか 分からなくなる。


階段の上、アバドンの私室から

獣が咆哮するような声と、ミカエルが 鎖を引く音がした。


「... 黙示録を読んだ。9章を」


咆哮の声の後に、天狗が言う。

翼の釘の状態を見ている月夜見と 眼を合わせて。


ボティスに「ジェイド」と 呼ばれて

ジェイドが 9章を読む。


「... “第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。

するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。

この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた”... 」


一つ星... キュベレが落ちて、奈落が開いた。


「... “そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。

すると、その穴から煙が 大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。

その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、

地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。

彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木を そこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された”... 」


ジェイドが読んだのは、9章 1節から4節。

穴からの煙と蝗。奈落の蝗たちや

身体の無かったモレクや 黒蟲クライシ、エマ。

アバドンが 地のさそりのような力を与えた。

欲望を満たす為の毒針。


この後、5節と6節は

... “彼らは、人間を殺すことはしないで、

五か月のあいだ 苦しめることだけが許された。

彼らの与える苦痛は、人がさそりに さされる時のような苦痛であった。

その時には、人々は死を求めても与えられず、

死にたいと願っても、死は逃げて行くのである”...

と 続く。


「... “これらのいなごは、

出陣の用意のととのえられた 馬によく似ており、

その頭には 金の冠のようなものをつけ、

その顔は 人間の顔のようであり”... 」


ジェイドが、7節を読むと

「... “また、そのかみの毛は 女のかみのようであり、その歯は ししの歯のようであった”... 」と

天狗が 8節を読んだ。

アバドンの髪や、黒く生えた牙を彷彿とする。


「... “また、鉄の胸当のような胸当をつけており、

その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ 多くの戦車の響きのようであった”... 」


天狗が 続く9節を読んだ時、階段の上から

ギギギ... っと 骨組みが開くような音と

ガシャガシャ シャリシャリというような

金属が触れ合う音が重なり響いた。


「... “その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五か月のあいだ 人間をそこなう力がある”... 」


10節。

翼の付け根や、翼骨の第 一指の つののことか?

それとも、改変した蝗のこと... ?

榊を連れて、神隠ししたボティスと朋樹が

階上の様子を見に向かう。


「何をした?」


月夜見が問うと、天狗は

「望み通りに寝て、呪ってやった」と 答えた。


「そのエネルギーで、眠り姫を飛ばしてやった」


... は? キュベレの ことか?


「それで、アバドンは怒って

俺を ここに繋いで、鞭で打った」


オレらが言葉を失っている間に、リフェルが

「“眠り姫” は、どこに居たんだ?」と 聞くと

「この城の南東にある 森の中だ。

寝た時にみえた、アバドンの思念で知った」と

その時のことを 鼻で笑うように話す。


「どうやら、ヤブユムの産み出すエネルギーを

作用出来るのは、私欲によらない方だ。

“全ての掌握” などの為には、作用しなかった。

その思念に対して反発すると、それまであった

眠り姫の気配が消失した」


「... 眠り姫の森は

何処かと、“入れ替わった” のでは?」


四郎が 口に出して、オレらも

リフェルや月夜見も

その恐れ と 向き合わされた気がした。


「地上の どこかと?」


リフェルが言うと、四郎は

「いえ... “地上だけ” とは... 」と

最悪の推測を出してきた。


“奈落” の 一部が、どこかと入れ替わるなら

それは、地上とは限らない。

幽世や冥府、地界や他神界、もちろん 天も

入れ替わりが起こった可能性はある。


月夜見キミサマ!」


榊が 神隠しを解いたようで、朋樹が

「扉を介して、皇帝を シェムハザの元に!」と

階段を焦って降りて来る。


朋樹の後ろには、皇帝を抱えた ボティスが続く。

ボティスの腹から ジーパンの左側が血に染まり

階段にも ポタポタと血が落ちる。

脇腹に穴を開けた皇帝は、気を失っているようで

瞼を閉じ、だらりと腕を提げていた。嘘だろ... ?


「甕星を!」


ボティスの腕から 皇帝を抱え上げた月夜見は

「榊! シェムハザを連れて参れ!」と

榊を 幽世から向かわせ、自分も幽世の扉の内側に入り、「芽吹け。甕星を支えよ」と

幽世の地面に めいを出す。


月夜見の前で、一斉に 何本もの木の芽が芽吹き出し、ざわざわと伸びながら 互いの枝を絡ませて

腰の高さの位置で、枝々から芽吹いた若葉が

ベッドを作る。


「柚葉!糸を!」


皇帝をベッドに寝せた月夜見は、皇帝のジャケットとシャツを開いて、脇腹の穴に 手を突っ込んだ。


「何を... ?」


顔色を変えたボティスが言うと

「呪詛の有無を調べられてるのだと思いますよ」と、幽世の扉から 柚葉ちゃんが顔を出して

ボティスの指に 糸を結び付ける。


「ルシファー!」


幽世の中に シェムハザを連れた榊が戻った。

ボティスも 扉の中に入り

「アバドンが振り回した 翼の角に突き抜かれ

そのまま飛ばされた。ミカエルが応戦している」と 説明している。


「呼吸が無い。これでは、魂が飲めん」

「今、因を探っている!」


皇帝を支える 若葉や枝々を、血が濡らしていく。


まさか...  いや、そんなことは無い。


幽世との境に立って、皇帝の傷周辺から

印を探してみる。


「ルカ、何か... 」


ジェイドがオレに聞いてる時に

ザドキエルが、階段を 転がり落ちて来た。

腕に裂傷が見える。


リフェルと四郎が向かい

「きよくなれ」と、傷を塞ぐ。


「... ああ、すまない」


すぐに気付いたザドキエルが、また階段を駆け上がり、リフェルが後に続いた。


やっと、皇帝の脇腹の穴の上の方に

影のようなものが見えた。

けど 印じゃねーし、なぞれるかどうかは分からない。


それを伝えると、月夜見が「上だな?」と確認して、朋樹に炎の蝶の式鬼を出させ、皇帝の血に濡れた 自分の指にとまらせた。

「異のものを燃やせ」と、蝶に命じると

蝶は 炎の羽で、月夜見の人差し指と中指を

取り巻くように包む。


月夜見が、皇帝の傷穴に指を入れ

上部の方に 炎の蝶を差し入れると、皇帝の身体が

一度 大きく跳ねた。

傷穴から 月夜見が指を抜くと、煙が上がり

若葉や枝々に、黒い粘性のものが付いて 腐らせていく。


「... シェミー?」


皇帝の声だ。眼を覚ました。

肩の力が抜ける。

ジェイドや泰河も 息をついてる。


皇帝の声を聞くまでは、固唾をのんで見守っていた 朋樹や四郎も、「本当に、何か 術が?」と

天狗を拘束する 釘を調べる作業に戻る。


シェムハザやボティスに皇帝を任せた月夜見が

幽世から出て来ると、天狗は

「術は もう掛かってない。アバドンが掛けた術を解いて、“掛かっている” と 見せかける為に

自分で掛けていたけど」と 言った。


「どういうことだ?」


月夜見が聞いてる内に、天狗の灰色の翼を留めていた 石釘が、外れて落ちた。

足の甲を 地面に留めていた石の釘も、めりめりと持ち上がって抜け、足の横に転がる。


「呪いが効くのを 待ってた。

“底知れぬ所の使つかい” から、“いなご” に転落させた」


... “彼らは、底知れぬ所の使を

王に いただいており、その名を”...


カチ と、音を立てて、赤い手枷が外れた。


階上から

「アバドン! 今、俺に量らせるのか?!」という、ミカエルの怒鳴り声と

剣が カシャリと 金属に当たる音がする。


... “また、そのかみの毛は 女のかみのようであり、

その歯は ししの歯のようであった”

... “その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ

多くの戦車の響きのようであった”


呪いって、アバドンを 蝗に... ?


「出来るだけ下がれ! 」

「月夜見、扉に入って 閉じろ!」


リフェルとザドキエルが、翼を 軽く広げて

階段から飛び降りると

幽世の扉の中に 月夜見を押し込み、

オレらや天狗を 壁際に押して、二人が前に立つ。


ガシャガシャと、鎖が 金属に擦れる音を立てて

アバドンが 階上に姿を現した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る