36


ジェイドを連れた皇帝は、藤色の絨毯の通路を歩いて、下り階段の近くに立ち止まった。


両端にアイボリーの石柱が着いた 階段の上には

膝丈の天衣を着た 翼のない天使が居て

階段には、赤いトーガを着けた ミカエルが居る。

ミカエルと向き合っている、黒髪ショートヘアの天使は、階段の上に ミカエルを通す気は無さそうだ。


『ミカエル相手に 強気だよな』


泰河が ちょっと感心した風に言うと、リフェルが

『オベニエル。奈落の軍、実質の指揮官だ』って

難しい顔をする。


「ミカエル」


階段の下から、ザドキエルが昇って来た。


「一階と二階、及び 地下牢には

天狗もアバドンも居ない。

外の牢獄は、アシュエルが調べている」


「そうか。

なら、“アバドンと天狗は” 三階ここだろ?

でも オベニエルが、俺を通さない」


キュベレ意識させてんな...

黙って聞いてる 皇帝が怖いぜ。

けど、誤魔化そうとして 下手なこと言ったら

絶対 そこを突かれるしさぁ。


オベニエルは、腰に剣を提げてる。

まだ抜こうとは していないけど、肩や腕の筋肉が緊張して、指も意識してるのは分かる。


『アバドンの私室は、通路の向こう側にあるけど

俺は、入ったことがないんだ。

部屋は、中で 幾つかに分かれていて

アバドンしか入れない部屋もある... とは 聞いた』


アバドンしか入れない部屋 には

ミカエルが入る前に、皇帝を入れるべきじゃねーんだろな...

オベニエルが立つ 通路の向こう側には、

かなり離れた 奥の方に、天衣の上に甲冑を着けた天使が 二人居る。

多分、アバドンの部屋の中にも居ると思う。


「オベニエル。

私達は 今回、長老達のめいを受けて来た。

日本神である 天狗の解放 “のみ” の為に。

アバドンには、第六天ゼブルの天使から

その旨の書状が 届けられたはずだ」


ザドキエルが、自分たちを通すように

説得を始めてる。


「天狗さえ解放すれば、私達は引く。

囚人 一人を解放することに、何の問題がある?」


黙っている オベニエルに

「他に何かあるのか?」と、ミカエルが聞く。


「アバドンの私室に。

でも、それにしたら 警備が薄い。

奈落中 ひっくり返してもいいんだぜ?

“天狗を探すためにやった” と、報告する」


皇帝は、オベニエルの反応を観察してる。

かなり ヤバい気がする...


ボティスの腕から、榊が すた っと降りて

階段にいるミカエルの手を 軽く噛むと

ミカエルは、“あっ” て ツラになった。

榊の方は見なかったけど、神隠しした オレらが

近くに居ることは 分かったらしい。


榊が 続けて、ザドキエルの手も噛むと

「... 城にいる 奈落の軍の者達を確認したが

副指揮のレニエルや ミザエルが居ない。

“牢獄にも居ない” と、アシュエルから報告が入った」って、何故か ますますマズそうな方向へ

話を持っていく。


「アバドンは、天と やる気なのか?」


ミカエルが言った。

そっちに 方向転換するんだ...

アバドンの反逆を 疑ってみせてる。


「そんな事は... 」と、オベニエルが 否定するけど

「それなら何故、天のめいに背く?

天狗を引き渡せば 済む話だ」と

ザドキエルが、厳しい声を出す。


「“異教神を解放しない”。

そんな事で、ミカエルの軍といさかいを起こすなど

どれだけ愚かな事か 分かっているのか?

奈落の者等は すでに萎縮し、戦意など無い。

アバドンが出て来ず、天狗も引き渡さないのであれば、ミカエルに 剣を抜かせる責任は

今 私達の前に居る、お前に掛かってくる」


「先程も言ったが、アバドンは臥せっている。

俺に、異教神解放を決定する権限は... 」


オベニエルが、さっきと似たようなことを重ねると、ミカエルが「間怠まだるっこしい」と 手を動かした。


『えっ?』『どうやって... 』


オベニエルの手も、剣の柄を握っているけど

ミカエルは もう、オベニエルの顎の下に

剣の切っ先を着けている。


「... うぐっ」


オベニエルの背中には、皇帝が 手を差し入れていた。恩寵を封じる気らしい。


「なんだ?」「オベニエル?」


通路の先から向かって来る 甲冑を付けた天使二人に、朋樹が 炎の蝶の式鬼を飛ばすと、榊が黒炎を吹いた。

黒炎に染まった蝶たちが、天使に纏わり付き

甲冑や腕、触れた部分の表面を溶かす。


次に飛ばした 炎の蝶たちを 風で巻くと

四郎が 手のひらを広げて、炎の竜巻ごと吹き飛ばした。


「... ルシファーか?... 何故」


ミカエルに 剣を突きつけられたまま

苦痛の表情で オベニエルが言い

皇帝が 背に翼を広げて、恩寵を封じた。


「失礼」


ザドキエルが オベニエルの額を掴むと

手のひらの下が、白く発光した。

ミカエルが剣を引き、オベニエルは 床に崩れた。

恩寵を封じた皇帝の手が、血の色に艶めく。


「一時間で 目を覚ますけど、今のことは

何も覚えていない」


「... オベニエル!」

「何が起こっている?!」


吹き飛ばされて、床に倒れた天使たちが

溶かされた 腕の皮膚を押さえながら聞いたけど

オベニエルが倒れていることや

ミカエルが 階段から現れたことで、状況を飲んで

言葉を止めた。


「アバドンに話しがある」


剣を抜いたままのミカエルが、通路を歩いて行き

ザドキエルも続くと、ジェイドが 階段の上に

白いルーシーで 天空精霊の召喚円を描いて

『カルネシエル』と、白い光の人型の精霊を

守護に降ろす。


皇帝の後に、オレらも続き

「扉を... 通す 許可は... 」と、甲冑の天使の 一人が、掠れた声で ミカエルに答えて

「なら、剣を抜けよ」と 凄まれてる隣を通り抜けて、アバドンの私室の前に出た。


扉の前には、ボティスが助力円を敷く。

扉には、ドアノブみたいなやつは付いてなかった。

リフェルが 扉に手を着けて、天の言葉で開けようとしたけど、扉は反応しない。


『ルカ、模様は?』って ボティスに言われて

扉に 模様を探すと、二重円の中に記号がある 悪魔の印章のようなものが見えた。

... 見たことがある。アバドンの印章だ。


天の筆で なぞり描くと、泰河が 模様の手で印章に触れる。扉中に 印章が拡がって、扉が消失した。


「何だ?」「オベニエルか?」


部屋の中から 翼のない天使が 、様子を見に出たところで、ボティスが

『助力、ラミエル。神の雷霆らいてい』と 助力を降ろすと

バチッ という音が 部屋中に響いて

室内の天使たちも、ミカエルの前に居た二人も倒れた。


ボティスに 皇帝が『雷を?』と 聞くと

『そうだ。日本の霊獣に、室内に雷を落とす者がいて、そこからヒントを得た。出来るとも思わなかったが... 』って 答えてる。柘榴かぁ。


「ルシフェル、バラキエル。居るのか?」


ミカエルとザドキエルだ。

扉から入って来たところで、榊が 二人にも

神隠しを掛けた。


『リフェル、よく連れて来た』


ミカエルは、まず リフェルを褒めて

ザドキエルも頷いてる。リフェル、嬉しそうだし。


『アバドンが “臥せっている”?』


ボティスが聞くと、ミカエルは

『さぁな。隠れる言い訳にしちゃ どうか... とは思うけど』って、つるぎを鞘に収めた。

ふわっ と 近付こうとした皇帝には

『お前と イチャついてる場合じゃないんだよ』と

泰河の隣に居た 四郎の肩を抱いてみせて

“四郎が見てるだろ” アピールもする。

いやもう、散々 ジェイドが やられてるけど

皇帝は ミカエル相手だと、息 荒くなるもんなー。


皇帝には『やあ、ルシフェル』の ザドキエルも

『どういう理由が あるにしろ

ミカエルが来たのに、アバドンが 出て来ないのは

ほぼ、天に反逆したようなものだ。

アバドンも勿論、それは 分かっているから

天狗を返す気がなくても、必ず 顔は見せるはずなんだ』って 説明して、いぶかしんでる。


ミカエルや皇帝って、伝令とか交渉に来る訳じゃねーもんなぁ。大物 自ら出て来る時って

“返せっつってんのに、きかねーから潰す” っていう 最終段階なんだろうし、アバドンは 今、

“ミカエルが 軍と乗り込んで来た” のに

顔も出さねーってこと。


『アバドンが、奈落に居ない とか?』


えぇー... ってなることを、ジェイドが口走ったけど、ザドキエルが

『いや。第六天ゼブルの天使が 長老の書状を持って行ってから、奈落から出入りする者は 全て、天が見張ってたんだ。アバドンも天狗も 奈落を出ていない』って 断言する。


『しかしさ、私室 っていっても

ここ、護衛とかの控えの間 って感じするよな』


朋樹が 部屋ん中を見回して言ってる。

ソファーとテーブル以外は、何もねーんだよな。

天使が四人、床に 倒れてるけど。


四郎もいるし、トーガ付きミカエルに対する

興奮は抑えてる風の皇帝が

『ここで 楽しくオシャベリしていて

何になる?』と、ムスっとして言うと

『それは そうだな』と、ミカエルが同意した。


『アバドンも 気にはなるけど

まずは、天狗を探す』


『そう、地下牢にも 牢獄深部にも居なかった。

ここに居るはずなんだ』と ザドキエルも言って

部屋の 左手と奥にある、ドアノブのない扉を

『開けれる?』って 示した。


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