御大切 6


幕府方... 板倉様が率いる 九州諸藩の軍は

あの夜より 十日後の深夜、再び 総攻撃を仕掛けられましたが、こちらも構えておりましたので

この夜も、勝利 致しました。


正月元日。


早朝で御座います。再び、幕府方 板倉様が

総攻撃を仕掛けられました。


正月で、油断しておると 思われたのでしょう。

我々の軍は、すでに投石を始めておりました。

貯めておきました糞尿を 城塀に流し、城内への侵攻を防ぐ... など、凶行にも及んでおりますが。


『ふらんしすこ様だ!』

『救主様!』『ふらんしすこ様!』


天守の欄干に立ち、姿を見せますと

士気が上がるようです。

戦うておる皆と、一体となりましたようで

私も嬉しく、また高揚も感じます。


矢の飛ぶ音。火縄の音、硝煙の匂い。

投石の重く鈍い音と、怒号。悲鳴。


勝利 致します。此度こたびも 必ず。

世は、愛で繋がるのです。


天主でうす様は、このようにして

その証を 与えて下さっている。


明けゆく冬空の下。薄れゆく星々を 眼に映し

天主でうす様に 御言葉おらしょと祈りを捧げます。


『... “だれでも わたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、

わたしに従ってきなさい。

自分の命を救おうと思う者は それを失い、

わたしのために自分の命を失う者は、

それを見いだすであろう”... 』


私の 白き気息すぴりつに、御言葉おらしょが溶け入ります。


肩を矢で射られた者が、城門の内に倒れ

他にも 幾人か、負傷者が見られます。


『... “たとい人が 全世界をもうけても、

自分の命を損したら、なんの得になろうか。

また、人は どんな代価を払って、

その命を 買いもどすことができようか。

人の子は 父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、その時には、実際の おこないに応じて、

それぞれに報いるであろう”... 』


私は 両腕を広げました。皆を 包み込めるよう。

夜は、明けるのです。


『... “よく 聞いておくがよい、

人の子が御国の力を もって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる”... 』


火縄の硝煙。幕府方 総大将、板倉 重昌様

我が軍が 討ち取りまして御座います。




********




『... ふらんしすこ様、有家殿』


りの殿や 有家殿、益田殿などと

弾薬や食料の調達について、本丸にて 話をしておりますと、しらせの者が参りました。


『如何した? 武器食料の調達の事であれば... 』


『いえ。密偵が居りました。忍術使いです』


『何と?』


その者が言うことには、火縄や弓矢など

二の丸にて、武器の手入れをしておった折

やたらと 手慣れた所作の者が居り、

他の者が、先の 幕府方との戦の話をしておると

『うむ』『そうであるのう』と

相槌ばかりを打つ。


何か 妙だと、その場に居りました幾人かが気付き

教皇ぱあぱに、文は届いたであろうか?』

『どうであろう... 』

『我等がしておることが、霊魂あにまの助かりのためであると 伝わると良いが... 』

『いつか皆が、告解こんさひん秘跡さからめんとを受け、隣人ぽろしもを愛するようになれば... 』といった話に致しまして

『御大切の教理どちりなを』と、問うてみますと

... “一 には、ただ御一体の 天主でうすを万事に こえて”... という、教理を知らぬであった と。


そのようなことは、あり得ぬのです。

また、切支丹の言葉が分かっておらぬであったようです。

私共は 日頃より、“隣人ぽろしも” “霊魂あにま” といったような

千程の切支丹用語を混じえて話しておりました。


『して、その者は?』


『逃げられました。

また、水汲みに出た者が 戻らぬのです。

その者の妻子も共に居らぬことから、幕府方に投降したもの と... 』


有家殿や益田殿が、眉をしかめられ 

私共の胸には、靄のような形を持たぬ影がよぎりました。


『ふらんしすこ様、益田様』


また別の者が、しらせに参りました。


『幕府方、松平 信綱のぶつな殿が 総大将として

御入陣 致されたようです』


松平 信綱様は、埼玉... 武蔵国忍、川越 両藩の

藩主であられる方。


『ふらんしすこ様、山田様。

原城周囲、大軍に 包囲されたもよう... 』


松平様は 西国諸藩の増援を得、十二万五千の兵にて、陸海より 原城を包囲されました。

弾薬や食料の調達に出ることも ままなりません。

かつえ殺し... 兵糧攻めを取られたようです。




********




松平様の渇え殺しは、徐々に奏を成し

城内は、飢えに困窮することとなりました。

城には、三万七千もの人々が居るのです。


幕府方から、城内に矢文が入り

“何故 籠城し、幕府に反抗するのか”... と

問われ、私共は

“君主様や藩主様に 遺恨は御座いません。

宗門を認めて頂きたいのです”... と

矢文を返しました。

しかし、宗門を認める といった御返事は

頂けませんでした。


『まだ、干し野菜や干物などは御座いますが... 』

『しかし、先を見ねばならん』


やぐらより見張り、城塀には 交代で鉄砲を構え

近付く者があれば撃つ... と、威嚇しておりましたので、夜更けや明け方であれば、調達の者等が

闇に紛れ、城の周囲で 自然薯じねんじょや食せる草や根、

餌の無い罠に掛かったねずみテン、また 鳥を取り、

城を囲む崖から 海に降りることは出来ました。


海より持ち帰るものには、時折 網に掛かった魚などがありましても、ほとんどは 海藻で御座いましたが、大変に有り難かったものです。


『ふらんしすこ様、こちらを!』


本日は、何やら 明るい顔で

食事の皿が運ばれました。

獣肉が入った汁物で御座います。


『何と、罠に 猪が掛かっておったのです!』


『なんと... 』


『残りは、干し肉と致します』


では、皆は 食しておらぬのでしょう。

まだ 幼児おさなご等もおり、飢えに喘いでおるというのに...


『私は、断食ぜじゆんの 御奉公をしておりますので

幼児おさなごなどに... 』


『いいえ。昨日も そう言われておりました。

食べねばなりません』


盆に載せた 汁椀を持った者の背後に

りの殿が 立たれておりました。


『随分 痩せられた。

万が一にも、あなたが床に臥せるという事など

あってはならぬのです』


皆、痩せてきておりましょう。

私だけでは御座いません。

話されておる りの殿も、頬が削げております。


『ふらんしすこ様。皆、あなたが支えなのです。

あなたがあって、あなたを通し

天主でうす様に 御奉公しておるのです。

御責任が御座います。

これが 天人ゼズ様であれば、如何でしょうか?

もてなしを 断られましょうか?』


盆の椀を 両手に取り、一口 汁を頂くと

言葉は 口に出せず

胸に こみ上げる、熱き何かを押さえることが

やっとで御座いました。




********




この頃、私は 本丸から

そう 出ることは御座いませんてした。

天守 欄干に姿を見せるのも

いくさの時のみで御座いました。


“ふらんしすこ様には、弾も矢も当たらぬ。

天人様である故。

ゼズ様が、ふらんしすこ様の御姿で

再び 降りられたのだ”...


その様に 信じられておりますので、

幕府方からの 狙撃を避けるためでもあり、

また 姿を見せぬ事は、神秘性を高める為で御座いました。

私自身は、もっと 皆と語り、手を取り

励まし合いたくあったのですが、

父上... 益田殿や 有家殿に、そういったことは控えるよう 言われておりました。


ですので、使っております寝所で

天主でうす様に祈っておる事が多かったのです。

どうか、皆の霊魂が 救われますように... と。

そして いつか、城外も。


しかし、この日は違い

私は、天守の戸を開きました。


『海に、南蛮の船が... 』と、しらせが入った為です。


『南蛮の教皇ぱあぱに 文が届いたのだ!』

『それぞれ 持ち場に着け!

砲撃が始まり次第、こちらも投石や火縄で

ゑれじよを討つ! 後詰めじゃ!』


頬は削げたものの、皆、眼の光が甦っておりました。声も溌剌はつらつとしております。

私も、そのようであったでしょう。


報を受けた時は、暫し 呆けたものでありましたが

じわりじわりと胸が熱くなり、

腹に、腕や足にも、それが拡がり

思わず 立ち上がった次第です。

天主でうす様に手を合わせ、喜びの涙を堪えると

御言葉おらしょを口に致しました。


『勝てる... 君主様の大軍に... 』

『妻子等も助かるのだ』

『宗門が認められば、手を取り合う世に... 』


『ふらんしすこ様!』との、制止も聞かず

私は 天守に上がり、戸を開けました。


海にあるのは、幕府方の船だけでなく...


天主でうす様、この上の無い 感謝を致します。

罪深き我々を あわれんで 下さった...


南蛮の船は、立派な大砲を備えておりました。

波が静まると、大砲の照準は

城に向けられたのです。



『... ふらんしすこ様! 危のう御座います!』


有家殿が、天守の戸を開けておった私を下がらせ

『戸を閉めろ!』と

他の者に 閉じさせました。

天守の中は 影も見えぬ程、暗くなりました。

昼だと いうのに


『まさか、この様なことが... 』

『何故... ?』


大砲は城に向き、砲弾を放ったのです。

幕府方にでは無く、城に...


『ふらんしすこ様... 』


私は 有家様に伴われ、天守を出ました。

ぼんやりと、話し合いになるのだろう と

考えておりましたが、寝所に送られたのです。


『暫し お待ちを。

矢文などが 届いておるかもしれませんので... 』


ひとり残され、御簾の近くに立ち

今 見た光景を、反芻しておりましたが

どうにも 合点がいかぬのです。


南蛮国が、同じ教理のもとにある 私共を

何故... ?


私は、ふらふらと 御簾の向こうへ入り

力無く 座り込みました。

城内の者には、とても見せられぬ姿であったことでしょう。


天主でうす様 と、口に出すことも叶いません。

声が 喉から出らぬのです。

胡座を組んだ脚の先に、古びた い草の畳が

眼に入りましたが、少しばかり 焦点が

ずれておるような気も 致しました。


そうして、明かり取りに開いた 四角い窓の穴が

すっかりと夜になるまで、ただ 座っておりました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る